「What is 現代アート!?」モデレーター深野一朗より
現代アートの関係者に話を伺うシリーズ『What is 現代アート!?』。コレクター、ギャラリストに続き、今回より、いよいよアーティストにインタヴューを開始する。
言うまでもなく、現代アートの主役はアーティストである。実際、アーティストとは驚くべき存在だ。どこの国であっても、アーティストとして生きていくというのは「いばらの道」でもある。ほかの仕事を一切せず、アーティストだけで生計を立てられる「ピュア・アーティスト」はほんの一握りに過ぎない。
それにもかかわらず、彼ら彼女らは、なぜアーティストであり続けるのか?一体普段どのようなことを考えているのか?その制作意欲はどこから湧いてくるのか?アーティストとはいったい何者なのか?
それを探るべく、今回もまたコレクターの方々にインタヴュアーをお引き受けいただいた。作品を実際にコレクションしているからこそ、その作品との対話を通じて感じるものがあるはずであり、インタヴュアーとしてこんな適任者はいないであろう。
アート・コレクター神田さんより
リュウ・ジーホンさんを初めて知ったのは、Satoko Oe Contemporaryで開催されていた池崎拓也さんの個展で、ゲスト作家としてジーホンさんが参加していたことからだった。池崎さんから出されたお題に答える形で作品を作られていたのだが、その答えがあまりにも意外だったので、衝撃を受けたのだった(詳しくは作品を見てもらいたい)。
その時は絵画を描かれていることを知らなかったが、日動コンテンポラリーアートで絵画中心の個展があることを聞きつけて拝見してみると、既に、台北で見て気になっていた作家さんであることがわかり、さらに驚いた記憶がある。後に池崎さんの紹介で直接お会いする機会があったが、温和な好青年といった印象で、最初に作品を見たときの衝撃と、うまく結び付かなかったことも印象に残っている。
作風が多岐にわたるため、特にこのインタビューではメディウムに対する取り組み方を伺いたいと思っている。
コンセプトに合わせてメディウムを考える
神田:作家の池崎拓也さんがSatoko Oe Contemporaryで開いた個展「ビューティフル♡ワールド」にジーホンさんは参加していました。どのようなお題だったのですか?
リュウ・ジーホン(以下、ジーホン):お題はレシピでした。レシピといっても、料理を作るためのレシピそのものではありません。「レシピができあがることの過程を表現してほしい」というお題でした。池崎さんとはレジデンスで一緒になり仲良くなったのです。個展を開催するとのことで声をかけていただき、コラボレーションすることになりました。
池崎拓也
Beautiful♡World Dance Pie 2017 by Liu Chih-hung
2017
inkjet on tarpaulin
神田:2018年にnca | nichido contemporary art(以下nca)で開催された個展「パリュウド」では、ペインティング約25点とセラミックの彫刻作品を発表されています。さまざまなメディウムに取り組んでいらっしゃいますが、取り組み方に差はありますか?
ジーホン:基本的に差はありません。コンセプトに合わせ、どのメディウムが表現に適しているか都度考えています。絵を描いていても、途中で陶器の方が表現として適していると考えれば陶器で制作しなおします。iPhoneやレンズ付きフィルムで撮影した写真で表現することもあります。TAIPEI ARTS AWARD 2016で賞をいただいた展示は写真とインスタレーションを組み合わせました。
十四行詩 Sonnet @ 2016 Taipei Fine Arts Museum
尋人啟事 Missing Person @ 2016 Taipei Fine Arts Museum
ジーホン:Sound Geographyはローカルなヒト・モノ・コトから集めたエピソードを詩やビジュアルにした作品です。1都市につき1冊、これまで7冊発行しています。歴史を調べ昔といまを比較しながら、何を作品として見せるべきかをリサーチしました。例えば、シドニーではホームレスが増加していました。仕事がない人もいれば、家族に問題を抱えていることが原因の人もいる。リサーチを重ねて理解した断片的な事柄と、シドニーの歴史や文化を合わせて作品を作りました。レジデンスに滞在し、その土地をよく知ることはすごく重要なのです。
Sound Geography @Liu Chihhung
神田:Sound Geographyは物語やサウンドにおける叙述、写真、写生なども丁寧に盛り込まれていてコンセプトが伝わってきました。例えば、一枚の絵にコンセプトをすべて入れることもあるのでしょうか。パリュウドは絵画を中心に構成していたと思います。
ジーホン:大きなペインティングでコンセプトを伝える作家もいますが、私にとって一枚の絵は大きな物語の中の一つのパラグラフです。それらを組み合わせて展示することで、全体のコンセプトがはっきりしてくるように制作しています。展示はいかがでしたか?
Installation view at nca | nichido contemporary art / photo by Kei Okano
神田:動きを感じさせる絵画群と、挑戦的なセラミックの組み合わせがすごく良かったです。ペインティングに対するこだわりはありますか?
ジーホン:ペインティングにはパワーがあります。ヴァン・ゴッホの「ひまわり」を初めて観た時には鳥肌が立ちました。説明をするのが難しいんですけど……全身が「やられた!」と声をあげているような感じでした(笑)。いいペインティングと向かい合った時には、作家の表現したいものが一気に伝わってくることがあります。ペインティングはフィジカルな要素が入るので、より作品に没入できるのかもしれません。
神田:個展ならこのように作品を見せることができるけれども、アートフェアでは2,3枚の作品を他の作家と並べられることもあると思います。そうなると、コンセプトを伝えるのは難しくなるのではありませんか。
ジーホン:展示作品が少ない場合はあらためて構成を練りなおします。どの作品をどのように展示するとよりストーリーが伝わるか、ギャラリストやキュレーターとも相談しながら進めます。
作品を上手く作るスキルは、表現に必ずしも必要ではない
神田:影響を受けた人はいますか?
ジーホン:デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)、リュック・タイマンス(Luc Tuymans)。それに、加藤泉さん。
神田:みなさんペインターですね。
ジーホン:絵を描くうえで新しい視点を授けてくれました。
神田:日本のカルチャーで影響を受けたものはありますか?
ジーホン:マンガやアニメなどのサブカルチャーに小さいころからたくさん触れてきました。特に『機動戦士ガンダム』の影響は大きいです。スタジオにはヒーローもののフィギュアがたくさんあります。『風の谷のナウシカ』をはじめ、スタジオジブリの作品も好きです。『クレヨンしんちゃん』はちょっとした休憩やご飯の時に観ています。日本文学も好きです。太宰治、三島由紀夫、夏目漱石とか。本はたくさん読んでいます。
Liu Chihhung's studio
ジーホン:カルチャーではないですが、小さいとき、お父さんとお母さんは『ももたろう』や『かぐや姫』など日本の昔話を読み聞かせてくれました。おばあちゃんは日本統治時代の人なので日本の歌も歌えます。
神田:子供のころから日本の文化に触れていたのですね。絵を描いたり、彫刻を作りはじめたのも子供の時でしょうか。
ジーホン:子供の時から絵を描くのは好きでした。本格的にアートの勉強をはじめたのは高校生からです。ファインアートのクラスに所属していましたが、当時は劣等生でした。ファインアートのクラスの生徒は、小学校の時から美術を学んでいる人ばかりで絵も上手だったんです。
そのときは焦りました。焦ったことですごく頑張ったけど、残念ながら美大の受験には失敗。彫刻の学校に進学しました。学校では鑿(のみ)で花や魚を彫っていました。先生に「ガンダムを彫ってもいいですか?」と聞いたこともあります。もちろん「NO」と言われましたが……(苦笑)。
ジーホン:2年生の時に国立台北芸術大学に編入したのですが、そこですごく視野が広がりました。彫刻の学校に通っていた時はただひたすらスキルをあげて上手に作ることに集中していました。しかし、上手く作るスキルは試験を通過するためのものであり、アートの表現には必ずしも必要ではないことを知りました。
……実は、台北美術大学に入学するまでは音楽にも興味があったんです。ソサエティに所属しフレンチホルンやピアノを弾いていました。現代音楽ではなく、どちらかというとモダンな音楽です。
神田:でも、ミュージシャンにはならなかった。
ジーホン:残念です(笑)。アートや音楽は自分の気持ちや伝えたいことを言葉ではなく感覚的に表現できる。そこに興味がありました。
神田:ジーホンさんが音を使った作品も制作するのは、音楽に触れていたからなのですね。
ジーホン:そうかもしれないですね。サウンドも表現の幅を広げる方法の一つです。
横浜象の鼻テラスで開催されたリュウ・ジーホン展「MONOCHROME」。絵や店内に流すBGMを手がけた。作品には繁華街やボートのイメージが凝縮されており、絵とBGMはリンクしている。この展示会は、世界のクリエイティブな港町をつなぐ「ポート・ジャーニー・プロジェクト」の一つとして実施された。
世の中で起きていることを知らせるのが役割
神田:ジーホンさんは台湾のギャラリーに所属されていませんよね。台湾ではなく、日本のギャラリーに所属したのはどうしてですか?
ジーホン:ncaから最初に話をいただいた時、美術館やレジデンスで作品を発表してはいたものの、ギャラリーで個展を開く機会はなかったのでチャンスだと思いました。それに世界で作品を見せることで次につながる機会も増えます。作品を通し世の中で起きていることをみんなに知らせるのが作家の役割だと思っています。若い作家だけでなく、ミドルキャリアの作家含め海外に出て行くことは重要です。友人もみんな海外で活動しています。
神田:香港や韓国のギャラリーに所属するという選択肢もあったのではないでしょうか。
ジーホン:日本の文化に触れて育ったので馴染みがありました。それに、ncaに所属する前から日本の美術館やギャラリーには足を運んでいて、マーケットやカルチャーが台湾と全く違うことに興味を持ちました。
神田:周りを海に囲まれていたり、日本と台湾は似た環境だと思います。日本の作家はおとなしいように見えるのですが、台湾の作家もおとなしいのでしょうか。
ジーホン:台湾の作家も基本的にはそうです。
神田:台湾出身であることは作品に影響していますか?
ジーホン:はい、もちろんです。なぜなら私の国は島国で、世界各国との間で複雑な歴史背景があります。先ほどもお話しましたが、2015年から私は「Sound Geography (声音地誌)」というプロジェクトをはじめています。これは滞在した先で録音した音だけではなく、土地の歴史背景や物語にも焦点をあてています。その土地に伝わる伝説、人々との交流、インタビューを重ねることによって日本や中国、その他の国々と台湾との関係を調査しています。これは私にとって、アートを通して学び、拡散する重要なプロジェクトの一つです。
—おわり—
終わりに
現代アートの作品を鑑賞するにあたり、作家のバックボーンを少しでも理解していると、同じ作品がまた違ったように見えることがある。ジーホンさんの場合、やはり台湾のご出身であるということに無関心ではいられない。
インタビューの中でジーホンさんが語った次のくだりを、日本人の読者の皆さんはどうお考えになったろうか?「小さいとき、お父さんとお母さんは『ももたろう』や『かぐや姫』など日本の昔話を読み聞かせてくれました。おばあちゃんは日本統治時代の人なので日本の歌も歌えます」。日本が台湾を統治していたのは、いつからいつまでか?それはどのようにして始まったのか?そういう歴史があるのに、ご両親が日本の昔話を聞かせてくれるというのは、どういうことか?
現代アートというのは、決して見て美しいというだけのものではない。それは時として世界を知るための手がかりになることがある。このインタビューを読まれて上記のような疑問を持たれた方は、是非ご自身で調べて頂きたい。その上でジーホンさんの作品を見ると、また違った見え方がするかもしれない。それが少しでも面白いと感じられるなら、もう貴方は現代アートに魅せられ始めている。