片瀬江ノ島「Bar d」―潮風とシガーと― 【アンティーク・グラスと過ごすバータイム Vol.1】

片瀬江ノ島「Bar d」―潮風とシガーと― 【アンティーク・グラスと過ごすバータイム Vol.1】_image

文/Oya
写真/ゴトーアツシ

歴史と共に受け継がれてきたグラスを片手に、ゆったりと心を落ち着かせることができるBarを巡る連載。第一回は、銀座「Bar Dolphy」のオーナーであった田辺武氏が、片瀬江ノ島に新たにオープンした「Bar d」へ。

そこは都会の喧騒から離れ、深い充足感を得ることのできるBarだった。

江ノ島の止まり木「Bar d」

あなたはバーに何を求めて訪れるだろうか。人によってその目的は様々だが、アンティーク・グラスに興味があり、そしてシガー、ウィスキー、オールド・リキュールなどの世界に挑戦しようと画策していたとするならば、ぜひ東海道線と小田急線を乗り継いで、片瀬江ノ島に足を運ぶことをお勧めする。

駅を降りて数十秒ほど歩くと、おおよそバーとは思えないアピアランスで、その店は我々を出迎えてくれる。葉巻愛好家であれば名を知らない者はいないであろう、銀座Dolphyの前オーナーである田辺武氏が2014年にオープンした止まり木、Bar dーバードーがそこにある。

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店内は暗くも爽やかなイメージだ。一軒家の1階を改装した故なのか、まず空間が広い。そしてウッドが主体のため温かみがあり、それらをターコイズブルーの漆喰の壁が包んでいる。田辺氏曰く、キューバのカーサをイメージしたのだそう。
柔らかくも深い青にランプの光が静かに当たり、言いようのない陰影を作っている。見事としか言えない設えだ。

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バック・バーには、数は多くないが選び抜かれた美しいグラスと、見るからに古そうなモルト、コニャック、アルマニャック、リキュール、ラムなどの「褐色系の」お酒が並んでおり、否が応でも期待が高まる。

世の中には「葉巻の吸えるバー」と「シガーバー」のふたつが存在するが、後者においては、吸うシガーの特性に合わせ、お互いの存在を引き立てる適切なお酒を提供してくれる点において、決定的に前者と違う。(しかし、その存在は決して多くない)

私は、数少ない「その筋の店」に訪れた際は、シガーのみチョイスし、お酒のオーダーは基本的にバーテンダー任せとすることが多い。そして、今回もそのようにした。

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1杯目「ホットバタードラム」

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チョイスしたSaint Luis Rey Churchill ‘02に着火し、暫しその柔らかく揮発香のある煙を愉しんでいると、1杯目に「ホットバタードラム」が提供された。

その日は寒く冷える夜、一口含んで流し込むと、瞬間にして体温が復調した。味わいはコク深く豊穣、聞くところによるとラム・バター・お湯・シナモンスティックの他に”葉巻に合うように”細工を施しているという。ディテールは省くが、ぜひご自身の舌で、このパーフェクトな味わいを体感して頂きたい。また、繊細な金属細工が施されているそのグラスは、驚くことに日本製、そして1950年代のものだという。

特製ホットバタードラムの、黄色掛かったまったりとした色合いの液体を、銅のバスケットがやさしく保持してくれているように感じ、私はこの1杯をドリンクというよりかは「作物」のように感じた。

2杯目「Hennesy」

シガーも中盤を迎え味わいが盛り上がってきた。ガス香、キノコ香、ハーブ、そしてメタル。これらのテイスト・アロマが渾然一体となって口腔と鼻腔を優しく撫でてゆく。2杯目は、実に繊細なオールド・ラリックに、1950年代のHennesyが注がれ提供された。

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1940年代後半に造られたこのグラスは、ルネ・ラリック本人が健在だった頃の作品。一見、普通のブランデーグラスだが、目を凝らすと実に巧みなバランスでデザインされた一品であることが分かる。特にこの分厚いフットの上部に僅かだけ施されたカッティングが、全体の雰囲気をラリックたらしめており、田辺氏のお気に入りというのも頷ける。

味わいは明瞭かつシャープであり、水のような口当たりと鼻に抜けるグラマラスなブドウの香りは、良いコンディションで保管されたことを物語っている。

3杯目「ブラックルシアン」

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シガーもお酒も、重要なのはコンディションである。どんなに貴重な銘柄でも、劣悪な環境で保管された個体は死んでいる。そして、生き残っている個体は非常に少ない。そんな話をしながら迎える3杯目は、「ブラックルシアン」。

通常、ウォッカとコーヒーリキュールを用いるが、氏はラムを使用し自らコーヒーリキュールを仕込み、さらにウォッカを用いずメイキングするという。

味わいは至極鮮烈、キューバは産地としてラムもコーヒーも有名だが、産地が一緒の素材をプロが融合させると想像を超えた味わいになる典型例だろう。グラスは優雅かつ重厚なバカラの現行品である。味わいの強さと比例するかのような、クリスタルガラスの重みを感じながら、若干えぐ味が出つつも、フルパワーでテイストを発散するシガーの終盤を味わう時間は至福そのものだ。

「東京のバーが一番だ」という思考からの解放

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時刻は22時過ぎ、終電の存在を認識しつつも、落とされたレコードの針から流れてくるAnn Burtonの「All Or Nothing At All」に身を委ねながら、暫し極上のリラックス・タイムを堪能した。「東京のバーが一番だ」という思考から解放されたとき、バーの楽しみはもう一段増すのである。

ーおわりー

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Bar d

銀座「Bar Dolphy」のオーナーであった田辺武氏が、片瀬江ノ島に新たにオープンしたバー。甘い酒、古い酒を得意とし、焼き菓子やケーキ等との相性を究極に追求している。綺麗に磨きぬかれたバーカウンターや、温かみを感じられる木のフロアが生み出す端正な空間で時間を過ごすことができる。

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アンティークシルバーのある暮らし Ⅱ:Garden Tea Time

『アンティークシルバーのある暮らし』の第二弾が遂に刊行!
札幌・宮の森にあるアンティークギャラリー虎徹(こてつ)マダムによる、アンティークシルバーならではのティータイムの楽しみ方を提案する本です。

第二弾のテーマは、「季節を感じるように外でお茶をする」という、ガーデンティータイム。
撮影場所は、英国と北海道のマナーハウスやガーデンで、まるでそこにいるかのような臨場感のある写真を多数収録。
英国人の愛する庭と紅茶について、深く知ることが出来ます。

公開日:2019年4月13日

更新日:2022年3月2日

Contributor Profile

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Oya

新旧問わず良いものを広く深くがモットー。アンティーク懐中時計から趣味の泥沼にハマり、ハバナシガーが大好物。最近は海外の高級紳士靴ショップや工房を訪ねることに熱中している。今一番行きたい都市はウィーンとブダペスト。‬

終わりに

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旅先で訪れるバーの楽しみはみなさんもご経験あるだろう。その土地ならではの個性のあるお店も多く、なかなか飽きない。アジアのバー開拓を始めたい今日このごろ。(どなたか情報ください!)

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