家具修理の専門家から学ぶ「リペア論2.0」。原状回復の先にある醍醐味

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取材・文 / 松田 佳祐
写真 / 新澤 遥

祖父母のところへ遊びに行くと、たいていどこの家にも一つは古いタンスがあって、「これは代々我が家に伝える桐タンスで〜」なんてウンチクが飛び出すこともしばしば……。

そんな時代をはるか昔に感じるほど世の中が進歩し、今では修理を重ねて愛用してきた和家具よりも、DIY気分で組み立てる北欧ブランドの家具の方が身近になった。

「家具は、洋服や革靴と同じように生活を豊かにする道具」。

そう考えれば、安価にオシャレな家具を手にいれて壊れたら売るというライフスタイルも自然なのかもしれない。

ところが、家具の楽しみ方にはまだまだその先があるらしい。品質の良いものを手にいれて修理を重ねて長く愛用するというのも一つの楽しみ方ではあるが、どうやらさらにその先の醍醐味があるようだ。

「家具は、もっと楽しむことができる」。

その想いを世に伝えるべく、自身の知識と経験をフル活用した家具のリペアサービスをスタートした西原弘貴さんは、家具の修理・修繕やワークショップを通じて、持ち主と家具の新たな関係性を提案し続けている。

そんな西原さんだからこそ、家具の楽しみ方を二倍にも三倍にも膨らませる術を持っている。言うなれば、「リペア論2.0」。今回は、私たちが想像する家具リペアの一歩先を行く楽しみ方を教えてもらった。

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マイナスからゼロだけでなく、マイナスからプラスに変える

あなたは「リペア」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。おそらく、リペア=破損した家具を元の状態に戻す「原状回復」という印象の方が強いはず。それは間違いではないが、西原さん曰くリペアの意味合いはもっと広いのだそう。

「破損してしまった家具を、使うことのできる状態に修復したり、メンテナンスをするというのはスタンダードコースです。それも良いのですが、家具をもっと楽しむのであれば、椅子の座面生地を張り替えたり、木部の塗装をするなど、元の状態からカスタムするというのもオススメです」

家具をカスタムするということは、多くの方にとってそこまで馴染みのない文化なのではないだろうか。ところが、じつはとても自然なことなのだと西原さんは語る。

「たとえば、一番シンプルなカスタムで言えば椅子の脚の長さがあります。海外では家の中でも靴を履く文化ですし大柄な方も多いので、椅子のシートハイ(座面の高さ)が高く設定されています。ですので、ヨーロッパから輸入した椅子に日本の方が座ると、足が浮いてしまうということも多いんです」

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「輸入家具メーカーの中には日本の規格にシートハイを調整してから輸出してくるところもありますが、そもそも同じ日本人でも世代によって体格や脚の長さが違いますよね。そう考えると、椅子の脚をカットして自分の身体に合わせるというのはとても自然なことなんです」

たしかに、自転車にしてもパンツにしても購入したものを自分の丈に調整するというのは誰もが当たり前にやっていること。家具に対しては、そういった認識がないというのも不思議な話だ。

「せっかくデザインを気に入って購入しても、身体に馴染まないといつか捨ててしまうことになります。それは本当にもったいないと思いますし、アップデートさせることで自分の身体に合うようになれば、その分愛着にも繋がって長く愛用できるはずです」

また、西原さんのお店で脚の高さ調整と同じくらいお客様に好評なのが、座面生地の張り替え。好きな生地で張替えることができるので、ファッション感覚で楽しむ方も多いのだそう。

「椅子の座面には耐摩耗性のある強い生地が使われていることが多いのですが、それでもやはり繊維なので毎日使うと当然磨耗していきます。洋服は季節によって衣替えをしますが、ともすると椅子には毎日座る可能性があるので、メンテナンスという意味でも定期的に生地を替えるのは良いことです」

「もちろん椅子用に作られた生地の方が丈夫ではありますが、アップデートするという意味では、自分の履いていた古着のデニムをパッチワークにして張るということもできます。弊社では生地の持ち込みも受けていますので、愛着のある生地を使ってオリジナルな椅子に仕上げることもできます」

家具を大切にする文化を発信する、「作らない」「売らない」家具屋

西原さんが家具のアップデートを強く推奨する理由はいくつかある。一つ目は、世界には家具屋さんでも知らないような面白い生地がたくさんあるということ。

「大学卒業後に勤めた会社が、インテリアデザイナーや建築家のようなプロ向けに、海外からファブリックや壁紙を輸入して販売する老舗メーカーでした。そこで学んだ経験を生かして、うちのお店では一般の方や普通の家具屋さんが知らないような生地を提案することもできます」

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「たとえば、お店の壁に飾ってあるトワル・ド・ジュイというプリント生地はフランスを代表するテキスタイルで、日本でいうところの屏風のような存在。絵柄の一つ一つがストーリーになっているんです。こういった面白い生地があることをきっかけに、家具を楽しめるようになるお客様もいらっしゃるんですよね」

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「このクッションに使用しているハラコレザー(写真左)もイタリアのレザーメーカーが販売している生地で、一般的なレザーソファの生地と比べると10倍以上の値段がします。裏側に使っているスペインのベルベット生地(写真右)も、国産のそれと比べると触った時の滑らかさや光沢感が圧倒的に違います」

もう一つの理由は、モノを大事にする文化を伝えていきたいということ。西原さん自身も元々はオリジナルの家具を販売することを事業の視野に入れていたそうだが、2011年に起こった東日本大震災を機に考えが変わったのだという。

「家具だけに限った話ではないのですが、新しい製品が出てきては捨てられるというサイクルが進む中で自分たちにモノを作る意味があるのかを考え直してみました。実際、多くの家具屋さんは倉庫に在庫を抱えていて、セールをしてもなかなか売れないという現状もあります。それならば、捨てられてしまったり、行き場に困った家具をリペアしたり、アレンジすることで、モノを大切にする価値観を伝えていくのが自分たちにできることなのではないのかと思うようになったんです

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そうして2012年に家具リペアやワークショップを行う「vise」というお店をオープンした。目指したのは、「作らない、売らない」をモットーにした日本でただ一つの家具屋だ。

「たとえば、北欧のヴィンテージ家具や英国アンティーク家具というスタイルのある家具屋さんではリペアを請け負えるものに制限があります。うちの場合は、塗装や木工、生地の張替えなどの技術で適応するというスタイルでやっているので、作られた国や年代、モノ自体の価値に捉われず、どんな家具のリペアも請け負うことができるんです」

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「使っている塗料や道具、家具の時代背景や歴史に関してはその道のプロである家具屋さんと情報交換をすることもありますが、実際には解体してみて初めてわかることも多いです。逆に家具屋さんから技術的なことで頼って頂けるのはとても嬉しいです。こういうスタイルで家具修理を請け負っているお店は、日本全国を探してもうちしかないと思いますよ」

家具を楽しむということは、家具を大切に考えること

西原さん曰く、日本で家具をリペアして大切に使うという文化が根付きにくいのは、リーズナブルに手に入れることができる家具が増えている一方で、その修理を請け負うお店が少ないことに一因があるのだそう。

「椅子やテーブルは毎日使う生活の道具ですので、傷がついたり汚れたりするのは当たり前。洋服をクリーニングに出すのと同じように、メンテナンスは必要なんですよ。ただ家具に関してはリペアを請け負うお店が国内であまりに少な過ぎるんです。ともすると、自分たちの製品の修理を断るメーカーさんもいますからね。うちでは、そういった家具のリペア依頼も非常に多いです」

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そういう現状を少しでも変えていくためのアクションとして、西原さんはワークショップ事業にも積極的に取り組んでいる。

「たとえば、この壁に飾ってある『ペルメール』というインテリアアクセサリーを用いて新宿の伊勢丹さんでワークショップをやらせて頂いたことがあります。ヨーロッパではベッドのヘッドボードや壁全体に生地が貼ってあることがあるのですが、日本の建築法では防火の基準が厳しくて難しいんです。これは塗装とアンティーク加工を施した木のフレームに生地をはめたものなので、部屋に飾れば小さな空間でも生地を楽しむことができます」

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「ペルメール自体は元々フランスの文化なのですが、こういうモノがあるということを伝えていくことで家具の楽しみ方を伝えていきたいという想いはありますね。リペアで椅子やソファの生地を張り替えた際に、余った生地を使ってペルメールやクッションをオーダーされる方も多いんですよ」

このように一口に家具のリペアと言っても、楽しみ方はとても幅広い。はじめは修理・修復の依頼でお店を訪れたのを機に、家具をアップデートさせる楽しみに魅せられる方が多いというのも納得だ。そして、西原さん自身もアップデートの依頼こそが一番のやりがいなのだという。

「家具を作っているメーカーさんはゼロからモノを作るわけですが、私たちが生業にしているリペアはマイナスからゼロだけでなく、マイナスからプラスへ持って行く仕事です。お客様と打ち合わせをしながらアップデートの方法を考えることは楽しいですし、私たちの技術と経験の魅力を引き出して頂ける依頼に応えて、これまで以上にお客様が家具を愛せるように仕上げるのが何よりのやり甲斐です」

ーおわりー

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Fizz Repair Works

2012年にオープンした全面ガラス張りの家具リペアショップ。店内の什器はすべてオーナーやスタッフの手作り。とくにレジ台として使われているはめ板のカウンターの出来栄えは圧巻。主に椅子、ソファ、テーブル、チェストなどのリペアを請け負っており、アンティーク家具に限らず持ち込めば相談に乗ってくれる数少ないお店。店内には男心をくすぐる地下階段が設置されているが、倉庫として使用されているため立ち入りは不可。定期的にワークショップも開催している。

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公開日:2019年4月27日

更新日:2021年10月8日

Contributor Profile

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松田 佳祐

1987年生まれ。新潟県三条市出身。大学在学中にセレクトショップに勤務し、洋服のカルチャーと小売業の仕組みを学ぶ。卒業後、フリーランスの編集・ライターとして活動をスタート。数々のファッション・ライフスタイル誌に携わる。その後、編集プロダクション・広告代理店・デザイン会社を経て2017年に独立。現在は、フリーランスの編集者/コピーライターとして活動。

終わりに

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敷居の高い印象を持っていた家具リペアですが、椅子の生地を張り替えたり、座面の高さを調整するのが思っていたよりも気軽にできるというのは驚きでした。何と言っても興奮したのは、自分の持ち込み生地で家具をアレンジしてくるということ! 男性なら一度は、履き込んだデニムや軍モノのウェアを座面に使用した椅子を作りたいと考えたことがあるのではないでしょうか。余談ですが、西原さんは古着もお好きなので、そういったリペアにも広く理解を示してくれるはずです。

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