ファクトリエは安心を届ける
成松 淳(以下、成松):どうしてプロダクトを見直そうと思われたのですか?
山田敏夫(以下、山田):10年前とは時代が大きく変わり、工場は新しい3つのことができるようになりました。ふるさと納税を活用して商品を出品できるようになったこと、SNSの普及により自ら発信できるようになったこと、ECサイトを自分たちで運営できるようになったこと。このような状況を見たとき、僕らの存在意義を改めて考える必要があると感じました。
成松:それで出した答えとは?
山田:ファクトリエの役割は服で安心を届けるということです。そのために「品と強み」というテーマを掲げました。品質がちゃんとしていること、デザインに品があること、工場の強みが生きていること、その強みが環境に対応していること、工場の人の顔が見えること。これらを安心の軸にしようと考えました。品という意味では、小学校のPTAの集まりやミシュランの星付きレストランに行くときに選ばれる服でありたい。そして必要なのは斬新さやファッション性よりも安心なんじゃないかと思ったんです。結局、ファクトリエって僕じゃないですか?
成松:そうですよね!
山田:先日、ある人に「品というものは簡単には手に入らないもので、それを山田くんは持っているんだから品を軸にするほうが分かりやすい」と言われました。また別のタイミングで「あなたはせっかくエレガントなんだから、そこを出したほうがいい」と言われて。品やエレガントを分解したら安心につながると思ったし、安心の軸は何だろうと考えたら品があることにつながる。洋服の良さは着る人の明日を変えられることです。僕はさらに、ファクトリエの服で安心を届けたいと思ったんです。
成松:そうなると工場の存在が重要になってきますよね? 僕は山田さんがコミュニティを生み出す才能に長けていると思っていて、それは工場との関係性を見ていても感じます。工場のこれからをどう考えていますか?
山田:今までは特徴のある工場を見つけて、光を当てて、彼らの強みを発信してきました。でもこれからは、僕たちがお客さまの状況やニーズを正確に理解して、何を作るべきかを工場にきちんと伝えて、一緒に作っていかなければいけないと考えています。ふるさと納税で利益が出ている工場もそれ以外で稼げているかといったら、そうではないことが多い。
成松:かと言って、工場のためのプラットフォームを作りたいわけでもない。
山田:そうです。工場を救いたいという思いは今でも大いにありますけど、顧客が喜ばないと工場も喜ばないことが分かりました。だったら最初にお客さまに喜んでもらおうと。
成松:今の時代、消費者に喜んでもらうのはなかなかハードルが高いことだと思います。
山田:値段の価値を超える商品を作らなければなりません。これはメンバーにもずっと言い続けていることです。他社にあるコモディティ商品を作ったら価格勝負になるけど、ここにしかない独自商品を作るのならいくらで値付けしてもいいって。
成松:品と安心、そしてファクトリエならではのものづくりを掛け合わせることで、ファクトリエにしか作れないプロダクトを生み出そうとしているわけですね。
山田:ウチの定番商品にスーパーエクストラファインメリノウールを使った女性用肌着があります。メリノウール自体は世の中にたくさんあるけど、スーパーエクストラファインメリノウールはなかなか手に入らないし、手に入ったとしてもうまく料理できる(作ることができる)のは僕らしかいない。肌の弱いお客さまに非常に喜ばれていて、すぐに完売します。肌着としては少し高めの6000円という価格設定でも売れるのは、商品の価値が値段を超えているからだと思います。
突き抜けた価値は生の声から生まれる
成松:突き抜ける何かがないと価値が値段を超えられないし、顧客を満足させられないんでしょうね。
山田:突き抜けた価値ある商品を作るためには、顧客の心の声を徹底して聞く必要があると思っています。今は週に2、3人のお客さまとビデオ通話して、実際にクローゼットを見せてもらっています。「ファクトリエしか買っていません」と言われても、「じゃあ、その隣の棚の服はいつ買いました?」となる(笑)。ファクトリエにダウンがなかったからと言われたら、「そのダウン、どうやって検索したんですか? 検索方法を画面共有で見せてもらってもいいですか?」というやり取りをします。僕はとにかく事実が知りたいんです。
成松:山田さんらしい(笑)。
山田:そうですか?
成松:とにかく徹底して分解するところが、まさに。どこまでも掘り下げて、細かくして、理解していくところが、山田メソッド!(笑)。それで、顧客のなかにはアンバサダーもいらっしゃるんですよね?
山田:一般のお客さまから約30名の方にアンバサダーになっていただきました。新商品を開発する際にヒアリングしたり、商品のネーミングを最終ジャッジしたりしていただいています。ただ、アンバサダーの方は肯定的にファクトリエの商品を選んでくださるので、ファクトリエとの接点が少ないお客さまの声を聞くことも意識しています。
成松:ヒアリングの際は個別に話されるんですか?
山田:はい、グループインタビューはしません。福井県鯖江で60年間眼鏡を作り続ける工場「谷口眼鏡」とサングラスを作ったときは、眼鏡に対する疑問や悩みを聞かせていただきました。補修は近くの眼鏡屋に持っていっていいのか、丸顔にはどんな形が似合うのか、型が違ったら見た目はどれくらい変わるのか。それぞれの悩みポイントを商品ページに反映させたらコンバージョンが全然違ったんです。意見が反映されてうれしかったから買いました、というお言葉もいただきました。僕は洋服屋の実店舗に来たときのお客さまとのコミュニケーションを今のECサイトでもやるべきだと考えています。
成松:なるほど。リアルな体験をどうしたらもっといい体験にできるのかという視点は大切ですね。
山田:トップページを訪れたときに何があったらうれしいかを考える。その人が知りたいのは売れ筋商品なのか、レビューが多いものなのか、新着アイテムなのか、売り上げランキングなのか。コンシェルジュ(販売員)が接客で使う言葉をセグメントできる状態にしておくことが大事だと思っています。
成松:マーチャンダイジングと言われているものが、たぶん以前は店舗を軸にしていたけれど、今は全部を組み合わせて新しいビジネスを作る時代になったと思うんです。しかも環境は常に変化する。そのなかで、自分たちらしさをどう残していったらいいのでしょうか?
山田:僕らは「何を・誰に・どのように」のどこからアプローチしてもいいと考えています。例えば、伸縮性のあるジャージ素材で作ったジャケットを作ろうと考える。そうすると「伸縮性」が「何を」に、つまり「強み」になりますよね? 次に「誰を」(その強みを喜んでくれる人)を考える。例えば、多拠点で生活しているビジネスマンだったら喜んでくれるかもしれないと仮定して、インタビューするんです。こういうスーツを作ろうと思って、とプレゼンしたら大半の人が「それ、買います!」と言ってくれる。
成松:でも信じないんでしょう?
山田:はい(笑)。トランクの中身を見せてもらって、彼らが実際に何を持ち歩いているかを確認します。それから多拠点生活の人の市場規模なら1000着くらいは売れるかなと考える。「どのように」はインサイトとキーワードだと思っていて、インサイトが「持ち運びに便利なものが欲しい」だったら、キーワードは「軽くて、トランクにぐしゃぐしゃにして入れてもシワにならない」みたいな。しかもそんなジャケットが1万円代で買えるとなれば、もう競合がいないんですよ。逆に「誰に」からスタートした場合は、解決策の「何を」(強み)がコモディティ商品だったら競合と比較されてしまう。
成松:やはり突き抜けた思考と徹底した価値を土台にした商品でないと価格勝負は避けられない。
山田:なので、今後は商品数を600品から100品くらいまで絞ろうと考えています。そのぶん、徹底して考える。最近は商品開発のメンバーがお店に立って接客しています。
成松:トレンドを追いかけるより、生の声を聞くのが一番だということですね。
山田:お客さまが安心できるクオリティで、なおかつ工場の強みが生かされたものを届けようとしたら、一つひとつに向き合っていくことが一番の近道だと思います。
成松:顧客を知ることでしか戦略は生まれませんよね。
山田:先日も来年の春夏用スーツの話をしていて、メンバーからは「抗菌性があったほうがいい」みたいな意見が出てくるんですよ。安心を届けるための5つの軸(品のあるデザイン・品質・強み・顔が見える・環境配慮)に合わせた商品を開発するのはいいんですけど、お客さまの意見を聞かないまま進めようとしていたので、それはよくないよねっていう話をしました。工場が自分たちで何でもできてしまう今、顧客との単なる媒介者になってしまっては意味がない。お客さまの課題を理解し、解決できる独自商品を作っていきたい。それがファクトリエの存在価値だと考えます。