トラウザーズの「性格」を決定的に変えてしまうサイドポケット
サイドポケット=脇部から前身頃に付くポケットは、トラウザーズの性格を端的に示せる意匠である。簡単に言うと活動的なのか重厚なのかがこのディテールで判ってしまう。なので特に注文服の場合はその性格をしっかり踏まえた上で、と言うか、どのようなキャラクターのトラウザーズにしたいのかを考え抜いた上で、以下を選ぶと良いだろう。
①スラッシュポケット
平たく言えば「斜めポケット」、つまりサイドシームの斜め前方に縦=上から下に切られた最も一般的なもので、英語ではスランテッドポケットの別名もある。斜め線の効果なのか、活動的な印象に映ることが特徴。また、ポケットの口が斜めに開くことになるので、手を出し入れするのも比較的楽で、脇ポケットに常に何か入れてしまう癖がある方には便利な意匠だ。ただし、着用者のウェストやヒップが想定以上にタイトな場合は、②以上に着座時だけでなく立って静止している状態でも口がカパッとみっともなく開きがちなので注意。
②サイドシームポケット
こちらは日本では「縦ポケット」と呼ばれ、サイドシームにそのまま沿って口を縦に切ったもの。①に比べ手の出し入れこそし難いものの、ポケットの存在が圧倒的に目立たないため落ち着いた印象を与えるのが特徴。礼装用やトラウザーズが大抵この仕様なのも頷ける。また、アイロンでの「クセ取り」や切り口のカーブを工夫するのを通じ、①に比べ着用時に口を開き難くすることができ、作り手の技量を何気なくも非常に顕著に示せる意匠でもある。中には見た目の良さと実用性を両立すべく、一見①と見せかけて、実はポケットの場所だけサイドシームをその縁に添わせて前傾させたこの仕様を得意とするテーラーも存在する。
③玉縁ポケット
これはかなり横に寝かせている。通常はもっと縦長の切り口になる。
ジャケットの腰ポケットや後述するパンツのヒップポケットと同様の玉縁ポケットが作られる場合もあり、口は①と同様に斜め前方に縦に切られる。サイドシームという「生地の縫い端」を活用する①や②に対し、こちらはトラウザーズの前身頃の生地に文字通りポケットの口をしっかり切り開いて作るのが特徴。写真は「片玉縁」ポケットの仕様だが、「両玉縁ポケット」仕様に関してはデザイン上のアクセントとして、1980年代に大流行したソフトスーツのトラウザーズではこれと、2対若しくは3対のリバースプリーツ、それに緩いシルエットの組み合わせがお約束であった。またそれは「丁寧な仕事」の象徴として、今日でもイタリアやフランスのトラウザーズにたまに見られる意匠だ。
④ジーンスタイルポケット
これはイギリスでの呼び名。アメリカではウェスタンポケット、日本では「エルポケット」と呼ばれるものだ。ご存知、ジーンズのフロントポケットと同様に横長=右から左にL字状に切られたもので、トラウザーズでもカジュアルなもの(1970年代から80年代初期にかけて大流行した米・FARAH社のポリ混ホップサックパンツが代表例)や乗馬向けのものに付けられる場合がある。 ①から④のサイドポケットのうち、ウェストやヒップに対して最もタイトフィットに攻められるのは、実は圧倒的にこれ。ポケットの口が上下ではなく左右に開くので、着座時や歩行時に起こる尻や上腿部の曲がりに全く干渉されないからだ。また構造上、このポケットは前身頃にプリーツは付けられず専らフラットフロントにのみ採用される。
⑤ウォッチポケット
サイドポケットではないものの、同様に前身頃に付くポケットなのでこれも採り上げておこう。フォブポケットとも呼ばれ、フロントとウェストバンドの境界線上に小さな切り口を備えたものだ。その名の通り元来は懐中時計を入れるために設けたもの。しかしそれが衰退し用途が変わった影響か、近年は「コインポケット」と呼ばれることもある。
これの「位置の違い」も、トラウザーズが英米系か欧州大陸系なのかの明確なマーカーになる仕様であることは知っておいて損はしない。すなわち前者は専ら右腕側=下前に付き、後者は反対に左腕側=上前に付く場合が圧倒的に多い。
前者はジャケットのチェンジポケット(チケットポケット)と同様に、多くの人の利き腕に素直に対応したのであろう。一方後者は、懐中時計があまり着用されなくなったため、そのもともとの収納場所=ウェストコートの左胸=上前側の腰ポケットを、トラウザーズの類似の位置に移設したからではないか? 真相は定かではないものの、トラウザーズの細かな仕様にはこうした発想の決定的な違いが多く存在するから楽しい!
見栄えか? 実用性か? ヒップポケット
日本では「ピスポケット」とも呼ばれる後身頃に付くこれ、ピストルを入れる目的だったからとの説が有力なのだが、正直、暴発が心配だなぁ(笑)……。むしろこの「ヒップポケット」なる英語が訛って伝わったからと言う由来のほうが自然な気もするが。
このポケットは実際に使うか使わないかが、人によりはっきり分かれる。実はこれが付く尻周りは、トラウザーズのシルエットを大きく左右する領域。また、膝と並んで着用時に力が大きく掛かる部分でもあるため、美しさと耐久性の双方からこのポケットはなるべく使わないほうが好ましい。しかし、鞄の類を全く使いたくない場合など、外出の際の荷物の持ち方も絡んで、なかなかそうは決心できないのも現実で、せめて厚くて大きなものは入れないなどの心掛けはしたい。
なお、注文服の場合は全く付けないとか、戦前のトラウザーズのように仮に付けてもハンカチを入れるためだけに利き腕の後ろ側のみとか、何気に実用性を容易に反映できるポイントだ。そしてこれにも、切り口に以下のような微妙な違いが存在する。
①両玉縁ポケット
切り口の上下に玉縁がある。
ポケットの切り口の上辺・下辺双方に玉縁を共地で設けたもの。②に比べ繊細で装飾的な印象が加わり、世界的には②よりもこちらが今日では主流だ。ジャケットを着用しない状態でも見栄えもする。
②片玉縁ポケット
切り口の下辺にしか玉縁が無い。
ポケットの切り口の下辺のみに玉縁を共地で設けたもの。①より簡素な構造でかつ玉縁の縦幅を①の下辺より若干広く作る傾向にあるので、素朴で飾らない印象に仕上がる。
実はイギリスでは、たとえ注文服であっても昔も今もこれが主流。ヒップポケットには着座時やモノを出し入れする際に、上ではなく下方向に圧倒的に大きな圧力が掛かるので、縫いなどで耐久性を高める工夫さえしておけばこれで必要十分と言う、例の合理的な発想なのだろう。一方で玉縁を片方にしか作らない=コストが①より少なくてすむことから、機能最大限・費用最小限が義務的に求められるミリタリーチノーズなどでもお馴染みである。
なお、ジャケットやトラウザーズのポケットの玉縁は、日本では①でも②でも生地を大抵バイヤス、つまり斜めに用いて作る。ポケットの口が経年で歪み難いからだ。しかし、無地ならともかく柄物ではそれだと本体と「柄合わせ」ができず、つまり玉縁の部分だけストライプが縦ではなく斜めに走ってしまい見栄えが悪くなりがちだ。そのため海外では生地を素直に本体の向きと揃えるか、敢えて経緯を90度変えて用いる(ストライプが縦ではなく横に走らせる)ことが多い。
また、言われてみると当たり前の仕様だが、中身が飛び出さない工夫も一応挙げておこう。
③ボタン
玉縁の下に付けることで中身が飛び出し難くする効果を狙ったもの。左右双方のポケットに付く場合あるが、既製服の場合はこれを左腰側のみに付けるのが一般的。コスト面の理由以上に、大抵の人の効き腕となる右腰側はポケットの使用頻度が左腰側より高くなりがちなので、ボタンを敢えて付けないのだ。
④フラップ
ジャケットの腰ポケットに多く見られる意匠と同様に、玉縁の上にフラップ=布の蓋を被せることで、中身が飛び出し難くする効果を狙ったもの。③を併用する場合も多く、使用頻度を考慮しこちらも通常は左腰側のみに付ける。
ーおわりー
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終わりに
たかがポケット、されどポケット。ひょっとすると全体のシルエットバランスと同じ位に、トラウザーズの性格を決定付けてしまうディテールかもしれない。注文服に慣れている人ほどトラウザーズのこの仕様の選択を疎かにしないのも頷ける。