前回はヴィクトリア朝からエドワード朝にタイムトラベルしてスーツの源流を探りました。第2回となる本記事では1920年代に目的地を定めたいと思います。第一次世界大戦の終結やスペイン風邪の終息を迎えて始まった1920年代。当時の紳士服(特にスーツ)とはどんなものだったか、そう聞かれてパッと思いつく方は多くないと思います。
同時代の婦人服がルーズでリラックスした特徴的なシルエットを有していたのに対して、紳士服はヴィクトリアンやエドワーディアンほど古典的ではなく、1930年代ほど構築的ではない。その中庸なシルエットのためか影に隠れた存在といえます。
当時の型紙に鮮やかな生地を合わせた自作のスーツに身を包むミシェルさん
その奥深さを教えてくれるのが今回お話を聞く、Michiel De Baerdemaekerさん。ミシェルさんはベルギーはフランダースにお住まいの22歳です。趣味で服を仕立てたり服飾の歴史を学ばれたりしており、1910年代から20年代に特に力を入れられています。黒やグレーが主であった当時の着こなしに固執することなく、現代的な色使いを当時に型紙に落とし込むのがミシェルさんのスタイルです。
知れば知るほど面白い、奥深き1920年代のスーツ
ーースーツの歴史にとって1920年代とはどのような時代だったのでしょうか?
厳密にいうと、1920年代は前期と後期に分けられます。まず前期については1916年頃に登場したスタイルから発展したものです。ジャケットはパッドなしのソフトな肩まわりを要し、短めの着丈が特徴的でした。ヴィクトリア朝からエドワード朝時代のスタンダードであった4、5個のフロントボタンは見られなくなり、2、3個のボタンが主流となりました。
ーー2つボタンのジャケットと言えば若かりし頃のウィンザー公のスーツ姿を想像しますね。ウェストコートやトラウザーズにはどのような特徴があるのでしょうか?
ウエストコートに関しては大きな変化が訪れます。エドワード朝時代までのウエストコートは裾がまっすぐになるようカットされていて、剣先は小ぶりなものでした。20年代前期に入ると裾に傾斜がつき、剣先も伸びて現在私たちが慣れ親しんでいるウエストコートの形になりました。
トラウザーズはスリムなシルエットを前時代から受け継ぎ、ウエスト位置は更に高くなり、30年代に突入するに至ります。また、この頃からビシネススーツを中心にダブルのトラウザーズが現れます。始めのうちは2インチ幅が流行しましたが、その後1 1/4インチ幅が主流となります。
ジャケットにダーツはまだ入っておらず前時代の香りが残っている部分も。
ーー前時代と比べるとスーツに大きな変化が起きているのがわかります。
1920年代に紳士服はカジュアル化の路線を行ったと考えてよいでしょう。実際にフォーマルウェアはエドワード朝のものを踏襲するに止まり、フロックコートは時代遅れとなり次第に着られなくなってしまいます。一方スーツはビジネスシーンに食い込んでくるなど新しい時代の訪れと言えます。
ーー前期だけでもとても興味深い内容です。私たちのよく知るスーツの形に近づいてきて急に親近感が湧いてきました!後期に入るとどう変わるのでしょうか?
その通りですね。後期に入ると30年代を予感させるようなマスキュリンな印象に様変わりします。ジャケットには肩パッド、ワタリ幅の広がったトラウザーズにはプリーツが入り始め、全体的にゆとりのあるフィッティングとなりました。ダブルブレステッドのスーツの着用率が高くなるのもこの頃です。
当時のカタログ(ミシェルさんのコレクションより)
ミシェルさんの服飾遍歴を探るーハロルド・ロイドとの出会い
ーーミシェルさんがはどのようなきっかけで1920年代の服装に興味を持たれ、着るようになったのでしょうか?
私は本を読む際にはただ読むだけではなくその本が書かれた時代背景などを調べるようにしています。「不思議の国のアリス」や「シャーロック・ホームズシリーズ」は私のお気に入りです。書かれた当時、つまりヴィクトリア朝の服装にとても興味を抱き、これをきっかけにして服飾に情熱を傾けるようになりました。6年ほど前から服装にヴィンテージテイストを取り入れ始め、3年前から歴史的に正確な服装へとシフトしました。1920年代に興味が移ったのはHarold Lloyd(ハロルド・ロイド)の映画を観たのがきっかけでした。
ーーなるほど、本がきっかけだったのですね。確かにシャーロック・ホームズには当時の服装への興味をかりたてられました。ハロルド・ロイドといえば1920年代に大活躍した「世界の三大喜劇王」の1人ですね。
シンプルで奇をてらったところない彼の着こなしが大好きなんです。彼のキャラクターを引き出すことに貢献していると思います。
ーーロイド眼鏡など後世に影響を与えたスタイルでもありますよね!ミシェルさんはどのようにして服飾の歴史を学んでいるのですか?
オンラインソースがほとんどですが、古い文献や昔のカタログ、写真から学ぶこともとても多いです。特に写真は当時のリアルな着こなしが垣間見られてとても参考になります。
懐中時計のチェーンをラペルのフラワーホールに通すスタイルを始めて知った1枚(ミシェルさんのコレクションより)
研究成果を取り入れた自身の服作りや1920年代スタイルへの熱い想い
ーーミシェルさんはご自身で服を作られますが古着も着られるのでしょうか?
もちろん当時のオリジナル品も所有していて自分で作ったものの両方を着用しています。しかしオリジナルで私のサイズを探すのは難しく、服を自分で作るようになりました。
ーー100年前と今とでは人の体型もかなり違いますよね。全体的に小さめのサイズが多い気がします。
おっしゃる通りです。オリジナルは100年近くの年月を経ているので、耐久性のことなどを考えると気軽に着られるものではありません。どちらかというと自作の服にアンティークの懐中時計チェーンや着脱式の襟などのアクセサリーを組み合わせることが多いです。
ーーミシェルさんにとって服を作ることの醍醐味はなんでしょうか?
服作りはとてもハードな作業です。頭を抱えることもしばしばあります。その中で、1着1着に込められた職人の思いや費された時間に気付き、服への思いがより強くなっていく実感があります。服を仕立てられることに誇りを持っていますが、まだまだ道半ばで学ぶことは山のようにあります。
ーーミシェルさんの熱い想いを共有できるようなコミュニティはあるのでしょうか?
はい、インスタグラムで知り合った仲間とよくアンティークマーケットを見て回ります。今はコロナのため集まれていません。お互い好みの時代は違いますが仲良くしています。
ーー最後に1920年代のスタイルの今後についてお聞かせくだせい。
流行は優美さというよりは快適さを求めているようなので、1920年代のスタイルが大々的にカムバックすることは難しいとは思いますが、密かにその魅力に気付いてくれる方々が増えることを願っています。
—おわり—
終わりに
1920年代の奥深さを知ることの出来た貴重な取材でした。当時の古着を見る際にこれは前期かな、後期かなと考えながら見てみてると面白そうですね。