ファッションライター倉野路凡さんが今気になるモノ、従来愛してやまないモノについて綴る連載第2回。シャツ、ジャケット、靴などのビスポークを一通り経験してきた倉野さん。なんでも最近、帽子のビスポークオーダーを初体験したとか。「詩人・中原中也のような」という倉野さんのリクエストを見事に叶えた帽子アトリエにお邪魔してきました。
帽子もオーダーメイドで製作してもらえるんです
ハンチングやソフト帽など、帽子はもはやファッションアイテムとして欠かせない存在だが、ビスポーク(オーダーメイド)できることを知らない人は意外と多い。そこで今回は帽子を作ってくれるお店を紹介しよう。
英国調のスーツを仕立てることで人気のテーラー「BLUE SHEARS(ブルーシアーズ)」では帽子のビスポークを行っているのだ。担当するのはスーツを縫うテーラーではなく、帽子職人(bespoke hat maker)の見上真紀さんがすべての工程を一人で行うというもの。
帽子職人の見上真紀さん
見上さんは皇族の方々の帽子を手掛けていたことで知られる平田暁夫氏が主宰する「ブティックサロンココ」の帽子教室に通った後、アトリエで15年間にわたり修業してきた腕のいい職人だ。現在は独立され「BLUE SHEARS」のアトリエで帽子制作を行っているのである。
ビスポークハットと既製品との大きな違いは自分の頭のサイズでできるということ。好きなデザイン、好きな素材や色を選べるということだ。作ってもらいたい帽子の写真を持参したり、お気に入りの帽子を持参するお客さんも多いという。作ってもらいたいイメージを伝えることはやはり大切なことだ。で、ボクも(自腹を切って)実際に作ってもらった。
針金の入ったメジャーで頭の形をとっていく。
下書きを元につくられたボクの頭型。
ペーパースパットリーを重ね糸で縫いつけたもの。
ペーパースパットリーを石膏で固めたもの、これがチップ。
帽子の製造工程
イメージを伝えた後、頭のサイズを計測。ワイヤー入りのメジャーを使って頭の外周を計測し、そのまますっぽりメジャーを抜いてノートに頭の形を写す。さらに被ったときの深さをみるために横と縦の長さを計測された。
その後、このノートをもとにして頭型(頭の形状とサイズを表した紙型)やチップを作るのだ。チップというのはペーパースパットリーという細かな格子状のものを重ねて石膏で固めて作る、いわば立体的な型だ。
このペーパースパットリーというのは、ねん挫した時に使うギブスの素材に似ている。ちなみに昔は経木(きょうぎ)という木の繊維を使っていたそうだ。
帽子を形作っていくために、蒸気を当てながら窪み部分を紐でぎゅっと絞りあげたり、フェルトを伸ばしていく。なかなかの力仕事だ。
ボクが帽子の素材に選んだのは明るいブラウンの兎毛(ラビットファー)。イタリアの
Borsalino(ボルサリーノ)など高級ソフト帽でお馴染みの素材だ。ウールに比べて軽くて柔らかく、発色が良いなど長所も多いのだ。
見上さんがフェルト状にした帽体をチップの上に乗せて形を整えていくのだが、かなりの力仕事なのに驚いた。やかんの蒸気を利用して、帽体の縁を持ってグイグイ下へ引っ張りながらホッチキスで留めていくのだ。
こうしてボクの頭の形に合った帽子の基本形ができるのだが、ただサイズが合っていればいいというものでもない。好きなデザインを具現化すると同時にカッコよく見せないと駄目なのである。
秋色のフェルトが集合。茶系統でもグラデーションで微妙に色合いが違う。
ビスポークスーツでいうところの仮縫いの工程もあり、もっとも似合う形に補正していくのだ。
また、いきなり本番の生地を使うのではなく、仮のウールフェルト生地を使って制作していく。ボクからのリクエストは、「明るい茶色の帽子」「深緑(ローデングリーン)のテープ」「大きめの羽根飾り」「詩人の中原中也のかぶっていた帽子」である。まんま、中也がかぶっていた帽子ではあまり似合わないので、帽子の高さや形状をあれこれ考えてくれた。途中で切り替えしを入れるなど、制作途中の仮の帽子をかぶりながら、鏡越しで微調整を繰り返してくれたのだ。正直、ここまで徹底的に作ってくれるとは思っていなかった。ほんと、ビスポークのスーツの仮縫いと同じことをやっているのだ。
あと、付け加えておくとボクの頭の形状は前後左右が等しく、円い。まるでバウムクーヘンみたいなのだ(笑)。このままの形で帽子にしてしまうとカッコ悪いので、頭型を元に前後に詰め物をしてもらい、頭の形の悪さを補正してもらったのだ。
完成したボクの帽子。中原中也のイメージと好きな毛やリボンの色味を伝えて、後は見上さんにお任せ。
つばの大きさ、帽子の高さともに大満足の仕上がり。
こうして完成した帽子はかぶりやすいのはもちろんのこと、これがまた似合っているのである(笑)。ボクの帽子は6万5000円。高いといえば高いかもしれない。しかしボルサリーノに比べたら安いと思うし、何よりも世界で一点しかない。
完成した帽子は受け取った翌日から出番が多い。これまではカジュアルウェアに似合うハンチングタイプの帽子がメインだったが、この帽子はカジュアル~ややドレッシーな服までカバーしてくれる。
ボクの秋冬の定番アイテムであるグリーン系のキルティングジャケットにも似合うし、少しドレッシーなウールのベージュ色のチェスターコートにもよく似合う。オーダーする際にコーディネイトの汎用性を考えて、フェルトやリボンの色を選んでいたところもある。もちろん好きな色というのが前提なのだが。
夏素材を使った帽子。
さて、今回オーダーしたのは秋冬ものだが、春夏向きの帽子も作っている。
素材はフェルトに変わり、麻や麦(モットル)の帽子だ。麻はかぶると涼しく、麦は風合いがあるとのこと。これらの素材を使ったブレードといわれる紐状のものを専用のミシンで丁寧に縫っていくのだ。
ヤジマミシン製の環縫専用のミシンを使っているのだが、現在では製造されていないらしい。
縫い方はてっぺんの中心から渦巻き状にグルグル縫っていくお馴染みのものだけではなく、デザインによっては縫い方も変える事もあるそうだ。
ミシンで縫い進めるとカラカラと回る手前の滑車。
一定のリズムでなめらかな曲線が縫いあげられる。
左側の麦わら帽子の色も使い込んでいくことで右側の色に変化していく。
お互い愛用している帽子をかぶってパシャリ。
また、天然繊維のためところどころ自然にできた黒い点があり、それを避けるため途中でミシンを止めて新たにつないだりする必要があり、簡単には縫えないとのこと。パナマ帽はブレード状の麻や麦とは異なり、帽体状のものから形を作るそうだ。すべての帽子は紳士用だけでなく婦人用も作っている。興味のある方はぜひチャレンジしてほしい。
ーおわりー
帽子のビスポークは素材によって価格帯が変わってくる。
生地(ハンチング、クロッシュなど):4万5000円〜
ファーフェルト(兎毛):6万円~
ビーバー:8万円~
麻:5万5000円~
麦:6万5000円~
全て仮縫い2回。納期は2~3ヶ月ほど。
BLUE SHEARS
東京都渋谷区渋谷2−6−8 ST青山702号
03-3707-4611
BLUE SHEARS
英国王室御用達で知られるサヴィル・ロウの老舗テーラー、ギーブス&ホークスで修行をした異色のカッター、久保田によるテーラー・BLUE SHEARS(ブルーシアーズ)。
独自の芯地づくりや、緻密な手縫い工程など細部にまで神経の行き渡った仕事でリピーターが絶えない。世田谷瀬田のアトリエは完全予約制のため、訪れる際には事前に電話予約を。渋谷青山には久保田氏が自ら教鞭をとりテーラリングを指導する「BLUE SHEARS ACADEMY」も。
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帽子をとおしてみた、150年間にわたる一大モード史
ボルサリーノ物語
世界の帽子愛好家を魅了してやまない、ボルサリーノ。その150年間の歴史をひもとく時、一流とは何か、ブランドとは何かを静かに語りかけてくれる。本書は、単にボルサリーノという一老舗企業の歴史を著した本ではなく、帽子をとおしてみた、150年間にわたる一大モード史なのである。
終わりに
帽子のビスポークは初めてだったが、スーツやシューズのビスポークと同様に型を作ったり仮縫いを行うなど、多くの時間をかけていることに驚いた。春夏用はミシンで縫う細かな工程も多いが、秋冬用のフェルト帽の場合はまさに力仕事! 見上さんはほんと帽子作りが好きなんだな~と実感。価格は既製品に比べると高額だが、自分のサイズに合っているし、好きな色やデザインだし、何よりもカッコよく見えるように作ってくれる! そう考えると高くないと思う。また秋に帽子を作ってもらおうかな。