チェコの伝統工芸、ガラスボタンの魅力を知る
チェコの本や雑貨、おもちゃなどを扱うチェドックザッカストア。我々日本人にはあまりなじみのないデザインが並ぶなかで、パッと目をひくスペースがあります。それがチェコの伝統工芸品のひとつ、ガラスボタンです。実際、お店をふらりと入った人は、大体手にとって見てしまうそう。
ガラスボタンは100年以上の歴史があり、今も当時と変わらない製法で、職人が手作りしています。
ガラスボタンの歴史と立ち位置の変化
ガラスボタンとは、その名の通りガラスでできた服に縫い付けるボタン。ガラスボタン職人による細かい装飾が美しく、サイズも大小様々。ですが、現在のガラスボタンは服に使われることはほとんどなく、アクセサリーやコレクション雑貨という位置づけになっています。その理由を谷岡さんに聞きました。
「ガラスボタンは洗濯がしづらいので、すたれていったんです。昔は手洗いだったのでボタンを傷つけずに洗えましたが、洗濯機が普及してからは中で割れてしまうようになり、徐々に使われなくなっていきました」
文明の発達によって、ガラスボタンは時代に取り残されたものとなっていったようです。
500円玉ほどの大きさのガラスボタンはそれぞれ細かい装飾と色とりどりのペイントがあしらわれている。
ガラスボタンは、今も職人によるハンドメイドで作られています。こんなに小さいものなのに、意外にも複数の職人の手が入っているそう。
「チェコではガラスボタンは分業制で作られているんですよ。土台のガラスボタンを作る人とペイントをする人は、それぞれ別の職人なんです。今、チェコにボタンのペイントができる会社は2つ程あるのですが、土台を作れる職人は1人だけ。その人が金属型にガラスの棒を流し込んで、ボタンを作っています」
小さな工芸品も分業で作るというところに、チェコのガラス文化の奥深さや、チェコ人の合理性が見えてくるような気がします。土台のボタンは、今はたった1人の職人しか作れないと考えると、実はちょっと貴重なものなのかも。
その一方、チェコの職人の仕事ぶりは日本人には信じられないほどゆるやかなようです。
「チェコの職人ってのんびりした人が多いんですよ。当初の納期が過ぎても音沙汰がなくて、何度も催促を重ねた末、そこからさらに1ヶ月後に発送されることもあります(笑)。また、同じデザインのボタンを複数個発注したのに、色やデザインが違っていることもあるんですよ。デザインが統一されていないと服のボタンには使えないのですが、工芸品としてみれば、手作りならではの味ですよね。そこも含めて楽しんでいます(笑)」
同じものを発注したものの、色使いが異なるボタンが送られてきた一例。これはこれで味がありますね。
現在のガラスボタンの楽しみ方
服飾品としてのガラスボタンは廃れてしまいましたが、アクセサリーとしてのガラスボタンはまだまだ世界的に人気。日本でもコレクションする方が多いと谷岡さんは話します。
「日本はアメリカに次いで、世界で2番目ぐらいにガラスボタンのコレクターが多いです。チェドックで買っていかれる方のほとんどはアクセサリー用ですね。ご自分で加工する方もいますし、お店でもアクセサリーとして加工したガラスボタンも置いています。ハンドメイドなので同じものが2つとないこともあり、自分だけのアクセサリーになるところがいいですよね」
ガラスボタンの裏に留め具をつけてイヤリングに。ピアスに加工する人もいるそう。
ガラスボタンを指輪に。レトロなデザインのガラスボタンが宝石のようで映えます。
ガラスボタンの後ろに針を通してブローチに。ネクタイにつけても綺麗です。
複数のガラスボタンをバングルに。大きめなガラスボタンだと良いアクセントになりそう。
チェコ雑貨をコレクションする意義、谷岡さんがチェコを伝えたい理由
チェドックザッカストアにはガラスボタン以外にも多くのチェコ雑貨が並びます。谷岡さんが初めてチェコに訪れた時、現地の人々が親切さと、温かみのある雑貨に触れて、チェコ文化にのめりこでいったそうです。
「チェコはレトロで素朴なデザインが多くて素敵ですよね。でも、その一部は今後なくなっていくかもしれません」
そこには、店主としてではなく1ファンとしてチェコ文化へ愛情を持ち、チェコ文化の行く末に思いを馳せる、谷岡さんの姿がありました。
「チェコは資本主義になってから、どんどん様変わりしています。物価も上がっていて、20年前と比べると10倍ほど違うんです。その変化についていけない伝統的な産業は、残念ながら衰退してきています」
チェコの正式名称はチェコ共和国。1993年に、チェコスロバキア共和国から分離独立しました。チェコスロバキア時代は共産主義国でしたが、チェコ共和国となってからは資本主義国となり、EUにも加盟しています。若い人たちは儲かる仕事に就きたがり、昔ながらの職人仕事は後継者不足に陥っているそう。ガラス工芸の職人も例外ではありません。
「先程もお話しましたが、現在のガラスボタンは、土台を作る職人が1人しかいません。その人は仕事をリタイアして半分趣味で作っている状態です。なのでガラスボタンはそれほど値上がりしていませんが、その職人さんは高齢なので『10年後も作り続けるぞ』という気概はないと思います。その人が辞めたらきっとガラスボタンも生産されなくなってしまう。日本の伝統工芸と同じで、放っておけば消えていく文化なんです」
谷岡さんがこのお店でチェコ雑貨を輸入したり、ご自分でコレクションしたりするのは、発注をかけることで職人さんに仕事を続けてもらい、古いチェコの文化を守りたいという思いがあるのかもしれません。中央ヨーロッパで細々と続く伝統工芸の火を絶やすまいと、遠い東アジアから応援している人がいると考えると、ちょっと感慨深いものがあります。
チェコから遠く離れた日本にまでファンがいるガラスボタンは、無くなってしまうには惜しい文化です。ただ、谷岡さんには、コレクションする側としてはできれば続いてほしいけど、無くなるかもしれないからこそ欲しくなるという複雑な心境もあるそうです。
「ガラスボタンに限りませんが、伝統工芸品は将来的に作り手がいなくなって、同じものが手に入らなくなる可能性があります。伝統工芸品のほとんどはハンドメイドで、作られたものは、やはり一点物なんです。前と同じものをオーダーしても、まったく同じものは作れません。一期一会なんですよね。そこに蒐集心をくすぐられると言うか。いつかまた欲しいとなった時にはもう手に入らないかもしれないと思うと、コレクションしたくなるんです」
ーおわりー
CEDOKzakkastore
CEDOKzakkastore チェドックザッカストアは 東京、浅草にあるチェコのガラス製品などの美術工芸品やチェコの家具、チェコの絵本、絵画、リトグラフなどを扱うショップ&ギャラリーです。 1Fと3Fのギャラリーでは様々なイベントを展示・企画しています
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