紳士の装いを支えてきたハットの王様。シルクトップハットの歴史と美しさ

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取材・文・写真/渡邉耕希

英国には伝統的な装いを纏う機会(行事)がいくつかある。ロイヤルアスコットもその一つ。イギリス王室主催の由緒正しいイベントらしく、紳士淑女たちはドレスアップして競馬の祭典を盛り上げる。

その紳士の装いに欠かせないのがトップハット。中でもひときわ歴史の古いシルクトップハットは、気品ある光沢で紳士の装いを支えてきたハットの王様だ。

ロンドン在住の若き音楽家、渡邉さんもその美しさに魅了されたそう。

イギリス女王主催の競馬「ロイヤルアスコット」

去る6月23日にロイヤルアスコットに行って参りました。ロイヤルアスコットとは、エリザベス女王主催の競馬でイギリスの夏を彩る重要な行事です。

毎年6月末の火曜日から土曜日に渡って開催され、男性はモーニングスーツやスーツ、女性は色とりどりのドレスを身に纏いレースコースを訪れます。

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ロイヤルアスコットは観戦エリアがロイヤルエンクロージャー、クイーンアンエンクロージャー、ヴィレッジエンクロージャー、ウィンザーエンクロージャーの4ヶ所に分かれており、ドレスコードなどが異なります。

私が観戦した「ロイヤルエンクロージャー」ではモーニングスーツの着用が義務付けられており、ドレスアップした紳士たちと過ごす時間は格別です。

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紳士たちの装いの中で特に目を惹くのがドレスコードの一部であるトップハットです。現代を生きる私たちには最も馴染みのないものの1つかもしれませんが、それ故に好奇心をくすぐられるものでもあります。

トップハットにはシルクプラッシュ製(シルクトップハット)、グレーと黒のフェルト製(フェルトトップハット)、シルクサテン製の折り畳み式(オペラハット)の4種が存在します。

ロイヤルアスコットにて見ることができるのはシルクトップハット、グレーと黒のフェルトトップハットです。オペラハットはその名の通り、オペラなどの夜会用とされています。

この記事ではシルクトップハットに焦点を置き、ユニークな歴史と特殊性をお伝えしたいと思います。

シルクトップハットの歴史

シルクトップハットの歴史は4種の中でも極めて古く、1793年に初めて英国の市場に登場したという記録があります。それ以降、冠婚葬祭を始め、フォーマルな行事には欠かせないものとされてきました。

200年以上もその形を変えることなく、紳士の装いを纏め上げてきたシルクトップハットはまさにハットの王様と呼ぶに相応しいといえます。

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シルクプラッシュを襲った悲劇

シルクトップハットの最大の魅力である艶やかな輝きを放っているのがシルクプラッシュで、一般的なシルクを特殊な技術を使って起毛させて作られます。

プラッシュの生産は主にフランスで行われ、第2次世界大戦を境にシルクトップハットの需要が激減した後はリヨンにある工場が唯一生き残りました。

しかし、1950年代にこの工場が火災に遭い、プラッシュを生産するための設備が焼失。プラッシュを再現する試みは幾度となくなされましたが、どれも失敗に終わり、その技術は永久に失われてしまいました。

その後、黒のフェルト製のトップハットが代用品として普及しましたが、シルクプラッシュの美しさに魅せられヴィンテージのシルクトップハットを探す人も少なくありません。

ヴィンテージ品の多くは1940年代以前に生産されているため、サイズが現代人には小さ過ぎることが多く、大きなサイズは非常に高価な値段で取引されます。

被る前に二仕事

シルクトップハットを購入すると、着用する前にやらなければいけないことがコンフォームとポリッシュです。

コンフォームとはトップハットやボウラーハットのように芯がしっかり入った硬い帽子(ハードハット)をオーナーの頭の形に合わせてリシェイプすることです。

また、シルクプラッシュはとても繊細で、手で直接触ることは御法度なのですが、どうしても使っているうちに繊維が毛羽立ってきます。それを同一方向に揃え、水を使って光らせるのがポリッシュという作業です。

ロンドンでこれらのサービスを今でも行っているのは老舗帽子店 Lock & Co. Hattersのみ。Lock & Co. にてコンフォームとポリッシュのプロセスを教えて頂きました。

まず、コンフォーマターという帽子型の機械を被り、頭の形の⅙サイズのカードを作成します。

1852年にパリで発明され、顧客が被ると、頭の形を測定出来る。Lock & Co. では約100年前に製造されたものが今も現役で使われている。

1852年にパリで発明され、顧客が被ると、頭の形を測定出来る。Lock & Co. では約100年前に製造されたものが今も現役で使われている。

次にそのカードを木型に取り付け、実寸での形を再現し、熱で芯を柔らかくしたトップハットにはめ込みます。そして、ハットが完全に冷めると木型を外すと、オーナーだけにフィットするものとなっているというわけです。

私がロイヤルアスコットで着用したシルクトップハットもコンフォームされており、誂えたグローブのようなフィット感です。

皇太子時代の今上天皇のコンフォームカード。フィッティングの模様を捉えた写真がLock & Co.に展示されている。

皇太子時代の今上天皇のコンフォームカード。フィッティングの模様を捉えた写真がLock & Co.に展示されている。

コンフォームが終わると次は仕上げのポリッシュです。使用するのは埃落とし用のハットブラシ、霧吹き(水)、ベルベットのポリッシングパッドです。まず、ハットブラシで埃を落とし、軽く繊維の方向を整えます。

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次に霧吹きでプラッシュを濡らし、ベルベットのパッドで繊維の方向に気をつけながら磨きます。濡れたプラッシュをパッドがひと撫でするだけで磨きあげられた靴のように輝きます。

プラッシュが毛羽立ち、輝きが鈍くなっているのがお分かり頂けると思います。

プラッシュが毛羽立ち、輝きが鈍くなっているのがお分かり頂けると思います。

プラッシュが同一方向に流れることによって豊かな光沢が出ます。

プラッシュが同一方向に流れることによって豊かな光沢が出ます。

コンフォームは購入時に一度だけで問題ありませんが、ポリッシュは着用前に毎回行うものとされています。決して難しい作業ではないのでご自宅でも可能です。

繊細で取り扱いが難しいシルクトップハット。そこがハットの王様らしくもあり、この帽子の美しさでもあると私は考えます。

ーおわりー

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公開日:2018年8月4日

更新日:2021年7月15日

Contributor Profile

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渡邉耕希

1992年生まれ。ロンドンへの留学中に身に着けた紳士服やヴィンテージアイテムの知識をもとにライターとして活動する傍ら、自身のYouTubeチャンネル「The Vintage Salon」にてヴィンテージを交えた英国的暮らしを発信している。

終わりに

渡邉耕希_image

現代人には全く馴染みのない存在、シルクトップハット。未だにその着用の機会を提供している英国文化に改めて感銘を受け、メンテナンスを請け負っているLock & Co. Hatters には勉強をさせて頂きました。この美しい帽子が忘れ去られることなく語り継がれることを望みます。

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