高級コンパクトカメラという響きに懐かしさを覚える読者も多いのではないだろうか。小型ボディに高性能レンズを搭載し、1990年代にムーブメントを巻き起こしたカメラ群のことを指す。
一大市場を作った先駆者と言われるモデルが、今回取り上げるコンタックスT。
幼い頃からカメラ好きというミューゼオ・スクエア編集長の成松に、当モデルにまつわるエピソードを語ってもらった。
コンパクトカメラの原体験
私がまだ小学生くらいの頃、家族旅行の時には父が手のひらサイズのコンパクトカメラを持ってきていた。はじめの内は父がピントを合わせ、絞りを調整し「さあシャッターを押してごらん」という所で手渡してくれていたのだと思う。その内に自分でも見よう見まねで操作させてもらうようになり、幼いながらに機械式カメラの操作に親しんでいった。
ラトビア生まれ、ドイツ製のプラスチック製コンパクトカメラ、ミノックス35GLが私のコンパクトカメラの原体験だった。使用する時だけレンズがボディから迫り出す、沈胴式の独特なアクションと、機能がギッシリ詰まった小さなボディに幼いながらに魅了され、今も思い入れがある。
ミノックス35GL
さらに小さいミノックスEC。まさにスパイカメラ!
大学生のころには動物の写真を撮りに国内を回った。撮影に使っていたのは望遠レンズを装着した一眼レフのフィルムカメラ。社会人になり出張などにも持っていける、もう少しコンパクトなカメラが欲しくなった。ミノルタTC-1と最後まで迷ったが、携帯性と画質のバランスからリコーGXを選んで購入した。今思えばその時から、ある一つのカメラへの憧れを持ち続けていたのだと思う。1990年代に花開いた高級コンパクトカメラの源流、コンタックスTである。
コンタックスTとは
1984年、京セラ株式会社から発売。「写真はレンズで決まる」をコンセプトに開発され、手のひらに収まるコンパクトボディにカールツァイス製の高性能レンズ、ゾナー38mmを搭載。携行時の薄さ追求とレンズ保護を目的に沈胴式機構を採用している。ツァイスレンズの描写力と斬新なデザインを小さなボディに融合させた本機は発売当時、まったく新しいカメラだった。
レンズ収納時のサイズは98(幅)×66.5(高さ)×32.5mm(奥行き)。30年以上未来に生まれる電子機器、iphone8と比べても40mm近く幅が短いコンパクトさに驚く(iphone8は138.4mm(幅))。
コンタックスTとiphone8のサイズ比較
デザインはポルシェデザインが担当。凹凸を極力排したアルミ合金製のボディ、シャッターレリーフに多結晶サファイア石「ロマンド」を使用するなど、先駆的なデザインだった。
当時としては高額だった事もあり、製造は4年間で終了している。その後、自慢のツァイスレンズをAF化し、ストロボを内蔵した後継機コンタックスT2が1990年に発売され爆発的にヒット。
高級コンパクトカメラというある種ピーキーな市場を確立した本機は、1997年に製造終了されるまでの7年間、当該市場の代名詞であり続けた。
ポルシェデザイン。近未来を感じるデザインの魅力
クロームメッキを施したアルミ合金の質感に、ポルシェレッドのコントラスト。独特な近未来デザインに、男子心がくすぐられた。クラシックな高級コンパクトカメラではお馴染み、ローライ35のゴツゴツとしてメカメカしい外見とは、正に好対照なフラット・デザイン。
コンタックスT(左)とローライ35(右)
シャッターボタンに多結晶のサファイア石が使われていたり、ボディの角が独特なカットで落とされていたりと細かいところに洒落が効いていて、今見てもデザインとしてかなり尖った製品だと感じる。製造からかなり経つのに、未だに持ち手の樹脂部分が溶けない頑強な作りも好ましい。
シャッターレリーフに使われている多結晶サファイア
独特なカットで落とされた通称Tカット
ポルシェデザインの仕事としては他に、IWCのポルシェデザインモデルも有名だ。唯一無二の存在感に惹かれ、今でも何本か所有している。ポルシェデザインの放つ、近未来的な雰囲気そのものに惹かれたのかもしれない。
同じく成松編集長所有、ポルシェデザイン by IWCと
ストロボを装着した状態
ストロボは外付けだが、やはり外した状態が美しい。四角いシンメトリーなフォルムのボディの中心に沈胴式レンズが収まる。幼い頃に父に使わせてもらった、ミノックス35GLをどこか感じさせるデザインだ。
時代を感じるプロダクトを所有するということ
時代のマスターピース的なプロダクトを所有することは、その時代を自分の一部分として取り込むことと同じに感じていて、それはコンタックスTにも当てはまっている。実はコンタックスTは、本当に最近になって手に入れたのだ。
新橋の駅前の中古カメラ店で、数年前に偶然購入することができた。店頭で程度の良いコンタックスTを見つけた時、嬉しくなってつい手に取ってしまったのを覚えている。
社会人になりたてだった90年代初頭、本当は欲しかったのにスルーしてしまった忘れ物を、ずっと後になって、念願叶って手に入れることができた。それは、ミッシングパーツを埋める様な感覚だったと記憶している。私は、あの時代のプロダクトを手元に置いておきたかったのだと思う。
プロダクトは大きく2種類に分類することができると思っている。一つは使うためのプロダクトで、もう一つは使われていた時代を感じ取る為のプロダクトだ。私の中でカメラは、後者に当てはまる。
コンタックスTを手にすることで私はいつでも、社会人になって何年か経った頃、デジタルカメラ全盛前夜、高級コンパクトカメラが最後に流行した90年代の匂いを感じ取ることができるのだ。
ーおわりー
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