いま、日本文化の輸出が盛んだ。寿司、ラーメン、着物、盆栽、アニメなど数え切れないほどの日本文化が海を渡り、世界中でジャパニーズカルチャーとして脚光を浴びている。そして、新たにひとつの日本文化が海を渡り、外国で花を咲かせようとチャレンジをしている。
それは「手ぬぐい」である。
今回はアメリカで手ぬぐいの魅力を伝えようと活動している君野さんに、手ぬぐいの魅力を訪ねてみた。
手ぬぐい(手拭い)の歴史
古くは奈良時代には存在しており、当時は絹が貴重だった為に、神仏の清掃や、神事、儀礼などの神聖な催しで使用されたとの説がある。一般の庶民に普及したのは鎌倉時代以降だと言われ、江戸時代にはファッションの一部として帽子やスカーフに使われ、それに伴い様々なデザインが登場した。また、江戸時代中期以降は、歌舞伎文化と共に発展をした。屋号や名跡(芸名)独自の模様を作り、歌舞伎役者は名刺代わりに観客へ手ぬぐいを配っていた。
余談だが、手ぬぐいの両端が縫われていないのは、清潔を保つ為に水切れをよくし早く乾く為である。高温多湿の日本が生んだ工夫なのだ。
思わず部屋に飾りたくなる! デザインが魅力的な手ぬぐいが増加中
君野さんの紹介を簡単にしておきたい。
君野さんは着物、和雑貨、歌舞伎を中心とした本の執筆をしており、10冊以上の本を出版している。また、最近では歌舞伎の市川染五郎さんとトークイベントをおこなったり、着物のワークショップなども開催している。
現在は、アメリカの西海岸に移住し、ジャパニーズカルチャーを紹介するコーディネーターとして、海外向け商品のディレクション、ロサンゼルスで着物ファッションショーの開催、ニューヨークで展示会プロデュースなど、活躍の幅を海外へも広げている。
君野さんが、本格的に手ぬぐいを使い始めたのは約20年前。娘が生まれたことがきっかけだった。
「生まれた娘がアトピー体質でした。なので、天然素材で肌に優しい物を使いたいと思い、日本で作られた手ぬぐいを使い始めました」
子育ての中で、手ぬぐいの数が増えていくと、「使う」と同時に「眺める」という楽しみ方を発見する。今回の取材の為にアメリカの自宅より持参して頂いた手ぬぐいを眺めると、そこには遊び心が溢れたデザインを数多く見つけることができる。
君野さんの手ぬぐいコレクションの一部
「手ぬぐいは定期的にネットでチェックしたり、帰国時に手ぬぐい屋さんを覗いたりしています。また、新しい手ぬぐいのお店ができると、限定の手ぬぐいを発売することがあるので、それらは買うことが多いです。限定物は抑えておきたいですね」
君野さんが「使う」手ぬぐいで好きなのは、伝統的な製法「注染(ちゅうせん)」で作られている物である。注染とは、布に模様を染める技法であり、特殊な糊(のり)で防染し重ね上げた生地の上から染料を注ぎ、模様部分を染め上げる伝統的な作り方である。布の芯まで染まり、裏表なく柄が鮮やかで、使いこんでいくと手仕事ならではの味わい深い風合いになっていく。
君野さんが「眺める」手ぬぐいには、いくつかの特徴がある。例えば、文房具で有名な「伊東屋」の手ぬぐいは、遠目で見ると和柄なのだが、間近に注意深く見ると、えんぴつ、クリップ、コンパスなどで模様を作っている。このように遊び心があるデザイン、コンセプトの手ぬぐいが好きなのだ。
その他には、歌舞伎に関係している手ぬぐいや、蚊取り線香のような日本の古典的なデザインを洋風のテイストで表現している手ぬぐいも数多く集めている。
そんな君野さんの手ぬぐいコレクションから、数点を紹介したい。
伊東屋の文様がかわいい文房具手ぬぐい
ラジオ体操第2~
人力車に乗っているのは…あの人が?
昔、電車の中吊りになっていたフネさん手ぬぐい
はじめチョロチョロ、なかぱっぱ…お米が炊き上がる工程を表現
お正月ヱビスビールのおまけ手ぬぐい。
歌舞伎座にあるタリーズ限定手ぬぐい
大好きなイラストレーター松尾たいこさんの乙女な手ぬぐい
「勧進帳」富樫を演じる市川染五郎手ぬぐい
蚊取り線香を上から覗いたデザイン
使うのが惜しくなる、憧れのスターから貰った宝物の手ぬぐい
君野さんには、長年欲しかった手ぬぐいがあった。「楽屋手ぬぐい」である。
楽屋手ぬぐいとは、歌舞伎の役者が稽古の時に使う手ぬぐいだ。一般には販売されておらず、屋号(中村屋、成田屋、高麗屋などのこと)や役者ごとにデザインが異なり、歌舞伎ファンの間ではとても貴重なお宝である。
「歌舞伎を好きになったきっかけが市川染五郎さんでした。歌舞伎の入門書を市川染五郎さんに監修していただいて以来、お仕事でご一緒することがあり、ある時、染五郎さんから楽屋手ぬぐいを頂きました。使う用と保存用の2枚を頂いたのですが、貴重なので両方とも保存用にしています(笑)」
何とも羨ましい話である。憧れていた市川染五郎さんから、直接楽屋手ぬぐいをプレゼントして貰ったのだ。
余談ではあるが、「手ぬぐい」と「歌舞伎」はとても親密だ。歌舞伎ファンは、演目を鑑賞する際には、お気に入りの屋号、役者専用の模様手ぬぐいを持っていき、演じている役者が舞台から見えるように持つのだ。手ぬぐいを見せることで、贔屓の役者を応援する。それは、現在のコンサート会場で、好きなアイドルの顔がプリントされている団扇(うちわ)を持っていくのと同じ感覚である。
市川染五郎さんの「楽屋手ぬぐい」
高麗屋の柄を表現した手ぬぐい
手ぬぐいから感じられる「日本人らしさ」とは? 海外で暮らして気づいた、日本の素晴らしさ。
「手ぬぐいには、使い方に正解がないのが魅力です」
君野さんに手ぬぐいの魅力を尋ねると、なぞなぞのような回答が返ってきた。
「手ぬぐいは1枚の布地です。何に使っても自由、どう使っても自由です。手ぬぐいを使って何が出来るのかを考えることが、手ぬぐいの面白いところ。タオルの代わりにしてもよいし、ペットボトルを包んだり、ブックカバーにしたり。くびまきにしてもおしゃれですよね。工夫次第でいろいろな場面で利用できる。そして、昔から日本人は繊細さや感受性を活かし、さまざまな手ぬぐいの使い方を生み出してきた。なので、手ぬぐいには日本人の知恵と工夫が集約しているのだと思います。海外の人から見たら、ただの布地にしか見えないのでしょうね(笑)」
日本には四季がある。そして、四季に変化に応じて、五感が強くなり、感受性が豊かになる。そんな日本人が昔から使い続けている手ぬぐいには、「日本人らしさ」を感じると君野さんは付け加える。そして、その気持ちはアメリカに住み始めてから、さらに強くなったと言う。
君野さんは、アメリカで着物文化を広げる活動を行っている。2016年からは、手ぬぐいを販売する企業や作家と手を組み、手ぬぐい展示会やワークショップを全米で開催していきたいと考えている。日本の手ぬぐいを販売する企業、作家と手を組み、手ぬぐい展示会を全米で開催したいと考えている。
手ぬぐいの魅力を誰よりも語れる君野さんであれば、きっと外国の人にも伝わると思う。
そして、外国人の知恵と工夫から、新しい手ぬぐいが生まれるのだろう。
フランスでは、手ぬぐいでバケットを持ち運ぶかもしれない。
インドでは、暑さ対策で手ぬぐいのiPhoneケースが誕生するかもしれない。
ブラジルでは、応援するサッカーチームの手ぬぐいマフラーが販売されるかもしれない。
これからの手ぬぐいの発展が、ますます楽しみである。
ーおわりー
君野さんが執筆した手ぬぐいの本を2冊紹介!
可愛い果物柄から楽しい動物柄、クスッと笑える面白柄など、色柄ともに素敵な手ぬぐいを幅広く紹介
ハイカラ手ぬぐい案内
手ぬぐいの使い方や手ぬぐい雑貨の作り方、手ぬぐいが買える店など、手ぬぐいのすべてを満載!
インテリアに、おしゃれに、手作りに、ヨガに…イマドキ手ぬぐいの新しい魅力!
終わりに
取材当日、着物を着こなし、言葉を丁寧に選びながら話している君野さんと話していると、まさに「凛」という印象を受けました。こちらまで背筋が伸びる感じで、久しぶりの良い緊張感が味わえました。
この取材を通じて、日本古来昔のスタイル、特に和装に興味を持ってきたので、いつの日か、僕も和装をビシッと着こなせる素敵な大人になりたいです。まずは手ぬぐいからですね!