紳士服の黄金期、ラストを飾る1950年代を紐解く

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文/渡邉耕希

普段私たちが何気なく着ているスーツ。いつ頃誕生して、どのような道のりを歩んで来たのでしょうか。

スーツの祖先に当たる「サックスーツ or ラウンジスーツ」が出現したのが19世紀後半のこと。田舎などで着用するカジュアルウェアという位置付けでした。20世紀に入ると急速にその地位を上げ、各時代を象徴するようなスーツのスタイルも生まれました。

本連載「紳士服タイムトラベル ー ヴィクトリア朝から1960sまで」ではスーツに焦点を当てながら、当時の服装を愛し、日常的に着用して生活している方々にお話を伺い、紳士服の歴史における代表的な時代を切り取ります。

いよいよ残り2回となりました本連載、今回は1950年代にタイムトラベルします。40年代の香りを色濃く残しながらも、独自のスタイルが確立された50年代。50年代が1番好みだという声も多く、私も個人的にそう思います。

さて、今回お話を伺うのは、フランス出身ロンドン在住のSam L Hegard(サム・L・へガール)さん。ロンドンにあったドレス系で有名なヴィンテージショップで長年店長を務め、現在はロンドンのテーラーでフィッターを担当。スーツに対する熱い情熱と膨大な知識をお持ちです。そんなサムさんに50年代のスーツの特徴や魅力を語って頂きます。

紳士服黄金期の最後を飾る1950年のスタイルとは?

50年代のスーツに身を包むサムさん

50年代のスーツに身を包むサムさん

——1930〜1950年代は紳士服の黄金期と呼ばれることが多いですが、その薄暮ともいえる1950年代は紳士服にとってどのような時代だったのでしょうか?

紳士服が純粋にエレガンスを追求した最後の時代であると考えています。熟成されバランスの取れたプロポーションが50年代の特徴であり、魅力でもあります。仕立ての技術は継承されますが、60年代の文化的変化が紳士の着飾り方を変えていきました。

——具体的に50年代のスーツについて教えてください。

30年代や40年代にあるようなファッション性は50年代のスーツにはありませんが、力強い男らしさはしっかり見てとれます。
ジャケットは依然として構築的ですが、40年代に比べてジャケットの肩幅が狭まり、着手の肩幅の実寸と近づきました。それに伴い肩パッドの厚みも薄くなります。ゴージラインは低くなるので、それに合わせて胸のドレープやウエストの絞りもやや緩くなります。
後身ごろに目を向けると、前時代までのスタンダードだったノーベントから短めのサイドベンツが主流になっていることがわかります。トラウザーズはあまり大きな変化はなく、わたり幅が若干細くなり、裾に向かって僅かにテーパードがかかるようになります。ウエストコートはシルエットの変化はありませんが、スーツにダブルのウエストコートを合わせることはほとんどなくなりました。

——かなり落ち着いたシルエットに変化したのですね。ベントの登場による運動性の向上も時代が進んだことを感じさせます。

そうですね、全体的に見ると体型を補正してくれる効果はそのままに、より自然な印象に落ち着いています。

50年代のジャケットは、バランスの取れた控えめなシルエットが魅力。

50年代のジャケットは、バランスの取れた控えめなシルエットが魅力。

真のブリティッシュスタイルを求め海を渡る——サムさんを鍛え上げたヴィンテージショップでの経験

——サムさんはどのようなきっかけでイギリスへ渡られ、紳士服の世界に入られたのでしょうか?

私が初めてブリティッシュスタイルというものに出会ったのは20年ほど前、パリで働いていた頃です。
ジバンシィがイギリス人のデザイナーを起用し、彼の初めてのコレクションを見たのです。構築的でウエストに絞りの効いたジャケット、しっかりとした生地、トリルビーハット。私は強烈に惹き寄せられ、イギリスの伝統的な仕立てへの興味を深めていきました。
数年後に古着のツイードジャケットを初めて手に入れたのですが、生地の手触りに惚れ込み、この1着がロンドンへ渡るきっかけになったといっても過言ではありません。

——ジバンシィのコレクションやツイードジャケットとの出会い、素敵ですね!ロンドンのヴィンテージショップのことを教えてください。

Old Hat(オールドハット)というヴィンテージショップで5年働いていました。毎日次々と入荷する古着の採寸、クリーニング、修理、アイロンがけなどを行っていました。
ヴィクトリアンから比較的最近のものまで様々な時代の良質な服に毎日触れ合う中で、「クオリティー」とはなにか、紳士服がどのように変化していったのかを理解出来るようになりました。見た目(カット)だけでなく、表地や裏地、各所の処理の仕方など細部に至るまで食い入るように毎日観察したのを覚えています。今まで通った中で1番の学校でした。

ロイヤル・アスコットにて。ヴィンテージショップ勤務時代は、ヴィンテージのモーニングを多数扱ったというサムさん。

ロイヤル・アスコットにて。ヴィンテージショップ勤務時代は、ヴィンテージのモーニングを多数扱ったというサムさん。

サムさんが考えるヴィンテージ・クローズの今後

——ヴィンテージショップでの勤務を経て、現在はフィッターを務めていらっしゃいますが、古着は個人的にも収集されているんですね?

はい、コロナ禍以前は、週末には足繁くアンティークマーケットに通っていました。

——サムさんにとって、ヴィンテージスーツを着る醍醐味はなんですか?

やはりその服の経てきた歴史を見に纏うというところでしょうか。もちろん職人がかけた手間隙を身体で感じられること魅力も多いにありますが。
私の手元にやってくるまでについたシミや虫食いなど、多くの方は嫌厭するような要素まで含めて私は「美」だと思います。ヴィンテージスーツを着るということは、1種の思想とも呼べるかもしれません。

日本好きのサムさん。前回の来日時より。ツイード好きらしいコーディネートだ。

日本好きのサムさん。前回の来日時より。ツイード好きらしいコーディネートだ。

——サムさんの並々ならぬ愛情が伝わってきますね。今後、古着市場はどのように変化していくと思われますか?

質の高く、歴史的価値のある古着を見つけることは年々難しくなっています。価格も急速に高騰していて手が出しにくくなっているのが現状です。
いずれは実用品というよりも、コレクションや資料として取り引きされるようになるのではないかと思います。現状でもマーケットやヴィンテージショップで50年代の仕立ての良い3ピーススーツを見つけることが出来れば、それはとても幸運なことです。当時のスタイルを多くの人に体感してもらうためにも、質の高いリプロダクション品の登場にも期待したいです。


ーおわりー

File

Savile Row(サヴィル・ロウ)A Glimpse into the World of English Tailoring

世界で唯一無二「紳士服の聖地」とよばれるサヴィル・ロウ。そこで生み出されるのは世界最高レベルのテーラリング技術を持つ、熟練した職人たちの手によるビスポーク・スーツである。ファッションやトレンドを超越し、世界中の男たちを魅了してきた、永遠に生き続けるスタイルがそこには存在する。英国王室御用達に輝く老舗から、新進気鋭の新しいテーラーまで、時代の流れの中で大きく変貌を遂げるサヴィル・ロウの実像を、現地取材を通じて映し出した、日本初のヴィジュアルブック。

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誰がメンズファッションをつくったのか? 英国男性服飾史

保守的な紳士服業界が変わっていくさまと、変革の時代を創造し、サバイブした人びとに焦点を当てた名著。ファッション革命を可能にした、店主、店員、仕掛け人、デザイナー、ロックスターたち…
メンズファッションをケーススタディに、伝説のロックジャーナリストが、流行の変遷を詳述した傑作ノンフィクション。

公開日:2021年8月30日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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渡邉耕希

1992年生まれ。ロンドンへの留学中に身に着けた紳士服やヴィンテージアイテムの知識をもとにライターとして活動する傍ら、自身のYouTubeチャンネル「The Vintage Salon」にてヴィンテージを交えた英国的暮らしを発信している。

終わりに

渡邉耕希_image

取材を進める中で強く印象に残ったのがサムさんのヴィンテージクローズに対する情熱とその豊富な知識でした。まさに図鑑を眺めているような感覚を覚え、私自身とても有意義なものになりました。

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