犬印鞄製作所がシンプルさにこだわる理由

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取材・写真/山川 譲

「カバンにこだわる」 シリーズ 1 回目。

昔から映画や音楽、バイクが好き。でも、「なぜ?」と聞かれると困ったもので。気付いたら考えていたので「好き」、「なぜ好きか」は考えたことがない。本連載では、僕が好きなモノの作り手さんにお話しを聴いて、「なぜ好きか」に迫り、モノが持つ魅力を見つけていきます。

今回は、犬印鞄製作所に伺い、代表の細川俊二さんにお話しを伺いました。

細川俊二さん 株式会社クラッシュ 代表取締役

細川俊二さん 株式会社クラッシュ 代表取締役

犬印鞄製作所は、大学生ぐらいに知り、帆布のトートバッグと革の名刺入れを愛用。サイズ感やデザインが気に入っています。そんな鞄を作った細川さんから、鞄やモノへのこだわりについてお話しを伺いました。

犬印鞄は敢えて「こだわる」けど「こだわらない」

山川:僕、犬印鞄さんは大学生の頃からずっと気になっていたんですよ。大学時代はお金もなかったので手が届きませんでしたし、会社員が使うにはカジュアルなんでなかなか手が出せなくて…フリーランスになってやっと買えました。

細川さん(以下、敬称略):それはありがたいです。

山川:ホームページを拝見したんですが、創業は戦後間もない頃なんですね。

細川:そうですね。でも、その頃の犬印鞄については創業者の飯島さんに聞いたことしか知りません。いろいろな鞄を作っていたそうで、特に自転車用のバッグが有名だったようです。

山川:どのような経緯で飯島さんから細川さんが譲り受けたんですか?

細川:私は当時、鞄製作の下請けや生地、革を扱う仕事をしていたんです。飯島さんは近所のかたにご紹介いただき知り合いました。体調不良で犬印鞄を閉めると聞いて譲り受けることにしたんです。

山川:譲り受けたのはいつぐらいですか?

細川:1995年ぐらいですね。譲り受けたけど当時は犬印鞄に強いこだわりを持っていた訳でもなかったんです。…このまま話したら、山川さんはうちのことが嫌いになっちゃうかもしれませんね(笑)

犬印鞄製作所は1953年創業。店舗入口ではマスコット犬がお出迎え(浅草二丁目店はジョン・わん次郎)

犬印鞄製作所は1953年創業。店舗入口ではマスコット犬がお出迎え(浅草二丁目店はジョン・わん次郎)

山川:こだわりがなかった割に、いまは「犬印鞄ならでは」の特徴がいろいろありますよね(笑)

細川:2000年ぐらいに犬印鞄のロゴをあしらった帆布の鞄が注目されました。ロゴが漢字で、帆布を使った鞄なんて当時はあまり見かけなかったのではないでしょうか。山川さんはどんなところに興味を持ちました?

山川:シンプルだけどクセがあるところですかね。

細川:そのシンプルさが狙いでした。うちの鞄で代表的な鞄はどれだと思いますか?

山川:やっぱりトートバックだと思います。

細川:実は代表的な鞄は「ない」んです。トートバッグは大きさや色の数が多いので一番売れてはいるんですけど、サイズ別で分けたらどの鞄もまんべんなく売れているんです。

山川:細川さん自身がこだわり抜いた鞄はありますか?

細川:すべてこだわっています。布の鞄は汚れやすいし水も染みやすいイメージがあるじゃないですか。犬印鞄は独自の超撥水加工を施して、丈夫さにもこだわっています。

山川:その部分も犬印鞄が持っている魅力のひとつに感じていました。

細川:そうお客様に思って貰えるよう、敢えて「こだわるけどこだわらない」と考えているんです。

「明日発売なんです」と30個限定のトートバックを紹介してくれた細川さん

「明日発売なんです」と30個限定のトートバックを紹介してくれた細川さん

「こだわり抜いた」。でも「それって使いやすいの?」

山川:登山に誘われたとき、犬印鞄のホームページを見たんですけど、登山用のバッグは見つかりませんでした。ラインナップはどうやって決めているんですか?

細川:すべて私が「欲しい」「使いやすい」と思った鞄です。普段の生活で「こんな鞄があったらいいな」と思ったものを、型紙を切って試作。しばらく使ってみて「使いやすい」と感じたら商品化しています。

山川:登山バッグがないのは細川さんが登山をしないから?

細川:そういうことです。山グッズを得意にしたブランドがあるんですから、彼らに任せればいいじゃないですか。登山をしない人間が登山バッグは作れませんよ。

山川:うーん。でも自分が「欲しい」「使いやすい」と思うものだと、自然にこだわってしまうんじゃないですか??

細川:そうなんです。だから「こだわるけどこだわらない」を意識しているんです。さっき私は革も扱ってきたとお話ししましたよね?

山川:僕が使っている名刺入れも革です。

細川:革は長らく扱ってきているんですが、詳しいからこそ商品に使えないとも思っています。使うなら一番良い革を使いたい。でも、一番良い革を使った鞄ではとても手頃な価格では出せません。

普段使っている鞄から、財布や手帳などを見せてくれました。

普段使っている鞄から、財布や手帳などを見せてくれました。

山川:なるほど、「こだわるけどこだわらない」が少しわかってきました。

細川:私もモノが好きで先日もイギリスの靴メーカー「Church's(チャーチ)」の革靴を買いました。ブランドや作り手のこだわりが見えるモノって、とても魅力的に思えるじゃないですか。

山川:世界観、ストーリーが見えると欲しくなっちゃいますね。

細川:でも、こだわり抜いたからと言って「使いやすくはならない」んです。私がモノを選ぶときもこだわりが見えるモノを選びます。でも、「もうちょっとすっきりできるんじゃないか」と思うと興味がなくなっちゃうんです。

山川:そうか、そうですね。人によって使いやすさは違いますもんね。

細川:自分の「使いやすさ」はわかります。でも、お客様個人個人の使いやすさはわかりません。万人にウケる鞄なんてありませんから。

山川:「こだわるけどこだわらない」の意味がわかりました。自分の使いやすさを追求するほど、自分にとって使いやすい鞄はできる。でも、お客さんの使いやすいにはならない。お客さんに「使いやすい」と思って貰うには、自由に使いかたを選べるような余地を残していないといけないんですね。

細川:マニアックに作り込むことはできるけど、そこまでやらないのがいい。私が考える「使いやすい」を盛り込みながら、お客様それぞれが自由に使いかたを決められる。バランスを見ながら鞄を企画、製作しているんです。

山川:お客さんから「もっとこうして欲しい」と要望はいただきますか?

細川:もちろんいただきます。お客様の声を元に改良を加えることもありますが、できる限りそのままの状態で犬印鞄を使って貰いたいと考えています。

浅草二丁目店は工房も併設

浅草二丁目店は工房も併設

生地はオリジナル染めており、現在は全11色

生地はオリジナル染めており、現在は全11色

工房内では職人さんがひとつひとつ鞄を製作していました

工房内では職人さんがひとつひとつ鞄を製作していました

生地が縫い合わさって、ひとつの鞄ができていきます

生地が縫い合わさって、ひとつの鞄ができていきます

鞄がつなぐ作り手と使い手のワガママ

犬印鞄の特徴のひとつであるロゴとペン差し。「ペンケースの外側にもペン差しつけています(笑)」写真は万能犬袋、ペンケースより一回り大きくペンのほか、手帳やパスポートなども入る商品

犬印鞄の特徴のひとつであるロゴとペン差し。「ペンケースの外側にもペン差しつけています(笑)」写真は万能犬袋、ペンケースより一回り大きくペンのほか、手帳やパスポートなども入る商品

山川:犬印鞄の魅力はそんな細川さんのバランス感覚かもしれませんね。僕はいま使っているトートバッグや名刺入れがダメになってもまた同じものを買うと思います。

細川:それが一番嬉しいんです。ボロボロになってもまた同じものを選んで貰えると、気に入って貰えたことが実感できます。

山川:細川さんが究極的に「使いやすい」と思った鞄はありますか?

細川:ただの袋じゃないかな。何もないのが一番使いやすいんですよ。使いたいように使えますから。

山川:細川さんの好きなもの、欲しいものが増えれば、犬印がついた鞄も増えていく。細川さんのワガママが鞄になっているんですね。

細川:嫌いになりましたか(笑)?

山川:もっと好きになりましたよ。僕は僕のワガママで自由に犬印鞄を使えますから。

細川:たくさんの人に使って貰いたいんですけど、私と同じような人に犬印鞄を使って貰えたらより嬉しい。自分が「いい」と思ったものがお客様にも「いい」と思って貰える、それが嬉しいんですよ。

犬印鞄を使っていて「それいいね!」と言われることは多いです。ただ、「どこが気に入ったの?」と聞かれるとちょっと困ってしまう。帆布の手触りや細川さんが考えたデザインなど、ひとつひとつ魅力的な部分はあるけれど、「個々の魅力がひとつにまとまっている」のが犬印鞄の魅力なんだなと再確認。「こだわるけどこだわらない」、ユニークな姿勢を持つ細川さん自身が、鞄になっているようにも感じられました。

ーおわりー

File

犬印鞄製作所

創業昭和28年(1953年)、鞄を中心に帆布、革製品を扱う。
社名とロゴの由来は、登山遭難者の救助犬。「お客様の大切な荷物をしっかり守れるように」と救助犬が首にかけた樽をモチーフにしている。浅草に三店舗を構えている。

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鞄を通した物づくりの精神論までコミカルに語る。

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●職人のカバン
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公開日:2015年12月13日

更新日:2022年3月31日

Contributor Profile

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山川 譲

シンクタンク、ウェブメディア記者、雑誌編集を経て、コピーライターとして活動。ランチ代、定期代もすべてCDにつぎ込んでいた高校時代以降、CDと本を中心に様々なモノをコレクションしている。現在はロシアンウォッチ、カメラレンズ、眼鏡、ネクタイをコレクション。モットーは「保存はしない、実用」。

終わりに

山川 譲_image

取材中、職人のかたがたがひとつひとつトートバッグを作っていました。自分が使っているトートバッグができあがっていく過程を見られたのは、とても貴重な経験。帰り際、カメラを入れた大きなリュックに細川さんが興味を示してくれたので、もしかしたら帆布のリュックが出てくるんじゃないかとしばらくホームページを頻繁にチェックしようと考えています。

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