Contarexマウントレンズ
Contarexは西ドイツのZeiss Ikonが満を持して投入した高級一眼レフカメラシステムです。1958年に発表され1959年か1960年に発売されています。凝った機構とこだわりの精密仕上げで高級機として非常に力の入ったシステムでした。しかしその代償として大きく,重く,とてつもなく高価なものでした。
1959年には日本光学がNikon Fを,1961年には旭光学が最初のM42スクリューマウントの一眼レフ機であるAsahi PENTAX S3を市場に投入にしています。前者は特に新しい機能や機構があったわけではありませんが,極めて頑丈で手堅いカメラとして厳しい条件下で使われるプロフェッショナル向けのカメラとしての地位を確立していきます。一方,後者は一眼レフカメラとして一応の完成の域に達し,その後,1964年に登場し,世界的なベストセラーとなるAsahi PENTAX SPへの道筋を作りました。
1950年代に登場したクイックリターンミラー方式の一眼レフカメラは1960年代にはいって完成度を高め,実用品として普及の段階に入ろうとしていました。そして1960年代の後半には日本製のカメラが世界を席巻することとなります。大きく重く,とてつもなく高価なContarexのセールスは伸び悩み,登場から10年あまりたった1971年にはZeiss Ikonはカメラ事業から撤退します。その後,Carl ZeissとYashicaの提携によって1975年にContax/YashicaマウントのContax RTSが登場するまでContaxの名を冠するカメラは空白の時代に入ります。
Zeiss Ikonが気合をいれて開発したContarexシステムは当然のようにレンズにもたいへん力が入っていました。しかし1971年のカメラ事業からの撤退にともなって1972年にはレンズ生産もRolleiに譲渡してしまいます。RolleiのRolleiflex SL35向けに供給したレンズを別にすると,Contarexのレンズ群はZeissがZeissのために自前で生産した最後のレンズ群と言ってよいと思います。そのような意味でもContarexのレンズに強く興味が惹かれるのです。
Contarexは商業的にはあまり成功しなかったというか,最初から大きな成功を求めていなかったのではないか,と思わせる部分もあって(あくまでも私の主観ですが),Contarex同様にやたらと高価であったAlpaとその目指す方向はまったく違うにもかかわらず共通した何か,同じ匂いを感じてしまうのです。そして,結果として,その匂いから逃れられず手元にはいつのまにかレンズが集まっていたりします。