直接肌に触れるベルトは時計のルックスと装着感に大きく影響します。ヴィンテージウォッチの場合、純正で状態のよいものが見つかればよいのですが、それ自体がコレクターズアイテムになってしまっており普段使いできるものを探すのはなかなか難しい。そこで、さまざまなブランドやショップがオリジナルのベルト・ブレスレットを開発しています。
ヴィンテージウォッチ専門店「キュリオスキュリオ」「ケアーズ」もそれぞれオリジナルのベルトを展開しています。それぞれが作ったブレスレット・ストラップをお互いに扱っていることから、ものづくりに対してのリスペクトが感じられます。
今回はキュリオスキュリオ・オーナーの萩原秀樹さんと、ケアーズ東京ミッドタウン店に勤める(追記:2020年8月21日より表参道ヒルズ店に勤務)石川智一さんの対談を企画。ヴィンテージウォッチに合わせるブレスレットやストラップについて、私物の時計などを交えそれぞれの持論を展開しました。
司会を務めるのはヴィンテージロレックスを収集する 編集・記者の戸叶庸之さん。前編では萩原さんがミリタリーウォッチとストラップの関係について語ります。
アクセ感覚で肩肘張らずにストラップを楽しみたい
世界屈指のミリタリーウォッチに特化したヴィンテージウォッチの専門店として、その名を馳せるキュリオスキュリオ。
オーナーの萩原さんは時計店の運営だけにとどまらず、アキュレイトフォルムというレザーストラップのブランドを手掛けるデザイナーとしての顔を持つ。今年(2020年)、オールハンドメイドのレーベル「フォルマルシェンテ」を立ち上げた。
左から萩原秀樹さん、石川 智一さん。ケースの上にある萩原さんの私物を確認しながら時計座談がスタート!
——普段はどのようなブレスレットやストラップを愛用しているのでしょうか?
萩原:基本的にはレザーストラップを愛用しています。ブレスレットが嫌いなわけではないのですが、合う時計をあまり所有していないんです。そもそもの話になりますが、一部の例外を除くと、ミリタリーウォッチって、ブレスレットが付いていないモデルがほとんどなんですよね。仮にオリジナルのレザーストラップがついていたとしても、劣化は当然ですし、着用した途端に革が割れてしまうなんてこともザラ。それならいっそのこと自分でストラップを作ってしまおうと思いブランドを立ち上げました。
石川:うちのお店でも大変好評なんですよ。デザインにはどんな意図があるのでしょうか?
萩原:ずばり言うと、旧いデザインをそのまま真似する感じは一切なくて。なぜかというと、ミリタリーウォッチに合わせるストラップでそれをやってしまうと、時計そのものがすごく野暮ったく見えてしまう…。そう考えると、時計に付属するパーツやツールというよりも、もっとアクセサリーに近い感覚で提案した方が、僕が好きな時計にはハマるのかなと。
石川:なるほど。だからこんな風に仕上がってくるんですね。ところで、企画はどのようにしているのでしょうか?
萩原:レザーフェアなどで雰囲気にあった革を探してきて職人に縫ってもらっています。ちなみに、NATOタイプのストラップは僕が縫っているんです。自分でストラップを作れるので、細かなオーダーにも対応できます。
石川:それを聞くと納得できます。アキュレイトフォルムのストラップはコスパにも優れているから、レザーストラップの入門アイテムとしても提案しやすいですよね。
時計とストラップの相性をとことん吟味する
萩原:僕の場合は、ひとつの時計に対していくつものストラップを付け替えるということはなくて……。時計のデザインに合わせて、本当に似合うものを吟味して合わせています。だから、一度コレだと決めたらずっと同じストラップを付けっぱなしなんです。
石川:ご自身でストラップを作っているから、妥協のない組み合わせができあがるのでしょうね。
萩原:ごく一部ですけど、自分で作った以外のストラップも使っていたりしますよ。このデッドストックのトロピックバンドがそう。この場合はいつもと逆で、ストラップを購入してから似合う時計を検討しました。グリーンのトロピックバンドが出てくることはほとんどないですからね。一般的によく売っているのは黒とシルバー。青とか白もあるんですけど、この色は見たことがない(笑)。
1970年代頃のレマニアのスウェーデン空軍のパイロットウォッチ。年代が近いトロピックバンドとも好相性だ。
石川:60年代の半ばから70年代の半ばまでダイバーズウォッチがたくさん作られていて、それに合わせてトロピックバンドも多く作られているんですよね。それにしてもよくこんな絶妙な色を作りましたよね。イギリスっぽくて安っぽくない。
やっぱりNATOストラップは外せない
右からレマニア 通称サブマリンのシリーズ2 1960年代製。ハンハルトのドイツ海軍モデル 1940年代製。ゼニスのスペシャル 1930年代製。ロンジンのチェコスロバキア軍の3rdモデル 1940年代製。
——こちらの4本はNATOストラップですね。
石川:萩原さんにNATOストラップのお話を聞きたかったので嬉しいです。
萩原:まず一番右のレマニア。夏にはさわやかな白文字盤の時計をつけたい。合うのはこのナイロンのヴィンテージのNATOストラップではないかなと。僕はグレーが一番好きなんです。基本的に軍に納品していたのはグレーだけですし、涼しそうに見える。
——僕も最近G10ストラップを買ったんですけど、オリジナルはそれよりも硬いですね。
萩原:オリジナルのNATOストラップは網目が密なんです。それに短い。NATOストラップは素材と付属品で雰囲気がだいぶ変わりますね。オリジナルは付属品が細いでしょう。
石川:本当だ。一体感がある。このヴィンテージのNATOストラップは何年代くらいのものですか?
萩原:詳しくはわからないけれども、1970年代〜2000年代のものだと思います。僕が知っているなかでは一番初期の形。もしかしたら2000年代までは、1970年代とずっと同じ作りでやってきたのかもしれません。
右から二つ目は通称タキテレと呼ばれる、大砲を打つ兵隊用の時計なんです。軍物の時計ってあっさりしている文字盤が多いんだけど、この時計には距離を計るためにテレメーターがついています。ケースが少しやれているので、ヴィンテージのフライトジャケットを素材にしたストラップを作りました。これは自分用だから一般には売っていないんですけど、もし似たようなストラップを探している方がいれば相談に乗りますよ。
ゼニスのスペシャルにつけているストラップはオリジナルで、ホーウィン社のシェル・コードヴァンを使っています。
石川:すごい、穴がひとつしかないですよ。
萩原:僕が作っているから穴がひとつしかない(笑)。これはオールデンのコードバンの靴に合わせたくて。それにブラックミラーの光沢感とも合うかなと。
石川:コードバンを水が滴っているように見えるくらいピカピカにする人もいるじゃないですか。そうではなく、マットな自然な艶が好きです。
萩原:コードバンの靴を靴磨き屋さんで磨いてもらうと「塗料を塗りました」的に仕上げてくれることがあるんです。あれはコードバンの素材の良さを損なっているように見えますね。ピカピカにするならカーフでいいんじゃないかなと思ってしまう。
最後にロンジンのチェコスロバキア軍3rdモデル。この時計にはコットンの幅広のストラップをつけたかった。これは香港で作っている安いコットン素材のNATOストラップです。色は一番ミリタリーらしいカーキ。夜光の色合いともあっている。時計に入っている色をベルトに持ってくると統一感がでますよね。ミラーダイヤルだったら艶感のある革を合わせると思います。
スマートさにこだわった台座付きストラップ
——続いて、ヴィンテージマニアの間で評判だと聞く、アキュレイトフォルムの台座付きストラップの登場ですね。
エイジングの妙味が感じられる写真左の1940年代頃のギャレットのフライングオフィサーの1stモデル。合わせたストラップは、ヴィンテージのフライトジャケットの生地を再利用して製作した。もう一方のアウリコストのタイプ20には、ブライドルレザー製のストラップを合わせることで骨太な印象にまとめている。
萩原:おかげさまで大変好評でして(笑)、僕自身も愛用しています。台座付きのストラップのルーツはミリタリーにあるんです。台座はフィット感を高め、時計を保護するために第一次世界大戦の時から使用されていました。ケースがステンレスでも汗と汚れがたまっていくと錆びてしまいますから。実は機能的な側面よりも大事なことがあって、このアイテムの製作にたどり着いたんです。
石川:その理由、気になります。
萩原:ポイントは台座の形状にあります。既存のストラップって、台座が大きい上に厚みがあるものがほとんど。僕は割とボリュームがある時計が好きな方なんですが、それでも時計全体の主張が強まってしまう。そこでアキュレイトフォルムでは6種類のサイズを設けています。
石川:だからストラップのあんこ(詰め物のこと)や芯材を抜いているんですね。
萩原:そこを突っ込んでもらえると作り手としては嬉しいかも(笑)。時計をスッキリ見せるにはとても大事なことだから。そもそも昔のストラップには芯材が入っていません。それと、一般的にコバの処理にはコバ液を塗ることが多いと思うんです。僕はその仕上げがあまり好きではなく、革のソリッド感を出すためにワックスで仕上げています。サイズを多めに展開しているのは、やっぱり見た目的なところが大きいかな。
——見た目と実用、そのどちらも計算した結果、この台座付きのストラップが生まれたんですね。
石川:ヴィンテージウォッチだと、生活防水すら厳しい時計もたくさんあります。時計と腕が直接触れることが無くなるので、機能面でもこういう配慮はお客様にとっても嬉しい提案だと思います。
——ここまでフラットな台座付きのストラップはかなり稀だと思います。
石川:僕はこの組み合わせだと横顔が好きです。スモールセコンドとセンターセコンドでは裏蓋の厚みが違い雰囲気が変わるように、台座があると厚みが増えて手元に陰影がつき、ラグの見え方がかっこよくなると思うんです。
このように台座の厚みを極力抑えていることも萩原さんのこだわりのひとつ。
石川:細かい話になりますけど、囲みステッチの細かいピッチがいい感じですね。
萩原:そこもこだわっていて、革の雰囲気に合わせていろいろと工夫しています。ステッチの色や厚みを変えるだけでもだいぶ印象が変わるから。対照的に黒いストラップの方にはステッチを入れていない。
石川:萩原さん、色々な種類のレザーでストラップを作られているじゃないですか。これからやりたいことはあるんですか?
萩原:これからホースレザーのストラップをリリースするんですけど、それでほぼやりたい素材とやりたいテイストはやりつくしました。あとはヌバックですかね。
石川:ヌバックですか。僕はペッカリー素材で作っていただいたらかっこいいなと思ったんです。デンツの使い込んだベージュの手袋の雰囲気とか。
萩原:ペッカリーね。昔はガルーシャとかもありましたよね。試作では象とかも試しましたよ。いまはエキゾチックレザー系のベルトはあまり盛り上がってはいないんだけど、クロコはちょっと盛り返しそうですよね。
ブライドルレザーのストラップを着用した様子。意外なほど腕元がすっきりした印象にまとまる。
何よりも大切にしたいのはオリジナリティ
——見るからにすごそうな時計が出てきましたね…。
石川:さすが、萩原さんとしか言いようがないセレクトですね(笑)。
1930年代初期頃のミネルバのクロノグラフ。文字盤やラグのテイストからも分かるようにデコラティブなデザインであることが特徴。こちらも自作のクロコダイルのストラップを合わせている。
石川:このミネルバのクロノグラフにはブレスレットも似合いそうです。
萩原:そうなんです。買う前からずっとイメージを膨らませていて、この時計に似合うブレスレットを探して合わせてみたいとは思っていたんですけど…。フレキシブルラグはクラシックなデザインなので、1950年代らしいエクステンションブレスはちょっと合わないかなと。合わせるとしたらバンブーブレスだと思い、ボンクリップをつけてみたんです。そうしたらラグがブレスレットと一体化してしまったんですよ。ラグの存在感が消えてしまって残念でしょうがなかった。
石川:元々レザーストラップを付けることを前提に作られたデザインだから、ブレスレットだと違和感が拭えないんでしょうね。
——そこでの違和感は分かる人にしか分からない感覚だと思う一方で、一度気になってしまうとモヤモヤした気分から抜け出せなくなるんでしょうね(笑)。
萩原:時計のデザインってすごく緻密に考えられているから、パーツの組み合わせが合っていないとどうしても微妙に感じてしまう。結論としては、ブレスレットを付けるプランは諦めて(笑)、文字盤の迫力に負けないように艶感のあるクロコダイルのストラップを合わせることにしました。
石川さんも思わず唸る極上の1本。レアさもさることながらコンディションも極上である。
石川:デザインのユニークさを損なわない一体感が出ています。
萩原:僕自身、いわゆるドレスウォッチって、まず付けないから。上品にまとめようとするとこんな感じになる(笑)。ストラップを付ける上で一番大切にしているのはオリジナリティです。更に、わざわざお金を払って選ぶわけだからどうせなら人と被らないスタイルを目指してみたい。作り手としても、いちユーザーとしても、そこにこだわってみたいと思っています。
—おわり—
前編ではキュリオスキュリオ萩原さんの愛用の時計とストラップを紹介いたしました。後編はケアーズの石川さんに愛用の時計とベルトを教えてもらいます。この記事の写真にも写っているように、石川さんは完全にブレスレット派。萩原さんとは好対照です。
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