店長は小学生の頃から筋金入りのレコードマニア
荻窪駅南口から徒歩1分。静かな住宅街の一角にお店はあった。中に入ると、店主の谷口誠(57歳)さんが満面の笑顔で出迎えてくれる。店内には、アナログオーディオや中古アナログレコードがぎっしりと、しかし整然と並んでいた。
ひとつひとつのアイテムについて説明してくれる谷口さんは、まるで子供のようでかわいらしい(と言っては失礼か)。彼は生まれも育ちも荻窪。オーディオメーカーに10年間勤務したのち、さらに5年間の販売取り付けの修行時代を経て、1994年に西荻窪で自分の店を出した。
「ここに移転したのは3年前。荻窪は子供の頃からなじみの深いところだし、クラシックの街でもあるでしょ。店内のレコードは3分の1が私物で、残りは販売用。販売はネットが中心ですね」
谷口さんは、小学生の頃から筋金入りのレコードマニア。しかも、音楽の授業でバッハを聴いたのがきっかけでクラシックが大好きになったという。ふつうの子供が歌謡曲やアイドルソングを聴いている年代じゃないですか。
「お小遣いが少なかったから、買うのはもっぱら安い1000円盤。いまだによく覚えていますが、初めて買ったレコードはドボルザークの『新世界』でした(笑)」
ちなみに、写真の谷口さんが手にしているのは、ファリャ作曲のバレエ音楽『三角帽子』(E.アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 英DECCA)。
「若い頃、私を“育てて”くれた一枚。一般的にも大変有名な録音です。これは廉価盤で、ずっと後になって初出のオリジナル盤も入手しましたが、思い入れはこちらの方が上ですね」
ちなみに、店を訪れるお客さんの年齢層も幅広い。70代の男性が学生時代に使っていたという思い出のアナログプレイヤーを持ってきて修理を依頼する。何十年ぶりかで聴くと、「こんないい音だったんだ」と蘇った音に感動するという。一方で、昨今のアナログレコードブームで20代の若者の来店も増えた。中にはネットで検索して遠方からオーディオを買い求めに訪れたカップルもいたそうだ。
何はともあれ、レコードもプレイヤーも日頃のお手入れが重要。以下にその詳細をご紹介しよう。
《クリーニング》中古レコードを購入したらまずやっておきたい!カビ取りケア(手動編)
谷口さんいわく、「中古レコードの盤面は一見きれいそうに見えても、じつはカビだらけということも多いんです」。とくに高温多湿の日本ではカビが発生しやすいという。購入後にちゃんとケアをしないと盤面は徐々に劣化し、音質も低下するそうだ。
ケアの順番は以下のとおり。
- まず、手をよく洗う
- 静電気処理が施されたマットにレコードを乗せる
- 表面のほこりをレコードブラシで掃き取る
- 水に近い濃度のクリーニング液を10円玉程度の大きさで4~5箇所ほど垂らす
- 盤面の溝に沿ってクリーニングクロスで強めにゴシゴシとこする
- クロスを折り返して別の面を出し、液を拭き取る。または新しいクロスで拭き取る。
- 完全に乾くのを待って裏面も同様にケアする
ちなみに、谷口さんは「バランスウォッシャー33」というレコード専用のクリーニング液を使っている。「カビや汚れを取るためのA液と仕上げ用のB液があって、まあ『シャンプーとリンス』みたいなもんですね(笑)」
実際に「After」の盤面を見てみると、おお、すすけた盤面は7色のキューティクルが輝く髪のように生まれ変わっていた!
谷口さんは仕入れたレコードすべてに、このケアを施しているそうだ。
【Before】盤面全体にカビが付いて曇っているのが見てわかる
お手入れに使うアイテム。
左:クリーニング液の「バランスウォッシャー33(カビ汚れ取り用、仕上げ用)」
右:静電気防止グローヴ
手前:レコードが載っているのが作業マット
バランスウォッシャー(カビ・汚れ取り用)を盤面に適量垂らす
盤面の溝に沿ってゴシゴシとこする。拭き取って乾かした後、裏面も同様にする
【After】一点の曇りなく盤面が虹色に輝いている!
《クリーニング》吸引力がすごいぞ!カビ取りケア(クリーニングマシン編)
次に谷口さんが金庫のようなマシンを持ち出してきた。ドイツ製のクリーニング機で、厚いアルミ板でできている。お値段なんと18万8000円。レコードプレイヤーの専門メーカーが、こうしたクリーニング機も製作しているとのこと。
まず、レコードを載せ中央に固定具をねじ込む。細かいホコリをブラシで取ってから、先程と同様に専用液を垂らす。電源を入れるとゆっくりと回り始めた。
「吸引部分にはビロードのような細かい羽根が付いていて盤面を保護、掃除機の要領で汚れと液を強力にバキューム吸引してくれるんです。羽根は100枚ぐらいケアするとダメになりますが、羽根だけの交換パーツもあります」
さすがドイツ製だけあって、それぞれのパーツがしっかりしているので「安心感」があるという。また、本体が厚いアルミパネルで組まれているのは静音性のためでもあるそうだ。
ドイツ製のレコードクリーニング機 クリアオーディオ社「Smart Matrix Pro」
回転している盤面にクリーニング液をまんべんなく広げる
回転しながら汚れを吸引する
《クリーニング》カビ予防にも効果的。忘れがちなビニール内袋の取り替え!
盤面をきれいにしたところで、忘れてはいけないのがレコードを入れる内袋の交換。
ここにもカビは繁殖しており、レコードに直接触れるだけに新品への交換はマストだ。内袋は1枚10円の量産品から、湿気を閉じ込めない紙を使用した1枚1枚手作りで100円以上するものまで様々。専門店やネット通販などで購入できる。写真はマエストロ・ガレージの販売品ラインナップ。
《クリーニング》「聞こえづらくなったかな?(音が曇ってきたかな)」というときのケア
丸い毛が密集した小筆で針先のほこりを取る。アンプの電源を入れてシュッシュッという音を聴きながらコチョコチョやる様は、まるで耳掃除のよう。
「音だけでなく針先を長持ちさせるためにも、日頃のケアがとくに大事。私はレコードの片面を聴き終わったら、すぐにシュッシュッとやります(笑)。これだけで格段に音がよくなるので。ちょっと聴いてみましょうか?」
そう言いながらチェロのソナタ曲をかける。おお、なんとも奥行きのあるあたたかい音が鳴る。「この盤は初めて聴いたけど、思ったよりいい音だね」と谷口さんが笑う。
ちなみにレコード針はダイヤモンド製で、もともとの色は透明。使い込むと真っ黒になるが、こうしたケアによって透明に戻るそうだ。
2種類の小筆、専用のクリーニング液とシート
通常のケアは液をつけない小筆で針先のほこりを取る
汚れが気になる状態であれば、追加のケア。別の小筆に液体を浸し、針先をクリーニングする。
針先を優しく撫でてクリーニング
レコード針はとても繊細。優しいタッチでケアをするのがポイント。
《修理》分解したレコードプレイヤーを組み立てる
今回組み立てるのは、60〜70年代にかけてレコードプレイヤーを生産していたマイクロ精機社製のもの。ずいぶん古い製品だが、分解して細部をメンテナンスしながら組み直すことで実用機として復活させることもできるという。
組み立てる順序はこうだ。まず、センタースピンドル(レコードをセットする軸棒)を取り付けてプラッターを載せる。次に、モーターとトーンアームを装着する。モーターとプラッターをゴムのベルトにつなげる。プラッターマットを敷く。最後に、レコードの回転数を計測するストロボスコープを装着すれば完成。
年代モノのプレイヤーのパーツを分解した状態
センタースピンドルを穴に入れる
円形の回転盤(プラッター)を乗せる
モーターとプラッターをベルトにつなげる
黒いゴム製のプラッターマットを敷く
マエストロガレージ
アナログプレイヤーと関連商品を中心としたオーディオの販売、クラシックを中心とした中古アナログレコードの販売、アナログプレイヤーを中心にアンプやスピーカーなどの修理・メンテナンスなどを行う。
谷口さんいわく、「懐かしく、かつ新しいアナログオーディオと中古LPレコードを揃えて皆様のお越しをお待ちしています。お気に入りのレコード片手に、コーヒーを飲みにいらして下さい」。
東京都杉並区荻窪5-16-14(マンションの1階、緑の日よけテントが目印です)
営業時間:13:00~19:00
定休日:木曜
TEL:03-6383-5786
レコード・オーディオを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
ゆっくりじっくり、ていねいに音楽を聴いてみませんか?
昭和歌謡の風景を巡る散歩コラム。
終わりに
オーディオメーカーにも当然、こうした修理・お手入れのノウハウはあるのだろう。しかし、企業の商売として手がけるのはやはり採算面が厳しいかもしれない。そこで、谷口さんの出番だ。細かいパーツの痛みに目を光らせ、レコードの盤面をていねいに拭き、新生させる。その姿は、さながら鉄腕アトムを生んだお茶の水博士のようだった。クラシック談義を聞くだけでも面白いので、ぜひ皆さん、「マエストロ」の「ガレージ」を覗いてみてください。