椅子の生地を張り替えるというのは、案外自然なこと
「家具」というジャンル自体に高価な印象があるせいか、どうしても修理や修復に敷居の高さを感じてしまうという方も多いだろう。
まして、そういう考えが根底にあるのだとすれば、アレンジ=好きな生地を張り替えるなんていう考えには到底及ばないはず。
言うなれば、上級者向けの高貴な嗜みに思えてしまうのだ。
ところが、西原さん曰く「自然なこと」なのだそう。
「同じ洋服を一週間も一ヶ月も着続けるという方はなかなかいないと思いますが、椅子の場合ともすると数十年間毎日座るという可能性もあるわけです(笑)。しかも、よくよく考えてみると座面の生地って繊維ですよね。いくら家具用のファブリックを使っていて、服地よりは強度があるとは言え、さすがに毎日使っていたら摩耗していきます。そういう意味では、生地を張り替えることはとても自然なことなんです」
意外にリーズナブル。生地の持ち込みもOK!
お話を聞いて完全に腑に落ちてしまったことはさて置き、気になるのはサービスの価格。金額次第では洋服のように季節で衣替えを楽しむというわけにはいかないのでは……。
「たとえば、ビスポークスーツの仕立て屋さんへ行くと生地によってグレードがあるじゃないですか? それと同様に基本の技術料(座面は8,000円〜)に生地の材料費がかかるようなイメージです」
想像していたよりもリーズナブルな価格設定で一安心。しかも嬉しいことに自分で持ち込んだ生地でカスタムすることも可能なのだとか。
「椅子張り用に作られた生地の方が強度や耐久性はありますが、家庭で楽しむのであれば自分の好きな生地を持ち込んでいただくというのも良いと思います。たとえば、履き込んだ古着のデニムをパッチワークにして使ってみるのも面白いですよね。しかも、その場合は技術料だけで済みますからね(笑)。カスタムを通じて家具を楽しんでもらえたら嬉しいです」
世界には、家具屋でも知らないような面白い生地が沢山ある
西原さんはプロユースのインテリア用ファブリックメーカーに勤めていたことがあるからこそ、一般の家具屋さんが知らないような生地への造詣も深い。
せっかくなので、西原さんおすすめの生地をいくつか紹介していただいた。
ウィリアム・モリスが手がけたグラフィックのプリント生地
イギリス人のデザイナー、ウィリアム・モリスの手がけたグラフィックのプリント生地。英国の椅子だけに生地との相性も抜群だ。座面を取り外せる椅子を持っているなら、写真のように気分によって座面を取り替えることもできる。
イタリアンレザーのファブリック
発色の良さが魅力のイタリアンレザーのファブリック。使い込むほどに出る味を楽しめるのもレザーの醍醐味。
ベルベッドファブリック
スペイン性のベルベッドファブリック。高級感があり、光に当たった時の美しさや質感の滑らかに優れている。
自分だけのオリジナルな一脚を
実際にオーダーをする方は、WEBでイメージに近い画像を見つけてきて「こういう生地はありますか?」と尋ねてくることが多いという。
基本的にはその情報やヒアリングをベースに、取引のあるメーカーに問い合わせていくつかのカットサンプルを用意するが、時には生地屋さんのショールームへ一緒に行き、そこで選ぶということもあるのだそう。
イギリスとドイツの超高級ファブリックをパッチワークにした贅沢なクマのぬいぐるみ。
西原さん曰く、「その人が選んで、その人が良いと思ったものが、その人のスタイルになる」。
無数に種類のあるファブリックの中から琴線に触れる一枚を選び、自分だけのオリジナルな一脚を手にしてみてはいかがだろうか。
ーおわりー
Fizz Repair Works
2012年にオープンした全面ガラス張りの家具リペアショップ。店内の什器はすべてオーナーやスタッフの手作り。とくにレジ台として使われているはめ板のカウンターの出来栄えは圧巻。主に椅子、ソファ、テーブル、チェストなどのリペアを請け負っており、アンティーク家具に限らず持ち込めば相談に乗ってくれる数少ないお店。店内には男心をくすぐる地下階段が設置されているが、倉庫として使用されているため立ち入りは不可。定期的にワークショップも開催している。
インテリアを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
各椅子の特徴、構造、デザイナーの思いなどを探る
歴史を彩った椅子から世界で活躍するデザイナーの椅子、そして暮しのなかの椅子まで。類書のない、椅子の物語であり技術史である。
椅子づくり百年物語―床屋の椅子からデザイナーズチェアーまで (百の知恵双書)
床屋の椅子は、いつから坐り心地がよくなったのか。旧帝国ホテルの設計者、フランク・ロイド・ライトが自らデザインした椅子に込めたものは。体の大きなマッカーサーが日本上陸後に使った椅子と、体の小さな吉田茂が愛用した椅子の違い。この一〇年で、自動車のシートはどのように変わったか。椅子の試作開発に永年携わる職人・宮本茂紀が、半世紀にわたって関わった椅子を、ものづくりの現場にいる者ならではの経験と洞察力で語る。
終わりに
「カスタムできる」と聞くと、どうしてこんなにも心が動いてしまうのでしょうか。それはきっと自分だけのオリジナルなモノに惹かれるからなのだと思います。昔、ある編集者の先輩が言っていました。「自分が取材先で買い物したくなるのは良い企画」なのだと。そんなわけで、今回も西原さんのお話を聞いて、椅子の生地を張替えたくなりました。デニムにしようか、ミリタリー仕様にしようか、はたまたツイードなんてのもアリだな……。あ、張り替える椅子を持っていませんでした。まずはお気に入りの椅子を探すところから始めます(涙)。