持っているニットは、英国発祥のガンジーとアランが多い。どちらもフィッシャーマンニットと言われ、もとは漁師やその妻たちが編んでいた海の仕事着だ。スコットランドやアイルランドなどの小さな島を起源とし、歴史と伝統を感じられるのも心惹かれる。
英国のニットには、どこか不思議な共通点と個性がある。ゴワゴワとして硬く重い。正直、手触りがいいとは言えないが、このずっしりとした重みと程よい締め付けが心地いい。堅牢で、数世代持つ、私にとってはファッションアイテムというより、手仕事を感じられるクラフツ製品といった感じだ。国内でよく見かける、ふんわり軽いニットとは異なる。
なぜ英国ニットに魅了されるのか。はじめて自分で手に入れた一着は、高校時代に購入したル トリコチュールのガンジーセーターだった。なけなしのお金で買った記憶がある。子供の頃に親から土産でもらった英国製ニット(あれはフェアアイルだったと思う)をきっかけに、発祥の地や起源を知るうちにどんどん憧れていった。それらのニットはもう着はしないが、いまだクローゼットの中のコレクションの一つとなっている。
今回は、その中の一部愛用しているものを紹介しつつ、英国ニットの魅力をお話ししよう。
ガンジーセーターとアランセーターの魅力。英国ニットコレクションを紹介
ガンジーとアランは対照的なデザインだが、それぞれに惹かれるものがある。そして、今日市場で売られているものは、本来とは似て非なる部分がある。
◉ ガンジーセーター
ガンジーセーターの特徴
イギリスとフランスの間に浮かぶチャネル諸島のガンジー島から生まれた、船乗り用のハイネックセーター。フィッシャーマンセーターの元祖とも言われている。
セーターを広げると直線でT字になり、前後対称のデザインになっている。漁師が夜の暗い海でも前後気にせず着られるよう、前と後ろの区別をなくしたためだ。
防水・防風対策に、脂分を含み、空気を含みやすい撚りがしっかりしている毛糸が使用されている。熱を逃さないようギチギチに編まれたタイトなシルエットも特徴の一つだが、動きやすくするための工夫もなされている。両脇下にひし形のマチ(ダイヤモンドガゼット)、襟ぐりの肩部分に三角のマチを施し、可動域を広げ着脱しやすい。裾のサイドスリットもポイントで、防寒しながら動きやすさを追求した機能美の逸品だ。
Guernsey WOOLLENS(ガンジー ウーレンズ)のガンジーセーター
ガンジーウーレンズは、1976年にガンジー島で生まれたガンジーニット専門のブランド。創業から40年以上経っている今も、現地で伝統的な手法を使って作り続けられている。編み目がギュッと詰まっており保温性に優れる。最初は硬い生地だが、何十年と着ていくうちに馴染んでいき、着心地よく育っていく。
ガンジーウーレンズ社のトラディショナルガンジー製品のもの。ネットオークションで収集家から購入したもので、30年以上前のデッドストックだと思う。高校時代にはじめて買った高級ニットがガンジーだったからか、ガンジーにはとりわけこだわりがある。
BLACK SHEEP(ブラック シープ)のガンジーセーター
ブラックシープ社は、1966年に創業したニットメーカー。ウェールズ地方の山岳に生息するイギリス産唯一の黒毛羊の品種「ブラック ウェルシュ マウンテン シープ」のしなやかで保温性に優れた希少な原毛を使っている。自然な脂分を含む、オイルドウール独特の風合いが特徴。
ブラックシープのセーターは、大学生の頃にも持っていた。あの頃から変わらずかっこいい。
Le Tricoteur(ル トリコチュール)のガンジーカーディガン
ル トリコチュールは、チャネル諸島の一つガンジー島で1964年に創業したニットメーカー。ガンジーセーターを中心に、昔ながらの製法を忠実に継承しながら作っている。目の細かい編み方で、長く着ても型崩れしにくく着るたびに馴染んでくる。
ガンジーセーターで有名なブランド。分厚く暖かいが、わりとタイトなシルエットで、ニットにしてはスタイリッシュに着られる。すっきりして平面なのがガンジーの特徴でもあるため、しゅっとさせたいときに使っている。
◉ アランセーター
アランセーターの特徴
アランセーターとは、アイルランド西方のアラン諸島で生まれたフィッシャーマンセーター。ガンジーをベースとして生まれたとされている。各家庭で何百年と受け継がれてきた編み方があり、家紋ともいえる様々な編み柄が特徴。
本来のアランセーターは、脂抜きをしていない毛糸で手編みされていること、胸などに施された編み柄があることなどが条件。
冬期は零下、夏期でも20℃以上に気温が上がらないアラン諸島の海で作業をするため、冷たい海水のしぶきを浴びても跳ね返すくらいでないと実用性に欠けてしまう。編み柄は鹿の子柄、ダイヤ柄、縄柄、ジグザグ柄などを組み合わせ、各家で個性的な模様を作り受け継がれている。長男や次男を区別するためのマークなどもあり、当時は一つとして同じものがなかったため、万一漁師が事故に遭ってもその編み柄により人定ができる。
この伝統は今から250年以上前まで続いていたそう。その後、ツイードの産地として有名なドニゴール地方の商人により広まっていったため、代々引き継がれていた家紋のような編み柄というものが失せていった。今日のようにアランセーターがファッション化していったのは1951年頃から。
Janette Murray(ジャネットマーレー)のアランカーディガン
スコットランドの老舗ニッター。現在も伝統的な技術を守りながら、熟練のニッターがハンドメイドで仕上げている。弾力のある生地に立体感のあるアランならではの編み方で、世代を超えて受け継がれる丈夫さが特徴。
ざっくりしたローゲージで着やすく、ニットが主役になってきたここ最近、登場数が増えた。オリーブをベースに、オレンジと赤のネップが入っている。ボタンホールが凝っていて、細部までこだわりを感じられるのも気に入っている。また、ハンドメイドでタグにはニッターのサインが入っているのも心をくすぐられる。
INVERALLAN(インバーアラン)のアランカーディガン
インバーアランは1975年に創業したハンドニットメーカーで、世界的にも最高峰とされている。全てアラン編みで、一着を一人の職人が仕上げているのも特徴。ニッターはランクごとに管理されており、1点ずつニッターのサインが入っている。
その筋では知らない人はいない老舗ブランド。現行品の中では、群を抜いて重く厚く硬い。今回紹介している中でも、重さと存在感ではダントツ。今時のゆるふわニットとは異なる、しっかりしたところがいい。
John molloy(ジョン モロイ) のアランニットベスト
ジョンモロイは、アイルランドのドニゴール州で100年以上の歴史があるニットメーカー。現在も専属のニッターが一つ一つ丁寧に編んでいる貴重なハンドメイドニット。縄状の編み込みには漁に使うロープや命綱を指し、大漁の願いが、ダイヤモンド柄には畑を肥やす海藻を指し、成功と富の願いが込められているそう。
ツイードでも有名なドニゴールで作られたハンドメイドニット。アランらしい立体的な編み方で存在感がある。家ではシャツの上に着て、外出の際にはジャケットを羽織っている。少し崩したいスタイルにちょうどよく、スーツスタイルも柔らかい雰囲気になる。
ガンジーとアラン以外に気に入っているニットコレクション
JAMIESON'S (ジャミーソンズ)のフェアアイルニットベスト
ジャミーソンズは、1893年創業のシェットランド島最古のニットウェアファクトリー。草木染と無染色のシェットランドウールを使用し、代々受け継がれた伝統の製法で丁寧に編まれたフェアアイルニットを展開している。
フェアアイルとは、複数の色を使ったニットの編み柄の一種で、スコットランドのシェットランド諸島にあるフェアアイル島が発祥の地。ウィンザー公も愛用したことで有名。
フェアアイルらしい柄。他にも色柄に様々なバリエーションがあり、見ているだけで楽しい。ただ使い勝手が難しく、取り入れ方には注意が必要だ。普段は、紺ジャケットとグレーのパンツにシャツも控えめなスタイルに合わせている。
soglia(ソリア)の日本製ランドノアニット
ソリアは、ヨーロッパの厳選された糸を使用した上質なニットを生み出すメイドインジャパンブランド。特に日本の市場ではあまり出回らない英国産の糸を使ったニットは、発色の良さが印象的。国内生産にこだわり、熟練した職人が丁寧に編み上げるため、柔らかくなめらかな仕上がりを肌で感じられる。
ソリアは、ブリティッシュウールを使って面白いものを作っているブランド。このベストは、ウェールズ地方の丘陵で育ったラドナー種と羊毛をミックスしたウールを使っており質実剛健。日本製だが、英国のニットを彷彿させる。脱脂していない羊毛の香りもいい。
外出することが多かった時はスリーピースのスーツをよく着ていたが、今は過ごし方やその日の予定に合わせてこれら英国ニットを取り入れている。ニットベストを挟んだり、ジャケットの代わりにカーディガンを羽織ったり。そうすることで自宅でも気持ちを緩めずに、少し肩の力を抜くことができるのだ。
ーおわりー
英国ニットを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
アラン模様の集大成
増補改訂版 アラン模様110
アラン模様の集大成として1992年出版された『アラン模様100』に掲載の模様を、見やすい色と素材で編み替えて再編集。
クラシックな伝統模様から、透かし柄やボッブルを組み合わせた模様、交差を複雑にアレンジした模様まで、編み応えのあるパターン110点を掲載。
アラン諸島の情報記事をはじめ、代表的な模様の形状や意味についても掲載のパターンとともに紹介します。
模様の使用例として、帽子やミトンなどの小物から、レディースとメンズにサイズ展開したセーターとカーディガンまで、すぐ編める作品6点をラインアップ。初心者からマニアまで、長く大切に使いたい編み物ファン必携の1冊です。
イギリスの文化史を知る
イギリス文化史
制度と文化の関係、文化史の方法に配慮しながら、近代以降の「イギリス文化史」を考察。「文化史とは何か」という問いを念頭におき、「文化史というアプローチを問い直す」からはじまり、第1部では、宗教・政治・労働など問い直す「制度と文化」、第2部でイギリスらしい(と思われる)「なぜ?」を問い直し、第3部では「20世紀イギリスを文化の視点から見直す。