その日の気分で異なる書き味を愉しむ。「萬年筆くらぶ」主宰が語る、万年筆の魅力とは。

取材日: 2017年7月24日

取材・文・写真/篠原 章公

その日の気分で異なる書き味を愉しむ。「萬年筆くらぶ」主宰が語る、万年筆の魅力とは。_image

「万年筆が10本あれば、10通りの書き味がある――。」そう語るのは、愛好家たちの集うサロン「萬年筆くらぶ」を主宰する中谷でべそさん。ご自身が持つ万年筆に対する思い入れを、存分に語っていただいた。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

第一子誕生の記念に購入したモンブラン。その書き味に、感動。

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中谷さんは1956年生まれ。青年期における万年筆は、現在よりももっと身近な存在だった。

「私が学生だった当時は、中学、高校への進学祝いに万年筆を贈るというのが一般的でした。日々の生活の中に息づいていた時代に生まれ育ちましたので、万年筆はもともと身近な筆記具。その魅力に惹かれたのは、30歳の時、最初の子どもが産まれたのを記念に購入した一本のモンブランがきっかけです」

「1980年代から90年代にかけては、ワープロやパソコンの台頭により、万年筆凋落の時代と言ってもいいほど人気がありませんでした。どこの文具店に行っても、売り場面積は縮小傾向。そんな中、近くのスーパーマーケットでモンブランの「146」が半値で売られていたのです。これを記念に購入して実際に使ってみると、その書き味に驚きました」

中谷さんにとって思い入れの深い1本。モンブラン「146」。

中谷さんにとって思い入れの深い1本。モンブラン「146」。

「今までの万年筆は何だったんだろう、と思うほどにインクの流れが良く、文字を書くごとにその安定性を実感。小さいころ、初めて三菱鉛筆の「Hi-uni」を使った時にも、その滑らかな書き味に感動しましたが、それを超えるぐらいの衝撃を覚えました」

解説:万年筆とは?

1800年代より、それまで西洋で主に用いられていた羽根ペンに取って代わる形で開発が進められた。1880年代にルイス・エドソン・ウォーターマンが、初めて毛細管現象を利用した万年筆の特許を取得。ウォーターマンが保険外交員の仕事をしていた際、契約書類にインクを落としてしまい、客を取り逃がしたことから発明に取り組んだという逸話は有名である。同時期に日本にも輸入が始まり、20世紀に入るとさまざまなメーカーから製品がリリースされるようになる。ボールペンが普及する1960~70年代ごろまでは、身近な筆記具として人々に用いられていた。近年は万年筆の持つ独自性、多様性が見直され、新たなファンを獲得しつつある。

節目ごとに記念のものを。書き味に加え視覚的にも楽しめる万年筆の魅力を発見。

以後、「146」を愛用していた中谷さんだが、時を経て書き味とはまた別の魅力にも出会うことになる。

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「次に訪れた転機は、30代後半に結婚10周年を記念してペリカンの「M800」を購入した時ですね。当時は上野のアメ横へ行くと、多くの万年筆が定価の40%引きで売られていたのですが、いざ売り場で検討してみるとなかなか決められない。目の前にある2つのデザイン違いが甲乙つけがたく、値引きも手伝って最終的には2本とも購入してしまいました」

「万年筆に視覚的な楽しみを覚えたのはこれが最初のこと。購入に至っては書き味の良さというのが私にとっては絶対条件で、装飾やデザインは二の次なのですが、こういった買い方もできるんだなと、万年筆を楽しむ枠が広がりました」

知人から譲り受けたというイギリス製の万年筆。中谷さん所有の万年筆はクラシックなデザインのものが中心だが、デスクには凝ったデザインのものも散見された。

知人から譲り受けたというイギリス製の万年筆。中谷さん所有の万年筆はクラシックなデザインのものが中心だが、デスクには凝ったデザインのものも散見された。

節目ごとに記念の万年筆を購入。以後、中谷さんは万年筆の持つ多様性に惹かれていくことになる。

「専門店、フリーマーケット、骨董市やオークションなどで購入し、現在所有している万年筆は60本程度。中でも20世紀中盤に製造されたヴィンテージのものには特に魅力を感じています。1本ごとに異なる書き味が楽しめるのは、この時代ならではですね」

中谷さん所有の万年筆をご紹介

モンブラン L139

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写真左が50年代に製造されたオリジナルのヴィンテージモデル。右は90年代に復刻されたヘミングウェイモデル。ケースは革小物からバッグまで幅広く制作している「TAKUYA MADE BY HAND」に依頼してつくられた特注品だ。

アウロラ 88

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イタリアにおける最初の万年筆メーカー、アウロラの代表的なモデル「88」。中谷さんはとくにクリップの部分がお気に入りで、絶妙な曲線は見るものをうっとりとした気分にさせてくれる。2010年ごろ購入したという現行モデル。

ウォーターマン パトリシアン

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ペンシルとセットでリリースされているこのモデルは、中谷さんにとって長らく憧れの品だった。1930年代に製造された万年筆とペンシル。2つを見比べると、使用頻度の高い万年筆の経年変化の具合がハッキリと分かる。同モデルは写真のほかにも数種類のカラーラインナップが存在する。

パーカー デュオフォールド

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1930年前後に製造されたアメリカ製の1本。「デュオフォールド」は1921年の誕生以来、約100年間にわたりパーカーの象徴的なモデルとして愛好家に親しまれてきた。筆を滑らせると、紙を捉える手ごたえが強く感じられ、独特の書き味がある。

ペリカン トレド

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シルバーの彫金に金メッキが施された、美しい外観が特徴的な「トレド」。こちらも中谷さんの憧れの的だったモデル。写真2枚目は近年購入した限定モデルであり、元の金メッキの様子をうかがい知ることができる。

愛好家の交流の場。設立24年目を迎える「萬年筆くらぶ」。

中谷さんは万年筆愛好家が紙面やイベントを通して交流する「萬年筆くらぶ」を主宰。今年で24年目を迎える。

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「私の万年筆熱が高まっていった1990年ごろ、パソコン通信で情報交換をしていた時期がありました。コレクター派、実用派、さまざまな意見に触れる中で、万年筆は時計やカメラと同じように、愛好家同士で語り、楽しめるアイテムだということを知ったのです」

「先にお話したように、当時は万年筆が一般に使われなくなったことで、このままでは万年筆文化が消えていってしまうのではという危機感を持っていました、そういった背景の中、キーボードから離れた世界で愛好家同士が交流できる場を作ろうと始めたのが「萬年筆くらぶ」になります」

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年3回発行の会報誌「fuente」。会員から寄せられるエッセイを中心に構成されており、編集・印刷・製本はすべて中谷さんの手によるもの。

「「萬年筆くらぶ」には、発足当初から変わらないテーマが2つあります。1つは愛好家同士、お互いの価値観を認め合うこと。愛好家の中には、私のような実用ありきの方や「希少な万年筆にインクを入れるなんて!」というコレクター気質の方、修理することを趣味にしていらっしゃる方、インクにとても凝られている方など、さまざまな趣向の方がいらっしゃいます。国産品には国産品の良さ、舶来品には舶来品の良さがありますよね。自分の趣向と違うからと批判的になるのではなく、受容して楽しむことを大切にしています」

「もう1つは会費を取らずに運営を続けるということ。これはあくまで「遊び」の範囲で活動を続けたいという想いから生まれたもので、ほどよく肩の力を抜くことが、ここまで息の長い活動に繋がったのかなと思っています。運営費は寄付をいただくほかは私の持ち出しなので、活動が続く限り、新しい万年筆の購入は半ば諦めているんですよ(笑)」

広い視野で万年筆の世界を楽しむ。

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ここで、改めて万年筆の魅力について語っていただいた。

「万年筆が10本あれば、10通りの書き味がある、その多様性に一番惹かれています。1960年代以前のヴィンテージものを中心に所有しているのも、均一でない製品づくりが楽しめるからという部分が大きいですね」

書き手の感覚はもちろん、ペン先の太さやインクの色によって残る筆跡はさまざま。

書き手の感覚はもちろん、ペン先の太さやインクの色によって残る筆跡はさまざま。

中谷さんが万年筆に惹かれ始めた当時から時を経て、近年では万年筆の魅力が見直されてきている。

「当時から比べると、製品としての質が全体的に向上している印象を受けます。安価なものでも機能的に優れたモデルがたくさん販売されていますね。ある意味ハズレがない現在だからこそ、万年筆に興味があって、これから使ってみようという方はあまり情報に踊らされず、じっくり向き合って購入されるのがよいのではないでしょうか。少しずつランクを上げていくワクワク感も含めて、万年筆の魅力を楽しんでほしいですね」

最後に、これからの抱負を伺った。

「年齢を重ねると不思議なもので、以前は敬遠していたカートリッジ式のモノを便利だなとその価値を認めるようになったり、書き味の好みが移り変わったりと、より広い視野で万年筆を楽しめるようになりました。今日はコイツで書こうかな、とその日の気分で万年筆を選ぶのが楽しい毎日。「萬年筆くらぶ」で生まれた会員の方との縁を大切にしながら、現在手元にある万年筆たちと今後も深く付き合って行ければと思います」


「文字を書く」という行為の存在感が、次第に薄れていく時代の流れの中、それでも魅力を放ち続ける筆記具・万年筆。
何かを「書きたい」と思った時にお気に入りの万年筆があれば、筆を執る時間がより楽しくなるはずだ。

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―おわり―

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