コート解体新書:最終回「ダッフルコート」老若男女に似合う唯一のコート

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文/飯野高広
写真/佐々木孝憲

ヴィンテージコートの定番品を例に、コートの源流をたどる飯野高広さんの連載。最終回はダッフルコートを取り上げる。

防寒作業着として生まれたコートは、時を経てどのように変化してきたのだろう。ダッフルコートと一口にまとめず、それぞれのディテールを細かく見てみよう。

海軍でも採用された防寒作業着、ダッフルコート

一連のコート紹介記事のトリを務めるのは、ダッフルコート(Duffel Coat, Duffle Coat)とさせていただきたい。

胸元のトグルと頭のフード(ない場合もあるが)、それに肩周りの共地の補強布があまりに特徴的な、裏地なしでややルースフィットのあれだ。

こちらの直接的なルーツとなるのはイギリス海軍で第一次大戦頃から採用されたとされる防寒作業着で、主に甲板の周縁で敵艦や敵機の動向を双眼鏡などでチェックする「ウォッチマン」と呼ばれた水兵向けのものである。すなわち由来はミリタリー系ど真ん中。

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だが更なる起源を探ると、「作業着」である点こそ共通なものの、やれノルウェーの漁師だ、アイルランドの漁師だ、いやオーストリアのチロル地域の農夫だ、ベルギー・フランデレン(フランドル)地域の牧童だと説が錯綜しまくっている。

ただし最後の説はこのコートの「名前の由来」と勘違いされている可能性が高い。「ダッフル」とはフランデレン地域の小都市の名であると共に、かつては厚手のウール生地の一大生産地だったからだ。つまり「昔ダッフルで織られていたような分厚いウール生地で作ったコート」の意味である。

超・起源がそんなグレーゾーン状態だからなのか、ダッフルコートは今日バリエーションが大きく3つに分けられるにも関わらず、それぞれの違いには誰も関心が湧かないようだ。どれにも良さ、と言うか面白さがあるのに…… という事で以下それらをじっくり解説してゆきたい。

実戦を経験した逞しさは流石! ロイヤルネイビー系ダッフルコート

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第二次大戦後、イギリス政府が海軍の剰余品を民間に放出したことで最初に広く認知されることになった、正にダッフルコートの源流がズバリ、「動く」以上に「じっと耐える」ことを念頭に置いたシルエットを有するこの系統である。

写真は英国のグローバーオールが1999年に「第二次大戦モデル」と称して300着のみ製造したもので、大戦当時の軍用品とは異なる仕様も残念ながら僅かにあるものの(後述)、生地の厚さや重さそれに粗い質感も含め全体的には高い次元で忠実に再現されている。

意外と知られていないのだが、実は同社はイギリス海軍向けダッフルコートの「製造」実績はない。もともとはH&F モーリスという名の、手袋(Gloves)と「つなぎ」に代表される作業服(Overalls)の卸売り業者だったのだが、前述の剰余品放出に深く関わったことが、彼らのその後の運命を決定付けることになる。

まず生地は、弾薬箱の内装緩衝材からの転用説もあるほどのメルトンより粗く極めてぶ厚いウール地で、色は英国海軍仕様ながら濃紺は少数派。本国では「ドラブ(Drab)」と呼ぶキャメルベージュ無地が圧倒的に主流だ。波を被って褪色するのを予め想定し、染色のコストを切り詰めたのであろうか?吹雪となることが確実なエリア向けには白も存在したらしい。

頭部のフードは二枚の生地を前後方向に縫い付けて作られており、襟元のチンフラップは縫い付けられてはいるものの後付けタイプで縦に2つボタンが付く。

やや右胸側にオフセットして付くトグルと、正に取って付けたようなチンフラップが、無骨なようなユーモラスなような…。

やや右胸側にオフセットして付くトグルと、正に取って付けたようなチンフラップが、無骨なようなユーモラスなような…。

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袖は肩線とほぼ平行に付き下になかなか落ちて行かない独特な一枚袖で、腕の出し入れはし易いものの収納時には上手く折り畳めない。前身頃の開閉は木製のトグルを麻縄製の輪に出し入れして行うが、これは修理の容易性と分厚い手袋をしたまま開閉するための何気ない配慮であり、少しでも防寒性と止水性を高めるため、中心よりやや右胸寄りにオフセットで配置される。

袖付けが独特過ぎて、袖が下に綺麗に落ちてくれない!

袖付けが独特過ぎて、袖が下に綺麗に落ちてくれない!

一方袖裾幅の調整はシンプルにボタンで行ない、腰ポケットは実戦の場ではハンドウォーマー的な役割を与えられた大きいパッチポケットだ。

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この「第二次大戦モデル」には、当時のものと同様に大腿部を固定する足アオリも付き迫力満点なのだが、だからこそ「本物」のフードの外周に存在した調整用スナップボタンが省略されているのが残念でならない。

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胸のトグルが3個のものには本来、フードの端にこのようなスナップボタンが付いた。

胸のトグルが3個のものには本来、フードの端にこのようなスナップボタンが付いた。

実はイギリス海軍仕様には大きく分けて2種類のものが存在していた。一つは写真のもののようにトグルが3つで、フードにボタン留めのドローストリングはなく、代わりにチンフラップと外周の調整ボタンが付き、足アオリも付いたもの。

もう一つはトグルが4つでフードに調整用のドローストリングを配するがチンフラップと外周の調整ボタンがなく、足アオリが付かないものだ。前者の方が年代は古いとか、単に製造元のデザインの違いにすぎないとか、説は色々錯綜している。

グローバーオールはかつて1980年代と1990年代に後者も復刻させたことがあったが、結局この「第二次大戦モデル」が同社の完全復刻の最終バージョンとなってしまった。

最も肝心な「メルトンより粗く極めてぶ厚いウール地」が生地メーカーの廃業・業態転換で製造できなくなったからとか、第二次大戦時から残っていたその生地のデッドストックが遂に尽きたからとか、終結には様々な憶測が飛び交っている。

今日、同社のMONTYと呼ばれるモデルがこの系統に一応近い。しかし、生地がウール100%ではなくナイロンとの混紡になってしまったのみならず、話しにならないくらい薄く・軽くなっていて、このコートが有すべき逞しさが全く感じられないのが残念でならない。

裏面のチェック柄が平和の象徴! トラディショナル系ダッフルコート

第二次大戦後のイギリス海軍のダッフルコート放出に深く関わったH&F モーリス社は、その人気と可能性に目を付け、1951年に新たに「グローバーオール」の名でその製造にも乗り出すことになった。

しかし海軍用ではなくあくまで民需向けとして立ち上げた会社であり、そのためのアレンジがなされたのがこの系統のものだ。極限状態での防寒性・止水性以上に日常的な使い易さを考慮し、膝上~膝丈と海軍向けに比べ若干短くなっているものの、ずん胴なシルエットは不変だ。ただし、その他のディテールは大きく様変わりしている。最も変化したのは生地だろう。表裏で色柄が全く異なる「ダブルフェース(Double Face)」構造のウール地を採用したのだ。

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ダブルフェースのウール地とは、予め2つの生地を途中まで織った上で、一方の生地から「接結糸」と呼ばれる糸を出して互いを繋げて、最終的には表面と裏面の二重構造としたもの。

仕上げの縮絨加工で互いの繊維を複雑に絡ませることで、生地の中に空気を多く含ませられるので、軽さの割に暖かい生地となる。表裏を全く同一の色柄にする場合もある(以前ご紹介した「ブリティッシュウォーム」などに用いられている)が、グローバーオールが冴えていたのは、裏面にスコットランド伝統のタータンチェック柄を採用した点だった。

両面の見事な対比でダッフルコートの「軍モノ放出品」と言うともすれば暗く・重いイメージを払拭することに成功したのである。表面の色もキャメルベージュ無地だけでなく紺やグレイ、それに緑や赤など選択肢が一気に広まった。

裏面のタータンチェックが何とも印象的。2ウェイジッパーによる耐寒補強はBrooks Brothers(ブルックスブラザーズ)向け別注以外には滅多に見られない。

裏面のタータンチェックが何とも印象的。2ウェイジッパーによる耐寒補強はBrooks Brothers(ブルックスブラザーズ)向け別注以外には滅多に見られない。

その他の点も、典型的なイギリス人が考えがちな民間向けアレンジが多く見られて興味深い。

頭部のフードは二枚の生地を前後ではなく左右方向に縫ってパンケーキのような形状とし、頭と首を過度に干渉しない構造に。実際にはあまり役には立たないものの、それには調整用のドローストリングも配され、襟元のチンフラップはボタンでの着脱式となった。

他に比べ平べったく造形されたフード。チンフラップはフードの脇に隠したり、完全に外すことも可能だ。

他に比べ平べったく造形されたフード。チンフラップはフードの脇に隠したり、完全に外すことも可能だ。

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袖は一枚袖ではあるものの比較的素直に下に落ちる。また前身頃の開閉は4つの水牛製トグルを牛革製の輪に出し入れするタイプにグレードアップされる一方で、袖裾のカフストラップはあくまで飾りとなり中には省略するものも出てきている。腰ポケットはより実用的に蓋付き=パッチ&フラップポケットに変更となった。

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パッチ&フラップポケットは、アメリカントラッドスタイルのネイビーブレザーを彷彿とさせる。

パッチ&フラップポケットは、アメリカントラッドスタイルのネイビーブレザーを彷彿とさせる。

この系統のダッフルコートはアメリカのアイビーリーガー達が特に好んだからだろうか、結果として1960年代から90年代初めにかけてイギリス本国よりもアメリカ、そして日本で遥かに売れまくった。

写真のものもアメリカのブルックスブラザーズが、そのグローバーオールに別注を掛けた1980年代半ばのものだ。このようなダブルフェース生地は、コスト面と耐久性それに発色性との兼ね合いなのか、昔も今もナイロンやアクリルそれにポリエステルなどの合成繊維との混紡となるのが殆どだが、こちらの生地は極めて珍しい混じり気なしのウール100%。

しかも耐寒性と防風性を一層重視し、トグルだけでなく2ウェイジッパーも併用しており、これも実質ブルックスブラザーズ向けのみだった特別なディテールである。生地のふっくら感といい仕立ての手抜きのなさといい、同ブランドの現行品とは雲泥の差なのがあまりに悲しい。

この丸さが「エスプリ」ってヤツなのか? フランス系ダッフルコート

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オリジネーターはエルメスとも、当時人気のあったフレンチトラッド系のオールドイングランドともマルセル・ラサンスともダニエル・クレミュとも言われているのだが、いずれにせよ1970年代の末期から80年代初期にかけ、英国製ではあるもののイギリスではなくフランスのブランドが更なるアレンジを加え誕生させたとされているのがこの系統である。

今日ダッフルコートが「高級なコート」と認識されるようになったのは、この系統のものの影響・功績が大きい。それは他の二系統に比べると、シルエットのみならず各ディテールの造形に柔らかさというか丸さが際立っているからではないか?

そしてそれを産み出す大きな要因となっているのが、やはり生地である。この系統のダッフルコートには必ずと言ってよいほど単色のヘリンボーン生地ばかりが用いられるのだが、この作り方がちょっと特殊なのだ。

表面にあるヘリンボーン柄が、裏面には殆ど響かない!

表面にあるヘリンボーン柄が、裏面には殆ど響かない!

簡単に言うと、織り上げる途中で表面にまるでタオルのようにパイル(輪奈)を一旦付け、それを切るのを通じ表面にソフトな凸凹と柄を出している。その結果、柔らかく毛羽立った生地の表面に空気が滞留し、こちらも軽さの割に抜群に暖かい着用感が得られる訳だ。

かつてはイギリスのムーアブルックと言うコート生地専門のメーカーが大変に得意としていたもので、ダブルフェース構造でもあるので柄は表面にしか現れず裏面には殆ど響かない点も上質さに花を添えた。

より人気を高めるべくコートメーカーだったインバーティア社を傘下に収めるなど、この生地メーカーは川下戦略にも積極的に乗り出していたものの、地球温暖化の影響などによる嗜好の変化に追い付けずあえなく倒産。他社には真似できない「角のない質感」は一時期幻扱いだった。が、往時の織機をそのまま用いて「ジョシュアエリス」とか「グレンアイラ」なる生地ブランド名で、近年奇跡の復活を遂げている。

各所のディテールも、この柔らかな生地の特性を活かすべく丸みを帯びたものに変化したのは、ある意味必然だろう。頭部のフードは二枚ではなく三枚の生地を前後方向に縫って造形され、襟元のチンフラップと一体構造となり、多くの場合調整用のドローストリングは省略されるようになった。

フードと一体化したチンフラップが、丸さを更に強調する。

フードと一体化したチンフラップが、丸さを更に強調する。

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袖は腕部の丸みをより強調する三枚袖のセミラグランスリーブとなり、フィット感も向上した。また、肩周りの共地の補強布や袖裾のカフストラップ、それに腰のパッチ&フラップポケットのエッジも他の二系統に比べ明らかに丸く処理されている。

このダッフルコートのみセミラグランスリーブ仕様。

このダッフルコートのみセミラグランスリーブ仕様。

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因みに写真のものは某セレクトショップがダッフルコート界のもう一方の雄であった英国・モンゴメリー社に別注したもの。以前は「チベット」の名でも親しまれていた同社は、実際に英国海軍向けのダッフルコートを製造していた企業を買収して成立した点で、前述のグローバーオール以上に正統派かもしれない。

とは言えこの系統のダッフルコートはかつての軍モノの粗野な面影は皆無であり、その最たるものは色味だ。

フランスのブランドがオリジネーターだからか、写真のようなイエローのみならずオレンジやワイン色、寒色系ならボトルグリーンやライトブルーなど、この系統のものはダークなベーシックカラー系よりとにかく鮮やかな色の方が「らしさ」がすんなり出せる。

なお、生地は前述のムーアブルック製の筈だが、裏面に柄が若干響いているので、ひょっとしたら異なるかも?

それぞれの「似合う」が必ず見つかる!

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あくまで個人の見解だが、ダッフルコートはコート界のジョーカー的な存在だと思っている。流石にビジネスシーン以上の場には不釣り合いだろう(実はタキシードには案外合うのだが……)。しかし着る場と下に合わせる服をそこまで限定せず、性別も体格もそして年齢も関係なくそれなりに似合ってしまうからだ。

小さな子供からお爺ちゃんお婆ちゃんまで違和感なく着こなせてしまうコートは、恐らくこれだけ。頭のフードと胸部のトグルがあまりに特徴的なため、これらが一人一人の着用者が持つ欠点を打ち消すと共に個性を引き出してくれるからだろう。

ロイヤルネイビー系とトラディショナル系は、お勧めできる現行の既製品が壊滅状態なのが甚だ残念なのだが、良縁が合ればまずはそれぞれを自由に着てみて欲しい。自分なりの「必勝パターン」がいつか絶対に、見つけられる!

ーおわりー

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【目次】
イントロダクション 東京オリンピック前夜の銀座で起こった奇妙な事件
第1章 スタイルなき国、ニッポン
第2章 アイビー教――石津謙介の教え
第3章 アイビーを人民に――VANの戦略
第4章 ジーンズ革命――日本人にデニムを売るには?
第5章 アメリカのカタログ化――ファッション・メディアの確立
第6章 くたばれ! ヤンキース――山崎眞行とフィフティーズ
第7章 新興成金――プレッピー、DC、シブカジ
第8章 原宿からいたるところへ――ヒロシとNIGOの世界進出
第9章 ビンテージとレプリカ――古着店と日本産ジーンズの台頭
第10章 アメトラを輸出する――独自のアメリカーナをつくった国

公開日:2019年2月23日

更新日:2022年5月2日

Contributor Profile

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飯野 高広

ファッションジャーナリスト。大手鉄鋼メーカーで11年勤務した後、2002年に独立。紳士ファッション全般に詳しいが、靴への深い造詣と情熱が2015年民放テレビの番組でフィーチャーされ注目される。趣味は他に万年筆などの筆記具の書き味やデザインを比較分類すること。

終わりに

飯野 高広_image

ベージュや濃紺のような落ち着いた色合いのものから着始めて、コツが掴めたら明るめのものにもチャレンジと言う点では、ダッフルコートの攻略は夏場のポロシャツのそれと似ている気もする。タイトに着過ぎると貧相な印象が前面に出がちなので、その点はくれぐれもご注意の程。

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