「お気に入りの革靴を履いている」満足感は、仕事や学業のパフォーマンスをあげてくれるもの。この連載では革靴のデザインごとに代表モデルやディテールについて解説します。
愛せる革靴を探す旅。今回はセミブローグを掘り下げます。労働靴としてのルーツを持ち、フルブローグほどカジュアルな印象を与えないセミブローグはビジネス用途として一つの最適解になりえる靴です。
セミブローグとは?ウイングチップとパンチドキャップトウとの違いを解説
セミブローグとはつま先のブローギングが一文字状で、他の縫い目にも同様な装飾が施されており、かつメダリオンがあしらわれた靴を指します。
「ブローギング(broguing)」とは「穴飾り」のこと。ブローギングが靴の縫い目に施された靴は「ブローグ(brogue)」と呼ばれています。スコットランド・ゲール語で靴を意味する「ブロッグ」から派生しました。
一方、穴飾りの中でもつま先部分に小さな穴をたくさんあけたものは「メダリオン」と呼ばれます。日本では「おかめ飾り」としても親しまれています。
なお、靴の装飾としてはブローギングやメダリオンだけでなく、「ピンキング」と呼ばれる手法もあります。ピンキングは専用のハサミを使って革を波模様にカットすることを言います。
メダリオンがなく、キャップトウの一文字と外周の部分にブローギングが施された靴は「クォーターブローグ」になります。クォーターブローグは、ブローグシューズの中でも装飾は控え目であることが特徴です。
なお、靴の外周部分に穴飾りが施されておらず、一文字部分だけに穴飾りが施されているものは、「パンチドキャップトウ」と呼ばれます。
パンチドキャップトウのトウ。
ブローギングが一文字ではなく、アルファベットの「W」のような形となっているものがフルブローグです。フルブローグは、華やかな装飾が特徴でつま先がトリの翼のようなかたちをしていることからウイングチップと呼ばれることもあります。
ウイングチップ(フルブローグ)のトウ。
ウイングチップはもともとアメリカで呼ばれる呼称です。イギリスでは、内羽根式のものはフルブローグと呼ばれ、外羽根式のものはダービーフルブローグと呼ばれます。フルブローグは、トラッドスタイルの代表的なデザインの1つです。しかし、フルブローグのように華美な靴は内羽根式であってもフォーマルシーンでは基本的に好まれません。
一般に、靴は穴飾りが多ければ多いほどカジュアルな印象を生み出します。上で説明したように、「フル」→「セミ」→「クォーター」と見た目はシンプルになっていきます。
セミブローグは、トウに動きがないぶん、カジュアルになり過ぎずに履ける靴です。
セミブローグの歴史
ブローギングが施された靴はスコットランドで誕生しました。つま先を二重の革で覆い、さらに水滴が落ちやすいように小さな穴を施すことによって、水が革の表面全体に広がるのを防いでいました。そして、この穴は革内部の通気性を高めることにも一役買っています。
このように、ブローギングと呼ばれる穴飾りは、もともと屋外労働時に水や雨で濡れた場合でもあっても水分を効率的に発散するためにあけられたのです。
セミブローグのトウ。
イギリス上部に位置するスコットランドから、イギリス下部に位置するイングランドにこの靴が渡った際に、イングランドの靴職人たちはデザイン性の高いブローギングやメダリオンを施しました。
それによって、ブローギングやメダリオンは通気性という機能だけではなく装飾性を高める役割も担うようになります。
その装飾性に注目したイングランドの紳士たちは、靴をオーダーする際、メダリオンに自分のイニシャルや紋章などを彫ることによって自分の地位を表そうとしました。
彼らが競ってメダリオンを掘ったことから様々なデザインのメダリオンが誕生するようになります。現在では、イニシャルをはじめ、動物・植物・家紋のようなデザインなど、実に様々なメダリオンが存在します。
イギリスの代表的なシューメーカーとして名高いChurch’s(チャーチ)の「DIPLOMAT」は内羽式のセミブローグの靴ですが、フルブローグの「BURWOOD」と同じデザインのメダリオンが施されています。(編集部注:穴のサイズや位置は微調整されています)
同じくイギリスの代表的なシューメーカーであるEdward Green(エドワードグリーン)やJohn Robb(ジョンロブ)は同一ブランド内でも様々なデザインのメダリオンが施された靴を生産しています。
セミブローグの代表モデル
三陽山長「寿之介」
「技」「粋」「匠」を理念に掲げ、日本人の足に合った靴を提供し続けている三陽山長。徹底した品質管理と丁寧なものづくりにより、2001年の創業から着実にファンを増やしてきました。日本人向けに作られたラストで作られた靴たちは、機能的であり造形物としての美しさすら感じられます。
そんな三陽山長が生んだセミブローグが「寿之介」。控えめなつま先のメダリオンや、ピンキングが印象的です。ラストは小振りなヒールカップと低く抑えた二の甲による、しっかりとしたホールド感とスタイリッシュなR309を採用。シャープさとエレガントさを兼ね備えています。
JOSEPH CHEANEY(ジョセフ チーニー)「WILFRED」
1886年に、グットイヤーウェルトシューズの生産地として名高い英国ノーサンプトン州の郊外、デスバラーで設立されたジョセフ チーニー。
「WILFRED」は、ジョセフ チーニーのクラシックコレクションの内羽式セミブローグモデルです。
木型は創業125周年を迎えて新たに生み出したラスト125を採用。
名作と謳われる2003ラストのラウンドトウを継承した、クラシックで程よいバランスのトウ・シェイプ。ヒールカップ部分は6184ラストをベースに、「Dハーフ」に設定したタイトフィット仕上げのコンビネーションラストとなっており、甲が広くて踵が小ぶりという日本人の足型に合いやすいラストとなっています。
まとめ:ビジネスの場で真価を発揮する一足
日本の通勤電車でビジネスマンの足元を見ると、黒の外羽根式のプレーントウや、スワールトウを多く見かけます。セミブローグは、現在でもイギリスをはじめヨーロッパではビジネスシューズとしてお馴染みのものとなっています。
ウイングチップほどカジュアルではなく、ストレートチップほどかしこまらない内羽根式のセミブローグは、普段のビジネスの場では一つの最適解となるのではないでしょうか。装飾が施されているので、秋や冬などはアウターの重量感に負けない足元を演出できます。
なお、セミブローグは内羽根式のものであっても冠婚葬祭のようなフォーマルな場にはふさわしくありません。装飾があるから格式が高いというわけではなく、むしろ装飾が少ない方がフォーマルになるので注意してください。
ーおわりー