Brand in-depth 第5回(前編)毛織物メーカー国島の歩み「昔の技術だけでは、理想の生地は作れない」

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聞き手/成松 淳
文/横山博之
写真/新澤 遥

ミューゼオ代表の成松が気になる様々な分野のブランドを担われる方々に、ブランドの歴史やブランドを成すものは何なのかを尋ねる連載企画「Brand in-depth」。

今回は、尾州で最も歴史ある毛織物メーカー「国島」代表の伊藤核太郎さんとの対談を行いました。トラディショナルなモノ作りを引き継ぐ一方、新たな技術を取り入れたり時代に合わせたPR活動を考えたり、常に挑戦し続けています。その姿勢は製品にも現れており、国内のテーラーから一目置かれ、海外のラグジュアリーブランドを魅了するほど。

創業172年の歴史や伊藤さんが考えるファッション論、現在注力されている取り組みなどをお聞きしながら、国島の魅力やそこで誕生する生地の奥深さをお伝えしていきます。

「人様の御役に立つ会社でこそ、利益を残せる」という信念

成松 淳(以下、成松):まずは伊藤さんが代表を務める「国島」という企業について、お伺いできますか? 創業172年という国内老舗生地メーカーというのは存じ上げているのですけども、改めまして。

伊藤核太郎さん(以下、伊藤):今となっては尾州で一番古い機屋になりましたが、もともとは最後発なんですよ。尾州一宮あたりは平安時代から織物の盛んな地域で、特に江戸時代は綿機屋さんが多く、地方工業都市になっていたそうです。そして工業化が進んで、その後発メーカーとして国島商店はスタートしました。

成松:では、当初は国島さんも綿機屋だったんですね。

伊藤:そうですね。ただ、その後に外国産の安価な綿織物がやってきたことから、尾州全体で毛織物への転換が起きまして、当社も毛織物で立て直すことに成功しました。戦前は事業を広げて、朝鮮半島や中国への貿易も行っていたそうです。実は祖父も国島関連の人が立ち上げた貿易会社に勤めていて、北京に勤務していたのですが、力を認められて一族入りし、やがて五代目に就任したという流れなんです。

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成松:伊藤さんが社長を継がれてから、どのように今の事業にしてきたかのお話も伺わせてください。

伊藤:僕は2007年に中外国島に入社して現場で働き、社長に就いたのが2010年です。当初は「作りたいものを作る」というより、尻拭いに走り回ることのほうが多かったですね。マーケットの縮小に合わせて事業の中身を調整してきたしわ寄せが、ときにクレームという形で現れてしまって。「人様の御役に立つ会社でこそ、利益を残せる」という信念を持っているのですが、「人様の御役に立てる良い商品とは?」「実際に、それをどう形にできるのか?」「自分たちの強みは?」といったことが不明確で、最初の数年はそこの追求に費やしました。

成松:社長に就いてからの数年は、自らのアイデンティティやルーツを見直す時間だったのですね。

伊藤:当時はすでに商品のスタンダードが海外モノになってしまい、イタリア生地やイタリア風中国生地ばかりで「薄くて軽い」ものが主流になっていました。価格競争に勝ち抜くためだけのモノを作っても面白くないし、凝った商品を作ってもその特徴が売り場の人間にまで伝わらず、うまくいかないことも多かったです。ただ、新しい見本を作ってクライアントと魅力を共有できた瞬間はすごく楽しくて、その体験を続けるにはどうしたらいいのかと考えました。

成松:気分が上がるときとそうでないときは、どのような違いがあるのでしょうか?

伊藤:正直いうと、指示されて作るだけの生地では気分は上がらないです。よくあるのは、海外メーカーの生地サンプルを持参されて「同じようなものを作って」といわれるケース。「どこまで近づけたか?」で評価されるのは、あまり面白くはないですね。

成松:それだと、どうやっても二番煎じにしかならないですよね。

伊藤:ええ。それに対し、仮説を立てながら一からオリジナルで作る商品は、やっぱり楽しいですよ。

成松:例えばどんな商品がありますか?

伊藤:たまたま上海にいたときに、ちょっと変わった店で見つけたニットの商品がありました。バラの柄がすごく美しくて。これは織物でも表現できるんじゃないかと思い、作ってみたら色の深みや表現もすごくいい商品ができました。

成松:生地って、素人からするとどれも似たようなものに見えてしまいかねませんけど、実際は全く違いますもんね。

理想は「シルエット表現に強く、風合いも美しい」生地

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成松:「強みは何なのか?」と模索されてきたとのことでしたが、今現在、国島の製品作りにおける強みは何だとお考えですか?

伊藤:僕らは「シルエット表現に強く、風合いも美しい」のが良い生地だと思っています。というのは、着用する人の骨格に基づいて美しいシルエットを生み出せるのが洋服の価値だと考えているからです。そのためには、織りの密度を高くしなくちゃいけないし、しっかりとした生地を作らなくちゃいけない。「ハリ感のある生地を作らないと、シルエットはちゃんと維持できません」と各所で話しています。

成松:そうなると製造工程はもとより、原料の選定から重要になりそうですね。

伊藤:そうですね。原料についていうと、純日本産のツイードを提供する「The J.SHEPHERDS」を除く他ブランドは、オーストラリアから供給される規格化された原料から選んでいます。その他、織機や工場内の空気の管理、検反システムにも積極的に投資しています。今は尾州の機屋さんをはじめ、失われていく昔の技術を大事にする流れが強いのですが、僕らはそっちではなく、より品質を上げながら効率性を上げる技術開発と投資を大事にしているんです。

成松:その戦略に至ったのはどうしてですか? お父さまのときも効率化を進められていたとの話でしたが。

伊藤:実際のところ、織物の世界というのは縫製の世界とは違って資本集約的な産業なんです。なので、人件費の違いがコストの差を生む圧倒的なファクターにはならない。もし人件費が安いから、という理由で中国に進出していたのなら、おそらくそれは間違いだったんだろうなと思います。中国は大ロットの仕事だけを受け、ものすごく効率的で合理的に生産するわけですよ。そこに原料やサプライチェーンがうまく組み合わされば低コストを実現できるのですが、僕はそうして生産された生地に魅力を感じないクチなんです。生地として「やぐい」と感じるから。

成松:「やぐい」とは?

伊藤:基本的に生地の密度が低くて、糸がズレるなどの不具合が起きやすいんです。

成松:国島さんが「良い」と考えている生地とは逆ですね。

伊藤:そうなんです。もちろん品質はギリギリOKで、全然ダメとは言わないけれど、すごく無個性で面白くないんです。

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成松:先ほどおっしゃっていた「失われていく昔の技術を大事にする流れとは違う」というのは?

伊藤:「昔ながらのションヘル織機を入れたらどうか?」という話が当社にもありました。でも僕らはションヘルで作る生地が良いと思わなかったんですよね。

成松:ションヘル織機、よく耳にしますね。ゆっくり時間をかけて織り上げることで、風合いが良くなるとか。国島さんにある織機とは、どう違うのですか?

伊藤:僕らが所有するプロジェクタイル織機は、高密度な織物を作れて、カチッとした生地に仕上げやすい。ションヘル織機は「ふんわり仕上がる」と言われていますが、そこに優位性があるとは感じなかったんです。低速ならなんでも良いというわけでもなくて。それよりも、どういう規格を立てるかが大切。プロジェクタイル織機でも手間を掛ければ同じようなテンションで織ることはできるし、そもそも国島がそれをやる必要性はないと考えました。

成松:そちらのほうが「シルエット表現に強く、風合いも美しい」という国島さんが求める生地の条件と合っているんですね。

伊藤:そうなんです。織り技術についてだけお話しすると、「テンション管理が常に均一にされているかどうか」が大事なんですね。場所によって糸の引っぱり具合が異なってしまうと、緩みやエラーになってしまいますから。また均一であるほうが持ったときにカチッとして、使ううちに風合いも出てくる。ションヘル織機は当時、より効率的な生産手段として開発されたものですが、テンションのゆれ幅が大きい。今は低密度でゆっくり織った生地の人気が高まっているため注目されていますけど。一方、プロジェクタイル織機はものすごく精度が高いんです。

成松:昔の技術をただありがたがるだけでは、理想とする生地は作れないと。

伊藤:それに僕は、個人的にふんわりした織物が好きじゃないんです(笑)。近年はイタリアの薄くて軽い生地がトレンドですけど、あれだってナポリに遊びに来たイギリスやフランスの富裕層がナイトパーティーで着るワンナイト用ジャケットを仕立てるのにちょうどいい生地であって。そうしたジャケットと、オフィシャルな場所で日常的に着るジャケットは絶対的に違うんです。

成松:そうですね。ジャケットもTPOに応じてまったく違うスタイルを持っているわけで。

伊藤:今のモノ作りは「かっこつけ」の要素が強い。僕はかっこつけるための服はいらないと思っているんですよ。

伝える努力が実を結び、海外ブランドからも注目される

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成松:ここまでお話を伺って、国島さんはトラディショナルな衣服の生地というイメージが強いのですが、それはこれからも変わりませんか?

伊藤:僕としてはトラディショナルからいくら乖離してもかまわないんです。新しいトレンドは、いつでもウェルカム。ただそうは言っても、僕らが作るものは結局トラディショナルから離れられないと思うんです(笑)。そういうお固い会社という認識を覆すことはできないだろうし、変に意地を張ってもしょうがないだろうなと思っています。

成松:そうした国島さんの本質の部分を海外ブランドも評価しているんでしょうね。

伊藤:嬉しいですね。以前はシーズンごとに波が激しかったのですが、最近は安定してきました。

成松:哲学がはっきりしてきたということなんですかね。

伊藤:うーん、そうですね……。海外に対しては、エージェント任せにしないで直接サンプルを送り続けたり、外国語版のwebサイトを作って広報活動を強化したりといった、伝える努力が実を結んだのかなと思います。

成松:なるほど。ちなみに世界を相手にする中で、動向を気にしたりベンチマークにしたりしている他メーカーはありますか?

伊藤:イギリス系は今でも魅力的な生地を作っているところが多いと感じます。イギリスも日本と同じく分業体制になっているので、作っている現場まで手が届かないこともあるんですけど、あれだけのものを作れているのは素晴らしいですね。例えばFintex of London(フィンテックス オブ ロンドン)などは、やっぱり素敵だなと思います。

成松:どういったところに惹かれますか?

伊藤:かっこつけた言葉でいうと、「昔と変わらないけど古くない」んですよ。イギリスらしく端正で、きちっと作り込んであって表情も豊か。僕らも見習わなければいけないなと思っていて、何かご縁があれば直接伺ってみたいですね。また、マーケティングについては、1600年代に創業したイタリアのCANONICO(カノニコ)も素晴らしいです。ものすごく効率的で、どういう風にコミュニケーションを組み立てているのか、学ばなくちゃいけないと思っています。

常に新しい価値やプロジェクトを生み出そうとする姿勢

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成松:現在、国島さんが注力されている事業についてもお聞かせください。トラディショナルをコアにしたオリジナルスーツブランド「The KUNISHIMA1850」や日本で育てられた羊毛だけを使用した「The J.SHEPHERDS」、尾州らしさを表現した「COBO」などの反響はいかがですか?

伊藤:どのブランドも小粒ですが良い調子です。The KUNISHIMA1850は一般的な生地作りの面白みが薄れてきている昨今、「こだわりが詰まっていた昔の規格できっちり作ったら、こんなものができたよ」ということを伝えたかったブランド。僕たちが面白いと思えるトラディショナルな魅力が詰まっており、問い合わせがどんどん増えています。

J.SHEPHERDSも上々ですが、どうしても数量が限定的ですから、羊の話をしっかりご理解いただき、店頭でも説明してもらえるところに販売をお願いするようにしています。

COBOは、国島らしい高密度なスーツ地に後加工を施し、モードな雰囲気を出したのが特徴。当社の高密度生地だといい具合に風合いが増し、日本の生地の良さが現れていると感じています。

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成松:いろいろと野心的な取り組みを行われていますね。他に注力していることはありますか?

伊藤:工場にIoT(Internet of Things)を導入したく、今年中の実装をめざして開発中です。テキスタイルの工場は資本集約的だと話しましたが、そうはいっても機械のコントロールはどうしても人に頼ってしまうんですね。糸の密度が低く、経糸が切れるトラブルが起こらないような生地なら人の力もいらないのですが、ウチは高密度だからどうしても管理リソースをくってしまう。ところが、ウチの技術職は職人的というか、もくもくと機械に向かいあって人の管理などに興味が薄いんですよね。

成松:効率を上げるのに、ネックとなりそうですね。

伊藤:品質と生産性を上げるためには、操業状況を把握できるIoTが必要だと考えました。機械に異変が起きたらタスクカードを発行し、それをスタッフが実行する仕組みで、各人が独立して動いていても工場全体の管理が成り立つようにしたいと思っています。

成松:工場のオペレーションがグッと変わりそうです。

伊藤:上手くマンパワーを活用していきたいと考えています。

成松:これまで生み出してきた価値だけにすがるのではなく、常に新しい価値を生み出そうという方向に進んでいるのですね。

伊藤:はい。J.SHEPHERDSで原料から作り上げる方法もわかりましたし、国島というブランドの認知も高まりました。何よりやっていて楽しいんですよ。

成松:原料の産地からこだわるというのは、コーヒー豆のようですね。地区単位で混ぜてブランドにした豆もあれば、特定農場だけで取れた豆もある……同じ土地でも、木が生える場所によって日照量の違いから出来が異なるそうですから。

伊藤:原料と密に関わってから、ちょっとした環境の違いが糸の品質に及ぼす影響の大きさを痛感しました。原毛の質や量をどうやってコントロールするのかはこれからの大きな課題で、ちゃんとやろうと思ったら各牧場を見て回らなくてはいけないのかもしれません。でも、面白いんですよね。手にとっていただけるお客様にも、そうした喜びを伝えていければと思っています。

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公開日:2022年8月12日

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