前時代への反抗。1960年代のスーツスタイルを紐解く
——コンサバティブな50年代のシルエットから大きな変化が訪れた60年代のスタイルですが、リーさんはこの変化をどう捉えられていますか?
前時代への反抗といってもいいでしょう。30年代頃から前時代の考え方を大切にしながら発展してきた、男らしく構築的なシルエットに大きなメスを入れたのが60年代のシルエットです。50年代のジャケットの半分あるかないかほどのラペル幅にノータックのトラウザーズ、スリムでスレンダーな印象は、当時の音楽やヘアスタイルなど文化的な背景を大きく反映しているといえます。またそのシルエット故に着る人の体型を選ぶようになったのもスーツの歴史では初めてではないでしょうか。
——60年代のスーツをアイテムごとに見ていきたいと思います。
まずジャケットは細いラペル、長めの着丈、絞られたウエストや小ぶり且つ高めにとられたアームホールに狭め目の袖幅など、先述のスリムなシルエットを作り出す要素に富んでいます。トラウザーズはノータックが普及したり、裾はシングルが流行したり、50年代までと相反する仕様です。ある意味、20年代以前のシルエットに回帰したといってもよいかもしれません。個人的にはこのトラウザーズのシルエットが自分には1番相性がよいと思っています。
ウエストコートには大きな変化は見られませんが、ビスポークスーツ以外で見かけることが非常に少なくなりました。また、この時代のスーツに用いられる生地が主張の強い柄のものが多くなったのも特筆すべき点でしょう。60年代が好き嫌いのわかれるのはこのような点あります。
サヴィル・ロウの名門テーラー、Hawkes & Co. (ホークス・アンド・コー)1961年製のスリーピーススーツ。Gieves & Co. (ギーブス・アンド・コー)との合併前の貴重な1着。細いラペルと絞りの効いたウエストなど60年代の特徴が色濃く出ている。
靴だけじゃない。リーさんの服への情熱
——リーさんのヴィンテージ・ファッション遍歴について教えてください。
ファッションに関しては10代の頃から敏感で、理容師として収入を得るになってからは色々なハイブランドの服を買い求めるようになりました。今から10〜12年前ですが、何気なくセカンドハンドの服を店で見ているとヴィンテージ・ビスポークのスーツに出会いました。生地の質や縫製の技術の高さに感動を覚え、以来ヴィンテージ・スーツの虜です。
——リーさんの膨大な靴のコレクションは有名ですが、スーツも相当な数をお持ちですよね。
そうですね、ヴィンテージショップやオンラインで買い求めていたら、知らない間に結構な着数になっていました。
——靴や車など、なんでもご自身で修理されるのがリーさんの素晴らしいところですが、やはり服もご自分で直されるのですか?
服に関してはボタンの付け直しくらいしかやったことがありません。フィッティングのことなど、まだまだ勉強が必要なので。スーツやコートなどは、長年サヴィル・ロウのテーラーのアウトワーカーだった知人に依頼しています。
経営するバーバーショップ「Curtis & York (カーティス・アンド・ヨーク)」 にて。ヴィンテージ・シューズのステッチを修理するリーさん。
——60年代のスーツを着るうえで、どのようなことに気をつけるべきでしょうか?
先述した通り、60年代のスタイルは万人受けするわけではありませんし、似合う体型、似合わない体型など制約もあります。お手本としては、ショーン・コネリー扮する初代ジェームズ・ボンドのようにミニマルに纏めるといいでしょう。また私がそうですが、当時流行した主張の強い柄を活かして色で遊ぶのも楽しいものです。
スリムなトラウザーズが60年代らしい。港町ブライトンのビーチにて。
リーさんにとってヴィンテージ・スーツを身に纏う喜びとは?
——リーさんにとって、ヴィンテージ・スーツを着る醍醐味や喜びをどのように感じますか?
毎日、といってよいと思います。「なんでそんなにドレスアップしているの?結婚式でもあるの?」と髪を切りにきたお客さんや道端でばったり会った友人たちに決まったように聞かれるのですが、確かに多くの方がドレスアップは「特別な日」にするものだと思われているでしょう。私は自分の愛するヴィンテージ・スーツに毎日身を包むことによって、毎日が「特別な日」になるのではないかと考えています。
ーおわりー
クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
[新版]男の服装術 スーツの着こなしから靴の手入れまで
著者の落合正勝氏は、雑誌・新聞連載と服飾関係の著書を多数もつ男性服飾評論の第一人者である。本書は、氏の著書の中でも男性ファッションの最も基本的な内容をわかりやすく解説したものであり、スーツ・シャツ・ネクタイ・靴・靴下・着こなしなど、お洒落についての知識とノウハウを総合的に解説した定番ともいえる一冊です。
終わりに
靴のコレクションを取材させて頂いた時には膨大な数に圧倒されましたが、今回もビスポークの名品の数々に驚かされました。リーさんのヴィンテージへの情熱に改めて感銘を受けた取材でした。