世界で最も有名なライター、それはZIPPOにほかならない。激動の20世紀の中で人々の心に火を灯し続けてきたZIPPOは、今も実用品として、コレクターズアイテムとして愛され続けている。収集を始めてから25年以上、膨大なコレクションを所有する渡部さんに、その魅力を語ってもらった。
旅先で偶然出会ったZIPPOが、その後の運命を変えることに。
渡部さんが初めてZIPPOを手にしたのは、90年代初頭にアメリカを旅していたときのこと。
「大学生のころ、アメリカのカルチャーにあこがれてよく旅をしていた時期がありました。当時は湾岸戦争が勃発し、海外渡航を控えるアナウンスが政府からあったことで、エアチケットも安かったんですよね。ZIPPOを購入したのは、気ままな旅も終盤に差し掛かったロサンゼルスの街中で、思いがけない出来事があったからなんです」
「手持ちのドルがなくなってしまい、手元にはへそくりとして持っていた1万円札のみ。日曜日で銀行も閉まっており両替してくれる場所もなかったため、ホテルのフロントへ頼み込んだところ「スーベニアショップで何か買えば、お釣りをドルにしてやる」と。そこで何がよいかと物色し、たまたま選んだのが、20ドル程度で購入したシンプルなZIPPOでした」
「実際に使い始めると、手のひらに馴染む感覚がとても気に入りました。またそのころ、偶然にして日本ではZIPPOブームが始まっており、書籍も多く出版され、都内のアンティークショップを巡れば古いものがたくさんあった。初めて手にしてからこの世界にのめり込むまで、そう時間はかかりませんでしたね」
解説:ZIPPO(ジッポー)とは?
アメリカのZIPPO社が製造・販売する金属製オイルライター。1933年に初期型のライターが製造されたことを皮切りに、第二次世界大戦中アメリカ軍兵士が広く愛用したことで世界中に普及。シンプルな構造かつ耐久性に優れ、高い風防性能を備えていることから、喫煙具としてのみならず、アウトドアファンからの評価も高い。多くの企業がノベルティを制作したことから、製品のバリエーションも非常に多く、世界中に収集家が存在するコレクターズアイテムとしても知られている。
ZIPPOは20世紀という時代を映す、鏡のようなアイテム。
帰国後、コレクションは増加の一途をたどったという渡部さんだが、収集する中でどのような点に惹かれていったのだろうか。
「オイルライターの構造の中でも重要な、フリント(発火石)が発明されたのが1900年代初頭のこと。その後に起こった2度の大戦では、戦場のタフな環境で使えるライターが必要とされました。戦後は企業の広告としても大きな役割を果たすなど、ZIPPOは20世紀という時代の中で、常に人々の身近に存在したアイテムだと思います。」
「膨大なライターを集める中で見えてきたのは、私が生きた20世紀という時代の流れ。ZIPPOを研究対象として、当時の文化や時代背景を学んでいるような感覚でしょうか」
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1952年製のZIPPOに、美麗な彫刻がほどこされた一品。朝鮮戦争時に駐在したアメリカ軍兵士が日本の彫金技師に依頼し、このような装飾がほどこされたものと推測される。1つのZIPPOから、時代背景や当時の文化を知ることができるのは大きな魅力だ。
「世界中に収集家が存在するZIPPOですが、コレクションを増やすうえで、私はインターネットの恩恵を最初に受けた世代。eBayがローンチされたごく初期からサービスを利用し、海外との取引を行うことで多くのアイテムをそろえてきました。それ以前は生写真を送りあって取引をしていたことを考えると、この時代だからこそ手元に流れてきたモノもあるなと、ここでも時代に対する感慨をおぼえます」
渡部さん所有のジッポーコレクションを紹介
1936年型
終戦記念日から12日後の刻印がある一品。「TOKYO」の文字から、アメリカ軍兵士が終戦後、駐留の記念に文字を彫ったことは想像に難くない。見るものにさまざまな想いを抱かせるライターだ。
1936年型 着色モデル
外観からは分からないが、ケースからインナーを抜くとそこには英字のメッセージが。「to Ray with love and kisses from Dorothy」と書かれており、彼へのプレゼントとしてドロシーさんが贈ったことが見て取れる。
1933年型 後期モデル
希少性の高い、製造初年度の後期モデル。その後のモデルと比較すると若干背が高く、工程の中にハンダ付けがあるため周囲に角が見られるのが特徴。90年代に入手し、現在でも未修理のオリジナルコンディションを保っている。
1956年型アルミニウム製 1963年型真鍮製 1971年型銅製
マテリアルカンパニーの広告が入った特注品。それぞれの会社があつかう金属で製造されている。時代によってシルバーや真鍮などさまざまな金属でつくられたZIPPOが存在するが、その中でも特にアルミニウム製のものはほとんどないという。左からALCOA社、CHASE社、KENNECOTT社のもの。
ヨーロッパのヴィンテージ・オイルライターから、ZIPPOのルーツを探る。
ZIPPOのみならずライター製品全般に情熱を傾ける渡部さんだが、コレクションを追求するうちに、ZIPPOのルーツを解き明かすことへと関心は高まっていく。
渡部さんが所有するオイルライター関連書籍。コレクションの対象は、本体だけでなく、その周辺物にまで広く及ぶ。
「ZIPPOの歴史をひも解いていくと、「ZIPPOは何を模倣して生まれたのか?」という点に興味を抱くようになりました。ZIPPOよりさらに古い歴史を持つヨーロッパのライターを収集するうちに分かったのは、そのルーツはひとつではないということ。あくまで独自の研究にはなりますが、オイルライターの中のZIPPOという俯瞰的な視点から、今も時代のミッシング・リンクを埋めていく作業を続けています」
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一般的にZIPPOの元になったといわれることが多い、オーストリア製のライターたち。1920年代~30年代半ばにかけて製造された。日本ではその形状から「茶筒ライター」と言われることも多い。海外ではZIPPOの様に片手で扱えないことから「TWO HANDS」とも。
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フラミドール社が1910年代にリリースした、「ブリケットパリジャン」。スーツのポケットに入ることを想定したスリムなサイズは、いかにもフランス製といったおもむき。ZIPPOのようにヒンジ(蝶番)が付いている点は見逃せない。
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オーストリアのメーカー、オーリック社が1926年にリリースしたシリーズ。フタの機構以外はほぼZIPPO同様のつくりとなっており、象徴的な風防もそっくりだ。
ここで、改めてZIPPOの魅力について語っていただいた。
「重さ、サイズ、操作感など、絶妙なバランスでつくられたアイテムだと思います。なにより風に強いという実用的な面はもちろん、戦時中は実際に兵士がお守りにしていたように、日頃持ち歩いていても、そばにいて安心させてくれるような特別感は魅力的ですね。また、コレクターズアイテムとしてはデザインの豊富さも大きな要素。昔からZIPPOは社内にデザインセンターを設けており、社内でデザイン作業を完結させているので、オフィシャルのモノはコレクションを並べたときに全体的な統一感があるのもいいですね」
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非常に豊富なバリエーションは、世界の収集家を虜にする大きな要素のひとつ。
資料的価値の高い「未使用品」、いわゆる「ミントコンディション」のモノ以外は全て着火できる状態で保存。最低でも1~2年に1回は着火作業を行い、メンテナンスを行っているのだそうだ。
渡部さんは日本で唯一のコレクタークラブ「Far East Eternal Flame Lighter Collectors' Club Japan 」(略称:FEEF)の運営もされている。
「欧米のライタークラブに所属することで得たさまざまな素晴らしい体験から、日本でもこのような組織があったらという想いで設立。丸4年が経ちました。手探りながら運営を始めてみると、やはり国内にも収集されている方は多くいらっしゃり、会員は60名あまりを数えます。海外では情報共有や、物々交換の場として長い歴史があるライタークラブ。コミュニティを通して、収集家同士のよい縁が生まれることを期待しています」
世界中の老若男女に愛用されてきたZIPPO。
20世紀を象徴するプロダクトが、21世紀にどのような形で存在していくのか、非常に楽しみだ。
ーおわりー
終わりに
オイルライターの代名詞ともなっているZIPPO。普段使用していなくても、「自宅のどこかに転がっているはず……」という方は多いのではないでしょうか。渡部さんのお話を伺う中、この100年間人々の身近で愛されてきた製品だということを再確認。取材後、早速手が遠のいていたZIPPOにオイルを注入し、火を灯してみたのは言うまでもありません。