シャツやジャケット、カバンなど、日頃身に付けるアイテムになくてはならない存在であるボタン。時代をさかのぼってそのひとつひとつに焦点を当ててみると、驚くほどの多様性にあふれている。アンティーク・ヴィンテージボタンを中心に扱うボタン専門店「CO-」の店主、小坂直子さんにその魅力を語ってもらった。
イギリスで起こったマジックが、小坂さんの背中を押してくれた。
小坂さんは10代のころからヴィンテージ・アイテムに興味を抱き、たびたびイギリスへ渡航していたという。
「もともと、ビスケットやスープストックの缶、靴周りのアイテムなど古い雑貨が好きで、18歳のころから年1回ほど、イギリスへ行っては各地のアンティーク・マーケットを巡っていました。ボタンはそんな中で出会ったアイテムのひとつで、古い缶を購入すると、中に釘などと一緒に入っていることがよくあったんです」
「機能的な要素はもちろんですが、1つのボタンを取り上げて見てみると、形状や素材がどれも違っていて、とても面白みを感じました。年代によって移り変わる素材や、趣向を凝らした表現技法、思わず「カワイイ!」と感動するデザインなど、ボタン1つは小さいけれど、時代やつくり手の想いを反映しているなと」
「中には「あれ?」と思うようなギミックが仕掛けられているものや、ボタンメーカーではなくジュエラーがつくった宝飾性の高いモノなど、本当にさまざまなボタンたちとの出会いがありました。そういった中で、とても印象的な出来事が起こったのです」
「イギリスのエンジェルというアンティーク・マーケットを歩いていた時のこと。唐突に、キレイなマダムから「コレ、アゲル」と5つのボタンを手渡されました。偶然にもそれは数日前に蚤の市で手にした2つのボタンと同じもので。つくられてから100年は経とうかという小さなボタンが、私の手元に集まってくるという不思議な出来事。このことからボタンというアイテムに縁を感じ、それまで以上に深く追求するようになりました」
解説:ボタンの歴史
「飾る」「留める」という2つの用途から、古代に誕生したと解釈されている。古代人が使用していた骨や角、木などはすでにその機能を有していた。16世紀~18世紀にかけては貴族を中心に宝飾品として好まれ、貴金属をふんだんに使用したものがつくられる。19世紀に入ると女性がドレスを着用する際に身につけたり、男性がスーツスタイルの中で使用するように。19世紀の終わりには、相次ぐファッション誌の創刊による流行の浸透から広く一般化し、次々とバリエーション豊かなボタンが世に生み出される。現代では日頃身につけるファッションアイテムに欠かせないパーツのひとつとして、人々に愛されている。
小坂さんが心惹かれるのは、個性豊かな20世紀前半のボタンたち。
小坂さんが所有する分厚い海外の専門書。付箋がびっしりと貼られている。
20代中盤に1年間のイギリス生活を経て、2002年にWEBショップを開業、2010年には現在の店舗をオープンした小坂さん。どのようにボタンの世界を深く知っていったのだろうか。
「イギリスやアメリカには、ボタンに知見のある方たちが集うソサエティーがあります。そこに入会して交流しながらお話を伺ったり、実際に品を見せてもらったりということで知識を深めていきました。また、海外では自費出版に近い形で専門書がたくさん出ているので、そういった洋書を参考にすることも多いですね」
日頃さまざまなボタンをお客さんに提供している小坂さんだが、愛好家としては、どのようなボタンがお好きなのか伺ってみた。
「店内にも額に入れて飾っている、金属製のボタン、イギリス製のアーティッドボタン、初期のビミニボタンがお気に入り。時代的には最も個性豊かな、20世紀初頭から中盤にかけてのボタンたちが好きですね」
軍用や各種制服など、幅広い用途で用いられた金属のボタン。19世紀のイギリス女性には花柄のモノが人気で、花言葉にも関心が高かったのだとか。
戦闘機のプラスチック製品を製造していたザ・ブリティッシュ・アーティッド・プラスティック社が1946年から1年間だけ製造していた通称「アーティッド・ボタン」。素材には熱硬化性のプラスチックを採用。スポーツ、動物、星座など非常に多彩な絵柄がある。
1940年、イギリスに設立されたビミニ社のガラスボタン。同時期のガラスボタンとは一線を画した芸術性の高いボタンが生み出されていたことから人気が高い。
小坂さん所有のヴィンテージ・ボタンをご紹介
陶器ボタン イギリス製
1940年代につくられた陶器のボタン。著名なオーストリア出身の陶芸家、ルーシー・リーがイギリスに亡命し、ビミニ社のボタン制作に携わっていた頃の作品。ボタンの裏側にはひっそりと刻印が。
シルバーボタン ドイツ製
19世紀につくられた、ハンドメイド感あふれる一品。「これがボタン?」と思ってしまう特徴的なフォルムも目を惹くが、実際に持ってみると中には何と鈴が。振ると音がするのである。小坂さんによれば、教会などで司祭が身に付けていたものなのでは、とのこと。
プラスチックボタン アメリカ製
一見女性が描かれたシンプルなボタンだが、白い部分を回転させると中に小さなスペースが。口紅を忍ばせて使うことができるという、女性にうれしい優れモノだ。1940年代の品。
プラスチック(カゼイン)ボタン イタリア製
大戦後すぐの40年代後半につくられたというボタン。イタリアでつくられた同時代のボタンには自由なデザインのものが多いそうで、その代表的なものとして挙げていただいた。使い勝手はさておいて、個性的なフォルムは見ているだけで楽しい。
サフィレットボタン チェコ製、もしくはイギリス製
サフィレットとは、ボタン中央に配された変色ガラスを指す。19世紀後半から20世紀初頭にかけてつくられた品。見る角度によって色を変えるサフィレットの製法は明かされておらず、現在でも再現不可能。そのためコレクターも多いのだそうだ。
プラスティック(セルロイド)ボタン フランス製
1960年代からプラスティック・ジュエリーを制作しているパリ生まれのデザイナー、リア・スタンの作品。写真は1970年代のもの。何層にもセルロイドを重ね、カッティングすることで生み出される独特の色彩表現にはファンも多い。
気軽に身に付けられるアートピース。1つ穴が開いていれば、表現は無限大。
店舗の運営やイベントへの出展で多忙な小坂さんだが、常日頃はどのような形でボタンを入手しているのだろうか。
「店を運営しているので「仕入れ」という形になるのですが、国内で入手するということはほぼなく、年に1回10日間ぐらいかけてヨーロッパへ行き、現地のバイヤーと取引をしています。同じものが欲しいと思っても、次に出会えるかどうか分からないのがヴィンテージ。以前に比べ、少しずつよいものが見つからなくなってきたな……というのが最近の印象ですね」
ここで、改めてヴィンテージ・ボタンの魅力について語っていただいた。
「ボタンはたった1つで外から見た印象も、自分の気分も大きく変えてくれるもの。ヴィンテージは個性的なものが多く、全体的なファッションの中でよいアクセントになってくれると思います。洋服に付けるだけでなく、リングやブローチにするなど、アクセサリーのような感覚でも楽しめる。最も気軽に身につけられるアートピースと言ってもいいのではないでしょうか」
「CO-」が提供するボタン付け替えリング「SWITCH」。その日の気分に合わせて好きなボタンをカンタンに付け替えることができ、ヴィンテージ・ボタンの新しい楽しみ方を提案している。
「CO-」が提供するボタン付け替えリング「SWITCH」。その日の気分に合わせて好きなボタンをカンタンに付け替えることができ、ヴィンテージ・ボタンの新しい楽しみ方を提案している。
「店舗には古着と年代を合わせたいという方など、コレクターよりも実用重視で来店されるケースが多いです。男女を問わず、ぜひ身近にヴィンテージ・ボタンの魅力を楽しんでいただきたいですね」
小さなヴィンテージ・ボタンの中に詰め込まれた、制作当時の時代背景とつくり手の想い。
特徴的な品々を収集し、愛でるのはもちろん、実際に身につけて楽しめるというのがボタンならではの魅力ではないだろうか。
―おわり―
CO-
都内有数の問屋街・馬喰町に店を構えるアンティークボタン、ヴィンテージボタンを中心としたボタン専門店。一歩店内に足を踏み入れると、バラエティ豊かなボタンたちが出迎えてくれる。19世紀につくられた宝飾性の高いものから、20世紀中盤までにつくられたクリエイティビティあふれる品まで、ヨーロッパ各地で買い付けたボタンを提供。国内作家のボタンを集めたコーナーや、普段使いできるオーソドックスなボタンも。時期によって展示内容が変わるアートギャラリーを併設している。CO-(コー)には[モノを共有する 一緒に何かをする]という意味があるが、 本来CO-のあとに、単語を入れる事で、はじめて一つの言葉となる。 しかし、言葉では表現できない気持ちを表す言葉として、あえてCO-と名づけている。
コレクションを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
宝石のようなアンティーク&ヴィンテージボタンコレクション
世界の美しいボタン
18~20世紀のヨーロッパのボタンを中心に、七宝・ガラス・メタル・貝・木などの素材別と、主要なボタン作家別に約750点のアンティーク&ヴィンテージボタンを紹介。ボタンの歴史がわかるコラムや、フランスと日本の手芸店・博物館の情報も掲載。
ヨーロッパで見つけた珠玉のボタン938個を解説つきで掲載。オールカラーで細部に至るまで見事にわかる永久保存版のボタン図鑑。
ボタン938
ヨーロッパ各地の様々なタイプのアンティークボタンを1冊に凝縮。永久保存版ボタン図鑑です。
著者、小坂直子がイギリスを中心に海外で買い集めた、アンティーク&コレクタブルボタンを紹介するビジュアルブック。
ひと口に“ボタン”と言っても、その素材や形、大きさ等々バリエーションは多岐に渡り、その世界は奥が深い。本書はその魅力と珠玉のコレクションを写真と簡潔な解説で紹介した、他には類を見ないボタン図鑑です。
単にボタンの可愛らしさだけでなく、ヨ-ロッパのファッション文化との関係性や歴史、デザイナーものやノベルティーものといった珍品、レアモノ、素材やボタン穴(シャンク)の解説など、興味深い豆知識が盛りだくさんです。
終わりに
ヴィンテージと言えど、ボタンは機械で量産されるものという勝手なイメージを抱いていた取材前。小坂さんにお話を伺う中で登場したボタンは、ほとんどが職人の手によってつくられたハンドメイドのものであり、その温かみが印象的でした。口紅を携帯できるボタンには思わず興奮!