カワイイものばかりを集めたコレクションが見てみたい。そんなことを考えていたとき、「テディベアならこの人!」と紹介を受けたのが吉川照美さん。稀代のコレクターであり、オリジナルのテディベアを生み出す人気作家でもある。そのアトリエ兼お住まいは、ベアとドールに囲まれた夢のような空間だった!
ドイツの有名メーカー、Steiff(シュタイフ社)商品を主に集めた棚。耳のタグが白いのは限定品。
ピピッときたものを連れ帰り、眺めていたいものを飾る。
「買うときの決め手は直感ですね。目が合った瞬間、なんかこの子、“お迎えしてほしい”って言ってる、声が聞こえる、みたいな。変に思われるかもしれないけど、そういう感じがするんですよ」
吉川さんのコレクションのほとんどは海外の蚤の市やアンティークホビーショップ、海外のコンベンション会場などで出会って連れ帰ったもの。「こういうものが欲しい」とネット検索するような探し方はせず、実際の「出会い」を大切にしている。
「数あるなかから、ピピッときた子だけを集めています。作られた国も買った場所も違うものを並べていますけど、自分の好きな顔、好きなテイストっていうのがあるから、チグハグではないんじゃないかな」
壁という壁に置かれた棚にはテディベアだけでなく、ドール、クマ以外の動物のぬいぐるみ、アクセサリーなどがぎっしり。でも、ごちゃごちゃという印象ではなく、吉川さんの美意識がびしびしと伝わってくる。
「いつも近くに置いて見ていたいと思うものを飾っています。疲れたときとか、ぼーっと眺めていたい。手に取ったり抱いたりはあんまりしないですね。抱くと何か持っていかれる気がして(笑)。どっちかっていうと私がパワーをもらいたいから」
飾っているのはコレクションの一部で、別室に仕舞ったままのものもたくさんある。総数やコレクションにかけた総額は把握しておらず、「正確に知るのが怖い(笑)」のだとか。
テディベアとは?
広義にはクマのぬいぐるみ全般のことを言うが、狭義には、モヘア(アンゴラヤギの毛を織り込んだ布)を使っていること、5ジョイントで首と手足が動くこと、オリジナリティがある、という3つの定義に当てはまるもの。子どもがおもちゃとして遊んでも壊れにくいように作られている。
テディベアという名前の由来は、ルーズベルト大統領のニックネーム「テディ」からきている。セオドア・ルーズベルト大統領が熊狩りに行ったものの、熊を撃ち殺さなかったという内容の記事を新聞紙が報道した。その新聞を読んだお菓子屋が、一体の熊のぬいぐるみを作ったのが起源ではないかと言われている。
通常、家具やアクセサリーなどは製造から30~100年のものをヴィンテージ、100年以上経過したものをアンティークというが、テディベアは歴史が約100年のため、50年以上経過すればアンティークと呼ばれる。
人生を変えたアンティークベアと運命の出会い。
1988年に買ったコレクション第一号。アンティークのショールとブローチは吉川さんがつけたもの。
意外なことに子どもの頃はお人形の目が怖くて大嫌いだったという吉川さん。テディベアと運命的な出会いを果たしたのは1988年のこと。
「輸入雑貨屋さんを開きたくて、東京に下見と仕入れに来たとき、なんか気になる子がいて連れて帰ったんです」
それは1940〜50年代に作られたイギリス製のテディベアだった。当時の価格で8万円ぐらいしたというから、かなり思い切った買い物だ。その出会いがそのままコレクションにつながったのかと思いきや、話は予想外の方向へ。
「自分でも作れるんじゃないかなと思って、見よう見まねで作ってみたんです。型紙もないし、教えてくれる人もいないから、実物を見て、立体裁断みたいにしてみたり、どうやって手足が動くんだろう?って考えてみたり。別にぬいぐるみ作りや手芸が好きだったわけではなかったのですが」
吉川照美作の第一号(右)と第二号(左)。体長25cm。
さらに、そうやって出来上がったハンドメイドのテディベアを地元の雑貨屋さんに委託販売してもらったというから驚きだ。吉川さんが作ったオリジナルのテディベアは売れ行き好調。自分のショップ「ROSE BEAR®」を開店すると、日本ではまだテディベアが珍しかったこともあってメディアにも取り上げられ、たちまち人気店となった。
「最初は売り物のひとつ、部屋にポツンと古いテディベアがあったらオシャレっていうアイテムのひとつにすぎなかったのに、自分が作るようになったらハマってしまって。本を読んでテディベアの歴史なども調べるうちにどんどんおもしろくなっていきました。海外へ雑貨の仕入れに行くと、ヨーロッパでもアメリカでも蚤の市でテディベアが売られているんです」
「初めは商品のつもりで気になったものを買うんだけど、これはうちの子に残しておこうと思ってしまって、だんだんコレクションが増えていきました。直感で決めていても、自分の作るベアとは少し違う雰囲気のものを選んでいることが多いですね」
生涯、好きなものに囲まれていたい。
中央の小さめのベアはグッチとディオール!
日々、部屋に飾ったテディベアを眺めていると「創作意欲がわいてくる。人の作品やアンティークだと、こういう布の使い方があるのかとか、ここをこうしたらどうかなとか。コレクションは見て楽しいだけでなく、参考にもなるから、仕事の資料的な意味合いもあります」と語る吉川さん。
自分の作品づくりは「趣味ではなく仕事」、出来上がったテディベアは「商品」と言い切るものの、コレクションのなかには自身の作品も含まれている。
「たまに“この子は手元に置いておきたい”と思うものが出来上がることがあるんです。1993年に作った“しんのすけ”と名付けたベアは黒目を入れた瞬間、初めて自分で“これだ!”って思いました。人もそうですけど、ベアも目で印象が決まるんですよね。黒目のつぶらな瞳はどの角度から見ても自分を見つめているように感じて、誰もがかわいいと思う。私のベアの特徴は、黒目で、顔のバランスとしては目が大きくてうるうるってしてて、抱っこすると首が据わっていなくて少しぐらぐらする。その原型になった子です。しんのすけはすごく人気が出て、タレントベアとしてテレビや映画に出演したり、海外の記念切手やアクセサリー、フォトブックなどが製作されたりしました」
テディベア作家として常に新しいことに挑戦し続け、55歳の誕生日までに体長13cmの小さいテディベアを55体作るなど、ファンを喜ばせるプロジェクトに取り組む。一方で、以前のようにショップをやりたいという夢も捨ててはいない。
「生きてきた半分以上をテディベアと過ごしているわけだから、私の人生そのものだよね。この目が見えて手が動くかぎり、生涯現役で死ぬまでベアを作り続けるつもり。そのなかでひとつ夢を言うとしたら、店をやりたい。ただの雑貨屋さんじゃなくてプチミュージアムみたいなところで、自分の作品コーナー、輸入物コーナー、カフェもあって……。あ、でも、コレクションは売らないよ(笑)。縁があってきたものだから手放したくないし、これからも集めていきたいです。そして最後は自分の好きなものに囲まれて死んじゃうの、それが夢ですね(笑)」
ーおわりー
日本テディベアコンベンション、海外のGolden Teddy AwardsとGolden Georgeなど、テディベア・コンテストで数々の賞に輝いている吉川さん。その代表作が「しんのすけ」(右の写真、右側)。メディアにも出演して人気を呼び、お客さんの提案で妻の桃(左側、ピンク色)も作られた。手前はしんのすけbabyとペットのジョン。「楓」(左の写真、中央)はイギリスのショップに納品したものが関係者の目に留まり、パリのルーブル装飾美術館に所蔵された。これは同じ素材で作ったレプリカ。
終わりに
ふわふわガーリーな雰囲気を想像して行ったら、いい意味で大きく予想を裏切られました。それもそのはず、欧米ではテディベアは男の子のいちばん最初のお友達、なんだそうです。アンティークのテディベアからは年月の重みと深い味わいが、吉川さん作のテディベアからは強い想いのようなものが伝わってきました。それぞれに個性があって愛おしく、ひとつひとつ手に取って秘められたエピソードを聞きたくなってしまいました。