春から夏にかけてカジュアルな服装が増えるが、革靴を履くとどこかピリッと引き締まる。時世柄、スーツを着る機会が減ったこともあるが、故に外出した時にはシャキッとしたいという今の気分にも合っている。
そんな中、再び惹かれる革靴がスリッポン。他の主だった革靴(=紐靴など)は味わい尽くしたからだろうか。
年齢を重ねていくにつれ無理なく履ける革靴が増え、ブランドよりもデザイン中心に、直感でいいなと思うものを履いている。服とのバランスが難しいものも、年齢でカバーされているように思う。ブリティッシュのものが多いのは相変わらずだが。
スリッポンの良さは、紐靴よりラフに履けてバラエティ豊かなところ。それでいて、スニーカーよりくだけすぎず、革靴の範疇を超えていない。そこが面白いと思った。
スリッポンをはじめて履いたのは、高校時代のローファーだと記憶している。皆が一斉に履きはじめるローファーに漏れることなく私も履いていた。が、どことなく「親父くささ」が脳裏にこびりついている。そのローファーの印象が変わったのが、シブカジ・キレカジブームだった。きれい過ぎずカジュアル過ぎずなスタイルにローファーが合っていた。
そこからしばらくして革靴ブームの先駆け、Men’s EX特別編集『最高級 靴 読本 Vol.2(2004年発行)』で、俳優・三國連太郎氏がビスポークを体験する企画で、「ブラインド・エラスティック」というスリッポンをオーダーしていた。その中に書かれていたストーリーが気になり、その後時が経ってして近所の(当時は中延にあった)EMORIでオーダーした。今考えるとコテコテなデザインにしてしまったが、EMORIらしい細部の美しさは今でも異彩を放っている。
その後はポツポツといいものを見つけたら手に入れていたが、ここ数年、本格的にスリッポン収集を再開。オークションで購入したり作ったりととにかく少しずつ集めている。
今回は、その中の一部を飯野さんに解説してもらいながら紹介していきたいと思う。
ビジネスウェアのカジュアル化とコロナウイルス騒動による在宅勤務の浸透が重なり、従来の革靴・紳士靴の需要は縮小傾向にあります。しかし、その例外と言えるのがスリップオンスタイルのものです。デザインによってはON・OFF双方に使えるためか、例えばCrockett&Jones(クロケット&ジョーンズ)社の
タッセルスリッポン“キャベンディッシュ”のように、新たな定番としてセールスの屋台骨に成長したものも出て来ています。
微調整の余裕代が少ない構造なので、通常のレースアップの靴に比べ「足に合う靴」を見付け難いのですが、付き合い方次第では革靴の楽しみ方の幅と奥行きを大きく広げてくれる存在ではないでしょうか。
センターエラスティック、サイドエラスティック、ローファーのデザイン解説
サイドエラスティック:
フィット感を微調整する目的のゴム生地を、くるぶしの脇まわりに配置した靴のこと。ゴム生地は大抵、外・内双方のくるぶしの周囲に配置するが、稀に片側のみに付けたものも存在する。内羽根式の紐靴と似た構造となるが、ゴム生地が外側に露出するので、これをデザインとしてどのように処理するかが靴メーカーの腕の見せ所となる。なお、この構造でかつ甲の最上部にイミテーションの靴紐を備え付けたデザインのものは、特に「レイジーマン」と呼び区別する。
センターエラスティック:
フィット感を微調整する目的のゴム生地を甲の最上部に配置し、それをアッパーで覆った靴のこと。こちらは外羽根式の紐靴と似た構造となり、二の甲より上の伸縮性が大いに高まるので、特に甲高の足の持ち主に履きやすい靴になる。ゴム生地を覆うエリアをどのようにデザインするかが、靴メーカーの腕の見せ所だ。
ローファー:
靴紐のような微調整機構の全くない「スリッポン」のうち、つま先の周囲にモカシン縫いが施され、甲を「サドル」と呼ばれる横長の革で押さえる構造の靴を特にこう呼ぶ。その名称は、以前は英語の「怠け者(靴紐の結い・解きをいちいちしたくないような怠惰な人)」の意味に由来すると言うのが専らの定説であったが、近年アメリカンカジュアルを標榜する一部の層からは別説も提唱されている。サドルの両端部をどこに・どのように始末するか、またその中心にどのような形状を開けるかで、表情が大きく変わる。
(飯野高広さん解説)
[サイドエラスティック]スリッポン再熱はここからはじまった
サイドエラスティック:Paul Bondのオーダー
ブランド:Paul Bond(ポールボンド)
素材:クロコダイル
モデル名:(オーダーメイド)
スリッポン収集を再開したタイミングのはじめの一足。自由が丘のポールボンドの店主にウエスタンブーツっぽくしたいと話して作ってもらった。ロングノーズだったり、ヒールがテーパードだったり、どこかウエスタン要素が入っているのがお分かりいただけるだろうか。クロコダイルの背中側の革を使った荒々しい表情も気に入っている。
たまにコロニアルとウエスタンをミックスしたような、あるいは中間のスタイルをしたくなることがある。アースカラーのリネンジャケットに太めのチノパン、そんな服装の足元にこの一足をもってくるのだ。もちろんこれが邪道なことは知っている。
スリッポン系でエキゾチックレザーを用いた靴は、欧米のビスポークシューメーカーの作品では実は結構多く見ます。自動車に例えるとコンバーチブルやロードスターのような存在。ビジネスシーンでは使う必要がなく、専ら遊びや嗜好に振り切ることが可能な点で、正に究極の贅沢なのです。
サイドエラスティック:Paul Bondのオーダー
ブランド:Paul Bond(ポールボンド)
素材:テジュ・リザード
モデル名:(オーダーメイド)
こちらもポールボンドのオーダーメイド。クロコダイルときたら、やはりリザードも試したくなる。前回がダークブラウンだったので、どうせならと明るい色にしてもらった。ロングノーズやヒールがテーパードなのは最初の一足と同じで、ウエスタンな雰囲気にしてもらった。
個人的にエキゾチックレザーの中で入門編に最適なのが、このリザードだと思っています。革の肌理そのものには過剰なインパクトが少ない一方で、牛革では出し得ない光沢はやはり無二の存在感を放つからです。特にこのような「濃すぎない茶色」のものは、他の服の色彩の邪魔をしないので、使い勝手が思いのほか良いはずです。
サイドエラスティック:EMORIのオーダー
ブランド:EMORI(エモリ)
素材:カーフ(フランス製)
モデル名:(オーダーメイド)
上2足の後に、とびきり変わったサイドエラスティックにしたいと作ったのがこちら。エッジの効いたチゼルトウが特徴。素材はごく普通の牛革(カーフ)だが、アッパーはネイビー、ソックシート(インソール)はパープル、アウトソールはエメラルドグリーンと、配色にこだわった。
サイドエラスティックはパターンの構造上、内羽根式のレースアップの靴と似た雰囲気に仕上がる傾向にあります。この靴も正にそれで、勇壮さと洗練さとが高次に調和した一足になっていると思います。アッパーはネイビー色とのことですが落ち着いた色調なので、ダークスーツ姿に何気なく合わせることも可能でしょう。
[センターエラスティック]春先から気になりはじめるコンビシューズ
センターエラスティック:Edward Green「WIGMORE」
ブランド:Edward Green(エドワードグリーン)
素材:カーフ&ツイル
モデル名:WIGMORE(ウィグモア)
ラスト:202
購入順でいくとこれは最近のもので、オークションサイトで見つけたウィグモア。ブロンズアンティーク&カーキツイルという色名で、ラストは202。革靴の中でも出会うのが難しいのが、グリーンの靴。よってグリーンカラーは見つけたらまず買う、としている。この一足のおかげで、春夏でも好きなグリーンが楽しめる。
サイドエラスティックとは好対照に、このようなセンターエラスティックの靴は、パターンの構造上、外羽根式のレースアップ的な雰囲気に仕上がります。特に
フルブローグ的なパターンとの相性に優れ、このようなカーフとコットンツイルとの典型的なカントリーコンビ仕様とは見事にハマります。グリーン色系のスリッポンは、同系色のポロシャツやツイードジャケットとも合わせ易いので、一足あると何気に重宝しますよ。
[バックル&ストラップ]リゾート都市に似合うドレッシーな一足
バックル&ストラップ:John Lobb Paris「DELANO」
ブランド:John Lobb Paris(ジョンロブ パリ)
素材:カーフ
モデル名:DELANO(デラーノ)
ラスト:DARBY(ダービー)
デッドストックでたまたま見かけて購入した一足。今は種類がたくさんあるが、これは古いモデルで90年代初頭の細身のラスト。
妙にドレッシーでキザな感じがする。使う場所には困るが、例えば英国ノースウェールズにあるリゾート都市、スランドゥドゥノの海岸で履くのが合いそうだ。
このモデルは廃盤になっても度々復刻版が出るほど人気があります。嘗てのジョンロブ パリらしい、英仏双方の古典的なデザインの要素を高次元に纏め上げていたパターンだからではないでしょうか。ダービー
木型は、同ブランドがOEM元を従来のクロケット&ジョーンズだけでなく、エドワードグリーンを加えた当初に後者製で用いていたものです。
ご覧の通り甲の低いスマートなアーモンドトウが一大特徴で、今日でも一部の靴好きが血眼になって探しています。
[フルサドル]ローファーとも言えない変化球デザインに惹かれる
フルサドル:Church’s「MASTERCLASS」
ブランド:Church’s(チャーチ)
素材:リエージュカーフ
モデル名:MASTERCLASS(マスタークラス) “Naplez”
ラスト:35
旧チャーチの一足。ローファーに近いデザインだが、厳密にはローファーではないのだろう。ペットネームは”Naplez”と読めるが旧チャーチにありがちの判読不能な記載のため正確なところは分からない。Naplesであればナポリの英語名だがどうなのだろうか。
高い品質で当時の気合いも感じられるが、トウの丸みといいショートノーズといい、どことなくダサさがある……が、それがなんともいい。こう言ってはなんだが、“ブサカワ”なフレンチブルドッグに通ずるものがある。靴底やかかとが硬く、履き慣らすのにも苦労した。そんなこともあり、愛着を感じてよく履くスタメン革靴の一足になっている。
プラダに買収される前、1990年代に存在したチャーチの上級グレード・マスタークラスの一足です。「上級」とは言ってもアウトソールに出し縫いの糸が見える「オープントラック」仕様だったのが、当時のチャーチらしいところ。
また、同社ではこのシリーズのアッパーにのみ採用されたリエージュカーフは、山羊革に似た独特の繊細な
シボが特徴です。供給したタンナーは、実際に山羊革で有名なフランスのALRAN(アルラン)との説が有力です。
フルサドル:Edward Green「ROCKINGHAM」
ブランド:Edward Green(エドワードグリーン)
素材:カーフ
モデル名:ROCKINGHAM(ロッキンガム)
ラスト:2423
旧エドワードグリーンの一足。丸みを帯びたクラシックなデザインで、色は確かチェスナット・アンティーク。エドワードグリーンは、色名がついているところも収集家心をくすぐる。
パッと見、チャーチのマスタークラスと似ているのだが、こちらはセミブローグ。この2つの対比を楽しみながら、気分で履きわけている。
エドワードグリーンはころんと丸みを帯びたクラシックなデザインで、チャーチはエッジが効いている印象。ちょっとした違いに惹かれてしまうのが私のさがで、見分けがつかないくらいの違いが特に面白い。足元に与える視覚的な印象をより深く感じたくなるのだ。
シリアル表記の字体、ソックシートの筆記体ロゴ、それに「24」で始まる木型番号から典型的な「旧グリーン」、それも90年代中盤のものだと解る方には解ってしまう一足です。
「24XX」の木型は、当時最強のOEM供給先だったエルメス=ジョンロブ パリ向けに限定して使われていた筈なのですが(レースアップ用の「2466」があまりに有名です)、この「2423」の木型のものは、ごく稀にエドワードグリーン ネームの靴でも遭遇することがあります。
フルサドル:Edward Green「BUCKINGHAM SQUARE」
ブランド:Edward Green(エドワードグリーン)
素材:カーフ
色名:チェスナット・アンティーク
モデル名:BUCKINGHAM SQUARE(バッキンガム スクエア)
ラスト:E100
靴箱にはバッキンガム スクエアと記載されている。ラストはE100で、わりと最近のもの。一見ローファーだが、甲のストラップに穴がないので、いわゆる今までのローファーとはちょっと違う。
セミスクエアトウが美しい。カラーはチェスナット・アンティーク。前述のロッキンガムも同じカラー名だが、昔のものよりは少し薄くなったという印象だ。
フルサドルでかつそこに穴が付かないと、ローファーとは言っても印象が洗練され大人びたものになるので、従来のものに苦手意識がある方でも手を出しやすいのではないでしょうか。
エドワードグリーンが広めたと言っても過言ではないアンティーク仕上げですが、その色味の濃淡の度合いに関しては時代によって大きな違いがあり、特にこのチェスナット色でそれが顕著です。またそれがファンには堪らないところではあります。
[ハーフサドル]スクエアトウの端正な表情がいい
ハーフサドル:John Lobb Paris「ASHLEY」
ブランド:John Lobb Paris(ジョンロブ パリ)
素材:カーフ
モデル名:ASHLEY(アシュレイ)
ラスト:4596
ローファーといえば、J.M.Weston(ジェイエムウエストン)のシグニチャーローファーが王道だが、天邪鬼な私はあまり好んで履かない(ただ所有していることはここに記す)。そこで白羽の矢を立てたのが、このアシュレイだ。
冒頭で触れたが高校時代に使っていたローファーのイメージとは異なり、すっきりとしたスクエアトウが気に入っている。なぜかローファーはスクエアトウを積極的に使うところがある。
嘗てジョンロブ パリのローファーの「左のエース」として有名だったアシュレイ(因みに「右のエース」は今日もあるロペス)。甲やつま先に俗に言う「スキンステッチ」を施しているにもかかわらず敢えてのアンラインド仕様は、製靴技術と革質への並々ならぬ自信の証拠でした。ペニーローファーらしからぬ端正で大人らしい表情も、当時の同社でなくては描けなかったデザインでしょう。
今回紹介しきれなかったスリッポン。いずれまたお話ししたいと思う。
ジョンロブのカッター(ラスト4596)、ジョンロブのエドワード(ラスト7000)、タニノクリスチーのローファー、エドワードグリーンのタウンセンド(ラスト65)、オールデンのコードバンローファー67162、タニノクリスチーのセンターエラスティック
紳士靴をより一層楽しむなら。編集部のおすすめBOOK
紳士靴を嗜む はじめの一歩から極めるまで
革靴特集でも監修を担当した、服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書。足や靴の構造、靴の形、サイズや購入のポイント、トラブル時のケアなどなど、革靴を嗜むために必要な項目を広範囲にカバー。初心者はこの書籍で革靴の基礎を知り、上級者はより永く愛用するための心得を知ることができる。飯野氏自身の靴研究の成果と革靴愛が凝縮された一冊。
紳士靴完全バイブル
自分の足にフィットし、愛着を持てる靴に出合うためには、紳士靴についての知識が必要です。製法や素材による違い、各部位の役割、そして自身の足の特徴を知ることで、10年も20年も履いてみたくなるお気に入りの一足が必ず見つかります。本書ではそんな知識を紹介するとともに、紳士靴をより長く、より心地よく履くための手入れや修理についても解説しています。