クルマの脱・自動車化が始まっている「ヒョンデ・IONIQ5」

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取材・文・写真/金子浩久

2021-2022日本カー・オブ・ザ・イヤーで選考委員を務め、『10年10万キロストーリー』をはじめとするクルマに関する数々の著書を執筆、国内外のモータースポーツを1980年代後半から幅広く取材されている自動車ジャーナリストの金子浩久氏。当連載では、金子氏が「99%のクルマと、1%のクルマ」をテーマに、過去・現在・未来のクルマについて解説していきます。

今回は、韓国の自動車メーカー・ヒョンデの「IONIQ5(アイオニック5)」について。

これからのEVは、走りだけでなく停まっている間の時間と車内空間をいかに充実させられるかが鍵?

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「99%のクルマと、1%のクルマ」とは?

そう遠くない将来、自動車は99%のクルマと1%のクルマに二極分化する。電動化と自動化とインターネットへの常時接続が備わった99%のクルマは高度な移動体と化し、事故を起こさず、クリーンで、人々と社会のための公共財となる。
その一方、メカニズムや機能は旧来のままである1%のクルマは愛玩の対象となり、趣味や楽しみとして生き延びていく。公道では人間が運転することを許されなくなっても、サーキットや貸し切られた峠道などで運転を楽しみ、同好のマニアたちと集い、美術館で美しさを愛で、博物館で歴史を堪能する。
そうした見立てのもとでクルマを見ていくと、少し違った姿が浮かび上がってくる。クルマに絶望してしまうのにはまだ早く、もっと面白くなる!

クルマ自体の進化だけでなく、販売・使用方法にも革新が求められる

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韓国のヒョンデが13年ぶりに日本市場に再参入しました。以前は“ヒュンダイ”と称していましたが、カタカナでの表記が“ヒョンデ”に改められました。

再参入に当たって、ヒョンデは日本市場攻略に戦略的に取り組んでいます。それが伺えてくるのが、大胆な製品ラインナップと販売方法です。ヒョンデが日本で販売する乗用車は、EV(電気自動車)の「アイオニック5」とFCEV(燃料電池車)の「NEXO(ネッソ)」の2車種だけです。

コンパクトカーからラグジュアリーカーまで、世界200か国以上で440万台(2019年)も販売し、その中にはさまざまなエンジン車が含まれているにもかかわらず、あえて日本市場にはEVとFCEVだけで臨むのです。

ディーラーのショールームも設けません。公式サイトからのオンライン販売のみです。東京、横浜、名古屋、福岡などに開設するカスタマーエクスペリエンスセンターで試乗や納車が行われる他、提携したカーシェアリング業者の「Anyca(エニカ)」で購入前の試乗の対応が行われます。

ヒョンデに限らず、これまではクルマを購入しようとすると何度も何度もディーラーのショールームに足を運ばなければならなかったり、不公平かつ不明瞭な値引き交渉の余地があったり、あげくの果てに“アンケート”と称して個人情報を用紙に手書きさせられたりするような、販売する側が長年続けてきた悪習がありました。それらを一掃し、合理化と効率化を図るのが狙いです。それができたのも、ほぼゼロから再参入を行うからでしょう。

既存の自動車メーカーでも、販売の改革は試みられています。ボルボはEVの「C40」の販売をオンラインで行うと発表しましたし、メルセデス・ベンツは「Aクラス」をオンラインで購入申し込みをしたユーザーにはオプションを50万円分無料にするキャンペーンを行っていました。

ただ、クルマの場合は他の商品と違って売りっ放しにはできず、修理や車検などを伴います。ボルボやメルセデス・ベンツなどではあくまでもユーザーからのファーストコンタクトがオンラインで行われ、納車やその後の修理・点検などは既存のディーラーに引き継がれるようです。

とは言っても、クルマ本体で進化が行われているのと歩調を合わせるかのようにして、販売についても抜本的な改革が求められています。

これから、クルマはパワートレインが電動化されるとエンジン車のような冷却や潤滑のための機能が不要となり、その他と併せてパーツの数が3分の1で済むようになり、これまでディーラーが備えていたような規模の工場が不要になっていきます。

また、クルマのインターネットへの常時接続はカーシェアリングを推進することにもなり、個人が乗用車を所有する割合も低下していくでしょう。

これからの99%のクルマは、クルマ自体の進化と併せて、販売方法や使用方法などにも革新が求められるようになります。そして、その萌芽はすでに現れているようです。

これからのEVは、駐まっている時も真価が問われる

さっそくEVのアイオニック5で都内の一般道と首都高速を走ってみましたが、明確な先進性をクルマからも感じ取ることができました。

まず、ドアを開けて運転席に腰掛けるまでに、これまでのクルマと違った世界観を持っていることがすぐに伝わってきました。

車内空間が広いのです。これまでのエンジン車のように、ボディ全体を拡大させた結果として車内が広いのではなく、EVとなって不要になったものを取り払った分、空間が広がっています。

たとえば、シフトレバーです。これまでのクルマにはオートマチックでもマニュアルでも、運転席と助手席の間にニョキッと生えていました。それに連なって、トランスミッションが大きく出っ張っているクルマもありました。しかし、アイオニック5はEVなので、シフトレバーは不要です。ほんの短かなスティックがステアリングホイールからドライバー右側に生えています。EVではエンジン車のような変速のためのギアは存在せず、パーキングやリバース、ニュートラルとドライブなどを切り替える電気的なスイッチがあれば良いので簡単にスティックで済ませることができました。

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画像の通り、運転席と助手席の間には何も存在しないので、実に広々としています。ウォークスルーすることも簡単です。

すべてのシートが大きく前後にスライドし、上下にリクラインすることも空間を広くしています。今までのエンジン車でもそれが可能なクルマがありましたが、アイオニック5は調整範囲が大きく、その操作をドライバーがシートに座ったままできるのです。

運転席と助手席の膝裏が当たる縁の部分には、停車してリラックスする際に裏側に仕舞われたオットマンを伸ばすこともできます。外出先で充電の完了を待つ間にリラックスしたい時のためのものです。

EVの基本、使い方の大原則は夜中に自宅で普通充電を行う点にありますが、長距離を走った際に、外出先で追加で充電しなければならない場合もあります。都合よく、充電時間に合わせて食事を摂ったり、休憩することができれば申し分ないのですが、充電完了までの数十分間を車内で過ごさざるを得ない場合も多々あることでしょう。そうした時を、いかに快適に過ごすことができるか?

エンジン車時代には存在し得なかった車内での過ごし方が、EV時代にはクルマ造りの重要な課題のひとつとして浮上してきたのです。そして、それに対してアイオニック5はハッキリと答えを出しています。

つまり、これからのEVは従来のエンジン車のように走行性能だけが求められるのではなく、車内で過ごす空間と時間をいかに快適かつ有意義なものにできるかも問われるのです。

シートを倒し、オットマンを引き出しながら、CarPlayやAndroidAutoなどのアプリを通じてSpotifyで音楽を楽しんだり、ショートメールを音声入力で送受信して用件を済ませることなども可能です。

移動中に走る以外のことを、どのように、どれだけできるのか?

走っている時と同じように、駐まっている時もクルマの真価が問われるようになったのです。

新しい自動車像をイメージさせられる「アイオニック5」

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アイオニック5は、走りも抜かりありません。前後に搭載した2基のモーターで4輪を駆動します(1モーター版もあり)が、巡航時など負担が少ない状況では後輪だけが駆動され、電気を節約します。

もちろん、モーターは滑らかにタイヤを駆動し、静かに加速していきます。EVの特徴のひとつである“回生ブレーキ”も、アイオニック5にはまだ珍しいオートモードが備わっており、都内の混んだ道ではとても使いやすい。

運転支援機能も、ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)やLKA(レーンキーピングアシスト)だけでなく、LCA(レーンチェンジングアシスト)まで備わっていて、万全です。リモートスマートパーキングアシスト機能、ARヘッドアップディスプレイなども他車から遜色ありません。

輸入車の中で唯一、V2H(Vehicle to Home)を実現して、停電時などに家庭に電気を送ることもできるのも大きな利点となっています。

アイオニック5は、2022年現在の世界と日本のEVの技術的なトレンドをほぼすべて網羅しています。それでいて、価格は479万円から589万円とリーズナブルです。実際には、さらに国からの85万円の補助金プラスアルファ(都道府県からの補助金)が差し引かれますから、とても魅力的です。

日本市場撤退前や海外のレンタカーなどで運転したヒョンデの各エンジン車は良くできているものの、全体的に“日本車から半歩遅れ”という印象が否めませんでした。しかし、アイオニック5からは反対に“半歩進んでいる”という印象に変わったほどです。

しかし、弱点もありました。ある程度スピードを上げていった時に路面の舗装のつなぎ目や段差などを乗り越える際にタイヤが上下動する様子がサスペンションによってうまく遮断されずに、車内に伝わってきてしまうことがありました。

音声入力による各種の操作も、「静かな場所で、やり直して下さい」と返されるばかりで、まったく使えませんでした。試乗後にヒョンデのスタッフに質問すると、「ソフトウェアが最新のものではないことが原因かもしれない」と認めていました。

運転支援機能の作動具合の表示も小さなアイコンのままなのも、大いなる不満点です。他は最新レベルのものが揃っているのに、この点だけ時代遅れなのが不思議でした。

弱点や不満点はありましたが、トータルとしては高く評価できるでしょう。クルマそのもののハードウェアの完成度もさることながら、「近い将来の99%のクルマはこうなるのではないか」とイメージさせられるだけの“新しい自動車像”を提示できているところに惹かれました。

これまで、クルマの実力というものが“走り一辺倒”で評価されていたのに対して、アイオニック5はそれだけでなく“車内空間と時間の充実”も併せて評価されるべきものであると自ら体現しています。アイオニック5を運転してみて、「クルマの脱・自動車化」が始まっているのだと確信を得ることができました。

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公開日:2022年6月22日

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金子浩久

1961年、東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務後、独立。自動車とモータースポーツをテーマに取材執筆活動を始める。主な著書に、『10年10万kmストーリー』『ユーラシア横断1万5000km』『セナと日本人』『ニッポン・ミニ・ストーリー』『レクサスのジレンマ』『地球自動車旅行』や『力説 自動車』(共著)などがある。 現在は、新車の試乗記や開発者インタビュー執筆などに加え、YouTube動画「金子浩久チャンネル」も開始。  「最近のEVの進化ぶりにはシビレっ放しで、遠くないうちに買うつもり。その一方で、最近取材した1989年から91年にかけて1000台だけ造られた、とあるクルマが急に魅力的に見えてきて仕方がない。同時代で接していた時は何も感じなかったのに、猛烈に欲しくなってきたのは、そのクルマが僕の中で“1%化”したからだろう」

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