近年、世界的に人気が高まっているウイスキー。日本でも一昔前に比べると見かける機会が増え、身近に感じている方も多いのではないのだろうか。今回お話を伺った山岡さんが所有するのは、スコッチ・ウイスキーを中心にその数なんと約2000本。何故それほどウイスキーに魅せられるのか、大いに語っていただいた。
ウイスキーとの出会いは、30歳。その複雑さと多様性に惹かれて。
「私が日常的にお酒を嗜むようになったのは、そもそも30歳前後からなんです。というのも、昔にお猪口一杯でひっくり返った経験から、体質的に自分にはお酒が合わないのだと思いこんでいたんですね」
「たまたまパッチテストでアルコール耐性を調べるきっかけがあり、どうやら自分の身体に分解酵素が備わっているらしいぞと分かったことから、改めてお酒に興味をもつようになりました」
「それからはもう、今まで自分になかったものを取り戻すかのようにさまざまなお酒を飲みましたが、その中でも特に惹かれたのがスコッチ・ウイスキー。ウイスキーにはアイルランドで作られたアイリッシュ・ウイスキーやカナダでライ麦を原料として作られるカナディアン・ウイスキーなどさまざまな種類があります。中でも、スコッチ・ウイスキーはほかのどのお酒よりも複雑で、多様性があり、味わうたびに発見がある」
「興味を持ってから最初の数週間で、100を越える蒸留所のウイスキーをテイスティングしました。香りを勉強するために、香水のスクールにも一時期に通いましたね」
解説:スコッチ・ウイスキーとは?
スコットランドで生産されたウイスキーのこと。スコットランドでは最盛期に250あまり、現在でも100以上の蒸留所が操業しており、それぞれに個性のあるウイスキーづくりが行われている。共通している特徴は、モルトを乾燥させる時に使う泥炭により煙のようなスモーキーフレーバーがすること。蒸留所により異なる環境、製法でつくられたウイスキーは、熟成年数や熟成に使用される樽、後処理によって味に変化が表れるため、製品としてのバリエーションは非常に幅が広い。
スコットランドでつくられるウイスキーは、原料・蒸留方法によりモルトウイスキーとブレンデッドウイスキーに大きく分かれる。大麦麦芽を原料とし、単式蒸留機を使用するのがモルトウイスキー。トウモロコシを主の原料とし、連続式蒸留機を使用したグレーンウイスキーとモルトウイスキーをブレンドしたものがブレンデッドウイスキーだ。
モルトウイスキーの中でも、単一の蒸留所で製造されたものは「シングルモルト」、単一の樽からのみ注がれたものは「シングルカスク」、異なるシングルモルトをブレンドしたものは「ブレンデッドモルト」と呼ばれる。グレーンウイスキーはそのまま製品化されることは少なく、複数のモルトウイスキーとブレンドされ、ブレンデッドウイスキーとして製品化されることが多い。
スコッチ・ウイスキーを使用したカクテルとしてゴッドファーザーやハイランド・クーラーなどがある。
棚にぎっしり詰まった「スプリングバンク」はキャンベルタウン地方でつくられるモルトウイスキー。
オールドボトルの数々。「デュワーズ」「ヘイグ」「スペイキャスト」はいずれもブレンデッドウイスキー。
時代の変化がコレクションのきっかけに。
急速にウイスキーへ惹かれていった山岡さん。ウイスキーは一般に嗜好品として消費されていくものだが、コレクションするようになったきっかけは何だったのだろうか。
「買い集めるようになったのは35歳ぐらいの頃だと思います。ウイスキーは製造された年代により風味が異なるものですが、特に90年代初頭はウイスキーにまつわる環境が大きく変わった時期で、国内での酒税法の改正、ウイスキーづくりにおいても、後処理の際にチルフィルタリング(冷却濾過)を行うなど製法の変化がみられるようになりました。そんな中、以前の味を求めて80年代の“特級”と呼ばれていたオールドボトルを買い求めたのが始まりですね。自宅近くや旅行先などでよく酒屋を覗いていました」
「また、2000年頃から世界的に有名なウイスキー評論家である、マイケル・ジャクソン氏が著した『モルトウイスキー・コンパニオン』の翻訳を始めたこともあり、スコットランドへたびたび渡航するようになりました。これを機に現地でしか手に入らないレアなものもよく買うようになりましたね」
山岡さんが翻訳を担当したマイケル・ジャクソン著『モルトウイスキー・コンパニオン』。数多くのモルトウイスキーが、独自の採点付きで仔細に解説されているので、これからウイスキーを飲み比べて見たいという人におすすめだ
ご自宅にはマイケル・ジャクソン氏が来日した際の記念のお写真も。
山岡さんのコレクションからとっておきの銘柄をご紹介
ディアジオ社「花と動物シリーズ」(1992年~)の前のラベル。発売期間が短く希少性が高い。フルーティーさが際立った味わい。
グレンゴイン蒸留所へ足を運んだ際、50歳のお祝いにサプライズでいただいたというもの。中身はオフィシャル同様。
山岡さんの愛猫、ゴマ・アド・アイラがプリントされたボトラーズ。ブレアアソール蒸留所は1798年創業。ブレンデッドウイスキー「ベル」のキーモルトとしても知られる。
スコッチ・ウイスキーの特長のひとつである、ほどよいピート香(スモーキーフレーバー)を感じることができるブレンデッドウイスキー。瓶を裏返すと蒸留所のイラストが。半世紀以上の時を経て現存するウイスキーというだけでも希少。
元ブナハーブン蒸留所の所長さんに飲ませてもらった経験から、後にオークションで空瓶のみを手に入れたという経緯を持つ。ピーティーな印象が強いとの事。マシュー・グロッグ社のボトラーズ。
2016年、愛好家たちとハイランドパーク蒸留所を訪れた際、入手したもの。アメリカンオークを使用したシェリー樽熟成。26本限定。
デンマークの老舗リカーショップ「ジュール」の創業75周年を記念してボトリングされたもの。シェリー樽由来の色合いが濃密な味わいを想起させる。
独特のピート香がファンを惹きつけてやまないラフロイグ。これはイタリアの著名なボトラー、サマローリ社からリリースされた1本。
イギリスののシェリー酒メーカー、サンデマンがボトリングした1本。シェリー酒の熟成に使用する樽が供給不足に陥った時期と重なっており、樽不足がリリースのきっかけになったのでは、というのが山岡さんの見解。
コレクターとしての経験を活かし、次のステップへ。
膨大なコレクションを所有する山岡さんだが、ウイスキーを集めるうえでのこだわりはどのようなところにあるのだろう。
「私にとって、ウイスキーはあくまで飲んで楽しむもの。ですので、コンプリートしたいという感覚ではなく、常に消費しながらラインナップは入れ替わっているんです。ココにあるウイスキーは、すべて飲まれるためにスタンバイしている状態と言っても過言ではありません」
すると、まだ見ぬ最高の一本を探している途中にあるのだろうか。
「約30年間ウイスキーを消費者の側から追求してきて、代表的なもので、飲んだことがないものはほとんどありません。味だけで言えば、過去に樽から直接飲んだ1964年蒸留、フィノ樽で熟成したボウモアが一番おいしく感じました」
「そんな中で私が大切にしたいのは、優劣をつけてヒエラルキーの中に置くのではなく、そのウイスキーの良いところ、悪いところを全てひっくるめて楽しむということ。未だにウイスキーと向かい合うと、永遠に解けない謎と相対しているような気分になるんですよ」
コレクター、翻訳家、テイスター……様々な位置からウイスキーに触れてきた山岡さん。今後の展開についてもお話を伺った。
「もう歳なので、コレクションの本数を増やそうとは思っていないんです。ただこれからも、スコットランドの友人がはじめたクラフト蒸留所を手伝ったりしながら、ウイスキーの深さには迫っていきたいですね」
数多のウイスキーを知る山岡さんの、新たな展開にロマンを感じざるを得ない。
―おわり―
保管のために、室内は常に冷暗な環境を維持。遮光カーテンを採用し、夏は不在時もクーラーを稼働させる。開封済みのボトルには、市販のパラフィルムを巻きつけて劣化を防いでいる。
コレクションを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍
アイラモルトの全てを知り、感じる
シングルモルトのある風景: -アイラ、それはウィスキーの島 (DVD BOOK)
アイラの風土と蒸留所とそのウィスキーを紹介したDVDBOOK。ボウモア、ラフロイグ、アードベッグをはじめとするアイラの全蒸留所を掲載。BOOK、DVDとも、カンヌでWEB FILM賞を受賞した渡辺裕之が撮影した映像と画像を使用。
DVDは、動画と静止画を組み合わせ、蒸留所の内部や、アイラの美しい風景を見ることができる。
各蒸留所の解説は、マイケル・ジャクソンの著作の翻訳者でもある、山岡秀雄が執筆。各蒸留所のウィスキーのフレーバーが、どんな生産工程から生まれるのか書いている。世界的に有名なコレクターでもある山岡が、自身のコレクションからレアなボトル32本を選び、テイスティングコメントを書いている。
全世界800もの銘品をAtoZ順に紹介。
モルトウイスキー・コンパニオン 改訂第7版
モルトの魔法とは? なぜ、アイラがいいのか? アイランズやハイランドを選ぶのはなぜか? どのウイスキーがライトで花のようなモルトなのか……? モルトの真髄を伝える、故マイケル・ジャクソンによる世界的ベストセラー『モルトウイスキー・コンパニオン』を氏の遺志を継ぐ財団により改訂。約600種類の新ボトリングのテイスティングを含む、約800ものモルトに関する蒸留所名などを前版よりアップデートした、シングルモルト愛飲家の必読書!
終わりに
これだけ多くのウイスキーを収集する豪快さと、スコッチ・ウイスキーの多様性の中で、味わいや香りを探求する繊細さを目の当たりにし、山岡さんの飽くなき探求心に感服した今回の取材。希少なボトルやエピソードを紹介いただく中で、ウイスキーと共に過ごす時間を大切にしたいと改めて感じました。