ボウリングシャツに刺繍やワッペンが施されている理由

文/成田亘

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こんにちは、54Brokeオーナーの成田です。A-2タウンクラフトに続いて今回はボウリングシャツを紹介します。

ボウリングシャツというと、ボウリングを嗜んでいる人が着ているシャツ。このような説明がもっともシンプルでしょう。

では、いつどのようにボウリングシャツは現在のデザインに落ち着いたのでしょうか。本日はそんな目線でボウリングシャツをご紹介します。

ボウリングとロックンロールの結びつき

50s~ 米軍駐屯地の病院のボウリングチ-ムのユニフォーム

50s~ 米軍駐屯地の病院のボウリングチ-ムのユニフォーム

ボウリングシャツとはその名前の通り、ボウリングをする人が着ていたユニフォームがルーツです。多くのボウリングシャツは、企業名が入った刺繍やワッペンがつけられています。

1950年代から1960年代アメリカでは、ボウリングの一大ブ-ムが起こりました。ボウリングシャツは、1950年代~1970年代にエルヴィス・プレスリーらが牽引したロックンロ-ルブームと相まって、アメリカではファッションアイコンとして取り入れられました。

60s~ neils 66serviceという企業のボウリングチ-ムのユニフォーム

60s~ neils 66serviceという企業のボウリングチ-ムのユニフォーム

60s~ macdonnel douglas社のボウリングチームのユニフォーム

60s~ macdonnel douglas社のボウリングチームのユニフォーム

日本で一大ブームとなったのは1970年頃。その人気は、100メートルごとにボウリング場が立ち並び、街ゆく若者たちがボウリングシャツやシューズをファッションとして着こなすほどでした。ただ、日本で初めてのボウリング場作られたのは1861年6月22日、オランダ人によって長崎の出島に作られました。アメリカのブームから伝播する前に、ボウリング場は日本にあったのです。

ボウリングのルーツについて

MuuseoSquareイメージ

ボウリングの原型は「宗教改革」で知られるマルティン・ルターが作りました。それ以前にもピンをボールを転がして倒す行為は存在していましたが、倒すピンを9本にし並べ方もひし形にしたのです。17世紀にアメリカに伝わり流行しましたが、1840年代に賭博の対象となったため9ピンは法律で禁止されてしまいます。

その後、9ピンに1本たして10本とし、それらを三角形に並べて現在のボウリングが誕生しました。

残ったユニフォームとしてのディテール

MuuseoSquareイメージ

大胆なカラ-に刺繍が施されていたり、ワッペンなどが付いている点がボウリングシャツの特徴で、シルエットは開襟シャツボックス型が主流です。当時のボウリングシャツの多くにチーム名が刻まれています。

これは企業や学生クラブなど、チームごとにオリジナルデザインを作成し身につけていたためです。ボウリングシャツは、チームでお揃いのデザインを着るユニフォームだったので、ワッペンや刺繍など、自分でカスタマイズできる意匠が多かったのです。

MuuseoSquareイメージ

ボウリング場の数は1970年代と比べると減っているようですが、最近ではサザンオ-ルスタ-ズの桑田佳祐さんが「KUWATA CUP」というボ-リング大会を開いています。その大会に行ったお客さんに聞くところによると、大変な盛り上がりだったそうです。ボウリングブームがまた訪れるかもしれませんね。

ーおわりー

公開日:2019年6月29日

Writer Profile

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成田亘

ヴィンテージ古着店「54BROKE」オーナー。根っからのヴィンテージコレクターで、好きが高じて2011年に店舗をOPEN。現在は恵比寿と白金台の間に店舗を構えている。古着の中でも特にハワイアンシャツを愛好しており、コレクターとして雑誌で取り上げられることも。ミリタリーや刺繍などにも造詣が深い。

終わりに

成田亘_image

小学生だった1970年代、父親の会社の社員とボウリング場に行ったことを覚えています。いまではボウリングを嗜むことは少なくなりましたが、またブームの波は来ているようです。TVで桑田佳祐さんがボウリングをする様子が放送されていました。桑田さんの腕前は凄い!まるでプロでした。

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