サーフボード「LIGHTNING BOLT- orca-」はMuuseo Factoryのオンラインショップで販売しています。
プロでもなかなか見れない? 樹脂ピンライン職人・和田浩一さんの技
熟練の職人さんの手で生み出される【orca】。
前回、OGM shapeの小川さんにより、シェイピングを行ったサーフボード。
今回は樹脂ピンライン職人・和田さんのもとでラミネートやペイントを行います。
LIGHTNING BOLT- orca- Muuseo Factory edition
和田さんは50年以上もサーフボードの制作を行ってきた大ベテラン。
サーフボードの制作はシェイプから入る人が多いようですが、和田さんはサーフボードを1から制作してみたいと思い、サンディング(研磨)やバフ、コーティングなどサーフボードにまつわる制作作業を勉強して、現在ではシェイプ以外の全ての工程をお一人でこなしています。
のちほどご紹介する「ピンライン」や、ライトニングボルトを象徴する「ボルトマークのペイント」、そして全体の「コーティング」など、和田さんが培ってきた熟練の技術によって【orca】は制作されます。
シェイピングはイベントなどで見る機会があるかもしれませんが、それ以降のピンラインなどの作業はプロサーファーでも中々見る機会がないと和田さんは言います。
50年の技が詰まった唯一無二の技術を追う!
いよいよ和田さんの制作作業が始まります。
小川さんのシェイピングがサーフィンの性能を左右するものだとしたら、和田さんが行うのはサーフボードの見た目に関する「クオリティ」に影響するもの。
前回のボードにラミネートを施したものに、和田さんが「ピンライン」や「ライトニングボルトのマーク」のペイントを行なっていきます。
ラミネートとは
発泡ウレタンのボードのボディにガラス繊維を巻きつけ、その上からFRPという樹脂と顔料をまぜた染料でペイントしてサーフボードのボディに色を付けること。サーフボードのボディに色を付けるだけではなく、ボードの強度をあげるためにも行います。
熟練の技① 精密すぎるピンラインマスキング
先ほどから出てくる聞き慣れない「ピンライン」という言葉。ピンラインとはサーフボードのレール(側面)に沿って引かれる細い線のこと。ピンラインはペイントをする前準備として、マスキングテープでテーピングをする必要があります。そのマスキングの位置によって、ピンラインのデザインが決まるのですが、なんとピンラインのマスキングはフリーハンドで行うようです。
サーフボードにマスキングテープを貼っていく和田さん。フリーハンドとは思えない精密さでテープを貼っていきます。このマスキングに沿ってペイントをするので歪みやズレが生じるのは命取りです。
「ピンラインは細ければ細いほどかっこいい」和田さんはそう言いながら、サーフボードの両側にするするとテープを貼っていきます。
「フリーハンドだから完璧な左右対称っていうのは難しい。特に今回は黒いボディだから中心線が見えないしね。でも、それをいかに綺麗に見せるかが職人の腕のみせどころ」
左右のマスキングが対称になっているか確認。フリーハンドとは思えない綺麗なカーブが描かれています。
外周にマスキングテープを貼り終わったら、ピンラインが入る箇所に細いマスキングテープを貼っていきます。1cmにも満たないこのマスキングテープは引っ張ると破れてしまうため力加減がとても大事な作業です。
細いマスキングテープに沿って、さらにマスキングテープを貼っていきます。見ているだけで神経を使いそうな作業ですが、なんと和田さんは喋りながらこなしてしまう器用さ。
先ほど貼った細いマスキングテープを剥がすと、太いマスキングテープの間に黒い隙間が生まれます。ここがのちほどピンラインのペイントをする箇所! 驚きの細さです。
あまりに精密なマスキングですが、和田さんを見ていると「実は簡単なのかも」なんて錯覚すら覚えます。
「やってみる?」と言われて編集部がマスキングを体験をしてみたところ、なんと始めて数秒でマスキングテープが切れてしまいました……。力の入れ具合が本当に難しく、慣れないうちは1日かけても出来ないといいます。
今回の【orca】のピンラインで注目していただきたいのがテール(後ろ側)です。
ピンラインはサーフボードを一周ぐるりと囲うデザインが基本ですが、和田さんの提案で、サーフボードのテール(後ろ側)にいくにつれてピンラインが細くなるデザインにしていただきました。
テール側にいくにつれてマスキングの隙間も狭くなっています。狭くなっていく間隔を左右で揃える必要があり、難度の高さが伺えます。
実はこれほど精巧なピンラインは出来る人が中々いないため、和田さんは過去に世界的に有名なハワイのサーフボードメーカーから、渡米を求められていました。
「ピンラインは以前は日本にしかなかった。
今はデザインとして入れているけれど、昔は巻き付けたガラス繊維のカッティングの線を隠すために入れていたのがピンライン。アメリカでは当時はカッティングしたままでピンラインは入れてなかった。サーフボードをより綺麗に見せる為にピンラインを入れる、というのは日本ならではだね」
サーフボードの綺麗さは性能には直接結びつきません。しかし、日本の選手が持つサーフボードの綺麗さに感化され、次第にアメリカでも綺麗さを求められるようになっていき、ピンラインも入れられるようになったそうです。
熟練の技② 世界で唯一のボルトマーク
ピンラインのマスキングに続き、ライトニングボルトのボルトマークにもマスキングをしていきます。
ライトニングボルトやその他のサーフボードのロゴはディケール(和紙のような紙に模様をプリントしたもの)を貼り付けてつけているものが多いですが、和田さんが行うのは筆で塗っていく樹脂ペイント。
実は樹脂ペイントでボルトマークを入れるのは、世界中を探しても和田さんにしかできません。
計算した位置にアタリをつけていく。
ライトニングボルトのボルトマークは、ボードの大きさや長さによって位置を計算して入れる必要があり、ボードによって変わってきます。ボルトマークの位置を樹脂ペイントで入れることを任されているのが和田さんなのです。たとえ、ライトニングボルトを真似してペイントしたとしても、そのマークの位置を見れば、本物か偽物かは一目瞭然だといいます。
ボルトマークのマスキングが完成。
トレードマークでもありサーフボードの顔でもある大事なマークは、和田さんにしか生み出せない「ライトニングボルトの命」です。
サーフボード「LIGHTNING BOLT- orca-」はMuuseo Factoryのオンラインショップで販売しています。
速さが肝心! 樹脂ペイントを追う!
マスキングを終え、ここからペイントを行っていきます。
今回ピンラインやライトニングボルトのマークは樹脂の顔料で色をつけていく、昔ながらのやりかたです。
樹脂ペイントについて
サーフボードの色の付け方は2種類あります。一つはエアブラシによるスプレー彩色。一般的な彩色方。
もう一つが今回行う樹脂ペイントによる彩色。FRPという樹脂に顔料を混ぜて着色する方法。樹脂に混ぜる顔料は濁色のピグメントと透明度の高いティントがある。どちらの顔料を使用するかは依頼主の好みで決まる。【orca】の黒のボディと白いピンラインはピグメントによる彩色。
和田さんが使用するのはオーストラリアやアメリカの顔料。青い樹脂にホワイトの顔料を合わせています。「混ぜる速度がとても大事」と和田さんは言います。
熟練の技③ 職人の勘が冴える樹脂ペイント
ペイントには、樹脂に色をつける顔料のほか、硬化剤やパラフィンなどの材料を混ぜインクを作るのですが、配合の割合を聞くと和田さんは「勘! 」と笑いながら答えます。
他の職人さんによると、和田さんは樹脂を多く入れるそうです。樹脂は次第に固まってプラスチックになっていくので、和田さんのような大胆な配合は怖くてできない、といいます。しかし和田さんは長年の経験から、ペイントに適した配分でインクを作り出しています。和田さんの「勘」は一朝一夕で得られるものではないのでしょう。
マスキングした箇所に丁寧に、素早くインクを塗っていきます。この間にも樹脂は固まっていくため気が抜けないスピーディーな工程です。
一通りペイントが終わり、インクが完全に硬化したあとマスキングを剥がすと、綺麗な模様ができあがりました。
マスキングテープを外すと、マスキング通りに綺麗な模様が!
ペイントも綺麗に仕上がり、目玉の工程は完了かな、と思いきやここで終わりではありません。和田さんはさらに「液染み」したペイントを整えていくといいます。マスキングした箇所を近くで見ると、液染みのようなブレが見られます。この液染みを整えるため、専用の器具や爪を使って液染みを削っていきます。
滲んでラインからはみ出したインクを器具や爪を使い綺麗に削っていきます。隅々まで気を配った細かく丁寧な作業です。
細部まで削り終わりついにペイントが完成です。和田さんが時間をかけて細部まで削ったピンラインはため息がでるほど美しい仕上がり。
熟練の技④ 息をのむスピーディーなコーティング
ピンラインやライトニングボルトのマークが乾いたあとはコーティングにすすみます。全体に樹脂を塗るのですが、先ほどのペイントと同じく、コーティングに使用する樹脂は時間が経つと固まっていくため塗り方にコツがいる工程です。
「塗りが全体に行き渡って、ある程度塗り終わる前に樹脂が固まってくるのが丁度いい速さ」
樹脂が硬化する速度は、体が全部覚えているといいます。
樹脂は人の体温など、少しの温度で変化するほど繊細で、レール部分も液ダレにもなりやすいため、注意が必要。全体に樹脂を塗り終わった後も和田さんは真剣に観察します。
コーティングは一見ボードに樹脂を塗るだけの簡単そうな工程に見えますが、スピードが肝心。和田さんでも神経を使う作業だそう。
美しく仕上がったサーフボードに見る丁寧な仕事
コーティング後はサンディングやバフを行い、長時間の工程もいよいよ終わりです。
サンディングしマットになったボディに映える。ライトニングボルトのマーク。このマークはコンパウンドという研磨剤で削りツヤのある仕上がりになっています。
先鋭なライトニングボルトのマークは、細部まで手で削りつくりだしたもの。ディケールによるプリントにはない盛り上がりのある稲妻マークは樹脂ペイントならでは。
和田さんに提案していただいたテールのピンラインも手仕事とは思えない美しさ。中心にあるリーシュロックを止める箇所も昔ながらの形状。通常はボードに紐を止める穴を開けるのですが、ガラス繊維を束ねて樹脂を塗ることでつくった中々見ないものです。
サンディングは、一番初めにつかうやすりでボードの表情が決まるといいます。和田さんは240番手の荒いやすりから徐々に細かいやすりへ変え、最後には1000番手の細かいやすりで小さな傷も削ります。
この細部までこだわりのある綺麗な仕上がりから、和田さんの丁寧な仕事が伝わってきます。
サーフボード「LIGHTNING BOLT- orca-」はMuuseo Factoryのオンラインショップで販売しています。
ここに残る時代を超えた熟練の技術
今回行なった樹脂ペイントは、1991年、ロングボードがブームになった際に多くの日本人に勉強された技術です。和田さんはそれ以前から現在に至るまでの50年間、昔ながらの手法で樹脂ペイントを行なってきました。
「今はエアブラシであったり、ディケールにプリントしたデザインをサーフボードに貼り付ける方法が一般的になった。時代で人も違えば考えも違うから、その時にあったやり方というものはあって然るべきだと思うし、昔の手法にあぐらをかくつもりもない。でも、気づけば樹脂ペイントの工程をできる人はほとんどいなくなってしまった。手間もかかるし、そもそもやり方が伝わっていないからね」
実は和田さんがピンラインや樹脂ペイントなどのサーフボード制作をはじめたのは自ら進んでではありませんでした。若かりし頃、サーフィンの空いた時間に手伝わされて始めたそうです。作業場は暑く、あたりは樹脂のにおいで充満しており、きつい仕事ではありましたが、それでも苦にはならなかったそうです。なぜならサーフィンが好きだったから。
和田さんの手はやすりやマスキングテープの摩擦で指紋がありません。それは熟練の職人の証なのでしょう。かつて多くの職人が行なっていた、今では和田さんにしかできない技。和田さんの集大成がつまったサーフボードを目の前にすると、胸が熱くなる思いでした。
今回、和田さんの貴重な技術によって生まれた特別なサーフボード【orca】はMuuseo Factoryで受注生産受付中です。ぜひご覧ください!
ーおわりー
サーフィンを詳しく知る編集部厳選書籍
新版 社員をサーフィンに行かせよう―――パタゴニア経営のすべて
パタゴニアといえば、アウトドアブランドとして有名であり、地球環境問題に対する取り組みで知られる。創業者イヴォン・シュイナードは、自身も登山やフィッシングを楽しむアウトドア人にして、強い哲学をもつ人物として慕われている。
パタゴニアの先進的な取り組みは米国でもかなり注目を集めており、「ウォールストリートジャーナル」「ナショナルジオグラフィック」「ハーバード・ビジネス・レビュー」に取り上げられた。企業の環境/CSR担当者、NPO、サステナブルな働き方を模索する意識の高い若手個人ビジネスパーソンへの訴求パワーはさらに増している。
2005年に上梓された著書、Let My People Go Surfingは、これからの時代を示す経営書として日本でもファンが多い。それから10年、責任ある企業としての地位を確立するまでの歩みを含め、大幅に加筆修正された。