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SAMOCA の部屋

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ウィキペディアによると「1950年5月 - 理研光学(現リコー)でステキーを設計していた坂田秀雄により東京都日本橋で操業開始、当初は露出計などを製造していた。」という。そこでまず手元の露出計、特徴的なスタイルの35mmカメラから何の変哲もない最終機までをざっと並べてみた。