香水を選ぶ時の手がかり。濃度と香りの変化を識る

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取材・文/小泉祐貴子
写真/新澤遥
イラスト/shie

何十万とある香りの中から自分が一番心地いいと感じる香りに辿り着く、その近道を探ってみませんか?

当連載では、『匂いの風景論』の著者であり、香水・ルームフレグランスなどの香り製品の開発、コンサルティングを手掛ける香り風景デザイナーの小泉祐貴子さんが、「本物の香りを見極めるために」をテーマに香り(フレグランス)にまつわるさまざまなことを解説していきます。

連載:本物の香りを見極めるために

本物の香りを見極めるための感性の磨き方をはじめ、香りの分類や特徴、嗅覚のメカニズムなどの基礎、時代を動かしてきた権力者たちと香りの関係、近現代の名香、アートとなった香水瓶などの歴史、さらに自分らしい香りを取り入れるための選び方・着け方まで、全8回に分けてご紹介。番外編では、和の香りやメンズフレグランスのトレンドについての対談も予定しているのでお楽しみに!

香水の分類を識ると目当ての香りに辿り着きやすい

好みの香水を探したい時、香水が一般的にどんな風に分類されているのかを知っていると、少し探しやすくなります。

香水を分類する方法は、分類の目的によっていくつかあります。香水ブランドの生い立ち(出自が香水商なのか、ファッションブランドなのかなど)による分類、香水の使用者の年代や性別、ライフスタイルなどのターゲットユーザー層による分類、購入できる場所という意味での流通経路による分類など、香り以外の要素による分類。
香りそのものによる分類としては、香水に含まれる香料の濃度による分類、香調と呼ばれる香りの印象による分類、を識っておくとお目当ての香りに辿り着きやすくなります。

連載 第2回では、香りそのものによる分類についてお話ししていきます。

香水の濃度による分類を識り、香水を使い分ける

香水の濃度(賦香率)と持続時間

香水の濃度(賦香率)と持続時間

一般的に香水は、香料をアルコールで希釈して作成します。香料の配合量が少なくアルコール成分が多いと、空気中に揮発しやすくなるため、香りは軽やかになりますが、あまり長くは香りません。反対に、香料濃度が高いほど強く長く香ります。香水を香料濃度(賦香率と言います)から分類したものが、オーデコロン(2~5%)、オードトワレ(5~10%)、オードパルファン(8~15%)、パルファン(15~30%)です。香りの持続時間もそれぞれ異なり、オーデコロンは1〜2時間、オードトワレは2~5時間、オードパルファンは5~8時間、パルファンは6~12時間程度ですが、数値的に厳密な定義は存在せず、発売する香水をどのカテゴリーにするかはある程度自由に決められています。

この性質を参考にして使い分ける場合には、例えば、朝家を出る前や仕事を始める前にオードトワレをシュッと纏うと、午前中一杯くらいは自分の周りに軽やかに香りが漂い、リフレッシュしながら過ごすことができますし、午後に人が集まるミーティングやプレゼンなどがある日は、出かける前にオードパルファンを着けると昼下がり~夕方くらいまで香りが続きます。

「香り立ち」と「残香」。変化する様子を感じ、香水をより自分のものに

もうひとつ、知っておきたいのが「香り立ち」と「残香」です。香りがどのくらい早く広く拡散するか、香りがどのくらい長く残るのか、といった物理的な特性を評価するための概念ですが、物理的とは言え、私たちが香りを嗅ぐ時に感じるフレッシュさや力強さなどにも密接に関連しており、感覚的な要素のひとつと捉えても良いでしょう。

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「香り立ち」は、鼻に届いた瞬間の香りがどのような印象で感じられるかを表しています。例えば、レモンの皮を引っかいた時のような香りは「立ちが鋭い」と言い、鼻を近づけなくてもすぐに空気中に香りが拡散して鼻まで届きます。レモンの香りはこの立ち上がりのエネルギーを感じますし、酸味もありフレッシュな印象を受けますよね。拡散性が高いシトラスの香りは、長時間持続することよりもフレッシュさを愉しむことを旨とするオードトワレに使われることが多くありました。

「残香」は、文字通り、香りの残り具合を表します。本物の香りというと、重厚感のある香りや天然香料で仕上げた香りを思い浮かべる方がいらっしゃるかもしれません。重たい香りは、着けてから何時間か経った後にもまだ香りが残っている、つまり、残香性が高い香り、と言うこともできます。香水の場合には、身につけた人の身体に香りが長く残るということですし、その香りが触れた衣服にも香りが移ったり、その人が歩いた跡にトレイルのように香りが残ったり、ということにも繋がります。樹皮や樹脂などから採取した香料は一般的に残香性が高く、パルファンやオードパルファンではこうした材料を多く用いた、重厚感のある仕上がりのものが多くなります。

日本人は古くから香りのこの部分に情緒的な美しさを感じており、『源氏物語』にも抗いがたい「残り香」の魅力が記されています。それぞれの人が持つ体臭と混ざり合って、その人らしさや色っぽさを感じる香りへと変化する様子を楽しめるようになったら、香水上級者ですね。

好みの香水は、香料濃度と「香調」から見つけましょう

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香料濃度による分類と、その香りによく使用される香料原料とは、複雑に繋がっており、香水を選ぶ時にトワレやパルファンと言った分類だけで選ぶことはなかなかできません。

例えば、同じ香水にオードトワレとパルファンがある場合には、香料濃度の違いによる香り立ちや残香の微妙な違いにも心を留め、香料原料の組合せ方を微妙に調整してそれぞれの濃度で最も美しく香り立つように作ります。
また、日本人にはとても好まれるフローラルフルーティと呼ばれる香調の香水の場合、少し前はオードトワレとして発売されるものがほとんどでしたが、オードパルファンでも清潔感と明るさを感じる軽やかな香水も増えています。

香水に期待する香りの強さや拡散性が増してきたことも理由のひとつですが、香水に用いられる素材そのものや組合せ方が進歩して、香料濃度が高くても軽やかに香る香水が創れるようになったことも背景にあります。以前は老舗の香水メゾンが創る香りには使用される香料原料からくる重厚感が共通して感じられましたが、近年発売される質の良い香りはそれだけではなくなってきている、というのもこうしたことが関係しているのです。最近はオードトワレよりもオードパルファンの方がマーケットでのシェアが大きくなっていますが、その背景には香料原料の進化もあるのですね。

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賦香率はひとつの参考になりますが、どんな香りなのかをうまく言葉で伝えることもお目当ての香りに辿り着く近道です。言葉で香りのコミュニケーションが出来るようになると、香水の面白さもグッと広がります。そのためには「香調」と呼ばれる香りの分類方法も識っておきたい知識です。

次回は香りの印象を語る言葉「香調」についてお話しする予定です。どうぞお楽しみに。

ーおわりー

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公開日:2020年11月10日

更新日:2021年10月14日

Contributor Profile

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小泉祐貴子

株式会社セントスケープ・デザインスタジオ代表取締役、香り風景デザイナー。慶應大学卒業後、㈱資生堂にて人と香りをテーマに研究を行う。大手香料会社フィルメニッヒ社に転職後、香水や日用品の香りの開発・マーケティングを担当。社会文化的トレンドを分析しコンセプトを提案するチームのアジア・パシフィック代表も務める。独立後は香りを付加価値とする空間づくり(オフィスなど)、香り活用のコンサルティング、香水のプロデュース、香りの植栽設計、など、幅広く香りの可能性を展開している。ルームフレグランス「le phare(ルファル)」を開発・制作し販売中。京都芸術大学、東京農業大学にて非常勤講師。学術博士(環境デザイン分野)。

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