現代紳士服の夜明け、ヴィクトリア朝&エドワード朝という時代ーラウンジスーツの登場

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文/渡邉耕希

普段私たちが何気なく着ているスーツ。いつ頃誕生して、どのような道のりを歩んで来たか皆さんはご存じでしょうか?

スーツの祖先に当たる「サックスーツ or ラウンジスーツ」が出現したのが19世紀後半のこと。田舎などで着用するカジュアルウェアという位置付けでした。20世紀に入ると急速にその地位を上げ、仕事着から他所行きまで幅広く活躍するようになりました。各時代を象徴するようなスーツのスタイルも生まれ、現代を生きる私たちも写真や映画、ヴィンテージウェアなどを通して触れることが出来ます。

当時の服飾文化を研究し、オリジナル品や忠実に再現されたリプロダクションに身を包み毎日の生活を送っている方々もおり、知識に裏打ちされたスタイルには二次資料的な価値があると思っています。本連載「紳士服タイムトラベル ー ヴィクトリア朝から1960sまで」ではスーツに焦点を当てながら、紳士服の歴史における代表的な時代を切り取ります。お話を伺うのは、当時の服装を愛し、日常的に着用して生活している方々。日々身を包んでいるからこそわかること、読者の皆さんと共有出来れば幸いです。

初回はYouTubeやInstagram等でヴィクトリア朝、エドワード朝時代のファッションについて発信しているAaron Ernest White(アーロン・アーネスト・ホワイト)さんにお話を伺いました。アーロンさんはイギリス出身の23才でコメディアンを目指されています。昨年来日され、現在は夢を追う傍、英会話教師も務めていらっしゃいます。

1907年製のスーツに身を包むアーロンさん。アンティークのモノクルはアーロンさんのトレードマークとなっている。

1907年製のスーツに身を包むアーロンさん。アンティークのモノクルはアーロンさんのトレードマークとなっている。

若き紳士はなぜ100年以上前の装いに目覚めたのか

——アーロンさんは日常的にヴィクトリア朝やエドワード朝時代の服を着ていらっしゃいます。いつ頃、どのような経緯で着るようになったのでしょうか?

子供の頃から「マペットのクリスマス・キャロル」や「ローレル&ハーディ」、「オリバー・ツイスト」などのヴィクトリア朝時代を舞台にした映画やアニメに出てくる俳優や服装が気に入っていました。大学に入りコメディーを勉強し始めると、子供の頃からの憧れだったチャーリー・チャップリンやバスター・キートンなどのサイレントコメディアンたちの築いた道を辿りたいと思い、彼らのようにスーツを着始めました。取り敢えず現行品を着てみたところ、私が思い描いていたエレガントなシルエットとは程遠いもので、これをきっかけに当時のオリジナル品を集めるようにもなりました。

MuuseoSquareイメージ

——やはり映画から受ける影響は大きいですよね。現行品とヴィクトリアン&エドワーディアンスーツとの違い、詳しく伺いたいです。

まずトラウザーズですが、現代のものに比べるととてもハイウエストで、背面のウエストバンドには「フィッシュテイル」と呼ばれるM字型のような意匠が施されています。ハイウエストとフィッシュテイルの組み合わせがより快適な着用感を与えてくれます。また当時はベルトを締めることはなく、ブレイシズで吊っていました。背面にアジャスターの付いているタイプ(シンチバック)は多少のウエスト調整も可能です。

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フィッシュテイルトラウザーズは背面の意匠が特徴的。

——フィッシュテイル・トラウザーズ、僕も大好きです。腰を支えてくれる感じがして姿勢が自然と良くなりますよね。トラウザーズだけでもアイコニックな感じがしますが、ジャケットはどのようなものだったのでしょうか?

ヴィクトリア朝&エドワード朝時代のジャケットには後の時代には定番となるダーツがまだ入っておらず、ボディはゆったりとしたシルエットでした。3つか4つあるボタンは1番上のものだけが留められ、体重が増減しても同じジャケットを着続けることが出来たようです。またアームホールの大きさも現代のジャケットと異なります。当時のジャケットのアームホールはかなり小振りで腕も動かしやすくなっています。反対に現代のジャケットのアームホールの大きさだと腕が引っ張られることもあります。

——なるほど、確かにこの時代のジャケットやコートは肩まわりの印象が現行品と全然違いますね。ちなみにジャケットのシルエットがゆったりとしたものになったのにはどういう背景があるのでしょうか?

フロックコートのシルエットの変化に関係していると思われます。フロックコートはヴィクトリア期にフォーマルから仕事着まで幅広く着用され、スリムで高いウエストラインが特徴でした。その後、1840年代までにはフロックコートからゆったりとしたシルエットのサックコートが派生し人気を博しました。ヴィクトリア朝後期になると、サックコートのDNAを受け継ぎつつ現代のジャケットに近いものが現れます。

Canadian Prime Minister Robert Borden (1854-1937) and Winston Churchill (then First Lord of the Admiralty) in 1912. Location unknown.

Canadian Prime Minister Robert Borden (1854-1937) and Winston Churchill (then First Lord of the Admiralty) in 1912. Location unknown.

——スーツに話を戻すと、登場した頃のスーツはどのような立ち位置にあったのでしょうか?

フロックコートやモーニングコートがスタンダードな服装として街中を席巻していた中で、スーツは田舎などで着られるカジュアルウェアでした。アンコン仕立てのものも多かったようです。スーツが街中で着られるようになるのはエドワーディアン期を待たなければなりません。

学んで、着て、今に伝える

——アーロンさんのこの豊かな知識はどのようにして身についたのか気になります。

インターネット上の記事、特に博物館などが公開している記事はとても参考になります。当時の服のカタログなども素晴らしい資料でどの時代にどのようなものが着られていたかが伺い知れます。

——バックグラウンドを知りながら当時の服を着るのは格別の喜びが感じられますね。ちなみにアーロンさんはアンティークウェアをどのように手に入れているのでしょうか?

フランスやドイツ、アメリカ、イギリスなど色々ですが、年々見つけるのが難しくなり、価格も高騰しています。

——30年代や40年代のものでも入手困難になっていますからアンティークとなると尚更ですね。貴重な当時のアイテムに身を包むことのどんなところに喜びを感じますか?

見た目だけでなく、当時の服の構造に裏打ちされた動きやすさ、天然繊維(当時はまだ化学繊維は存在しません)の快適さを体感した時でしょうか。以前、夏に友人と出かけた際、私はエドワーディアンのコットンスーツ、友人はTシャツ(ポリエステル製)という出立ちでした。暑そうな格好をしているのに涼しげに歩いている私を汗だくの友人は不思議そうに見ていたのを思い出します。秘密を知った友人はそれ以降コットン製を着るようになりました。

——昨今、天然繊維の魅力に再び強いスポットライトが当たっていて、それを裏付けるようなストーリーですね。喜びがある一方、大変なこともあるのでしょうか?

日本ではないですがイギリスでは地域によっては私の格好を見てちょっかいを出してくる人もいますね。あとは、いくら天然繊維でも日本の夏は暑いです!

——ご自身のYouTubeチャンネルでエドワード朝時代の夏の装いを紹介されていましたが、映像で着用されていたコーディネートに付いて教えてください。

スーツは1900年代のコットンスーツです。冒頭でお話した当時のスーツの特徴を余すところなく備えている1着です。涼しさを追求し、ジャケットはアンラインドで通常よりやや緩め、トラウザーズはウエストがやや低めのカットです。ウエストコートは1890年代のもの。黄色とクリーム色の美しい刺繍の入った逸品です。刺繍入りのウエストコートはヴィクトリア朝〜エドワード朝時代を通して人気の高かったアイテムです。シャツの襟はカチカチのスティフカラー。帽子はカンカン帽で完成です!実は撮影は5月、日本の真夏にはさすがに着られないですね。

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エドワード朝時代の夏の装い

——アーロンさんと同じように、当時の服を身に纏い生活する方々のコミュニティーはあるのでしょうか?

SNSやYouTubeのおかげで世界中に同胞と呼べるような人々と出会うことが出来ています。自分と同じ時代を愛する人、前時代や後の時代を好む人など様々ですが、共通しているのは先祖が残した衣服に価値を見出しているところでしょうか。東京で素晴らしいグループと時間を過ごしたことがあり、今住んでいる大阪にもあればいいなと思っています。

——皆さん、どのような活動をされているのでしょうか?

コーディネートのコツや歴史的な背景のリサーチを行っている人などさまざまいます。楽しみ方は人それぞれですね。情報や刺激を得ることだけでなく、ただ普通の友人として話をすることもあります。

ーー自分たちの好きなものが国境を超える、素敵ですね。では最後に、今後ヴィクトリアン&エドワーディアンというスタイルにどのような未来を望まれますか?

ずばり、リプロダクション品の普及です。120年以上の前のものですから、実際に着用出来るオリジナル品はあまり多くは残っていませんし、ガンガン着られるものでもありません。忠実に再現されたリプロダクション品はその点気にしなくていいので、今後盛り上がりを見せて欲しいと切に願っています。気軽に手に入り、着られるようになると多くの人がこの時代の服に興味を持ってくれるのではないかとも思っています。

ーおわりー

アーロンさんの精力的な活動をチェック!

公開日:2020年9月23日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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渡邉耕希

1992年生まれ。ロンドンへの留学中に身に着けた紳士服やヴィンテージアイテムの知識をもとにライターとして活動する傍ら、自身のYouTubeチャンネル「The Vintage Salon」にてヴィンテージを交えた英国的暮らしを発信している。

終わりに

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当時の服飾文化を熱心に研究するアーロンさんは、まさに映画や古い写真から飛び出してきたかのよう。私たちが知る「スーツ」がどのように発生したのかとても興味深いお話を聞くことが出来ました。

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