一歩進む女性はなぜ「革靴」に注目するの?

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取材・文/飯野高広
写真/新澤遥

「ラクな履き心地もきちんと感もどちらもほしい」「スタイルよく見せたいけど毎日ヒールはツライ」「何を履いても長時間歩くと足が痛い!」そんな女性の皆様にご提案します。

「女性の紳士靴=おじ靴」という選択肢。

連載「女性のライフスタイルを広げて深める『革靴』のススメ 」では、『紳士靴を嗜む』の著者であり、2020年の「靴磨き選手権大会」で司会を務めた服飾ジャーナリストの飯野高広さんが、近年一部の女性の間で評価を得つつある「おじ靴」について解説していきます。そもそもおじ靴とはどんなもの?という基本のことから、普段は語られないデザイン・革の種類、いざ履く前の大事なお約束ごと、足のお悩みに合わせた選び方、さらに知れば知るほど面白くなる靴の構造や磨き方など、全7回(予定)にわけてお届けします。番外編では、飯野さんがおすすめする革靴ブランドをご紹介するのでお楽しみに。

さてまずは、「おじ靴」って何がそんなにステキなの?という基本をおさらいしていきましょう。いまイメージしているより、靴選びって幅広いし奥深いんです!

おじ靴→革靴に呼び方を変えました

「革靴」と文字にすると、紳士靴=男性のものというちょっと遠い存在に感じる方もいるのではと考え、当初連載では親しみやすく「おじ靴」と呼んでいました。初回の本文を読んでいただいた方はご存知だと思いますが、実は連載当初から飯野さんと「おじ靴」という表現は違和感あるよね。と話していました。ただ、他に的確でしかも簡潔な表現を見つけることができず、代わりの名称を模索しながらのスタートとなりました。

連載が進むにつれその違和感がふつふつと大きくなり、番外編での座談会や靴のイベントで実際の声を聞くことで、改めて「おじ靴」という呼び名ってどうなの?と立ち返りました。今の時点ではまだ完全に相応しいと感じる呼び名を探し出せてはいませんが、第6回からは「おじ靴」という呼び方をやめ、デザインにある程度以上のドレス性と古典性を有し性別も気にせず履ける靴の総称として「革靴」を用いてみようと思います。ただし、私達が気付いていないだけで、もっと相応しい呼称があるかもしれません。皆さんのご意見を賜りたく、SNSなどでお気軽にご意見いただけたら嬉しいです!

※連載名とタイトルは「革靴」と変更しましたが、第5回までの本文ではそのまま「おじ靴」と記載しています。

紳士靴は男性だけのものではない!

靴「<a href="https://www.british-made.jp/c/brands/cheaney/cheaney-women/cheaney-wing-l/gd2099" target="_blank">​MILLY</a>」(2.7cm)¥63,000/JOSEPH CHEANEY 、パンツ¥25,000/macalastair(<a href="https://www.british-made.jp/" target="_blank">ブリティッシュメイド 銀座店</a>) 靴下/編集部私物

※価格は税別。( )内の数字はヒールの高さです(編集部調べ)。

靴「​MILLY」(2.7cm)¥63,000/JOSEPH CHEANEY 、パンツ¥25,000/macalastair(ブリティッシュメイド 銀座店) 靴下/編集部私物

※価格は税別。( )内の数字はヒールの高さです(編集部調べ)。

昨年のある朝、NHKの情報番組で、いわゆるヒールやパンプスの類の婦人靴を「女子学生の就職活動用や女性の仕事用の靴として強要すべからず!」的な話題を採り上げていた。番組の内容自体は正直、浅くて突っ込みどころ満載だったのだが、個人的には「特にヒールはそもそもの出自として仕事用の靴ではなかったのだから、それを知ってさえいれば、強要以前の問題だよなぁ……」とか「実は強要する側の足元にだって、得てして『よい靴』が履かれていないんだなぁこれが。他人に価値観を押し付ける前に、自らで何らかの見本を示せてないんだから、そもそも説得力がないよなぁ(自分が不完全であるにもかかわらず他人に完璧を強要しようとするタイプの人って、若い頃からどうも信頼できなくて……)」と、当事者の女性の側に同情して観ていた。

ただし、彼女たちも番組の側も、その解決策としての靴に実質スニーカーしか浮かんで来ない状態に、紳士靴に携わる身として自らの無力さを情けなくも感じた。

その一方で、ここ数年、一部の女性が「紳士靴」に全く抵抗を感じず、いやむしろ楽しんでそれを履く傾向も顕著になっている。しかも例えばパラブーツのUチップやトリッカーズのブーツなどを筆頭に、トラディショナルかつ女性に媚びていないデザインや構造のものの方が、彼女たちには遥かに人気なのだ。ミックスカルチャー的なストリートファッションの要素も確かにあるだろうし、性別という装いの垣根自体も間違いなく低くなりつつある。でも、彼女たちの選択には「本質的な上品さ」、つまりワイルドさ全開と言う訳でもなく、従来型のメディアに煽られるがままの全身ラグジュアリーブランドのコーディネートと言う訳でもなく、価格やブランドに関係なく自らの審美眼で選び抜いた主体性が備わっている 。

そこに、何か「風」を感じるのだ。

彼女たちは明らかに、起源も知らずにヒールやパンプス姿を強要している世の男性よりも遥かに深く、靴ことさら今日「紳士靴」と呼ばれている種類の靴の本質を、しっかり理解できている! 従来の価値観を静かに、しかも創造的に破壊しているこの「風」は、長年紳士靴を探究してきた身としては大変嬉しく、女性の足元の選択肢の一つ(そう、あくまで「一つ」で構わない。これに全て変えろなんて意見はもっての外!)としてもっと広まって欲しいと素直に思っている。

それを陰ながら手助けしたく、今回女性が履く紳士靴=世間では目下「おじ靴」と呼ばれている靴ついて、その基本中の基本を数回に渡ってお話しすることにした。なるべく平易な言葉使いを目指したいが、何せこちらももはや52歳のオッサンである。堅苦しくて難しい表現が出てしまうこともあるかもしれない。その点お許しいただきたい。

で、「おじ靴」って?

MuuseoSquareイメージ

そもそも「おじ靴」とは果たしてどんな靴? 初めてこの表現を耳にする人なら疑問に思う事が確実だろう。そこで、今回の一連の記事で取り上げるこの種の靴について、まずは「大まかな目安」を示しておきたい。

「おじ靴」とは、今日言うところの「紳士靴」と同様の構造とデザインを有する、レディスサイズを基準に設計された革靴と、ここでは定義しておく。すなわち、例えば足の甲が大きく露出するパンプスのようなデザインとは異なり、またアッパーの素材が化学繊維などでできたスニーカーとも異なる、今日的な価値観において男女双方で活用可能なデザインの革靴、という意味だ。

本当はもっと細かく定義したほうが良いのかな?と言う思いも当初は有った。例えば「ヒールの高さが3.5㎝位まで(それ以上の高さになると木型の設計が根本的に変わるから)」「ソールとヒールとの間に大きな段差がある(逆に段差が無く一体構造なのがスニーカーの最大の特徴だから)」などなど……。

しかし、定義を厳密にするのを通じ、そこから漏れた靴を対象から一切排除しよう的な発想を、私は個人的に好まない。ましてやこの「おじ靴」なる表現についても、男女をむしろ分け隔ててしまう気もしていて、もっと適切な言葉がないものか?と思ったりもしているくらいなので。この辺りは時代の流れが解決してくれるのかもしれないが、読者の皆さんで何か良い表現を思い付けた方、どしどしご教授・ご提唱を!

「おじ靴」の三大特徴

他のものと比べて「おじ靴」の魅力は……ざっと挙げると以下に記すような感じだろうか。今すでに「おじ靴」を活用している女性も、これらの本質を何らかの形で会得・体得できたからこそ楽しんで履いているのではないかなと。

ただし、全ての「おじ靴」がそうだというつもりは毛頭ない。これらは良質の素材で丁寧に設計・製造され、かつ履く人の足と合ったものであれば、と言う条件が付けばの話である。ここをどうか忘れないでほしい。

①見た目はカタそう。でも足を絶妙にホールドし疲れ難い。

これは意外に思う方も多いかもしれない。特に学校指定のローファー以来この種の靴を履いた経験のない人にとっては、嘘のように聴こえるのではないか? とは言え、上記の条件が揃ったものであれば、今日のヒールやパンプスのような婦人靴だけでなく、見た目は快適そうだが用途次第では足と脚にとっては時に過保護になり兼ねないスニーカーと比べても、履き心地が自然で長時間快適に過ごせるのは間違いない。

スニーカーのように足を緩く包むのを「心地よい」と感じるのは、例えるとふわふわ柔らかいソファーに座る感覚と近いのではないか? 確かに座った瞬間は快適だが、それに長時間座り続けていると、身体の節々が変に凝る経験をお持ちの読者もいらっしゃるだろう。乗用車や作業用の椅子にはある程度の硬さと緻密なホールド感が求められるのと同様に、靴を長時間履き続けることが、それこそ「苦痛」や「窮屈」にならないためには、靴全体で足をしっかり支える堅牢でかつ的確にフィットする構造が不可欠。高品質な「おじ靴」は、そのかなり近い位置にあると思う。

実は私は今から数年前、不注意で右膝の半月板を損傷した。医師の勧めで手術ではなく筋トレやストレッチによるリハビリを選んだのだが、その初期の段階で、逆にこれ幸いにと「どの靴が膝に最も負担が掛からないか?」を、様々な靴を履くのを通じ検証してみた。インポートの健康サンダル、分厚いカップインソールが入ったコンフォートシューズ、軽くてクッション性抜群のハイテクスニーカー……。

結果、丸一日履いて最も膝へのダメージが少なかったのは、嘘みたいだが所有する靴の中では最も古典的な一足、つまり牛革の底が手縫い(ハンドソーン・ウェルテッド製法。詳しくは別の回で!)で取り付けられた「足に合った紳士靴(紐靴)」だった。あくまでも個人的な経験ではあるが、これは「おじ靴」の可能性を示す好例のような気もする。

②飽きずに長持ち。よくよく考えると飛びぬけたコスパ。

ごく一部の定番品を除いて婦人靴は今日、シーズン毎にトウシェイプやヒールの高さ、それにアッパーの色柄や素材等も含め流行が目まぐるしく変化する。

その影響で少なくとも日本の婦人靴業界は、旬のスタイルのものを短期的にかつ低コストで製造し、安価にかつ大量に販売する体制に陥ってしまっているのが現状だ。そして消費者の側も「そういうもの」「2・3シーズン履いたら処分するもの」と肯定的に受け止めてしまっている。

これではどちらの側にも「履き心地の向上」のような長期的な観点など望む余地は、正直全くない。

その点「おじ靴」は、婦人靴に比べ、そしてスニーカーに比べてもデザイン的な流行の変化は明らかに緩やか。そして構造的にもそれらに比べ間違いなく堅牢である。つまり、より「飽きずに長持ちする」ように作られている。ソールの全面交換が複数回可能なものも沢山ある。そう、だから簡単にはゴミとして処分され難いのだ。ついつい忘れがちだがこの点こそ、環境保護の観点からも非常に重要な特長だと思う。

確かに他の靴に比べると「おじ靴」は総じて高い(ラグジュアリーブランドを中心に、最近はスニーカーでも品質の割に驚くような価格が付いているものもあるが)。しかしこれは初期投資の観点からのみでであり、長期で見れば遥かに安上がりであることも知っておいて損はしない。

③新品はまだ素のレベル。お手入れでどんどん「自分の靴」に成長する。

婦人靴であれスニーカーであれ、靴として一番美しいのと共に最高の機能を発揮するのは、恐らく新品の時だろう。どちらもそこから劣化してしまうのがやむ無しというか当然だと考えられている。しかし「おじ靴」はこれが決定的に異なる。履くこととお手入れさえ定期的かつ継続的に行っていれば、快適性がどんどん増してくる。私の経験からすると、履き込んでソールの全面交換を行うタイミング辺りが最も快適だ。

そしてお手入れによる経年変化=エイジングを通じ、「どこどこのブランドの靴」から「自分の靴」に変化していけるのが、「おじ靴」を履く大きな楽しさでもある。装いに対してブランドやデザインに引き寄せられるような受け身の姿勢から、自身の方にアイテムを引き寄せる積極的な姿勢に、言わば大逆転が簡単に可能なのだ。

女性は男性に比べ、経年変化=エイジングより現状維持=アンチエイジングの方に関心を寄せてしまうのはもちろん理解できる。この辺りは今後のシューケア用品の開発の大きなヒントになりそうだが、カッコいい経年変化を自らの力で、しかも自然に生み出せる「おじ靴」は、多くの女性に新たな観点を見出してくれるのではないだろうか。

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という事で、長くなったので今回はここまでとしたい。

次回以降は、まずはカッコいい「おじ靴」の買えるブランドやお店を幾つかご紹介した上で(皆さんも早いタイミングで具体例が見たいでしょうから)、その「履く時のちょっとしたコツ、と言うかお約束」「どんな造りになっているか?」「主なデザインの呼び名」「足の特徴に合わせた、デザインの選び方」「革の種類」「お手入れの方法」を色々お話ししたいと思っているので、どうかご期待の程!

ーおわりー

撮影協力:ブリティッシュメイド 銀座店 ☎︎03-6263-9955

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公開日:2020年3月31日

更新日:2022年5月2日

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

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