トラウザーズ解体新書 第三回:プリーツを考える

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文/飯野高広
写真/新澤遥

ここ数年のトラウザーズのトレンドで最も変化したのがプリーツ、和製英語で言うところの「タック」が前身頃に入ったものが大復活を遂げたことではないか?

ほんの少し前まで「ノータックにあらねばパンツ(とここでは敢えて表現する)にあらず」と豪語していたファッション業界関係者のあれよあれよの宗旨替えは見ていて情けなくなる限りで、彼らが企画するものに対しての思いやポリシーの浅さ・軽薄さが露呈してしまったようなもの。消費者の側から見れば裏切られた感が沸き上がるのも当然で、そりゃー注文服にますます需要が流れてゆく……。

でも、いざ流行ではなく本質的な意味としての「前身頃のプリーツとは?」と問われると、誰もが答えに窮してしまうのも事実ではないか? という事で今回はその辺りを深く、探ってみたい。

前身頃のプリーツの起源と、入れるそもそもの理由

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トラウザーズの前身頃にプリーツを入れる意匠は、ロシアのコサック兵が穿いていたボトムズが起源と言われる。コサック兵からコサックダンスを想像するのはあまりに安易ではあるけれど、そのように脚、特に上腿部を大きく動かしたい時には、それを入れることで骨盤や股関節の周辺をゆったり膨らませて仕立てたほうが確かに好都合だ。

まず19世紀前半にヨーロッパで流行した後に、19世紀後半には機敏な動作を余計に求められるスポーツウェアを中心に広まったのは、その効果が認められたからであろう。

美しく、しかも凛々しい1930年代前半のスーツ。ジャケットでは胸ダーツが付いており、トラウザーズでは前身頃にプリーツ(タック)が付いている。

美しく、しかも凛々しい1930年代前半のスーツ。ジャケットでは胸ダーツが付いており、トラウザーズでは前身頃にプリーツ(タック)が付いている。

今日的なドレストラウザーズにはこの意匠は、1920年代後半頃から本格的に採用されている。脚を動かし易くする=「着心地の改善」という観点で見れば、スーツの基本形が完成したのと、そしてジャケットに胸ダーツが付くようになったのとほぼ同じタイミングであるのは、まんざら偶然ではないのかも?

現代ではプリーツが入ったメンズのトラウザーズは、ファッショントレンドを加味しない場合は主に「太った人向け」「体格のよい人向け」と解釈されがちだ。それを設けることで下腹部を膨らませることが可能なので、確かに間違いではない。が、それはあくまで結果論のような気がする。上記の「脚を動かし易くする」ことを念頭に置くと、実は以下に挙げる体型の人は痩せていても、プリーツ付きのトラウザーズの方が明らかに綺麗に穿けるからだ。

①ウェストに対しヒップの寸法が大幅に大きい人

例えばウェスト72cm、ヒップ94cmとその差が20cm以上あるような人の場合(実は私自身がそうである)は、必然的に出現する「くびれ」にはプリーツを付けたほうが柔軟に対応できる。逆に言うと、ウェストが100cmあってもヒップが104cmと寸法そのものが大き目でも両者の差が少ない寸胴タイプの体型の人は、仕立てにもよるがプリーツなしのフラットフロントのトラウザーズのほうがストンと素直に収まる場合も往々にしてある。

②強いO脚の人

全く太ってはいないし、極端にタイトなトラウザーズを穿いている訳でもないのに、脇ポケットがみっともなくカパッと開き、側面から見ると上腿部に前方上から後方下へと大きな斜めジワが寄っている…… クールビズの時季にはこんな人を結構見るが実はこれ、O脚でかつ骨盤が後傾し左右方向に開いている(腰骨が張っている)いわゆる「平尻」の持ち主に見られる典型的な症状だ。

トラウザーズの筒に対し脚が平行にではなく想定以上に斜め前下に入るため、上腿部の前方で生地が変に引っ張られてしまうからだ。プリーツを付けることで骨盤や股関節の周辺の前方に余裕を持たせるのを通じ、これらを解消・緩和できるケースは思いのほか多い。

プリーツの数、流行、そして深さ

プリーツを入れる場合は左右に1対若しくは2対入れ、前者はそのままクリースライン(折り目)に、後者は最も臍寄りの1対がそれに繋がる。数が多ければ多い程、深く入れれば入れる程ゆとりを生みだす効果も大きくなる。また、詳しくは後述するが実はこの「クリースラインに繋がる」ことが、プリーツの種類や今日的な意味合いに大きな影響を与えている。

プリーツが1対入っているトラウザーズ。

プリーツが1対入っているトラウザーズ。

プリーツが2対入っているトラウザーズ。

プリーツが2対入っているトラウザーズ。

「着心地の改善」という観点で見れば、プリーツを入れるか否かは本来なら着用者の体型に応じて決めたいところではある。が、実際にはファッショントレンドで決まる場合が殆どだ。1930年代から50年代初めにかけて、それに1980年代のようにルースなシルエットかつ深めの股上がもてはやされた時代は、得てしてトラウザーズにはプリーツ付きが多くなり、その本数も多く、しかも深く付きがちだ。一般的には股上を深めにするとウェストとヒップとの寸法の差が大きくなり、プリーツが効果的に作用するためだ。因みに1980年代には3プリーツ、4プリーツなんて言うのもあったくらいである。

一方、1950年代後半から70年代にかけて、そして2000年代中盤~10年代中盤にかけてのようにタイトなトラウザーズが流行ると、プリーツそのものが敬遠される傾向にある。そのようなトラウザーズと相性の良い浅目の股上では、一般的にはウェストとヒップとの寸法の差が少なくなる結果、プリーツがあまり効果を発揮しないためだ。

なお、プリーツを折り込む量としては、今日一般的には最も臍寄りの1対は各4㎝(プリーツの深さとしては2㎝)、それより背寄りは3㎝(同 1.5㎝)程度が一般的。しかし注文服の場合は体型によりこれが加減される場合もあるし、前述の通り流行でも変化する。

入れ方次第でイメージも穿き心地も激変!

近年ではこれを知らないファッション関係者も多いのが残念でならないのだが、プリーツを入れる・入れないだけでなく、どう入れるかによってもトラウザーズの表情や様式美、そして穿き心地にも大きな違いが出てくる。解る人にはおさらいではあるが、以下各仕様の特徴を挙げておこう。

①フラットフロント

フラットフロントの場合は、クリースラインは脇ポケットの下端より下にしか入れないのがお約束。

フラットフロントの場合は、クリースラインは脇ポケットの下端より下にしか入れないのがお約束。

日本的に言うと「ノータック」、英語では「プレーンフロント」とも称する、要はフロントにプリーツやダーツの類が一切付かない最もシンプルな仕様。今日のトラウザーズの原点とも言えるフロントの始末である一方で、細身のシルエットが流行すると主流になる傾向が高い。とは言え、かつての米軍のチノーズなどが典型だが、太目のこれもなかなか素朴で味わい深い雰囲気を有している。

なお、この種のトラウザーズにクリースラインを入れる際には、裾から脇ポケットの下端辺りまでにする=骨盤が収まるエリアには入れないのが暗黙の了解である。プリーツを固定する根元が存在しないので、入れても腹部の屈伸などを通じてすぐに取れてしまうからか?

②リバースプリーツ

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いわゆる「アウトタック」、腹側から背側へと後向きに織り込まれるプリーツで、その付け根に指を入れると背側から腹側に押し込む形状になる。現在ではプリーツ付きのトラウザーズでは大半がこれだ。

この仕様は前から見るとプリーツが、特に最も臍側の一対目のものに関してはそれと繋がるクリースラインも含めて、上から下へと直線的にスッキリ落ちるのが大きな特徴。プリーツの開き具合が比較的解り難いのもポイントで、その分着用者の体型に合っているか否かについては正直判断し難い点もある。しかし、その「直線」のお陰で下腹部の膨らみ=中年太りを視覚的に容易に隠せるのが利点であるのは間違いない。また、ずり落ちのリスクのあるベルト固定のトラウザーズが普及するにつれ、たとえそうなってもプリーツの見栄えを維持し易い点も、今日主流になった要因だろう。万人向けゆえにフィット感を曖昧にせざるを得ない既製服や、注文服であっても機能以上に美的なものを追い求めがちなイタリアやフランスのトラウザーズが専らこれなのも頷ける。

③フォワードプリーツ

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いわゆる「インタック」、背側から腹側へと前向きに織り込まれるプリーツで、その付け根に指を入れると腹側から背側に押し込む形状になる。

この仕様は前から見るとプリーツが構造上、特に最も臍側の一対目のものに関してはそれと繋がるクリースライン(折り目)も含めて、上から下へとやや小指側にカーブして落ちるのが大きな特徴。前から見るとプリーツの開き具合が比較的解り易く、つまり着用者の体型に実際に合っているか否かを容易に判断できるのは、②ではなく実はこちらである。

体型にしっかり合っている場合は、プリーツ並びにクリースラインが脚から臍へと内側に収束する構造になることから、下腹部の出っ張りを②以上に錯覚的に綺麗に隠せる効果が期待できる。しかし、着用者の胴周りの方が大きい場合はプリーツの付け根が大きく開き、しかもその立ち上がりも曲線的に歪むので、見栄えが思いっきり損なわれがちだ。この「美的な調整しろのなさ」が、既製服が主流の現在ではあまり採用されない理由だろう。

とは言え、生地がサイドシーム側から回りこんで前方に出っ張る構造になるので(正にフォワード!)、歩行の際など脚を前方に動かすのには②に比べこちらの方が(僅かな差ではあるものの)本来は楽である。同様の力学的な理由で、前述した「O脚+平尻」の人にもこちらのほうがより有効だ。フォワードプリーツは故に、視覚的な美しさ以上に機能的な合理を求めたプリーツと言える。

イギリス及びその要素の強いトラウザーズ、とりわけサイズをピタッと合わせることが大前提の注文服では、プリーツを付ける際は今日でも圧倒的にこちらである。前述した機能性をより重んじているからだけでなく、彼らが好む股上が比較的深いブレーシス固定のトラウザーズでは、そもそもずり落ちでプリーツが歪むリスクもないからか?

プリーツの「フォワード(インタック)」と「リバース(アウトタック)」との違いは、実は折り紙で擬似的に作ってみると一目瞭然!向かって左のフォワードプリーツ→上腿部が前に出る。向かって右のリバースプリーツ→下腹部が前に出る。

プリーツの「フォワード(インタック)」と「リバース(アウトタック)」との違いは、実は折り紙で擬似的に作ってみると一目瞭然!向かって左のフォワードプリーツ→上腿部が前に出る。向かって右のリバースプリーツ→下腹部が前に出る。

④縫い消しダーツ

とにかく目立ち難いのが縫い消しダーツの特徴。

とにかく目立ち難いのが縫い消しダーツの特徴。

単に「消しダーツ」とも称し、フロントにプリーツではなく後見頃と同様のダーツ、つまり上端から下端まで閉じ切った縫い目を入れる場合もある。プリーツほどではないものの腰から上腿部にかけて若干のゆとりを生みだす効果がある。

①ではシルエットが崩れてしまうがプリーツを入れるまでもない人、例えばウェストもヒップも細い割に腰骨のみが出っ張っている方などに向いた意匠だ。紳士服のトラウザーズではたまにしか見掛けないが、このような体型の人が多い婦人服のパンツでは案外多く見る。

なお、これを入れる場合は、2プリーツ仕様の2対目(背寄りのもの)に相当する位置に据えるのが一般的だ。臍寄りにプリーツ更にを1対入れる場合も(1プリーツ1ダーツ)、入れない場合も(1ダーツ)存在し、特に後者は無地の生地だと殆ど目立たず①と瞬間見分けが付かないので、体型上はプリーツ付きのトラウザーズのほうが望ましいがそれをどうしても付けたくない際には一考の価値はある。

「ダーツ」を知ると、後姿も気になる?

前身頃の縫い消しダーツの話が出たついでに、後身頃のダーツについても軽く解説しておこう。こちらは曲面である尻周りにトラウザーズの生地をいかにフィットさせるかにおいて、実は非常に重要な役割を果たす。そして、以下に示すように地域や用途による違いが何気なく表れる仕様でもある。

①ダーツが左右に2対

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イタリアやフランスのトラウザーズに多く見られるもので、日本でもこちらが主流。②に比べダーツが多い分、曲線的で塊り感のある造形になりがちなので、尻が球状だとされるラテン系の方や日本人には向いた意匠なのは確かだ。胴周りから尻へのフィット感が求められるベルト固定のトラウザーズ向きの仕様でもある。

②ダーツが左右に1対

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こちらはイギリスやアメリカのトラウザーズに多く見られる。①に比べダーツが少ない分、直線的で縦長のスッキリとした造形になりがちなので、一般的に尻が縦に長いとされるアングロサクソン系の方には確かに向いた意匠だ。胴周りから尻へのフィット感をそこまで厳密に求める必要のないブレーシス固定のトラウザーズ向きの仕様とも言える。

③バックヨーク

2枚のパーツで何気にダーツと似た効果を出します。

2枚のパーツで何気にダーツと似た効果を出します。

ジーンズの後身頃の仕様としてあまりにお馴染みだが、ドレス用のトラウザーズでもダーツの代わりにヨーク、つまり三角形や台形の別布が左右に一対大きく縫い付けられる場合が稀にある。因みにこれは19世紀のドイツやフランスのトラウザーズの意匠がそのまま持ち込まれたもので、生地の面構成を多くするのを通じ尻周りにフィットさせる発想である。

ーおわりー

クラシッククロージングを一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

紳士服を極めるために是非読みたい! 服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の渾身の1冊。

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紳士服を嗜む 身体と心に合う一着を選ぶ

服飾ジャーナリスト・飯野高広氏の著書、第二弾。飯野氏が6年もの歳月をかけて完成させたという本作は、スーツスタイルをはじめとしたフォーマルな装いについて、基本編から応用編に至るまで飯野氏の膨大な知識がギュギュギュっと凝縮された読み応えのある一冊。まずは自分の体(骨格)を知るところに始まり、スーツを更生するパーツ名称、素材、出来上がるまでの製法、スーツの歴史やお手入れの方法まで。文化的な内容から実用的な内容まで幅広く網羅しながらも、どのページも飯野氏による深い知識と見解が感じられる濃度の濃い仕上がり。紳士の装いを極めたいならば是非持っておきたい一冊だ。

これ1冊でメンズウェアの歴史がわかる

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メンズウェア100年史

カジュアルの元祖は、英国のエドワード7世だった…!? ロイヤルファッションから、ナチス体制への反発心を表現していたザズー・スタイル、究極の作業着をデザインしたロドチェンコ、革ジャンを流行らせたマーロン・ブランドの映画、1960年代の「ピーコック革命」、ジョン・レノンの髪型、パンクとクラブ・シーン、時代を先導した雑誌たち、そしてトム・ブラウンのタイトなジャケットまで。
この100年間にメンズウエアの世界で巻き起こった革命を、ファッション史家、キャリー・ブラックマンの解説付きでわかりやすく紹介した贅沢な写真集。
希少価値のある写真やイラストを通して、この100年の間に、サヴィル・ロウの上品なテーラードや、耐久性のあるカーキ色の軍服、制服や作業場で着用されていたデニムなどが、スタイルや色使いにおいてどれだけ変化してきたかということを順序立ててわかりやすく紹介されている。ハリウッド・スターのファッションや1930年代に活躍した個性的な芸術家たちなどの素晴らしい写真がこれほどふんだんに掲載されている本は珍しく、それらを参照しながら、実用服からピーコック・ファッションに至るまでのメンズウエアの進化を探求している。
この貴重な本の中では、ピエール・カルダンやジョルジオ・アルマーニ、ラルフ・ローレンなどの有名デザイナーたちが与えてきた影響力と1960年代のストリート・ファッションが対比されていて、パンクやクラブ・シーンがメンズウエア市場を発展させた経緯についても言及している。
『メンズウェア100年史』は、ファッションを学ぶ初心者はもちろん、ファッション史家や、メンズファッションをこよなく愛する人々にとって必読の書である。

公開日:2020年1月6日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

今日ではドレッシーな印象すら有するプリーツ付きのトラウザーズが、実は逆に運動性を考慮した起源であるのが面白いところ。流行以上に用途や着る場面、自らの体型そして性格まで考えて選んでほしい。

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