腕時計は、とっくに99%と1%に二極分化している

腕時計は、とっくに99%と1%に二極分化している_image

取材・文・写真/金子浩久

2021-2022日本カー・オブ・ザ・イヤーで選考委員を務め、『10年10万キロストーリー』をはじめとするクルマに関する数々の著書を執筆、国内外のモータースポーツを1980年代後半から幅広く取材されている自動車ジャーナリストの金子浩久氏。当連載では、金子氏が「99%のクルマと、1%のクルマ」をテーマに、過去・現在・未来のクルマについて解説していきます。

今回は、腕時計が二極分化した背景を振り返りながら、これからのクルマについて考えます。

「99%のクルマと、1%のクルマ」とは?

そう遠くない将来、自動車は99%のクルマと1%のクルマに二極分化する。電動化と自動化とインターネットへの常時接続が備わった99%のクルマは高度な移動体と化し、事故を起こさず、クリーンで、人々と社会のための公共財となる。
その一方、メカニズムや機能は旧来のままである1%のクルマは愛玩の対象となり、趣味や楽しみとして生き延びていく。公道では人間が運転することを許されなくなっても、サーキットや貸し切られた峠道などで運転を楽しみ、同好のマニアたちと集い、美術館で美しさを愛で、博物館で歴史を堪能する。
そうした見立てのもとでクルマを見ていくと、少し違った姿が浮かび上がってくる。クルマに絶望してしまうのにはまだ早く、もっと面白くなる!

すでに二極分化した腕時計を例に、これからのクルマを考える

これからのクルマが、どのようにして99%と1%に二極分化していくのかは、他のものを見てみると想像しやすいでしょう。

MuuseoSquareイメージ

たとえば、腕時計です。腕時計は、とっくに99%と1%に二極分化しています。安価なクォーツ式とブランド展開される高価な機械式にキッパリと分かれました。何を指標とするかにもよりますが、圧倒的大多数のクォーツ式とごく少数の機械式という構図は変わりません。腕時計は持たず、スマートフォンで代用する人も増えました。

高価なのに、正確な時刻を知るという時計にとって最も重要な機能はクォーツ式にかなわないところが決定的だと思います。

では、なぜ、機能で劣るのにもかかわらず高価な腕時計はありがたがられるのでしょうか?

機械式を購入するモチベーションや所有したくなる欲求が、時を知るという「目的」を果たす「手段」ではなくなったからです。時を知るという「目的」が、別のものに変わりました。自己実現や承認欲求などの証として、あるいはファッションの一部となるアクセサリーとしてです。

所有すること自体が目的化しているから、機能に比して恐ろしく高価でも、欲しい人には喉から手が出るほど欲しくなるのです。

クルマも、そうなりつつあります。人や荷物を載せて移動するという目的を果たす手段としてのミニバンや軽自動車などの大多数の普通のクルマたちと、所有するだけ、運転するためだけのスポーツカーやクラシックカー。

どのようにして腕時計は二極分化したのか?

いったい、いつから、どのようにして腕時計は二極分化したのでしょうか?

これまでに自分が買った腕時計を振り返りながら考えてみます。

Seiko 5 Sports

Seiko 5 Sports

最初の自分の腕時計は、機械式のクロノグラフ「セイコー 5スポーツ」でした。中学校への入学祝いに父が買ってくれました。そういう時代でした。

クォーツ式は登場していましたが、ちょうど今のEV(電気自動車)のような感じで価格も非常に高く、“腕時計に、そこまでの正確性は必要なのか?”とも訝しまれ、現実的ではありませんでした。

ストップウォッチ機能がうれしくて、カップラーメンを食べる時や塾の模擬試験に使ったりしました。

大学生になって、父の手巻きの3針型のロレックスを譲り受けました。その頃になるとクォーツ式はたくさん普及していましたが、「機械式はメインテナンスさえ怠らなければ一生使える。クォーツはバッテリーが切れたら、何もできない」と、機械式信者だった父からの影響を受け、自分も社会人になったら一生使えるような機械式を買おうと考えるようになっていました。

「君には、ロレックスの防水時計が向いているんじゃないか?」

その頃、ウインドサーフィンに夢中になっていた僕に、父が香港で買ってきてくれたのが、ロレックスのサブマリーナです。

「次のボーナスで構わないから」

時計店の領収証に書かれた香港ドルを日本円に換算すると、18万6000円あまり。ずいぶん高いなと思いましたが、最新型のサブマリーナとは較べものにならないくらいに安価ですね。

ROLEX SUBMARINER

ROLEX SUBMARINER

この時は、サブマリーナを実際に週末のウインドサーフィンにも、ウイークデイにも使っていました。ダイバーズウォッチはロレックス以外のメーカーも造っていたし、それこそクォーツ式もあったことは知っていましたが、父のロレックス好きを上書きするような気持ちで愛用していました。ロレックスのブランドの力ですね。まだ、腕時計選びの目的と手段は、僕の中で齟齬を来してはいなかったのです。

ウインドサーフィンぐらいではサブマリーナの防水性能が脅かされることもありません。当時としては、重たく、大きなところぐらいしか弱点はありませんでした。

たまにサブマリーナをメンテナンスに出している時などに、セイコー 5スポーツを取り出してみると、サブマリーナのケースの造形が、いかに細心に吟味の上に吟味が重ねられたものであるかが良くわかり、そのフィット感などとも併せて、魅力を再確認したものでした。

しかし、そんなサブマリーナの限界というか、次元の異なった“手段”の存在を15年後に知らされることになるのです。場所は、メキシコのカンクーン。スキューバダイビングのライセンスを取得し、近くのコスメルやイスラムヘーレスなどでも潜ってくるつもりでした。

サブマリーナ本来の目的であるスキューバダイビングに使えるわけですから、意気揚々と左腕に付けてダイブショップに赴きました。非常に良心的な店で、インストラクターをマンツーマンで付けてくれ、ライセンスも無事に取得。翌日は、他のダイバーたちと一緒に船に乗り、ダイブスポットに向かったのです。

まったくのビギナーは僕だけで、他のダイバーたちは経験者たちでした。話してみると、海外からの人たちばかりでした。海のキレイさと魚の種類が多彩なこと、海中の地形がダイナミックなことに魅せられたダイバーたちが世界中から集まってくるのが、カンクーンとその周辺でした。

彼ら、彼女らの腕元を見ると、サブマリーナのようなダイバーズウオッチを装着している人は一人もいませんでした。みんな、ダイブコンピュータを腕に付けています。腕時計よりも二回りぐらい大きく分厚い円形のものや四角い箱状の黒いユニットがダイブコンピュータです。

サブマリーナは時刻を知り、回転式ベゼルを回して、経過時間を見やすくできるだけですが、ダイブコンピュータは違います。海中に潜ったことを自動的に感知し、潜水時間や変化していく深度を刻々と表示し続けます。方位を示せるものもありました。

また、ダイビングで最も注意しなければならない、急な浮上に対する警告機能も備えていました。勢いよく浮上しようとすると、その動きを察知して海中でも響き渡る警告音や振動などでダイバーに注意を促します。

陸に上がったら、パソコンと接続し、深度と潜水時間をグラフで表示させることもできました。現在ならば、スマートフォンにダウンロードしたアプリで同じことが可能です。

SUUNTO D4

SUUNTO D4

ダイブコンピュータには驚かされました。サブマリーナのようなダイバーズウオッチの進化版ではなく、その次元を超越した別の“装置”だったからです。ただ時間を知らせるだけでなく、ダイビング中の時間をオーガナイズし、危険を告知するという新しい機能も備えていました。

その存在を知らなかったので、帰国して、すぐにスントのD4というダイブコンピュータを入手しました。最新型なので小ぶりで、見た目は普通のデジタルウオッチですから、ふだん使いできます。

もしかすると、最新型では僕が20年前のカンクーンで驚いたダイブコンピュータと同等以上の機能が組み込まれ、小型軽量化したデジタル式の腕時計が販売されているのかもしれません。デジタルの進化は速いですから。

その一方で、サブマリーナをはじめとした、時計メーカーによるいわゆるダイバーズウオッチは“ダイブコンピュータ化”するのではなく、変わらずニューモデルがリリースされています。電動化や自動化などの先進機能がまったく装備されていない新車のようなものです。サブマリーナは機械式メカニズムがブラッシュアップされ、外装や意匠などにもアレンジが加えられ続けています。

実際にスキューバダイビングに使われることがほぼなくなったのにもかかわらず、ダイバーズウオッチの新型は登場し続けるのです。それは、海に潜るという目的のための手段ではなくなったことを意味します。顧客は「ダイバーズウオッチという様式を持った腕時計」を買っているのです。

ですから、僕は潜りに行く時には家から必ずスントD4を付けて行きますが、サブマリーナはもう海に行くことはなくなりました。夏に半袖シャツを着るような時とで使い分けています。クルマも単なる移動で乗るものと、楽しみで乗るものが峻別されていくはずです。

時計以外の環境が変化し、腕時計のGMT機能も様式化した

EVや先進的な自動化が施されたトヨタ・ミライなどの出現は、ダイブコンピュータになぞらえることができるかもしれません。EVはモーターとバッテリーを動力源とするのでCO2を排出せず、静かで力強く加速し、自宅で充電することができます。バッテリー性能がさらに上がり、充電インフラが整えられれば、普及を妨げる理由はなく、クォーツ式腕時計のように多数を占めることになるでしょう。

MINERVA GMT

MINERVA GMT

ダイバーズウオッチのように様式化してしまった機能のひとつとして、GMTを挙げることができるでしょう。GMTとは、(Greenwich Mean Time)の頭文字で、時差のある外国を訪れている時に日本時間を示したり、その反対の場合の現地時刻をひと眼で知る際に用いる機能です。

ロレックスにもGMTマスターというそのものズバリの商品名のモデルがありますが、僕が買ったのはクロノグラフと組み合わされたミネルヴァ製のものです。

取材したばかりの急ぎの原稿を外国から送る際に編集者と国際電話でやり取りする時や、機内で到着までの時間を知るために、25年ぐらい前に買いました。

白い文字盤にブルーの針、赤いGMT針がキレイに映えて気に入っていましたが、もう15年以上ぐらい前から使わなくなってしまいました。

なぜならば、国際電話をする必要がほとんどなくなったからです。日本国内でも、編集者とのやり取りはEメールの方が便利だからです。編集者でなくても、家族や友人などであっても音声でいきなり電話を掛ける機会は稀になり、Eメールや各種SNSのダイレクトメッセージ機能などに置き換わっています。それらは時差を心配することなく、送っておけば済むことなので、国際電話を掛ける機会は激減しました。日本は、あるいは海外は夜中ではないか?と現地時刻を確かめることがなくなりました。

機内でも、自分の腕時計を見る必要がなくなりました。国際線の機内装備が次々と改善され、LCCでも座席には眼の前に大きなモニタースクリーンが備え付けられ、豊富なソフトが充実するようになり、その中には必ず、出発地と到着予定地の現在時刻や到着までの所要時間などがつねに表示されるようになったからです。もちろん、スマートフォンにもGMT機能は内蔵されていて、間違えやすい夏時間にも対応しているので、ミネルヴァGMTの出番はありません。
 
時計以外の環境が変化したことによって、国際間の時差を気にする必要がなくなったことで、腕時計のGMT機能もまた様式化しつつあります。様式化しても、存在しなくなるわけではないのは、ロレックスGMTマスターの人気がますます高まって、数年前からの入手難に拍車が掛かっていることからも明らかです。

様式化した腕時計は、1%のクルマと同じ意味合いとなる

様式化した腕時計は、1%の存在となっていくクルマと意味合いに於いて同じものとなるのです。高価な機械式腕時計のように、最新で最良の機能を持つわけでもないのに高価であるにもかかわらず、限られたファンやマニアたちには、1%のクルマは渇望の対象となっていくのです。

Xiaomi

Xiaomi

反対に、“99%の腕時計”として僕が今年に入ってから愛用しているのが、中国シャオミ製スマートウオッチです。アマゾンの新春セールで2753円で買いました。レム睡眠とノンレム睡眠でそれぞれ寝ている時間を測れるというので飛び付きました。ストップウオッチやタイマー、万歩計など他の機能も満載で、驚異の低価格。充電も1週間保ちます。軽くて薄くて、付けているのを忘れるほどです。こういうクルマは、まだ出現していませんね。

他の分野にも、99%と1%に二極分化するクルマからアナロジーを及ぼすことができるものはあるでしょう。それだけ、クルマは現代の人間にとって大きな存在だからです。変わりゆくクルマについて「99%と1%」という見立てで語ってきました。17回をお読みいただき、ありがとうございました。

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公開日:2022年7月27日

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金子浩久

1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務後、独立。自動車とモータースポーツをテーマに取材執筆活動を始める。主な著書に、『10年10万kmストーリー』『ユーラシア横断1万5000km』『セナと日本人』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『レクサスのジレンマ』『地球自動車旅行』や『力説 自動車』(共著)などがある。 現在は、新車の試乗記や開発者インタビュー執筆などに加え、YouTube動画「金子浩久チャンネル」も開始。  「最近のEVの進化ぶりにはシビレっ放しで、遠くないうちに買うつもり。その一方で、最近取材した1989年から91年にかけて1000台だけ造られた、とあるクルマが急に魅力的に見えてきて仕方がない。同時代で接していた時は何も感じなかったのに、猛烈に欲しくなってきたのは、そのクルマが僕の中で“1%化”したからだろう」

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