機構別にわかりやすく解説。万年筆が健康でいられるためのお手入れのコツ

取材日: 2018年2月22日

文/飯野 高広  写真/佐々木 孝憲

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万年筆を使う上で欠かせないのがお手入れ。色々なインクを楽しみたいと思っても、「洗浄」という他のペンにはない一手間に敷居の高さを感じている人も多いのではないでしょうか?

今回は飯野さんに万年筆のお手入れについて機構別に教えていただきました。身の回りにあるモノでスマートにお手入れする、道具使いに注目です。

実は全く難しくない万年筆のお手入れ

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とにかく力を入れずに長時間筆記が楽にできる万年筆は、私のような「書く」を生業にしている人間には文字通り手の一部。若い世代を中心に、近年その魅力の再評価が著しいものの、敷居の高さを感じる人もまだ多いようだ。

その理由は他の筆記具に比べペン先の扱いに若干気を遣うから、だけではなさそう。「なんかお手入れが面倒臭そうで……」なんて話も結構耳にする。

でも私に言わせれば、慣れてさえしまえばそれこそ手を洗うのと同じ位簡単!

最近ではボトルインクの種類も爆発的に豊富になり、その楽しみに比べればお手入れやクリーニングなんて大したコツも何もなく、本当にたやすいものである。

という事で今回は、現代の万年筆の主流である2つの吸入機構と共に、その方法をご紹介したい。

吸入機構別、基本のお手入れ

A:カートリッジ・コンバータ式

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プラスチック製のカートリッジに入って売られているインクだけでなく、それを「コンバータ」と呼ばれる着脱式のインクタンクに替えればボトル入りのインクも使用可能な、今日の万年筆の主流の方式。

カートリッジであれコンバータであれ、インクタンクが本体(首軸と胴軸)から分離できる構造のため、お手入れが比較的簡単なのが特長だ。

関連記事:万年筆の書き味を決める重要パーツ。ペン先の奥深さを学ぶ

カートリッジ・コンバータ式のメンテナンス手順

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①首軸と胴軸とを分離する

②カートリッジを用いている場合はそれをコンバータに付け替え、それと首軸・ペン先・ペン芯(金属のペン先の裏に付く、インクをペン先まで運ぶパーツ。現在ではプラスチック製が主流だが、エボナイト製のモノもまだ一部に存在する)の状態にする。

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③流し台にコップなどの受け口を用意し、そこに蛇口から人肌程度のぬるま湯を流し落とし続ける

④ぬるま湯で一杯になった受け口にペン先とペン芯を浸す

⑤浸した状態のまま、ぬるま湯をコンバータの中に10回程度出し入れを繰り返す。最初のうちは入っていたインクが受け口に流出するものの、次第にそれが収まり、ぬるま湯はほぼ透明になるはず

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⑥コンバータを首軸から外す

⑦首軸・ペン先・ペン芯のみとなった状態で、そこに首軸の側から改めて人肌程度のぬるま湯を15秒程度流し落とし続ける

⑧コンバータ単体も念のため、再度ぬるま湯をその中に口から10回程度出し入れを繰り返す

⑨コップを透明なぬるま湯で満タンにして、その中に⑦を浸け込み数時間放置する

⑩ぬるま湯を抜き乾燥させて完了

なお、お手入れにはコンバータではなく、カートリッジの後端を切りそこにカメラのブロワ―などを取り付けたものなどを使ってもOK。

要は水と空気圧で首軸より前に溜まったインクや汚れを除去する作戦である。とは言えコンバータは上記のようにお手入れにも大活躍するので、普段はカートリッジのインクを使う人であっても用意しておいて損はない。

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B:回転吸入式

この方式を考案したペリカンの定番モデルや、モンブランのそれなどが古くから採用しているのがこちら。

ピストンスクリュー式のインクタンクが首軸と胴軸に一体化しているため、こちらはお手入れが若干面倒で、インクもボトル入りしか使えない。ただし、一回に吸入できるインクの量がカートリッジ・コンバータ式より多いので、日頃から大量に筆記する人には向いている。

回転吸入式のメンテナンス手順

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①流し台にコップなどの受け口を用意し、そこに蛇口等から人肌程度のぬるま湯を流し落とし続ける

②ぬるま湯で一杯になった受け口にペン先とペン芯とを浸す

③②の状態のまま、ぬるま湯をインクタンクの中に10回程度出し入れを繰り返す。最初のうちは入っていたインクが受け口に流出するものの、次第にそれが収まり、ぬるま湯はほぼ透明になるはず

④改めてペン先とペン芯周辺に人肌程度のぬるま湯を15秒程度流し落とし続ける

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⑤コップを透明なぬるま湯でペン先とペン芯とが隠れる程度に満たして立てて浸け込み、数時間放置する。材質の変化を防ぐべく、首軸と特に胴軸には極力ぬるま湯が浸らないよう注意

⑥念のため再度③行い乾燥させて完了

実は、ペリカンやアウロラの定番品(前者ならM800やM400など。後者なら88やオプティマなど)については、ペン先とペン芯とがユニット構造になっていて、その根元にあるスクリューソケットを回せば首軸から比較的簡単に取り外すことが可能。

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そのため、ユニット状態にしたものを丸々浸け込めてしまう。とは言え、ユニットを首軸から外す際は、ペン先とペン芯の周りを薄いゴム板で覆った上でソケットを回すなど細心の注意が必要。

素手で行ったり変に力を入れるとペン先を曲げてしまう危険もあるので、怖かったらやらない方が無難だ。特にユニットの周辺が古いインクでガチガチに固まっている可能性が高い場合は、必ず上記の方法で一旦綺麗に洗浄してから取り外すこと。

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なお、ぬるま湯を貯める受け口だが、コップでも良いが私のお勧めはヨーグルトなどの小さな空き箱、特に重心の低いバスタブ型のもの。

内壁が白いので、万年筆の内部からインクがどこまで排出できたかを判断し易いし、特にこの回転吸入式のものを浸け置く際に、バランス良くしかも首軸や同軸をあまり濡らすことなく傾けられるからだ。

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こんな場合は更にひと手間

上記のお手入れは万年筆からインクが空になり次第、極力早めに都度行いたい。

全く同じインクを例えば週一のペースでガンガン補給せざるを得ない位に高頻度に使い続けるのであれば、そこまで神経質になる必要はないものの、それでも数回に一回はお手入れが不可欠だ。更には以下のような場合は、より念入りなお手入れが求められる。

向かって左から「一般的な染料インク」「俗に言う古典インク」「顔料インク」

向かって左から「一般的な染料インク」「俗に言う古典インク」「顔料インク」

a. 入れるインクの銘柄や色味を大きく変える場合や、染料に比べ粒子の大きな「顔料インク」を用いた後の場合

これらの場合は、前に入っていたインクが悪さをして新たなインクの色味が微妙に変化したり、インクフロー(インクの流れ)が大幅に悪くなる場合がある。

そのため、上記のA・B以上に徹底した洗浄が求められ、それらの後に例えば下の写真にもあるドイツ・R&K製のクリーナーなど万年筆専用の洗浄液を用いるのが得策だ。

私の経験では、顔料インク→染料インクだけでなく、染料インク同士の交換でも特に赤系統から別の色味に入れ替えたい場合は、このひと手間が絶対に欠かせない。

ドイツ・R&K製のクリーナー

ドイツ・R&K製のクリーナー

なお、「顔料インク」とは色出しに染料ではなく顔料を用いたもので、通常の染料インクに比べ耐水性や対候性が高いのが特徴。

ナノテクノロジーの応用で、顔料の粒子が細かくできるようになったことから近年増加している。セーラーの極黒や青墨、それにモンブランのパーマネントブラックやパーマネントブルーが代表例だ。

b.俗に言う「古典インク」を用いた後の場合

「古典インク」とは染料での色出しに加え「没食子酸(タンニン酸)」と「鉄イオン」を添加することで耐水性を確保したもの。今日では少なくなったものの、ペリカンの4001ブルーブラックやプラチナのブルーブラック、それに同社のクラシックインクが代表例だ。

関連記事:王道のインクカラー「ブルーブラック」を比較する

紙の上だけでなく、ともすれば万年筆の内部にも固着性の高い鉄塩が生じ得るため、これらを用いた後も通常より丁寧な洗浄を行う必要があるが、その際は意外なものが大活躍してくれる。L-アスコルビン酸すなわちビタミンCの粉末だ。

この水溶液を一種の「還元剤」としてぬるま湯代わりに洗浄に用いることで、鉄塩を万年筆の内部から綺麗に除去できインクフローも安定する。

化学的な根拠がしっかりある上、何せビタミンCなので全く無害。とある日本の方がネット上で紹介して以来、古典インクに対する誤解や警戒心が一気に薄らいだ効果絶大の方法である。因みにL-アスコルビン酸の粉末は薬局で簡単に入手可能だ。

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最強のお手入れ方法を、もう一つ!

なんてことはない。それは万年筆を、ほんの少しの時間でも構わないので毎日こまめに使い続けてあげること。

つまり、インクを万年筆の中で滞留させず、ペン先とペン芯から適度に外に流し続けておけば、インクや汚れの固着を確実に防げるのである。私達が日頃から適度に運動して血流を保ち続けることで長期的な健康に繋げられるのと似たような話ではないか!

ーおわりー

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