Brand in-depth 第5回(後編) 「装いはコミュニケーションの基礎」毛織物メーカー国島の想い

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聞き手/成松 淳
文/横山博之
写真/新澤 遥

ミューゼオ代表の成松が気になる様々な分野のブランドを担われる方々に、ブランドの歴史やブランドを成すものは何なのかを尋ねる連載企画「Brand in-depth」。

尾州で最も歴史ある毛織物メーカー「国島」代表の伊藤核太郎さんとの対談・後編をお届けします。

最新技術を取り入れながらトラディショナルな生地を追求する同社。創業から172年、今なお前進し続ける揺るがない姿勢の根底には、伊藤さんのブレないファッションへの想いがありました。

トラディショナルはコミュニケーションマナーの集大成

成松 淳(以下、成松):前編では企業としての歩みや各事業、製品についてお聞きしました。後編では、伊藤さんご自身について伺いたいと思います。「かっこつけるための服はいらない」とおっしゃっていましたが、伊藤さんご自身はファッションをどのようにお考えですか?

伊藤核太郎さん(以下、伊藤):装いはコミュニケーションだと思っています。僕らはトラディショナルを標榜しているのですが、トラディショナルって、これまで長い時間をかけて積み上げられた人付き合いのマナーのことだと考えています。どんな装いをしているかで、自分の気持ちが一瞬で相手に見透かされちゃうじゃないですか。そういうコミュニケーションの一番ベースにある部分をきちんとやりたいんですよね。

僕が社長に就いた頃まで、「スーツはビジネスマンの戦闘服」みたいに言われることが多かったんですけど、すごく違和感があって。「ビジネススーツ」という言葉自体、僕にはどうもスーツをすごく狭く捉えているように感じられたし、「ビジネスマンたるものスーツを着るのが当たり前」というのも、すごくつまらない価値観だなと思って。スーツを楽しむためにどうしたらいいのか? 今、そういったことを改めて考えるときがきていると思います。

成松:多様性が広がる今こそ、スーツやジャケットを着る理由を考え直す必要がありますね。

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伊藤:一般的な仕事着としてのスーツの評価は変わりましたけど、まだまだテレビドラマや映画の世界でスーツやジャケットを着たキャラクターも多いですし、男性のいちスタイルとしての評価は全然落ちていませんから。

成松:そうしたことから、メーカーとして量が問われる時代は終わり、質を大事にする時代に回帰しつつあるということなんですかね。

伊藤:そうだと思います。それが本来のファッションの姿でもありますよね。昔のファッションリーダーって、王侯貴族だったじゃないですか。それが力のある人間や中産階級へと広がり、いまや街の若者がトレンドを生み出す存在にもなった。その過程で支配者階級の価値観に対するアンチテーゼなど、いろいろな価値観が矢継ぎ早に生まれてきた。この21世紀に生きる人間にとって、ファッションってけっこう複雑でわけがわからないことになってしまっていると感じます。

成松:本当にそうですね。特に昨今はトレンドの発生が目まぐるしく、捉えどころがありません。

伊藤:こうした時代において、トラディショナルはコミュニケーションツールである装いのベースであり、ベストプラクティスだと考えています。これまでに存在した着方のルールを知り、そこからどう分化してきたかを理解することで、自分の立ち位置をうまく伝えられるはず。トラディショナルからどれくらい乖離しているのか、それを意識することで自分が見えてくると思うんです。

成松:装いの歴史に彩られたトラディショナルが、ファッションスタイルの基本になるわけですね。先日アートギャラリーのオーナーの方に「アートとは何ですか?」と投げかけてみたところ、「過去を踏まえて新しいものを提供すること」だとおっしゃっていました。それと共通しているように思います。

伊藤:そうですね。やはり歴史的背景を知ることが大切です。例えば最近、中国などから新しいアパレルブランドがたくさん誕生していますけど、僕らからすれば単に奇抜なだけでちょっと意味がわからないものが多い。やはりデザインも過去から連なる美学や価値観があって、それらを踏襲した上で新しい価値観が生まれてくるわけですから。いきなり誰も知らない言葉を持ち出しても、コミュニケーションは成立しないと思うんです。

成松:ただ、グローバル化や国家的アイデンティティの希薄化、世代間の分断など、価値観を踏襲するのが難しくなっているような動きもありますよね。

伊藤:どうなっていくのでしょうね。僕自身がこれから何をしていきたいか、そんなことばかり考えて生きてきて。どんなブランドになりたいか、どういう風に見られたいかという部分は、あまり考えてこなかったんです。

最もかっこいいのは、その人のスタイルが気持ちよく伝わる服

成松:伊藤さんご自身、もともとトラディショナルなファッションがお好きだったんですか?

伊藤:最初は、トラディショナルなんて考えずにいましたけどね。もともと服は好きで、中学生のころはなんとかお小遣いを貯め、週末は名古屋まで遠征して服屋を見て回っていました。当時はチェッカーズが流行っていて、ちょっと真似していた時期もありましたね。まぁ痛々しい中学時代を過ごしたと思いますよ(笑)。

ただ、大人になっていく中で、基本の大切さを感じるようになりました。いろんなスタイルを見ていくうち、「当時のオーソリティに対してどういったスタンスを持つか?」を考えることで、そのスタイルを理解できるとわかったんです。例えば、僕がいつも面白いなと思っているのが、アンディ・ウォーホル。アート界の有名人ですし、当時のファッションアイコンでもあったわけなんですよね。彼はジーンズとジャケットを組み合わせた。ご存知の通り、ジーンズは炭鉱労働者が穿いていたことで労働者階級の象徴となり、一方ジャケットは上流階級の象徴。その組み合わせって、本来はあり得ないことだったんですよ。

成松:今では当たり前となった着こなしですけどね。

伊藤:彼のアートはダダの頃からはじまっていて、マルセル・デュシャンの「泉」などの影響を受けている。だから、コラージュとしてのスタイルを確立し、ジーンズ×ジャケットという階級の存在自体を茶化したような装いができた。ファッションアイコンとしての彼の存在をもっとフューチャーしてほしいなって、個人的には思いますね。

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成松:スタイルや装いは時代とともに変化していきますよね。最近、ちょっと気になるのは「装いは気にしない」という人々が増えてきたことでしょうか。選ぶための労力がもったいないから、いつも同じ服を着ると言っている人も見かけます。海外の起業家から広まったようですけど、広報やブランディングの重要性を理解している彼らが装いをおざなりにしているわけがないんですよね。何の変哲もない服装に見えて、実はものすごく考えてやっている。それを「装いは適当でいい」と曲解してしまっている人もいるようで、もったいないなと思ってしまいます。

伊藤:そうですね。伝えることを放棄したら、何事も成り立ちません。

成松:ファッションはコミニケーションツールとして、特に初期などにおいてはいまだに影響が大きいと思います。同質性を強調するか異質性を強調するか、それこそどんな気構えなのかを伝えることも含め。

伊藤:そういう意味で大切にしているのは、その人のスタイルが気持ちよく伝わる服でしょうか。例えば僕は今スーツを着ていますけども、表明したい気持ちは何かといったら「相談しに来てくれた人に対して100%の答えを返せるよう頑張ります」という姿勢なんです。

成松:インテグリティ(誠実性)ですね。とても伊藤さんらしいと思います。

伊藤:そういったところが伝われば嬉しいですね。

「人の役に立つことの大切さを学んだ」伊藤さんのこれまで

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成松:社長に就く前のお話も伺えたらと思うのですが、子供の頃からこの道に入ろうと思われていたのですか?

伊藤:いえ、そんなことはありませんでした。というか、大学になるまで自分の父が何の仕事をしているのか知らなかったんです。だから、継ごうという気持ちも生まれなかったし、家業を継ぐために何かをやったこともないんですよ。

成松:そうだったんですね。それでは、どんな仕事に就こうと思われていたんですか?

伊藤:僕は子供の頃はかなりの利かん坊で、親からはいつも怒られていました。言い争いも絶えない家庭で、「みんなが幸せになるにはどうしたらいいんだろう?」と考えた末、「とにかくお金を稼ぐことだ」と思い至ったんですね。小学生の頃から本の世界に没頭し、大学は経済学部に入りました。

経済やお金を稼ぐ仕組みがわかる人間になりたいと思ったんです。そのうち、経済全体を回している金融機関の存在の大きさを知りました。当時は、90年代半ばでバブルが弾けてからちょっとしか経っていない時期。「担保不動産が塩漬けになったことでお金が回らず、景気も回復しない」という報道を目にし、不動産という資産価値の高さを知ったんですね。それで不動産取引をできる人間になりたいと思い、信託商品として不動産取引も手掛ける大和銀行に入行したんです。

成松:入行されてから、どのようなお仕事をされていたのですか?

伊藤:アメリカのワシントンDCにあるジョージタウン大学マクドノウスクールオブビジネスに行かせてもらったのちに、ファンドマネージャーとして信託取引に携わるようになりました。ちょうど大和銀行がりそな銀行に変わった年で、僕はりそな信託銀行に出向して年金資産の運用を行いました。とはいっても成り立てのファンドマネージャーですから、リーダーのために情報を集めてくるだけの仕事なんですけど、たくさんの会社の話を聞いて回っていろいろな考え方を学ばせてもらいました。

成松:どういった学びがありましたか?

伊藤:なんというか、人のためになろうと地道に活動を続けている会社こそ選ばれるのだなということですね。

成松:(前編で)伊藤さんが信念だと話されていた、「人様の御役に立つ会社でこそ、利益を残せる」というものですね。

伊藤:そうです。そのとき取り扱っていたのは、長期投資を前提とした信託商品でしたから、やっぱり信頼されなければ投資先に選ばれないんですよね。家族の幸せのため「お金を稼げる人間になりたい」という目的で銀行に入ったわけですけども、利益を上げるにはまず「人の役に立つこと」が大切だとわかったんです。一巡したというような感覚もありました。自分の良いところを理解し、それをコツコツ伸ばすこと。投資先としても、そこを上手にできている上場銘柄を中心にして運用していました。

成松:国島さんに入られたのは?

伊藤:父が帰ってこいと言い出しまして。信託業も楽しかったのですけども、服も生地も好きな世界でしたし、経営を実践できるチャンスだとも考えて帰ることを決意しました。

楽しんでやれることを追求したい

成松:最後に、伊藤さんが今後やっていきたいことを聞かせてください。

伊藤:僕は今50歳なのですが、この歳で1回キャリアをリセットしたいと思っていました。人生80年といわれますけど、50歳を過ぎると社内で老害扱いされるじゃないですか(笑)。これまで積み重ねた経験を生かさないのはもったいないかもしれませんが、一方で若い人が伸びる余地も空けなきゃいけない。それには50歳で新人に戻る、セカンドキャリアをゼロからはじめられないかとずっと思っていて。

成松:目処は立っているんですか?

伊藤:いや、それがまだ。僕は一族経営の最後の一人というつもりで社長をしていますけど、ひょっとしたら誰かにふと渡すことで、別のステージにいけるかもしれません。その可能性を常に頭の片隅におきつつ、現状をひっくり返せるチャンスを探しているところですね。

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成松:別のステージというと、例えば趣味の範囲では何か面白いと感じていることはありますか?

伊藤:それでいえば郊外の何でもないところへ行って、面白いものを見つけるのが好きですね。岐阜の山奥でたまたま入った店の鮎がおいしかったり、とかね。今興味があるのは、三重県の伊勢志摩よりも南の方。あまり開発が進んでおらず、ちょっと見捨てられたような地域なんですけど、面白い場所はたくさんあるんですよ。ある意味、観光資源の宝庫で。

成松:そういう地域の資源を活かす事業も面白いかもしれませんね。伊藤さんは常にモノを追求する姿勢に満ちている。

伊藤:なぜそうなったのかという理屈を繋げるのがすごく好きなんです。正直、伝えるという部分は得意ではないのですけど。

成松:伝えるのが得意だから流行るのか、流行ったから伝わるのか。本当の流行って、僕は後者のような気がしていて。マーケッターは一定層の理解者を作れても、流行まで生むには時代をつかまえないといけないですから。

伊藤:そうですね。正直、その流行に乗っかれるのなら乗っかりたい(笑)。

成松:でも興味がわかなかったり、変な美学があって乗っかれないことはないですか?

伊藤:うーん、確かにトレンドの薄くて軽い生地を作ろうと思ったら作れるんですよね。ただ、面白くないから作りたくない(笑)。

成松:やっぱりそこが大事ですよね。

伊藤:はい。楽しんでやれることを追求していきたいですね。

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公開日:2022年8月12日

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