失われゆくモノを未来へ託す。「NO NAME PARISH」が、レストアで伝える家具との関わり方。

失われゆくモノを未来へ託す。「NO NAME PARISH」が、レストアで伝える家具との関わり方。_image

取材・文 / 松田 佳祐
写真 / 中村 優子

「平成」から「令和」へ元号が変わった。

新たな時代の幕開けに心を躍らせる一方で、少し不安を感じてしまう。転換を経た先に、何が残り何が消えていくのか、もはや誰にも予測がつかないからだろう。

ある人は、「本当に素晴らしいものは残り続ける」と言うが、果たしてそうだろうか。

価値観の多様化は止まることなく進んでいく。どんな「良いもの」も時代の流れに任せきりでは消えていってしまう……というのは杞憂に過ぎないのか。

ただ一つだけ確かなことは、これからの時代「後世に受け継ぐべきモノ」を伝える語り部の存在が重要になってくるということだ。

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柿の木坂の住宅街にある「NO NAME PARISH(名も無き教区)」は、1960〜1970年代生まれの北欧デザイナーズ家具を中心に販売するお店。

オーナーの西山正晴さんは、専属の職人と契約し(時に自らも!)、ヨーロッパで買い付けた一点一点の家具を丁寧にレストアし、さらに30〜40年と使えるような状態でお客様に引き継いでいる。

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「ヴィンテージの家具を未来へ橋渡すには、誰かがしっかりメンテナンスをしなければいけない」。

西山さんを突き動かすその想いの背景には、自身の価値観に大きく影響を与えたヨーロッパの文化があった。

再生して使うことが前提にある、ヨーロッパの家具文化

西山さんがお店をオープンする際に、最初に買い付けで訪れた国がイギリス。そこで「レストア」という文化に触れたことで、家具に対する日本とヨーロッパの違いを目の当たりにする。

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「イギリスで一番仲良くして頂いたディーラーさんから、レストアのやり方を教わりました。材料や道具を買って、自分の買い付けたものを現地の工場でメンテナンスするというのはとても新鮮でしたね。モノに対しての考え方が違っていて、たとえば、ちょっとしたホームセンターへ行って家具の手入れ用溶剤を見てもとんでもないバリエーションがあるんです。メンテナンスが日常生活の中にあって、家具だけでなく家ですら自分たちで手入れするという文化があることに驚きました」

その考えは家具作りにも通じており、ヨーロッパで作られた家具は長く愛用するために作られているのだという。

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「基本的にはバラして修理しやすい構造になっています。2世代、3世代と引き継いで使えるように、張り替えたり塗装しやすいように作られているので、パーツにも木材が多く、釘やネジをあまり使っていません。だからこそ、組み直して、再度塗装することでほぼ新品に近いような状態に仕上げることができます」

また、ヨーロッパでは親が子供に小さい内から「家具育」をすることも大きいのだそう。

「家具を引き継ぐということは、扱い方を引き継ぐということでもあります。たとえば、家の中でもテーブルを丁寧に使わせたり、傷が付いてしまった時にはオイルで磨くなどのメンテナンスを子供と一緒にやります。一緒に手入れをさせることで、木が蘇って綺麗になるということを原体験させるんですね。そうすると、自分が頑張って綺麗にしたテーブルに愛着を持つことができるので、大人になってからも修理をして大切に使うようになるわけです」

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西山さんが「レストア」にこだわるのは、そういった文化を伝えていきたいという想いもある。家具は芸術品ではなく、あくまで生活の道具。だからといって、安価な家具を使い捨てにするのではなく、大切に使うことで我が子やその孫に受け継ぐことができる。その美徳をお客様に伝えるためには、徹底した「レストア」が欠かせない。

「ヴィンテージの家具というと、もっと輪ジミや傷がたくさん付いた汚れたモノを想像される方が多く、うちの店の商品を見て『すごく綺麗にレストアされているので触りづらい』と言われる方もいます(笑)。たしかに傷や汚れを味と捉えるモノもヴィンテージなのですが、汚れている状態で引き渡してしまうと、お客様も雑に使うので最終的に直せない状態になってしまうことも多いんです」

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「新品に近い綺麗な状態にレストアをすれば、もう一度新品の家具と同じように大切に使おうという気分になります。お子さんのいるお客様にはいつも、『生活の道具ですので、使っていてある程度汚れてしまうのはしょうがないと思ってください。でも、この状態に戻せるというのをちゃんと覚えてもらえれば、20年後、お子さんが大きくなった時に綺麗な状態に戻してバトンタッチできます』と言っています。丁寧にレストアをすることで、この先、30年も40年も愛用することができますからね」

レストアは、後世に受け継ぐためのメンテナンス

「レストア」とはどのような工程で行われるのだろうか。今回は特別にレストア過程の椅子を用意して頂いた。

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「こちらが何もしていない状態。汚れていたり、ペーパーコードが切れていたりしています。塗装がしてありますが、剥離剤という溶剤で一度塗装を落とします」

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「塗装を落とした後は、紙やすりでサンディングして地ならしをしていきます。ここをどれだけ綺麗に仕上げるかが肝です。例えば、椅子の背には丸みがありますので丁寧に仕上げないと原型を残すのが難しい上に、塗装が綺麗に乗らないんです」

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「あとは、椅子の緩みを全部確認して、緩んで動いてしまうようなところは一度はずして、再度丁寧に圧着して強度を高めます」

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「塗装が終わった段階で、椅子の裏に釘を打って、ペーパーコードを編み込んでいきます」

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「これが完成品です。年代を経た木の美しさは、綺麗に塗装仕上げをしたとしても味として残ります。日に当たることで出てくる赤みは新しいものでは再現できないヴィンテージならではの味ですよね」

西山さんのお店では、レストアの際に当時の作り方や部材を研究し再現している。時にはお客様の要望に応じてアレンジすることもあるそうだが、それは元々の構造を熟知しているからこそ為せる技。少数精鋭の家具職人と契約することで、丁寧なフルメンテナンスを可能にしている。

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「時間も費用もかかりますので、そもそもフルメンテナンスをやっているお店自体が少ないですね。ここまで手入れをしないでクリーニング程度で販売しているお店もありますし、こんなに綺麗に塗装をしたらヴィンテージに見えなくなると言う方もいます。ですが、家具が生活の道具である以上、この先何十年も使い込むことを考えると、どこかで誰かがきちんとメンテナンスをしなければならないと思っています」

熱量に満ちた時代の家具を、未来へ橋渡す役割

長く愛用されることを想定して作られたヨーロッパの家具。その中でも、西山さんがとりわけ1960〜1970年代の北欧家具に魅せられたのには理由がある。

「私が1967年生まれだということもあり、自分が小さい時に体験してきた年代のものが好きだというのもありますが、その年代の家具から、デザイナーさんがこういうモノを具現化して製品化したいという熱量を強く感じるんです」

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「たとえば、『グレーテ・ヤルク』というデンマークのデザイナーの作品。デザインに対する気遣いが圧倒的にきめ細やかなんです」

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「クッションを背中で押さえた時に、身体の形に馴染むように背面のフレームを背の形状に合わせて削り込んであります。普通なら、フラットにしてクッションで吸収しようという考え方になりますよね」

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「座面の下にもそれぞれのクッションが隣へずれ込まないように、カーブを取っています。購入したばかりであればクッションが固い状態なので、ずれにくいのですが、使い込んでいくこと中身が柔らかくなりずれやすくなります。そこまで考えて設計されています」

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「フレームを削り込んで丸くラウンドさせていたり、細部のディテールにまでデザインが行き届いています。パーツの木材も今では機械で地取りをすることでロスを削減できますが、昔はある程度粗切りした材料から贅沢に削り込んでいって形を出していました。最終的な作業は手で行うので、手がける職人によって絶妙に形が違うのですが、それもまた良いんです」

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「1960〜1970年代は、コストとか生産効率とか、採算性という話以前に、そのもの自体をどう形にするかということを大切にしていた時代なのでデザイン性が非常に豊かなんです。現代の家具と比べても機能的ですし、デザイン的にも1960〜1970年代の家具を超えるモノがなかなか出てこないということもあり、その時代のモノを追いかけ続けています」

家具が安価に大量生産される前の時代に生まれた名品の数々。それは、西山さんにとって、「家具を大切にし、後世に受け継いでいく」ことへの象徴なのかもしれない。

ーおわりー

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NO NAME PARISH

2007年にオープンし、2012年に現在の目黒区柿の木坂へ移転。デンマーク、イギリス、ドイツなどで買い付けた1960〜1970年代の北欧デザイナーズ家具を中心に、アートポスターや雑貨なども取り扱う。「名も無き教区」という意味の店名には、枠に捉われずその時に好きなモノを取り入れたいという想いが込められている。家具店では珍しく、フルメンテナンスに対応しているのも魅力。

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公開日:2019年5月22日

更新日:2021年10月8日

Contributor Profile

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松田 佳祐

1987年生まれ。新潟県三条市出身。大学在学中にセレクトショップに勤務し、洋服のカルチャーと小売業の仕組みを学ぶ。卒業後、フリーランスの編集・ライターとして活動をスタート。数々のファッション・ライフスタイル誌に携わる。その後、編集プロダクション・広告代理店・デザイン会社を経て2017年に独立。現在は、フリーランスの編集者/コピーライターとして活動。

終わりに

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西山さんに家具の買い方を尋ねたところ、「一度に全部揃えるのではなくて、時間はかかってしまっても一点一点を丁寧に家に入れていって、雰囲気を確認しながら足していく方が良い」と仰っていました。なんとなく、モダンとかクラシックとかテイストに合わせて一式揃えるものかと思っていましたが、既存の枠に捉われずに、家族全員が一脚ずつ自分のライフスタイルに合う好きな椅子を選ぶなんていうのもありなようです。

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