コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。
音楽ファンから今、熱い視線が注がれるアナログレコード。
ここ数年、アメリカ・イギリスを中心にアナログレコード市場にリバイバルブームが起きているということをご存知だろうか。その盛り上がりのきっかけともなったのが、アメリカのレコードショップオーナーの発案で始まった、年に一度のレコードショップ店の祭典”レコードストアデイ”(4月第3土曜日に全世界同日開催!!)。
全米、全世界、そして日本へも広がるこの取り組みは、その日だけに発売されるアナログレコードの限定版や、アーティストイベントなどを目当てに音楽ファンがショップ前に長者の列をなす盛り上がりをみせている。
そんなアナログレコードの世界を案内してくれる今回のコレクション・ダイバーは、奥野 晋さん。好きが高じてレコードファンのためのWEBサイトも作成したという人だ。
レコードと出会ってから10数年、今も昔も変わらず彼の心を離さないアナログレコードの魅力について話を聞いてみた。
とにかく太くて厚い。それに衝撃を受けた。
「初めて聞いたとき、この音だ!と」
DJイベントでレコードを聞いたとき、奥野青年(当時18歳)の体に衝撃が走った。レコードを使って自在に音楽を操り場を盛り上げるDJの格好の良さ、そして、大音量で響くアナログレコードの音質に心奪われたという。
「レコード独特の太くて、厚い音に、これは本格的に聞いてみたいぞと思いましたね」
あまりレコードを聞きなれない筆者のために、この独特の音について説明してもらった。
「もともとレコードはCDと比べて収容できるデータ容量が大きい。だから、圧縮されていない生の音が収められて、録音当時の空気感も一緒に体感することもできるメディアなんです。最近では高解像度のハイレゾ音源(High-Resolution Audio)も増えてきていますが、それよりもさらに臨場感があると僕は思います」
アーティストの立ち位置や息使いまでも感じ取ることもできるようだ。
「もちろん、レコードの保存状態や、当時のレコーディング環境によっても大きく左右されるので個体差はありますが、70年代後半から80年代のジャズやソウルのレコードは特に音がいいですよ」
さて、衝撃の音との出会いを果たした奥野さん。初めて買ったレコードはというと
「A Tribe Called Questの『The Low End Theory』というアルバムです。ジャンルはヒップホップなんですが、この人たちは昔のジャズやソウルの名曲からフレーズをとってきてうまく自分たちの音楽に再構築してるところが聞いていて楽しいですね」
先ずは購入。レコードプレーヤーはまだなかったのでしばらくはレコードジャケットだけを眺めていたという。
解説:アナログレコードとは?
音響情報を記録するメディア。開発当初、12インチ盤の片面の最大収録時間はおよそ5分前後だったが、1950年ごろに塩化ビニールを材質として使用した長時間の録音に対応したアナログレコードが生まれる。長時間の録音を可能にした毎分約33回転するレコードをLPレコードと言い、それ以前の収録時間が短く毎分78回転するレコードをSPレコードと呼ぶ。SPレコードからLPレコードへと移り変わり、録音時間が大幅に伸びたため一曲の演奏時間が長いジャズやクラシックを収録できるようになった。
”お宝発掘”のレコード屋通いがやめられなくて。
かくして始まった、奥野さんのレコードコレクション道。8,000円程の手頃なプレーヤーを無事購入した後は、学校帰りのレコード屋通いが習慣に。
当時の寄り道の定番といえば、今は無きレコード店の老舗、新宿アルタのCISCO(コアなファンの間では、某長寿番組の収録場所ということからシスコタモリまたは略してシスタモ)。毎週2、3枚。月に10枚くらいのペースで奥野青年のコレクションは順調に増えていった。現在一人暮らしのアパートには約300枚程だが、実家にある分を合わせればざっと3,000枚程度。
「いやいや、買い過ぎたらヤバいと自分でも感じてて。昔から意識してセーブしているので、断然少ない方ですよ。人によっては1万枚とか、凄い人なんかは8万枚とか家一軒の壁がレコードで全部埋まっちゃってますから」
レコードコレクター達はこれだけのレコードをいったいいつ聞くのだろうか。
「全曲じっくり聞ききれないのはわかってるんです。けど、気になるレコードはどんどん制覇していきたい。DJするときに活躍するかもしれないし。クエスト系ゲームで仲間を増やしていく感覚に似ていますね」
セーブしているというが、驚くことにこの「ついつい行っちゃうレコード屋」通いは学生時代から今もペースが崩れない。インタビュー前日もHMV record shop 渋谷、TECHNIQUE、そして中古店のnext.record、FACE recordの4軒をハシゴしている。
「僕らは棚からレコードを取り出して探す行為を専門用語で”掘る”とか”ディグる”(英語のdiggingから)っていうんですが、まさにお店ではお宝を発掘している感覚。お店に行ったら片っ端からひたすらチェックしてますね」
CDは棚に並んだ状態で簡単にタイトルを判別できてしまうが、対してレコードは掘り起こすまで全く分からない。お目当ての一枚を掘り当てたときはさぞ嬉しいのだろう。
「嬉しいですね〜。あと、探してたものでなくても、こんなのあったんだ〜。ジャケットも格好いいからきっと音もいいだろうなとか思って買うのも楽しいですね。これが当たるときも。ま〜けっこう外しますけどね(笑)」
これぞ"掘る"。地味〜な作業だが、黙々と掘り続ける奥野さんの背中に熱いものを感じる。余談だが、”掘る”という用語の派生で、非常に高い熱を持って掘ることを"鬼掘り"、また掘る能力に長けている人のことを"掘り師"と言ったりもするらしい。
レコード屋で”発掘”した、感動の一枚。アルバムに収録されていた大好きな一曲「ROY AYERS / AND DON'T YOU SAY NO」がUK盤でシングルになっていると情報を入手。1年がかりで掘り起した。「一曲だけでプレスされてるので、よりいい音なんです」
SilentPoets『save the day』
SilentPoetsはこのレコードだけでなく、下田法晴さんによるアートディレクションのすべてがかっこいいので大好きです。
NAS『It ain't hard to tell』
HiphopアーティストのNASの歴史的なアルバムIllmaticからカットされた12inchレコード。高校生の頃、歌詞の内容や世界観にとても影響を受け、ジャケットにもその世界観が表れています。
Hubet Laws『Family』
フルート奏者HUBERT LAWSの名作Family。黒人と白人の赤ちゃんのジャケットがかわいいので好きです。
Jazzanova『In Between』
これはレコードだけでなく、CDのアートディレクションも素晴らしいです。Jazzanovaのアートワークはレコードカルチャーをモチーフにしていてどのジャケットも好きです。
体に染み付いて、もう離れられない。
高校生時代、アナログレコードを使ったDJスタイルに感化された奥野さん。晴れてDJデビューを果たしたのは大学生になってからのこと。会場は、新宿OTO(現在は新宿から渋谷に移転)。「reunion」というイベント名で月2回のペースでDJイベントを開催していたそうだ。
「実際DJをして感じるのは、アナログレコードでDJする方がCDよりも断然操作しやすいですね。直接レコードに触れて指先で微妙な調整ができるので」
盤面に指で触れて曲のスピートを変える”ピッチ調整”をしたり、針を直接盤面に落として、曲のイントロを飛ばしてサビから再生することも。見て触れて、そのままダイレクトに操作できる。その感覚が体に馴染んで、本人曰く「もう離れられない」らしい。
レコード愛のあるコレクターと繋がることが楽しい。
冒頭で触れたが、奥野さんはレコードファンのためWEBサービス「Recorderi(レコーデリー)」を主催している。手持ちのレコードを写真に撮ってサイトにアップ。WEB上のコレクション棚でわかりやすく管理できる仕組みだ。
「どんなレコードを持っていたか一目で把握出来て、コレクターは同じレコードの2度買いも防げます(笑)。あと、中古店でも買い取ってもらえないようなレコードをファン同士で譲ることが出来る場です」
これでビジネスをしようという気はなく、自分を含めレコードファン同士が気軽に交流出来る場が欲しかった。
「他の人の持っているコレクションも閲覧出来るので、その人がどんなツボでレコードを聞いているのかがよくわかるんですよ。このセンスわかるな〜って共感できるときも」
今はダウンロードで気軽に音楽が楽しめる時代。だからこそ、聞くまでにちょっと手間のかかるアナログレコードの世界には、それだけこだわりの強いファンが多いのだという。
「それぞれにコアな情報を持ってるんですよね。ようやく見つけた念願の一枚も、その存在自体をコレクター仲間から教えてもらいましたし」
更に、サイトでつながったコレクターと実際会って話してみたという。
「お互い水を得た魚というか、ものすごい熱量を感じましたね。最近はあのレコード屋のチョイスがいいとか、このレコードのアレンジが絶妙だとかそんな話をして。僕も高校生時代の自分に戻ったような気分になります」
頰を緩め嬉しそうに言う。学校帰り仲間と一緒にレコードを買いに出かけたというあの頃もきっとこんな風に笑っていたのだろう。
ーおわりー
《奥野流レコードコレクションの掟》
流儀1:予算は3000円までにおさえるべし!
レコードはその時期の流行によって価格変動も大きい。高値で買って数年後価格がガタ落ちするのもざら。過去には3万円以上のものも買ったが「傷つけるのが怖くて聞けない!(笑)」なんて本末転倒になる恐れもあるので注意だ。
流儀2:12インチ版にこだわるべし!
DJをする人の間では、最近7インチの人気が高いというが、奥野さんは浮気なしの12インチ一筋。何よりこの大判サイズでデザインされたジャケットが格好いい。そしてボソッと「そっちにまで手を出すとヤバい気がする」とも(笑)。
流儀3:手放すときも愛をもつべし!
基本、可愛いレコード達は手放したくないたちだが、意図せず2度買いをしてしまったときや、スペースの問題上どうしてもというときは、同じようにレコードを愛する人に安価で譲る。◯フーオークションに出すのは以ての外。
レコード・オーディオを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
ゆっくりじっくり、ていねいに音楽を聴いてみませんか?
クラシック音楽をこよなく愛し聴き巧者である村上春樹が、LPレコード約470枚をカラーで紹介しながら縦横無尽に論じる音楽エッセイ。
終わりに
「伏し目がちに話すシャイな人」そんな第一印象の奥野さん。ただ、やはりレコードファン、一枚一枚レコードについて語ってくれるときの終始嬉しそうな顔! そしてお気に入りのレコードをセレクトするときも「あ、このレコードもね〜良いんですよ〜」と次から次へと出しては紹介してくれる熱心さ。穏やかな人柄の内に宿る熱いレコード愛を感じずにはいられない取材でした。