【本物の香りを見極めるために】 第1回 感覚を磨き、知識を学ぶ。香りの本物を識る近道とは?

取材・文/小泉祐貴子
写真/新澤遥

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地球上にある匂い物質は約40万種類あると言われています。人、モノ、空間にはそれぞれ香りがあり、どこへ行っても誰とあっても常に私たちの周りに存在しています。いい香り、嫌な匂い、懐かしい香り、おいしそうな匂い……様々な香りに囲まれている生活に、「質のいい香りを選択する」ということを意識したらより素敵なライフスタイルを楽しめるかもしれません。

当連載では『匂いの風景論』の著者であり、世界トップクラスの香料会社「フィルメニッヒ」や日本を代表する化粧品メーカー「資生堂」で人と香りの関係を研究し、現在は香水・ルームフレグランスなどの香り製品の開発、コンサルティングを手掛ける香り風景デザイナーの小泉祐貴子さんが、「本物の香りを見極めるために」をテーマに香りにまつわるあれこれを解説していきます。

本物の香りを見極めるための感性の磨き方をはじめ、香りの分類や特徴、嗅覚のメカニズムなどの基礎、時代を動かしてきた権力者たちと香りの関係、近現代の名香、アートとなった香水瓶などの歴史、さらに自分らしい香りを取り入れるための選び方・着け方まで、全8回に分けてご紹介。番外編では、和の香りやフレグランスのトレンドについての対談も予定しているのでお楽しみに!

さて初回は、「本物の香り」とはいったいどんな香りなのか?本物を見極めるためにはどんなことを意識したらいいのか?などの基本を教えてもらいました。質の良い香りを識るための準備運動をはじめていきましょう。

まずは上質な香りに触れよう

「香りには興味があるけれど、何から始めたらいいのだろう?」と思われている方は案外多いようで、香りの専門家として、よく聞かれることがあります。「香りを纏ってお洒落したい! でも何をつけていいのやら。初心者にも着けやすい香水って何ですか?」「香りは好きで以前はよく使っていたけれどブランクが……。最近はどんな香りが流行っているの?」

香りに興味のある方が多くいらっしゃるのを嬉しく思うとともに、いつも願うのは「質の良い香り、つまり“本物”に触れてほしい!」ということ。本物の香りには心の琴線に触れるような深みがあり、感動を運びます。

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例えば、嗅いだ瞬間から引き込まれるような魅力を感じ、ずーっと嗅いでいたくなるような香りに出会ったことはありますか? もし経験がなければ、デパートの香水売場や化粧品売場で、聞いたことがある香水や気になる香水を見つけたら、恥ずかしがらずに嗅いでみるのも良いかもしれません。星の数ほどある香水ですが、きっと運命の出会いがどこかに待っているはずです。

色々な香りに触れる体験を重ねることで感覚を柔らかくして、「香りアンテナ」が錆び付かないように準備運動をするのです。

大げさに聞こえるかもしれませんが、香りを嗅ぎながら深呼吸したくなるような香りを見つけて「あぁなんていい香り!」と心から感じることで、内面からプラスのエネルギーが湧き上がり、香りを纏う人の魅力UPにもつながるのだと思います。

本物から滲み出るエレガンス

「本物の香り」と聞くと、重くてどっしりとした香りや天然香料を思い浮かべるかもしれません。重厚感のある香りは老舗の香水に多く見られる香調であるため、本物=重たい香り、という結びつきができやすいのでしょう。「天然香料は高価である」と耳にする方は、高い=本物、という連想から、天然香料だけで仕上げたものが本物であると思うのでしょう。

たしかに「名香」と呼ばれる香水には、天然香料が贅沢に使用されているものが多くあります。が、天然香料だけでできているワケではありません。

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香りを創る時には何十種類もの香料素材を少量づつ組合せて完成させるのですが、その素材には、自然に存在する植物や動物から抽出したものと、その中に含まれる特徴的な香りを持つ分子を化学的に合成したものとがあります。それらの香りの素材を並べて絵の具のパレットのような香りのパレットを作るイメージです。そのパレットから目指す香りにふさわしい素材を選び、配合量を決め、処方を作り、ひとつの香りが完成します。

大切なのは、全体のバランスが取れているか、香りに複雑さや奥行きがあるか、調和とエレガンスを感じるか、です。どこか鼻につくような鋭さがあったり、薄っぺらく感じる香りはバランスが悪く、本物からは遠いと言えるでしょう。「香りのエレガンスとは何ぞや?」と思われるかもしれませんね。別の言葉で言うと「洗練」や「品格」でしょうか。何か決まった素材を使えばエレガントに香る、というようなものではなく、全体から醸し出されるニュアンス。本物の香りには、整然と流れるような心地よいエレガンスが根底に感じられるのです。アートやファッションにおけるそれと共通の感性だと思います。たとえワイルドな香りであっても本物の香りはエレガントなのです。

音楽をヒントに考える、本物の香り

香りは形のないアートであり、豊かに生きるためのツールである、と私は考えます。その意味で「音楽」と似ています。では、本物の音楽、とはどんな音楽でしょう。一言で言うと「心が震えるような音楽」ではないでしょうか。私には気持ちが塞いだ時に聴くと、じわじわと勇気が出てくる音楽があります。

ストリートで突然始まったライブパフォーマンスに思わず立ち止まって聞き入ってしまったり、クリスマスに教会で歌われるゴスペルソングに圧倒された経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。音楽には様々なジャンルがありますが、私は「音とリズム」があれば全て、感動を与えてくれる「音楽」になりうると思っています。

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作曲家と演奏家(楽器の演奏でも歌声でも)によって生み出される音楽。本物の音楽には、心を奮い立たせてくれるような、心に栄養がしみわたるような、エネルギーがあります。

香りも同じです。才能ある調香師が匠の技で香料素材を調合して作られる香り。本物の香りはひとつのハーモニーを奏でるように美しく、その香りに触れる人の心を包みこんだり、弾ませたりします。香りを纏う人の感性が鍛えられていると、この感動へのアンテナが鋭くなり、より多く、より深く味わえるのです。

感性と知性の両方で楽しむ香り

音楽をより深く楽しむためには知識として識っておくべきことがあるのと同様に、「感覚を磨き、知識を学ぶ」ことが本物の香りを見極めるための近道です。できるだけたくさん上質の香りに触れて感性を磨き、香りのハーモニーを感じたり、それらの作品が生まれた背景への造詣を深めることで、様々な角度から香りを味わえるようになり、本物を識る面白さも増すと思います。

香りを嗅ぐ際にまずは一旦、ブランドに対するイメージや偏見を捨てて、フラットに、香りそのものに対して自分自身が感じる印象を意識して、言葉にしてみましょう。好き嫌いだけでなく、どんなところが好きなのか、どんな気分になるのか、甘いのか爽やかなのか、記憶の中にある香りなのか、など思いつく限りの言葉で表現してみてください。そして、香りの表面だけでなく、その奥に重ねられている表情にも耳を傾けてみましょう。感性の部分のトレーニングです。

また、自分の印象とは別の評価軸として、客観的にはどういう位置づけの香りなのかを識る。連載では本物の香りに近づくために知っておきたいことがらを紹介していく予定ですが、そうした知性のトレーニングも行うことで、香りへの造詣がより深まり、本物の香りを見極めるというゴールが近づくでしょう。

男性も女性も、夏の香りを楽しんで

夏になると、男性も女性も薄着になりますから、自分の肌の匂いと合わさった香りを嗅ぎやすいですね。時間とともに変化する香りの表情を実感するのも、上質な香りを識る第一歩です。

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さっぱりしたフルーツやみずみずしいフローラル(お花の香り)が特徴の夏らしくフレッシュな香りもたくさん発売されていますし、夏の海岸を思わせるココナッツやトロピカルフルーツのような甘さのあるメランコリックで遊び心のある夏の香りも人気があります。

香り初心者の方は、シトラスやみずみずしいフルーツやお花の香りなど、軽くて清潔感のある香りを選ぶと、日本では多くの方に好まれます。

少し厚みのある表情豊かな香りを纏いたい方は、エルメスやシャネル、ゲランなどのような老舗の香水ブランドの香りにトライしてみるのも良いでしょう。今年は在宅で過ごす時間も多いでしょうから、気になっていた香りを試してみるチャンスと捉えて、香りで気分転換をしたり、ON/OFFを切り替えたり、楽しみながら香りに触れてみてはいかがでしょうか。

次回は香りの分類のしかたについてお話しします。どうぞお楽しみに。

ーおわりー

公開日:2020年8月20日

更新日:2020年12月2日

Writer Profile

File

小泉祐貴子

株式会社セントスケープ・デザインスタジオ代表取締役、香り風景デザイナー。慶應大学卒業後、㈱資生堂にて人と香りをテーマに研究を行う。大手香料会社フィルメニッヒ社に転職後、香水や日用品の香りの開発・マーケティングを担当。社会文化的トレンドを分析しコンセプトを提案するチームのアジア・パシフィック代表も務める。独立後は香りを付加価値とする空間づくり(オフィスなど)、香り活用のコンサルティング、香水のプロデュース、香りの植栽設計、など、幅広く香りの可能性を展開している。ルームフレグランス「le phare(ルファル)」を開発・制作し販売中。京都芸術大学、東京農業大学にて非常勤講師。学術博士(環境デザイン分野)。

終わりに

小泉祐貴子_image

こんにちは。香り風景デザイナーの小泉祐貴子です。私が香りを一生の仕事と自覚するようになったきっかけは、30代半ばにふとそれまでとこれからを考えた時でした。幼い頃は田舎育ちなのですが、風景とともに四季の香りの記憶もたくさん残っています。小学生の頃は香り付きの文房具を熱心に集めたり、もう少し大きくなると精巧に作られたミニチュアの香水瓶を集めて眺めたり。社会人になってからは、香りでストレスの緩和効果を研究したり、香りで痩せるという化粧品の開発に関わったり。世界中に友人が出来たのも、香りの仕事を通してでした。
振り返るといつも香りが傍らにあったことに気づくとともに、きっとこの先も香りとかかわりながら生きていくのだろうなと、妙に腑に落ち、香りをライフワークとする腹を決めました。

世界をリードする香料会社や大手化粧品会社で培った経験を活かして現在は「香り風景」のデザイン、企業様への香りのコンサルティング、香り製品の開発サポート、香水のコンサルティングなど、日々香りに囲まれながら過ごしています。今回ミューゼオスクエアでの連載を通して香りの魅力をお伝えできるのも嬉しいご縁。

いざ、扉を開きましょう!

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