トラウザーズ解体新書 第二回:ブレーシスとサイドアジャスターを考える

取材日: 2019年7月19日

文/飯野高広

トラウザーズ解体新書 第二回:ブレーシスとサイドアジャスターを考える_image

前回の記事ではベルトループの本数について、あれこれと書いてみた。トラウザーズを腹部に固定するためのディテールとしては今日最もお馴染みの、いや当たり前過ぎるものなので、その本数ひとつ取っても様々な背景や用途を踏まえたものであることがご理解いただけたのではないか。

そこでも記したが、実は軍用ではなく民間用のトラウザーズをベルトで固定するのが一般化したのは、地域によって若干の違いがあるものの、概ね第二次大戦前後のこと。今回はそれより前に主流であった固定方式と、それの周辺にまつわる話をしたい。

ブレーシスを吊るのに不可欠な「6つのボタン」

ベルトでの固定が当たり前になる前、トラウザーズはブレーシス(これはイギリス英語で米語ではサスペンダー)で吊って身体に固定するのが、民間用のものでは圧倒的に主流だった。

変化の推移としては、第二次大戦時の物資統制の影響でスーツでウェストコートの省略が本格的に始まったのを機に、それで覆い隠せなくなりシャツとのコントラストで寧ろ不用意に目立つようになってしまったブレーシスの代わりに、ダークカラーで目立ち難いレザーベルトが固定方法の主役になったと考えるのが自然だろう。

ブレーシスで吊る仕様のトラウザーズは、最近はあまり見なくなったものの、一部に根強いファンがいる。

ブレーシスで吊る仕様のトラウザーズは、最近はあまり見なくなったものの、一部に根強いファンがいる。

また、ブレーシスを吊る際の肩への負担を、ベルトなら軽減できる点もその流れに拍車をかけた。ズリ落ちが確実に防げたり、折り目(クリース)をよりシャープに見せられ文字通り折り目正しい印象に映るなど、劣勢になった今日でもブレーシスがベルトでの固定より優れている点は幾つも残っているのだが……。

今日ブレーシス、と言うか米語の「サスペンダー」なる響きからは、その先端部をトラウザーズの上端に噛み込ませる簡易的なものを想像なされる方のほうが多いのかもしれない。しかし、本格的なブレーシスはそのような生地を無闇に痛めるような構造ではなく、端部のループをトラウザーズのウェストバンドに付けられた専用のボタンで接続させる方式を採る。

このようなボタン留めのブレーシスのほうが、より本格的。

このようなボタン留めのブレーシスのほうが、より本格的。

ボタンは通常、前身頃の左右に1対ずつ、後身頃の背中心部に1対の合計3対つまり6個付く。ベルトループとの兼ね合いなのか、現在では全てのボタンをトラウザーズの裏側に付けるのが一般的だが、以前は全て表側に付けたり、前か後ろのどちらかを表側に付けたりする場合も多かった。

なお、肩への負担を軽くするのと共に折り目を歪めず美しく出す意味合いもあり、最も腹寄りに付くボタンは、前身頃がプレーンフロントの場合はクリースの延長線上、プリーツ付きの場合は最も腹側にあるプリーツの真上に付けるのが暗黙の了解である。何せボタンを6個付けるだけ! やろうと思えば自分で簡単にできてしまう。

多少気障に見えてしまうのも敬遠される理由なのだろうが、ベルトでの固定に比べ腹部への圧迫も遥かに少ないので(私のような開腹手術の経験者にはこの点が非常にありがたい)、ブレーシスで吊る穿き方はもっと再評価されて欲しい。

スッキリした印象になるサイドアジャスター

サイドアジャスターとは、ウェスト周りを微調整する目的でトラウザーズのウェストバンド周辺の両脇、ちょうど腰骨があたる辺りに設けられた一対の何らかの器具のことだ。設置する位置が重複しがちなので、これを備える場合はベルトループは原則付けられない=ベルトでの固定は不可能。対照的に、前述したブレーシス用のボタンの併設には全く問題が起こらないので、トラウザーズをブレーシスで吊って穿く際には補助器具として用いられる場合も多い。

サイドアジャスターには、大きく分けて以下の3種類が存在する。微調整のしやすい順にご紹介しよう。

A:バックル&ストラップ式

MuuseoSquareイメージ

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両脇にバックルとストラップを設ける方式は、微調整しやすいのが大きな特徴。

文字通り小さなメタルバックルと、トラウザーズと同一生地でできたストラップが備わっているもの。ストラップの長さの範囲内であればフィット感の無段階の微調節が可能で、例えば食事の前と後でお腹の張りが大きく異なる方には、ベルトでの固定より遥かに有効な方式だ。

そのため大多数のものはストラップを前から後ろ、つまり腹→背方向に引っ張ることで、トラウザーズの特に前身頃=腹部のフィット感の微調整を狙っている。が、注文服ではごく稀にストラップを後ろから前、つまり背→腹方向に引っ張ることで、後身頃=背~尻部の微調整を狙ったものもあり、これは例えば座る姿勢の多い人には重宝する。いずれにせよ、後述する方式よりもドレッシーな印象があるのは確かだ。

B:ボタン&トンネルベルト式

MuuseoSquareイメージ

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ウェストバンドの腰部に内蔵されたゴムベルトの両端をボタンの位置で調節する方式は、スポーティなトラウザーズに良く似合う。

トラウザーズと同一生地のボタンホール付きタブを両端としたゴム布ベルトを、後身頃側を横長の袋状にしたウェストバンドに通し、両脇部に2対もしくは3対付いたボタンで留めるもの。バックル&ストラップ式に比べ調節範囲がボタンの間隔のみと狭い上に、その段階もボタンの数に応じた制限がある。が、ゴム布故のフィットの柔軟性と見た目のスッキリ感はこちらが優っている。

また構造上、ゴム布ベルトを後ろから前に引っ張ることになるので、腹部より背~尻部の微調整に有効だ。なおこの方式は、英国のブランド・ダックス(DAKS)がゴルフ用のトラウザーズ向けに1934年に考案したもので、そのため「ダックストップ」なる別名もある。スイング時の激しい腰の動きに追随し易いかは正直???だが、スポーティな印象が増すのは間違いない。

C:ボタン&タブ式

MuuseoSquareイメージ

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ボタンとタブのみで調節する方式は、あくまで「飾り」と考えたほうが良いかも?

トラウザーズと同一生地のボタンホール付きタブがウェストバンドの両脇部に固定され、その周囲にあるボタンで留めるもの。ボタンは大抵2対で、要はボタン&トンネルベルト式の簡略形。だからだろうか、既製品のトラウザーズに備わっている場合が多い。

【おまけ】これも確かにサイドアジャスター??

実はサイドアジャスターには、目的が若干違う別の方式がもう一つある。斜めに開いた脇ポケットの上にできる空間を活用して、ウェストバンドの両脇に「スライダー」と呼ばれるベルト式の小さな調整器具を設けたものだ。

スライダーの形状は他にも色々ある。脇ポケットを必ず「斜めポケット」にしないと、見た目にも機能的にも無意味になるので注意。

スライダーの形状は他にも色々ある。脇ポケットを必ず「斜めポケット」にしないと、見た目にも機能的にも無意味になるので注意。

そう、日本では主に量販店で売られている黒の略礼服に付いていることの多い、例のアレ。この服は着用頻度が通常のスーツより圧倒的に少ないからこそ、逆に一度買うと長年使われることも多い。その間に起こり得るウェストサイズの大幅な変化に対応しようとした仕組みであり、「微調整」の概念とは異なるのでここでは別扱いとした。

確かにこの方式だと、トラウザーズのウェストサイズを十数cm程度まで大きく変化させることが可能。ただし、どのサイズでも快適に穿けるか?と問われると、あくまで便宜的でギミックな仕様に過ぎない。なお、この方式に限ってはベルトループとの併設が可能なので、ベルトでの固定も可能だ。

ーおわりー

Writer Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

腹部を必要以上に締め付けないブレーシス留め専用のトラウザーズは、一度慣れてしまうとベルトでの固定より穿き心地が断然快適に感じるはずだ。気障な印象をお持ちの方もいらっしゃるだろうが、ジャケットで隠してしまえば良いだけのこと。ちょっとだけ勇気を出してトライしてみるのを強くお勧めする。

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