1920~40年代のアメリカのスリーピーススーツから、時代のエッセンスを感じる

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取材・文/竹林佑子
写真/日下部美沙
撮影協力/GLOBE SPECS代官山店

軽く暖かいダウン、吸水速乾の機能を持った肌着、いま当たり前に着ている衣服が将来、「ヴィンテージ」として重宝されているなんて考えたら、持っている服一つ一つが特別なものだと思えてきます。でもそれは未来に過去の意匠を掘り起こす人がいたらのこと。

そう考えるきっかけとなったのは、「アジャスタブルコスチューム」のオーナー兼デザイナー・小高一樹さん。今から100年前のファッションを現代に蘇らせる1人です。
キャスケット一つとっても、今は流通していない四つ割スナップを採用し、見えない部分まで忠実に再現。彼がいるその場だけ、まるでタイムスリップしたように錯覚させます。

そんな小高さんによる連載「ヴィンテージの意匠」。初回は、スリーピーススーツについてお話しいただきました。スーツが激動する1920~40年代を、小高一樹のレンズを通して時代を巻き戻してみましょう。

連載「ヴィンテージの意匠」時代のグラデーションを楽しむ

アーリーアメリカンの世界観を現代に落とし込んだブランド「アジャスタブルコスチューム」。1920~40年代(物によっては1800年代)のヴィンテージを、今のスタイルとサイジングに修正し、デザイナー・小高一樹のフィルターを通してリプロダクトしています。古着を解体して型紙を取り、当時のデザインを細部まで忠実に再現したその仕上がりは、海外のヴィンテージ愛好家を唸らせ、クラシッククロージング通を虜にするほど。

「ヴィンテージを扱っていると、よく『このジャケットは〇〇年代のもので合っていますか?』『この着こなしって間違っていないですか?』と聞かれることがあります。年代ごとにアイテムをカテゴライズするのも古着を着る楽しみの一つですが、数字に囚われすぎると着こなしの幅を狭めてしまいます。そんなのはもったいない。トレンドは大晦日と元日を境に急に変わるのではなく、前進と後退を繰り返してグラデーションのように移り変わっていくもの。ヴィンテージ服の着こなしに間違いなんてないし、正解もありません。それに、あえて皆がしない格好をするのも面白いと思いませんか?

連載では、スーツやドレスシャツ、サスペンダーなど、アイテムごとに『ヴィンテージの意匠』をご紹介していきます。年代別に特徴をお話ししますが、それはあくまで指標として、自分のファッションに奥行きを出す1つの層として捉えていただければと思います」

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スーツは国によって仕立てが異なります。僕が扱うのは主にアメリカ製ものですが、どこかイタリア系の職人が手掛けたような、イギリスの影響を受けているような、他国の要素がミックスされたデザインに注目しています。
国ごとに独自のファッションカルチャーが形成されていますが、アメリカは移民が多いので様々な国のエッセンスが入っていて、そこがまた面白いんですよ。

靡くバックフレア。後ろ姿で魅せる1920年代のジャズスーツ

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着用しているスーツは、イギリスの影響を強く受けたアメリカ製で1910年~20年代前半の古着。当時はスーツにカンカン帽を合わせるのが流行っていた。

1920年代のスーツの特徴でまず挙げられるのは、ジャケットの着丈の長さとバックフレア。当時はまだ自動車が普及しておらず馬や馬車に乗っていたので、裾が突っかからないよう施されたデザインです。
また、襟元のVゾーンが狭いのも特徴。乗馬した際にはだけず、かつ動きやすくするため第一ボタンだけを留めて羽織っていました。当時のパターン(型紙)で見ても第一ボタンしか留められないように作られていることがわかります。

この頃のジャケットは、ラペルの形状、(狭い打ち合いのダブル等)フロントの合わせ、ポケットのディテールがさまざま。現代のジャケットの基本形になる前の多種多様な面白さがありますね。

スマートなシルエットも魅力で、タイトなトラウザーズと合わせて「ジャズスーツ」と呼ばれています。映画『ゴッドファーザー PARTⅡ』で、ロバート・デ・ニーロ演じるヴィトー・コルレオーネが着ていたことでも知られています。

揺らぐ裾、漂う色気。1930年代のウエストを絞ったドレープスーツ

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古着から型紙を取って作ったアジャスタブスコスチュームのスリーピーススーツ。30年代の特徴であるウエストのシェイプだけでなく、40年代初頭の要素を少し加わえたため、肩幅はやや広め。もし30年代中盤のものであれば、もう少し肩幅が狭くなる。トラウザーズは2プリーツのハイバック。現代のワイドパンツのように太く、裾巾が30cmほどある。

30年代の象徴と言えるのが「ドレープスーツ」です。20年代に比べ、ジャケットのウエストがキュッとシェイプされているのが印象的。着丈は短くなり、裾に切れ込みのないノーベントが多く見られます。

この頃のスーツは基本的にビスポークだったので、生地の種類が豊富で、織り柄や色も現代では製作が不可能な特殊なものが多いです。当時の資料を見ても、生地メーカーが独自の開発で毎シーズン提案していたのがわかります。

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股上が深くだぼっとした太いパンツの「オックスフォードバッグス」も、30年代の大きなトレンドの1つ。イギリスのオックスフォード大学のボート部がニッカポッカを隠すようにオーバーパンツを履いたことが始まりです。ただこれ自体は20年代の出来事で、徐々に海を越えて広がっていき、30年代にアメリカを中心に大流行となりました。

1920~30年代は、今では当たり前となっているスーツの常識と異なる点がいくつかあります。例えば、トラウザーズにはベルトループがなく、ファスナーも付いていません。ハイウエスト、ハイバックで腹部をホールドしながら、サスペンダーで吊り下げていました。
40年代後半の戦後までは既製品のスーツがなかったため、テーラーで仕立ててもらうのが一般的。仕立てが難しい場合は古着などを着用していたのかもしれません。

もう1つキーポイントとなるのが、3ピースです。当時は「シャツ=肌着」という認識だったので、ジャケットやベストを人前では脱ぎませんでした。現代のようにシャツ一枚になることは極めて珍しく、当時を描いた映画の描写でも本当に気心を許した人の前でしかシャツ姿になっていないのです。

研ぎ澄まされた洗練シンプル。1940年代は大きな区切りに

スーツは時代の流れに沿って変化しているので、戦争にも大きく左右されます。40年代前半、第二次世界大戦が起こった当初は、生地をふんだんに使い、ギャングのように肩幅を広げて強さを演出していました。好みは人それぞれですが、力強い印象を与えるパワースーツとも言えるシルエットは、どこか男心をくすぐられます。

しかし戦争が長引くにつれ、材料の制約との戦いが始まったのです。生地を最低限まで減らさなければならず、ベストが禁止されたりプリーツが制限されたり、トラウザーズの裾巾も細くなっていきました。シャツが肌着だった時代に、ベストが羽織れなくなってしまったのは大きな衝撃だったことでしょう。
さらにはボタンも金属が使用できなくなり、天然素材のナットボタンへ。それさえも使えずプラスチックで代用するなど、これまで通りのスーツを仕立てることが難しい環境になっていきました。そんな中でも「カッコよく着たい」という想いから、簡素ながら洗練されたデザインが増えていったのです。

この時代はスーツにおいて、大きな区切りともいえるでしょう。50年代以降は「男性の服装=スーツ」ではなくなり、衣服の選択肢の1つという位置付けになります。さらに、既製品のスーツが普及していき、これまで当たり前だったテーラーで仕立てることが減っていきました。

ですが、味わいがなくなっていく訳ではなく、30年代のスーツへの憧れのような思想が影響を与えて次の時代、50’sのトレンドを作っていくことに繋がります。
もしスーツ史に興味を持ったなら、70年代頃までの遍歴を掘り下げてみるとより面白い発見があると思います。

小高一樹さんのヴィンテージスーツコレクション

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こちらは「ゲームジャケット」といって、昔は硬く厚手のゴワゴワとしたウールのスリーピースを着て狩猟やフィッシングをしていました。

古着屋で手に入れたもので、1920~30年代ごろのものだと思います。生地自体は古くなく、色柄もきれいに残っています。

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たまに珍しい古着に出会えるとすごく嬉しくて、子どもが生まれる前にキッズスーツを見つけて買ったことも(笑)。

悩みに悩んだのですが、小さいながらもディテールがしっかりとしていて、ちゃんと30年代のシルエットになっています。これを実際に息子が着た時は感無量でした。

こういったファッション文化を僕が学ぼうとした時、まだネットがここまで普及していなかったので、『モンゴメリーワード』というアメリカの通信販売の本を教科書代わりにするなど、いろんな資料を読み漁っていました。「かっこいいものを着たい、作りたい」といった一心で、勉強という感覚はなく、ただひたすら好きなことを掘り下げていた感覚ですね。

最近では20~30代の若い方々もこのジャンルを好んでくれて、カップルで楽しむ人たちもいます。ただ、彼ら彼女らはすごく素直に受け入れる反面、間違えることをすごく気にしている様子。でもあまり正しさに囚われなくて良いんですよ。きっとこのスタイルはこれから先も王道にはならないでしょう。でも多様化するファッションの中で人と被らないこのスタイルを選んだのだから、自分なりに思いっきりカッコつけて遊んでほしいんです。そういった自由さこそ、現代でヴィンテージを着る魅力ではないかと思います。

アジャスタブルコスチュームの30’sスリーピースと着こなしポイント

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40年代寄りの30’sスタイル。この形でオーダーが可能(レディメイド)で、数千種類のヴィンテージファブリックから生地が選べ、サイズ調整も可能です。アジャスタブルコスチュームでは30’sの際は、ジャケットの襟は下襟の先に尖りを持たせたピークドラペルで提案しています。

トラウザーズは太さが特徴のオックスフォードバッグス。この時代を象徴するフォブポケット(ウォッチポケット)も付いています。当時はこの中に懐中時計やチケットを入れていました。

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スーツが決まった上で「何を組み合わせよう?」と考える時間が最高に楽しいひととき。今回、足元には当時のトレンドであったコンビシューズをチョイスしました。色の組み合わせを大切にしており、多すぎず少なすぎず3~4色に留めるようにしています。

そしてコーディネートの醍醐味は、首元のVゾーンの世界観。着慣れていないと忘れがちですが、ジャケットのゴージライン(上襟と下襟の縫い目)とシャツの襟の角度を合わせるときれいなバランスに仕上がります。

ネクタイの幅も大切で、30’sの場合はロングポイントのシャツにシングルノットかダブルノットを合わせ、結び目の幅を細く長くしています。結び目の下からふわっと花が咲くようにネクタイが広がっていくのが理想的。ネクタイの華やかさを演出するアイテムとして、カラーバーも欠かせません。着こなしにルールがある中で、どれだけ遊ぶかというところに美学がありますね。

ーおわりー

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ADJUSTABLE COSTUME

アーリーアメリカンの世界観を現代に落とし込んだファッションブランド「ADJUSTABLE COSTUME(アジャスタブルコスチューム)」。企画、デザイン、生産、工場とのやり取り、営業、納品まで、全てオーナー兼デザイナーの小高一樹さん一人で行っている。

製品は、1920〜1940年代(物によっては1800年代)の古着を、今のスタイルとサイジングに修正し、“小高一樹”というフィルターを通してリプロダクトしている。日本、海外、どこのブランドでも見たことのないアイテムばかりだ。
デザイン、生地、ディテール、彼が手掛けるその全てがクラシックファッション好きに刺さり、20代の若者から目が肥えたファッション通、さらには海外のヴィンテージマニアたちをたちまち虜にしている。

年2回の展示会で受注販売。また、「MUSHMANS(マッシュマンズ/埼玉県越谷市)」「BRYWB(ブライウブ/東京都世田谷区尾山台)」など、10店舗で取り扱っている。海外でもアジアを中心に12店舗ほどで、ドイツ、スイス、ロシア、スウェーデンなど北欧に広がっている。

クラシッククロージングをより一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

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メンズウェア100年史

カジュアルの元祖は、英国のエドワード7世だった…!? ロイヤルファッションから、ナチス体制への反発心を表現していたザズー・スタイル、究極の作業着をデザインしたロドチェンコ、革ジャンを流行らせたマーロン・ブランドの映画、1960年代の「ピーコック革命」、ジョン・レノンの髪型、パンクとクラブ・シーン、時代を先導した雑誌たち、そしてトム・ブラウンのタイトなジャケットまで。
この100年間にメンズウエアの世界で巻き起こった革命を、ファッション史家、キャリー・ブラックマンの解説付きでわかりやすく紹介した贅沢な写真集。
希少価値のある写真やイラストを通して、この100年の間に、サヴィル・ロウの上品なテーラードや、耐久性のあるカーキ色の軍服、制服や作業場で着用されていたデニムなどが、スタイルや色使いにおいてどれだけ変化してきたかということを順序立ててわかりやすく紹介されている。ハリウッド・スターのファッションや1930年代に活躍した個性的な芸術家たちなどの素晴らしい写真がこれほどふんだんに掲載されている本は珍しく、それらを参照しながら、実用服からピーコック・ファッションに至るまでのメンズウエアの進化を探求している。
この貴重な本の中では、ピエール・カルダンやジョルジオ・アルマーニ、ラルフ・ローレンなどの有名デザイナーたちが与えてきた影響力と1960年代のストリート・ファッションが対比されていて、パンクやクラブ・シーンがメンズウエア市場を発展させた経緯についても言及している。
『メンズウェア100年史』は、ファッションを学ぶ初心者はもちろん、ファッション史家や、メンズファッションをこよなく愛する人々にとって必読の書である。

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AMETORA(アメトラ) 日本がアメリカンスタイルを救った物語 日本人はどのようにメンズファッション文化を創造したのか?

<対象>
日本のファッションを理解したい服飾関係者向け

<学べる内容>
日本のファッション文化史

アメリカで話題を呼んだ書籍『Ametora: How Japan Saved American Style』の翻訳版。アイビーがなぜ日本に根付いたのか、なぜジーンズが日本で流行ったのかなど日本が経てきたファッションの歴史を紐解く一冊。流行ったという歴史をたどるだけではなく、その背景、例えば洋服を売る企業側の戦略も取り上げられており、具体的で考察も深い。参考文献の多さからも察することができるように、著者が数々の文献を読み解き、しっかりとインタビューを行ってきたことが推察できる内容。日本のファッション文化史を理解するならこの本をまず進めるであろう、歴史に残る名著。

【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2021年11月16日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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竹林佑子

エディター、ライター。北海道出身、出没エリアは渋谷~下北沢界隈。美容・ファッション系の雑誌編集部を経て、現在は飲食媒体やショップ取材、著名人インタビューなども行う。インディーズ音楽や食べ歩き、エシカルなものづくりが好き。

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