激動の時代に育まれた1940年代のスーツスタイルとは?

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文/渡邉耕希

普段私たちが何気なく着ているスーツ。いつ頃誕生して、どのような道のりを歩んで来たのでしょうか。

スーツの祖先に当たる「サックスーツ or ラウンジスーツ」が出現したのが19世紀後半のこと。田舎などで着用するカジュアルウェアという位置付けでした。20世紀に入ると急速にその地位を上げ、各時代を象徴するようなスーツのスタイルも生まれました。

本連載「紳士服タイムトラベル ー ヴィクトリア朝から1960sまで」ではスーツに焦点を当てながら、当時の服装を愛し、日常的に着用して生活している方々にお話を伺い、紳士服の歴史における代表的な時代を切り取ります。

前回は1930年代について、理髪師の阿部高大さんにその魅力を語って頂きました。そして今回は30年代に並びファンの多い40年代にフォーカスします。お話を聞くのは阿部さんのご友人で、オンライン・ヴィンテージスーツ専門店「Northland Clothes(ノースランドクローズ)」のオーナー北郷真澄(きたごうますみ)さんです。普段着としてヴィンテージスーツを着用し、また販売することを通して北郷さんが発見された40年代のスーツの魅力をご紹介します。

激動の時代に誕生した40年代のスタイルとは?

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——1930年代から40年代にかけてスーツはどのように変化していったのでしょうか?

服飾の変化は緩やかなグラデーションのようなものです。40年代初期には30年代を引きずったもの、後期には50年代の兆しが見えるものも多々存在します。ただ概して言うと、ジャケットは肩幅が広くなり、それに合わせてラペル幅も太くなります。男らしさを印象付けるようなフォルムです、ウエストのくびれも30年代に比べて強調され、メリハリもしっかりついています。この特徴はイギリス製と初期のアメリカ製のジャケットに当てはまります。アメリカ製はその後ウエストの絞りを緩く、その分さらに肩幅を広めにとりメリハリを出すスタイルへと変化します。ウエストの絞り位置もアメリカの方が低めですね。このように国々での差異、いわゆる「お国柄」がスーツに顕著に出始めたのも40年代からです。ベストはあまり大きな変化はなく、背地にコットンではなくレーヨンを使うことが多くなったくらいでしょうか。あとは2ピースの普及が進み、ベスト自体の絶対数が減ったようにも思います。トラウザーズは30年代に比べるとやや裾幅が狭まっている印象です。全体的には30年代に比べてややゆとりを設けており、運動性が高まっています。

——確かに40年代は男らしくアクティブな印象が強いですね。このような変化の背景にはどのようなことがあったのでしょうか?

戦争に伴うライフスタイルの変化やフォーマルウェアの衰退に伴ってスーツの立ち位置もガラッと変わったからだと思われます。カジュアルからビジネスシーンまで広くスーツが浸透していきました。30年代に始まった流れが40年代に一気に加速したと言ってもよいかもしれません。

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アメリカ製のビスポークスーツ。ラベルに1941年3月4日と表記がある。30年代の名残を随所に残しながらも肩まわりに40年代らしさを感じる1着。

北郷さんをヴィンテージスーツの虜にしたきっかけとは?

——北郷さんはどのようなきっかけでヴィンテージスーツを着られるようになったのですか?

高校の頃からファッションには興味があったのですが、着てみてしっくりくるものには出会えずにいました。20歳になったのをきっかけに大人の男にふさわしい服装とは何かを考えるようになり、意識して見る中で映画俳優たちの姿が目に留まりました。彼らがビシッとスーツを着こなしている姿に、自分もこうなりたいと強く思うようになったのです。それ以降、スーツをいろいろ試してみたのですが、どうもしっくりこない。後にそれは自分の体型のためだと気づき、諦めかけていたところ友人の阿部くんからヴィンテージスーツの販売サイトを教えてもらいまして。何気なく見てみると格好いい30年代のイギリス製の3ピーススーツが目に飛び込んできました。サイズのことなどで悩んでいると売れてしまってとても悔しい想いをしましたが、これを機にヴィンテージスーツという世界をもっと知りたいと思うようになりました。初めてのヴィンテージスーツは奇しくも見逃したスーツと並んで販売されていたアメリカ製の40年代のものでした。サイズもよく、生地の素晴らしさ、何よりコンプレックスに感じていた自分の体型を見事に補正してくれる堂々としたシルエットに感動しました。着ている自分が別人のように感じたんですね。それ以来ヴィンテージスーツの虜です。

——まさに所有する喜び、着る喜びと言えますね。北郷さんはインスタグラムにも積極的にお写真を投稿されています。特にレトロ建築でのロケーション撮影は大変目を惹きます。何か拘っていらっしゃることはありますか?

ありがとうございます。実は写真を撮ることが目的ではないんです。レトロ建築を巡るのが趣味でして、そのついでに状況が許せばといった感じです。ただ写真のクオリティーには妥協したくないので一眼レフで撮影するようにしています。

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40年代の構築的な肩や胸まわりが体型を補正してくれる。

好きが昂じてビジネスに。北郷さんセレクトのヴィンテージスーツが揃う「Northland Clothes (ノースランドクローズ)」とは。

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——ご自身のお店、ノースランドクローズについてお聞かせ願えますでしょうか?

ヴィンテージスーツへの見聞を広める中で、見たい、触りたいという欲求が更に強くなったことが、ノースランドクローズ立ち上げのベースにあります。写真や本、SNS上での仲間とのやりとりなど勉強する方法は色々ありますが、実際に物を見ることには敵いません。まさに百聞は一見にしかずですね。自分の好きが昂じて始まったビジネスですが、同時に服の持つ格好よさを多くの人に伝えたいという強い想いもありました。服のポテンシャルを最大限引き出すため、手間隙はかかりますが、マネキンに着せてシャツやタイと合わせてトータルコーディネートの写真を掲載しています。現在はオンラインのみでの販売ですので、お客様に可能な限り服の詳細を提供出来るよう説明文にも力を入れています。仕入れに関しても日本の方の体型に近いサイズを選び、状態の良いものや修理可能なものを厳選しています。

——確かにウェブサイトを拝見すると情報が詰まっていて買い手にとっては安心です。今後何か計画されていることはありますか?

販売を通じて気づいたことの1つにヴィンテージスーツを求められる方は全国津々浦々、年齢も様々だということです。いずれは情報や文化的な発信も行っていきたいと思っています。また、ヴィンテージの代替品としてディテール、クオリティーともに本物に近いリプロダクション品を作ることが出来るかも模索していきたいです。


ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

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〈英国紳士〉の生態学 ことばから暮らしまで

自転車を「bike」と呼ぶか「cycle」と呼ぶか、眼鏡は「spectacles」かはたまた「glass」か。イギリスの階級意識はこんなところにも現れる。言葉遣い、アクセントにはじまり、家や食べ物、ファッション、休暇を過ごす場所……あらゆるものに微妙な、あるいは明白な階級をあらわす名札がついている。「世界中でもっとも階級にとりつかれた国」、作家ジョージ・オーウェルはイギリスをそう評している。

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Savile Row(サヴィル・ロウ)A Glimpse into the World of English Tailoring

世界で唯一無二「紳士服の聖地」とよばれるサヴィル・ロウ。そこで生み出されるのは世界最高レベルのテーラリング技術を持つ、熟練した職人たちの手によるビスポーク・スーツである。ファッションやトレンドを超越し、世界中の男たちを魅了してきた、永遠に生き続けるスタイルがそこには存在する。英国王室御用達に輝く老舗から、新進気鋭の新しいテーラーまで、時代の流れの中で大きく変貌を遂げるサヴィル・ロウの実像を、現地取材を通じて映し出した、日本初のヴィジュアルブック。

公開日:2021年6月29日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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渡邉耕希

1992年生まれ。ロンドンへの留学中に身に着けた紳士服やヴィンテージアイテムの知識をもとにライターとして活動する傍ら、自身のYouTubeチャンネル「The Vintage Salon」にてヴィンテージを交えた英国的暮らしを発信している。

終わりに

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北郷さんの存在を知ったのはインスタでした。クオリティーの高いお写真を拝見するにつけ拘りの強さがひしひしと伝わってきて、いつかお話を聞きたいなと思っていて、今回のインタビューが実現して大変嬉しく思っています。お話を聞き、服が本当にお好きだということ、またノースランドクローズへかける熱い想いが強く印象に残りました。

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