現代におけるサーフカルチャーのキーパーソン・近江俊哉さんのサーフボードコレクションと受け継がれてゆくサーフスピリッツ

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取材・文/眞木 健(エアヘッド)
撮影/野口 朗

波に魅せられ毎日海にいく人たちがいる。今回お話を伺ったサーフィン・ジャパン・インターナショナル代表理事・近江俊哉さんもその一人。
近江さんはサーフィンの大会だけでなく、ビーチイベントの運営やサーフィンに関わる若手の育成・発掘を精力的に行っています。
日々多くのサーファーと交流する近江さんに、ご自身のサーフボードコレクションにまつわるお話や、サーフィンとの出会い、未来のサーファーへの想いを伺いました。

サーフィンの世界でマルチな活動を続ける

近江さんが運営するシーサイドラウンジ「ルーケディア」は、神奈川県鵠沼海岸の、R134に面したビルの1階にあります。
目の前の歩道橋を渡ると、もうそこは湘南の海。多くのサーファーが波間に浮かび、また、ビーチに向かう階段では、家族や仲間たちがその様子を眺めています。夕方ともなれば西に傾いた太陽が空も海も赤く染め、シルエットになった富士山が「もうお帰り」と語りかけてくるようです。
近江さんは、そんな湘南の日常を60年近く見続けています。

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鵠沼で生まれ育った近江さんがサーフィンを始めたのは中学生のころ。友達がボードを持っていて、一緒に海で遊んだのがきっかけでした。

「小さい頃って、裏山に積もった落ち葉の上をトタン板で滑る、落ち葉滑りが楽しくてよく遊んでました。動力なしでスピードが出るものって楽しいんですよね。初めて波に乗れたときにそれと同じ楽しさを感じて、たった1回のサーフィン経験でハマってしまったんです」

こうしてサーフィンのことしか頭になくなってしまった近江さんは、10代後半から冬のハワイに通い続けました。
プロサーファーにもなり、生活できる程度のサラリーはスポンサーからもらえるようになりました。でもそれだけではサーフィン旅行の資金としては足りず、黒服がいるような飲食店の厨房で茶髪にバンダナを巻いて皿洗いをしてエアチケット代を捻出したといいます。

夏は日本で、冬はハワイやカリフォルニアで、サーフィン漬けの毎日。その後はサーフィンの世界での活動がどんどん広がり、現在では実業家や大会・イベントを運営する団体の代表、ラウンジオーナーなどマルチな活動をしています。

1980年代、ハワイ・ノースショアのハレイワの波に乗る近江さん。ノースショアから始まりウエストのマカハ、そしてメインランドのカリフォルニアなど、世界各地をトリップして回った

1980年代、ハワイ・ノースショアのハレイワの波に乗る近江さん。ノースショアから始まりウエストのマカハ、そしてメインランドのカリフォルニアなど、世界各地をトリップして回った

ボード1本1本にそれぞれのヒストリーがある

さまざまな肩書きを持つ近江さんですが、「近江さんっていったい何者?」と問われれば、きっと「サーファーです」と答えるでしょう。それはルーケディアの店内いたるところに飾られたサーフボードを見ても想像がつきます。

「オークションで落札するなど、ボードを集めることを趣味や生業とする収集家もいます。僕の場合は集めるつもりはなくて、縁あって回ってきたボードを処分せずにとっておいてあるんです。
実際に僕が使っていたボードもあれば知り合いから譲り受けたものなど、その履歴はさまざま。もう40年以上もサーフィンをしていますから、200本くらいあるんじゃないでしょうか」

サーフボードには、シルエットや大きさ、材質など、それが作られ使われた時代のサーフカルチャーが反映されています。また、ボード作りに携わったシェイパーやラミネーターなどの職人、ボードをオーダーした人のサーフィンに対する思いも込められています。
近江さんはこれらのことをボードを通して感じ、サーフィンに対する情熱を燃やし続けています。

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シーサイドラウンジ「ルーケディア」の店内には、いたるところにサーフボードが飾られている。ここはラウンジというオープンな場所でもあり、近江さんの趣味の部屋でもある。

ディケールに自身をデザインしたドナルド・タカヤマのボード

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カリフォルニアの世界的なシェイパー、ドナルド・タカヤマに1995年に削ってもらったというボードです。この赤いボードは実際に近江さんが使ったもので、他に紫のボードなど未使用のボードもあるそうです。

「タカヤマさんのボードを輸入する会社のライダーになったご縁で、『トシ、削ってあげるからディケールのデザインを自分で考えてみて』と言われたんです。いろいろ考えて、自分が伊豆でサーフィンしている写真をイラスト化して、その後ろに富士山と桜をデザインしました。
このデザインのボードは1ダースくらい作られて、実際に日本でも販売されました。みなさん購入してくれて、僕の手元には4本残っています。自分がボードのデザインに入ることなんてまずないですからね、レア中のレアです」

ドナルド・タカヤマのブランド、「ハワイアン・プロ・デザイン」のボード。サーフィンをしているのは近江さん自身。日本の象徴である富士山と桜もデザインされていてThat's Japanなボードだ。

ドナルド・タカヤマのブランド、「ハワイアン・プロ・デザイン」のボード。サーフィンをしているのは近江さん自身。日本の象徴である富士山と桜もデザインされていてThat's Japanなボードだ。

人物解説:ドナルド・タカヤマ

1943年ハワイ生まれ。子供のころから自分のボードをシェイプし始め、カリフォルニアの有名シェイパー、デイル・ベルジーに誘われて13歳でカリフォルニアに渡る。シェイパーとしてメキメキと頭角を現し、1970年代に自らのブランド「ハワイアン・プロ・デザイン」を創設。時代を代表するモデルを次々と発表し、名匠といわれるまでになった。現在のロングボードブームの立役者でもある。2012年没。

ウェイン”ラビット”バーソロミューのボード

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1978年のワールドチャンピオン、ウェイン”ラビット”バーソロミューがシェイプした貴重なボードです。サーフィンジャパンインターナショナルは、バーソロミューの呼びかけで2007年に始まった、「ジュニア育成プロジェクト」に参画し、若い世代のサーファーの育成活動もしています。

「バーソロミューは世界チャンピオンにもなり、70年代後半~80年代のサーフシーンで、最も優れたサーファーのひとりです。
これは彼がフロリダで作った、1970年代のボードです。とても貴重ですね。年代の古いボードって個人宅の庭先に放置されていたり、リサイクル屋さんの棚に並んでいたりすることがあるんです。価値の分からない人にとっては、邪魔なだけかもしれませんが、僕たちサーファーにとっては歴史や文化を感じる上でとても貴重なんです。このボードも処分されかかっていたのをレスキューしてきました」

人物解説:ウェイン”ラビット”バーソロミュー

1954年オーストラリア生まれ。13歳のときにサーフィンを始め、’77年にプロに転向。ルーキーイヤーに世界ランク2位になり、翌年にはチャンピオンに輝く。その後7年もの間トップ5にランクされ続け、当時最も優れたサーファーといわれた。WSLの前身であるASP(世界プロサーフィン連盟)の会長も務め、現在のプロサーフシーンを確立した。

宇佐美潤さんにもらったスティーブ・コレッタのボード

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神奈川県茅ヶ崎市で「カントリーライン」というサーフショップを経営し、シェイパーとしても著名な宇佐美潤さんから回ってきたボード。宇佐美さんはカリフォルニアでシェイプを学び、一環してハンドシェイプにこだわるボードシェイプの匠といわれています。

「先輩でプロサーファー、シェイパーの抱井保徳さんによると、スティーブ・コレッタはウエストコーストかフロリダのシェイパーだそうです。宇佐美さんからもらって僕も実際に乗りましたが、調子の良いボードです。サーフトリップに行ったときに抱井さんも乗って、以来『いいな~、いいな~この板』って欲しそうにしてるんですが、あげません(笑)」

林利夫さんがくれたグレイ・チューブのボード

1976年に林さんが削ったボード。湘南でボードを削り続けた林さんの手によるボードは、湘南のサーフィンの歴史を伝える遺産と言える

1976年に林さんが削ったボード。湘南でボードを削り続けた林さんの手によるボードは、湘南のサーフィンの歴史を伝える遺産と言える

闘病生活の末、2021年8月8日に逝去した湘南の重鎮、林利夫さんが自分のブランドを立ち上げる前に削ったショートボードです。林さんが処分しかかっていたものを、近江さんが「いいな~、いいな~」とおねだりして譲ってもらったそうです。

「林さんは同じ鵠沼で、自宅同士もすぐそばなので、昔から可愛がってもらっていました。僕がサーフィンを始めた頃、グレイ・チューブというブランドがあって、林さんがそこのシェイパーをしていました。その頃、1976年に削ったボードで、辻堂の海岸沿いにあるサーフ&サンズというショップに置かれていました。クラシックなボードです。林さんが『ガラクタだから捨てる』って言ってたのをもらってきました。湘南のブランドで、林利夫が削ったボードですから湘南の遺産として大切にしていきます」

人物解説:林利夫

1948年生まれ。19歳でサーフボードビルダーの道に入り、湘南のさまざまなファクトリーでシェイプの研鑽を積む。ハワイの著名シェイパー、ベン・アイパに認められアイパブランドのシェイプを任される。その後、自身のブランド「Hokulea Surfbord」を鵠沼海岸の自宅で立ち上げ、湘南はもとより全国のサーファーから熱い支持を受ける。自宅から歩いて5分の鵠沼をホームポイントに、60歳を超えてもサーフィンの情熱は変わらず、台風からのうねりで極上の波が立つ湘南のリーフポイントで波乗りを続けた。面倒見が良く、兄貴分として多くのサーファーに慕われていたが、長い闘病生活の末、2021年8月8日に逝去した。

林さんと一緒に削った近江さん初シェイプのボード

波の穏やかな日の多い湘南でも楽しめそうな、少し幅があって浮力が出るボード。林さん最後の1本となったが、湘南の海とサーフィンが大好きな林さんならではのプロポーションだ

波の穏やかな日の多い湘南でも楽しめそうな、少し幅があって浮力が出るボード。林さん最後の1本となったが、湘南の海とサーフィンが大好きな林さんならではのプロポーションだ

病との闘いを続ける林さんを励まそうと、近江さんは林さんに付き添い「林さんにシェイプを教わる」というプロジェクトをはじめました。林さんの周りにはいつもサーファーの仲間がいっぱいて、賑やかに過ごしていました。大好きなサーファーたちと、大好きなビールを飲みながらボードのことをあれこれ語ることで、必ず元気になってくれるという願いを込めた生活でした。

「僕が林さんにいろいろ教わりながら、一緒に削ったボードです。林さんが最後の仕上げにチャンネルを入れてくれました。残念ながら林さんが最後に手を加えたボードになりました。長年シェイパーとして培ったシェイプ技術はもちろん、技術以上に林さんのシェイプスピリットが込められたボードです」

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林さんを送るサーファー流のセレモニー「パドルアウト」が2021年9月26日に行われた。台風やコロナで延期が続き、林Familyだけでの開催となったが、Familyだけでもこの人数。林さんの人柄がよくわかる

林さんを送るサーファー流のセレモニー「パドルアウト」が2021年9月26日に行われた。台風やコロナで延期が続き、林Familyだけでの開催となったが、Familyだけでもこの人数。林さんの人柄がよくわかる

ハワイで学んだことを次世代に伝えていきたい

ハワイに通っていた近江さんは、サーフィンのテクニックを磨くとともに、仲良くなったファミリーからハワイの伝統的なスピリットを学んだといいます。それは親に感謝することだったり自分が住んでいる環境に感謝すること、知り合った人たちとの友情を大切にすることなど、現代の日本人が忘れかけているかもしれない事柄でした。

「いちばん影響を受けたのは、オアフ島西側にあるマカハという街のビーチに住むバッファロー・ケアウラナのファミリーです。彼にはブライアン、ラスティという息子たちがいますが、マカハのビーチにいる子どもたちはすべて自分の子どもだと考えています。その子たちの若い親たちも息子・娘ですし、マカハのビーチにいる人はすべてが彼の家族なんです。街の外からマカハに遊びに来た人に対しても、旧知の友達として受け入れて接しています。
僕はバッファロー家にステイさせていただいていたときに、家族、生まれ育った場所、知り合った人たちを大切に思うことを教わりました」

人物解説:バッファロー・ケアウラナ

1934年ハワイ生まれ。本名はリチャード・ケアウラナ。ハワイを代表するレジェンド・サーファーのひとりで、「バッファロー」のニックネームは、彼がワイキキでビーチボーイをしているときに、その風貌が水牛を彷彿させることからつけられた。「バッファロー・ビッグボード・サーフィン・クラシック」などの活動を通し、サーフィンによる地域社会への貢献に力を注いでいる

ハワイで学んだ、日本人にはもともと備わっているはずのスピリットを、近江さんは鵠沼のファミリーに伝え続けています。とくに若い世代のサーファーたちには目を配り、声をかけ、サーファーとして人としての道を示しています。
「僕が経験したことは誰かに伝えないと、僕だけで終わってしまいます。僕が伝えて、さらに次の世代に伝えていけるのは、いまの若い世代の子たち。この子たちは、伝えたことをさらに進化させてくれるので、それを見ているのも楽しいですしね。
例えばサーフィンで空中に飛び出してターンをするエアリアルだって、僕たちがやってきたサーフィンを彼らが進化させたんですから」

エクスペクト1号モデル。商品としてではなく、近江さんが自分用に初めて一人でシェイプしたボード

エクスペクト1号モデル。商品としてではなく、近江さんが自分用に初めて一人でシェイプしたボード

「僕は物理的にも精神的にも、ずっと海の近くにいました。これからも海やサーフィンと離れるつもりは全くありません。波があったらその波を囲んで素晴らしい仲間がいますし、素晴らしい時間も作れます。サーフィンはすべてが自己満足。仲間といるときに波がやってきて、その波を完全に乗り切ったときに、上手い下手のレベルは関係なしに『いまのよかったでしょ』って時間が最高に楽しいんです。
スコアでは表せない達成感があるのはサーフィンならでは。だから60歳になろうといういまでも、サーフィンに対する探究心は全く衰えていませんし、ますますサーフィンが面白くなってきました」

こう語る近江さんは2021年、初めて自分ひとりでボードをシェイプしました。そして実業家でもある近江さんは、新しいブランド「エクスペクト(XPCT=EXPECT)」を立ち上げました。エクスペクトを日本語に訳すと「期待する」です。近江さんによると、「期待通りのボードが手に入ります」だそうです。

ディケールには「TOSHI OMI SURFART DESIGN」の文字が。近江さんの「サーフィンはアート」という思いが込められている

ディケールには「TOSHI OMI SURFART DESIGN」の文字が。近江さんの「サーフィンはアート」という思いが込められている

ボトムには年輪のような、太陽のような、渦巻き状のデザインが。デッキのワックス掛けも渦巻き状にしてあり、近江さんの遊び心が伝わってくる

ボトムには年輪のような、太陽のような、渦巻き状のデザインが。デッキのワックス掛けも渦巻き状にしてあり、近江さんの遊び心が伝わってくる

最後に近江さんに、サーフィンをやってみたいという人に向けて、サーフボードの選び方を教えていただきました。
「初心者の人は丸い形をした、ミッドレングスのボードがおすすめです。長さは男性なら6.4~7.6フィートくらい、女性は6~6.6フィートくらいがいいでしょう。ボードの長さや幅、厚みのすべてのプロフィールを、いまはリットルで表します。それでいうと、男性は40~50リットル、女性は30リットル台後半~40リットル台後半くらいのボードを選ぶと、早く上達できると思います。桜の咲く3月後半の温かくなってくる時期に始めて、夏までにある程度乗れるようになったら11月くらいまでやって、厳冬期の1、2月はスノーボードに行くのがいいですね」


ーおわりー

現在、ライトニングボルト×Muuseo Factoryサーフボード【orca】発売中!
是非Muuseo Factoryをチェックしてください!

File

LEUCADIA

小田急江ノ島線・鵠沼海岸駅から歩いて5~6分、海の目の前にあるシーサイドラウンジ。サーフショップ、カフェ、サーフボードロッカー、カルチャースタジオを融合した施設で、サーフィンスクールも行っている。「ルーケディア」とは、カリフォルニアの南部、エンシニータスという街にあるストリートの名前。店内には近江俊哉さんのボードが多数飾られている。

シーサイドラウンジ「ルーケディア」
神奈川県藤沢市鵠沼海岸2-16-2 グランドメゾン鵠沼海岸1F
0466-38-6009
https://leucadiashop.com/index.html

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サーフリアライゼーション―サーフィンの神様、ジェリー・ロペスが綴るライフスタイルストーリー

日本にも多くのファンを持つ「サーフィンの神様」ジェリー・ロペス(Gerry Lopez 1948-)。
彼の生い立ち、サーフィンを始めたきっかけ、大切な友人たち、旅の話……数々の成功と経験から得た教訓と、悟りの境地ともいえる理解を、「サーフィンの神様」自らが綴った自伝的著書

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公開日:2021年11月10日

Contributor Profile

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眞木 健

ライター・カメラマン・編集者。 サーフィンやスキー、トレーニングなど体を動かすものの他、健康・医療の雑誌・書籍に携わる。好きな食べ物はクサヤとツブ貝。趣味はスナック巡り。

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