どこからクラシックカーになるのか?「CITROËN 2CVとBENTLEY MarkⅥ」

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取材・文・写真/金子浩久

2021-2022日本カー・オブ・ザ・イヤーで選考委員を務め、『10年10万キロストーリー』をはじめとするクルマに関する数々の著書を執筆、国内外のモータースポーツを1980年代後半から幅広く取材されている自動車ジャーナリストの金子浩久氏。当連載では、金子氏が「99%のクルマと、1%のクルマ」をテーマに、過去・現在・未来のクルマについて解説していきます。

今回は、金子さんが出会ったCITROËN(シトロエン)2CVとBENTLEY(ベントレー)Mark VI(マーク6)の2台を例に、「クラシックカーとは」を探ります。

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クルマは“移動体”と化し、「1%のクルマ」が貴重となっていく

クルマは、これから「99%のクルマ」と「1%のクルマ」に二極分化していきます。

自動化と電動化とコネクティビティ(インターネットへの常時接続)など新技術の急速な進化によって、「99%のクルマ」は事故を起こさず、ドライバーや社会や地球などへの負担がこれまでにないくらい最小限で済むようになります。
それらの進化が一気に進んで、現在、私たちが乗っている自動車やクルマと呼ばれるているものとは異なった“移動体”となってしまうかもしれませんが、そのことに反対し、異を唱える人は現れないでしょう。

ただし、現在までのクルマが根源的に有しているスピードや美に魅せられて愛情と資金を注ぎ込み、趣味や愛玩の対象としている人たちは、貴重となっていく「1%のクルマ」を大事に維持し続けます。

クラシックカーの基準は、年代に囚われる必要はない

1955年型のシトロエン「2CV」

1955年型のシトロエン「2CV」

“絶対安全な移動体”ではなく、「1%のクルマ」として愛玩や趣味の対象として生き長らえる姿の代表的なものとしてはクラシックカーがあります。クラシックなクルマですから、クルマの骨董品、アンティークです。様子を愛でながら、手入れを施し、時には同好の士たちと集ったりもします。書画、骨董、茶道に華道などと似ていますね。

そのクラシックカーの楽しみですが、どの時代のどんなクルマからクラシックと呼べるのでしょうか?

ずいぶん前に、本でその基準を読んだ憶えがあります。“1920年代までがビンテージカー、1940年代までがクラシックカーと呼ぶ……”と年代で決めていくような、欧米で用いられていた基準でした。

しかし、それに囚われる必要はまったくなく、ひとりひとりが感じて決めれば良いと思うようになりました。昨年に1955年型のシトロエン2CV運転することができたからです。そこまで古い2CVは現存する数は少なく、とても珍しいものですが、フランスのコンクール・デレガンス(品評会)で賞を授かったこともある、とても程度の良いものでした。日本の熱心なオーナーが譲り受け、日本でナンバーを取得して乗られていました。

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とてもシンプルな構造で、運転操作も独特のものがあります。軽量かつ簡素で合理的な構造がもたらすソフトで優しい乗り心地は、高級車の乗り心地とはまったく異なった種類のもので大きな魅力となっています。
他に似ているクルマがなく、2021年の現在でも中古車市場で確たる人気を示しているのには肯けてきます。

1955年型のシトロエン2CVは、僕にとってのクラシックカーだ!

2CVは今まで何度も運転したことがあるし、友人が所有していたこともあって慣れていました。しかし、それらは、すべて後期型。2CVは1949年にフランスで誕生してから1990年まで造り続けられた長い歴史を持っており、その間には時代に合わせて様々なモディファイが加えられています。

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シトロエン「2CV」の内装

昨年に運転させてもらった初期型は、エンジン排気量が425ccしかありません。後期型でも602ccだから、現在の日本の軽自動車の規格660ccよりも小さかった。
初期型2CVは、後期型と決定的に違っていました。こんにちでは当たり前の等速ジョイントいう重要なパーツが、まだその時代には普及していなかったために、急角度のカーブを曲がる時には、ハンドルを戻し気味にしなければならなかったのです。カーブを、なるべく大回りする必要があります。
そうしないと、左右前輪につながるドライブシャフト部分から強い振動と騒音がガクガクガクッと発生してクルマ全体が激しく揺すぶられます。

様子を感じ取りながら、言ってみればクルマとコミュニケーションを取りながら運転する必要があるのです。

後期型では等速ジョイントが装着されているのでその現象は発生せずに、なにごともなく曲がることができます。
当時の2CVのような前輪駆動方式では、ステアリングホイール(ハンドル)を切る角度が大きくなると振動が発生することが宿命で、まだ技術的に避けられませんでした。それを解決した等速ジョイントを装備した後期型の2CV以降、世界の小型車の前輪駆動化が一気に進んだのです。“前輪駆動車の等速ジョイント”の実現は自動車の歴史を変えた技術です。

“急角度のカーブに差し掛かったらスピードを十分に落とし、なるべく大回りして曲がりながら、再び加速していく”

文字にすると簡単ですが、やってみるとかなりやっかいな操作です。その時代の2CVドライバーはみんなこれで運転していたのだと思うと、驚きを禁じ得ません。現代の交通環境下、それも自分が住んでいる都心でデイリーユースするためには多大なストレスを覚悟しなければならないでしょう。安全性も少し犠牲にしなければならないかもしれません。初期型2CVを運転することは、それだけ特別なことでした。と、同時に強く気付かされました。

「この初期型2CVは、僕にとってのクラシックカーだ!」

この不便さは現代の実用には向いていないけれども、乗りこなすことが楽しみに昇華できる。運転すること自体が目的になり得る。手段が目的化する。2CVそのものの魅力もあって特別な運転体験となって喜びに変わっていくに違いない、と閃いたのです。

「不便だから特別、今っぽくないことが却って新鮮、非日常こそが楽しみの対象になる」

買い物や用事などの単なる移動のために乗ろうと考えるから大変そうに思えてしまうわけで、天気の穏やかな休日などに友人や家族などを乗せて、ドライブがてらにトコトコ走って気分転換する、趣味の対象だと思うと俄然、愛おしく思えてきてしまいました。

つまり、初期型2CVは僕にとって「99%のクルマ」ではなく、「1%のクルマ」であることが明らかになったのです。デイリーユースにはハードルが高いけれども、道楽としては味わい深くなるという寸法です。

初期型2CVとは対照的な、1951年型のベントレー・マークⅥ

ベントレー「マークⅥ」

ベントレー「マークⅥ」

クラシックカーであるか、否か?は、単純に時系列で分類できません。初期型2CVを運転した半年前に、それよりも4年古い1951年型のベントレー・マークⅥを都内で運転させてもらっていたのです。

そのマークⅥは、すべてが初期型2CVとは対照的でした。大きく重く、カタチも博物館に陳列されている、誰もが思い浮かべるようなクラシックカー然としています。農民のためになるべく簡素で、安価に造られた2CVと、富裕なクルマ好きのために造られたマークⅥ。正反対の2台です。

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ベントレー「マークⅥ」の内装

車内も、革とウッドをふんだんに使った、イギリスの高級車らしい贅が尽くされ、雰囲気は最高です。オーナーは専門店で購入後にさらなる注文を下し、都内でも日常的に運転できるようにモディファイを施しました。エンジンなどの機関部分はもとより、渋滞でも根を上げないエアコンや周囲のクルマの流れにも伍して走れるブレーキなどを特に強化していました。

その甲斐あって、マークⅥは都内の混雑した道路を訳なく走らせることができました。もちろん、誰が見ても威容を放っていますから、周囲のクルマたちが避けながら走ってくれたのでしょうが、過酷な都内の幹線道路でも周囲とペースを変えずに溶け込んで運転することができたのは驚きでした。
もちろん、現代のベントレーのように猛烈な加速と強力なブレーキを駆使してスポーツカー顔負けに機敏に走ることはできませんが、タクシーやウーバーイーツの自転車などの邪魔になることもありませんでした。慣れれば、もっとペースを上げることもできるでしょう。

運転が特別な体験をもたらすクルマが「クラシックカー」

シトロエン「2CV」

シトロエン「2CV」

ベントレー「マークⅥ」

ベントレー「マークⅥ」

威風堂々としたスタイリングや、革とウッドをふんだんに使った贅沢なインテリアを前にしてみれば、その1951年型ベントレー・マークⅥは誰でもクラシックカーと認めるでしょう。しかし、僕にはそう思えなかったのです。

「70年前のクルマだけれども、これはもう立派な現代車だ」

もっと乗りにくく、平日昼の都心で運転するには神経を使うと思っていましたが、意外でした。

僕にとってのクラシックカーは、製造年の古さによって決まるのではなく、現代の道路環境にどれだけマッチしているかどうかが決め手になっていました。
だから、オートマ限定免許しか持っていない人にとっては、マニュアルトランスミッションを装備した現行の「マツダ・ロードスター」であってもクラシックカーとなってもおかしくありません。

単なる移動手段ではなく、運転が特別な体験をもたらしてくれるようなクルマがクラシックカーなのだと定義付けておきたいと考えます。併せて、等速ジョイントが自動車の歴史に果たした役割の大きさを調べたりするような楽しみ方ができるのも、またクラシックカーの魅力のひとつでしょう。


ーおわりー

金子浩久さんの著書はこちら

1台のクルマに“10年もしくは10万キロ”を超えて乗り続ける人々のストーリー

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10年、10万キロストーリー。1台のクルマに長く乗り続けた人たち (NAVI BOOKS)

僕の心に、いつもエビナ医院のブルーバードがあった-。1台のクルマに10年間もしくは10万kmも乗り続けた人びと25人を探し当てて綴る人とクルマのストーリー。クルマを大切に乗るための基礎知識コラム付き。

ユーラシア横断についてのドキュメント

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ユーラシア横断1万5000キロ―練馬ナンバーで目指した西の果て

中古車のトヨタ・カルディナワゴンを駆って、ロシアから大陸を横断、ポルトガルを経て英国まで1万5000kmを走破した大旅行記。

公開日:2021年6月23日

更新日:2021年11月22日

Contributor Profile

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金子浩久

1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務後、独立。自動車とモータースポーツをテーマに取材執筆活動を始める。主な著書に、『10年10万kmストーリー』『ユーラシア横断1万5000km』『セナと日本人』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『レクサスのジレンマ』『地球自動車旅行』や『力説 自動車』(共著)などがある。 現在は、新車の試乗記や開発者インタビュー執筆などに加え、YouTube動画「金子浩久チャンネル」も開始。  「最近のEVの進化ぶりにはシビレっ放しで、遠くないうちに買うつもり。その一方で、最近取材した1989年から91年にかけて1000台だけ造られた、とあるクルマが急に魅力的に見えてきて仕方がない。同時代で接していた時は何も感じなかったのに、猛烈に欲しくなってきたのは、そのクルマが僕の中で“1%化”したからだろう」

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