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「バットマンの魅力を、もっとシェアしたい」。2000点以上のグッズを集めた上田さんが思い描く、バットマン好きが集まる「東京 Toy Cafe」の未来図。_image
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「バットマンの魅力を、もっとシェアしたい」。2000点以上のグッズを集めた上田さんが思い描く、バットマン好きが集まる「東京 Toy Cafe」の未来図。

日本人なら誰もが知るドラえもん。
おそらく、100人が想像するドラえもんの姿は、全て似たような姿になると思う。

では、バットマンはどうだろうか?
100人が想像するバットマンの姿は、きっとバラバラになると思う。コスチュームの色が違ったり、マスクの形が違ったり。なかには、スリムな体型のバットマンを想像する人もいると思う。
実は、そこがバットマンの魅力であると、2000点以上のバットマンのコレクションを集めている上田さんは語る。
「バットマンは、描かれている時代背景よって姿がガラリと変わります。それは描く人が変わるからです。例えば、ドラえもんは藤子不二雄原作のドラえもんが半永久に続きますが、バットマンの場合は、その時代時代で有名なアメコミ漫画家がオリジナルのバットマンを描き続けています。。
そして、バットマンは世界各国で75年以上に渡って愛されているキャラクターであり、多数の関連商品が存在しています。今後も世代を超えて、各時代の設定に即したバットマンが発表され続けていきますし、ますます多様化する映画、アニメ、玩具、漫画などの関連商品が尽きる事なく、世の中に出てくるのが魅力ですね」

バットマンのコレクションオーナーとして、世界的にも有名な上田さん。
初めてバットマンと出会ったのは、10歳の時に観た映画「バットマン」だった。

コレクション・ダイバー【Collection Diver】とは、広大なモノ世界(ワールド)の奥深くに潜っていき、独自の愛をもってモノを採集する人間(ヒト)を指す。この連載は、モノに魅せられたダイバーたちをピックアップし、彼ら独自の味わいそして楽しみ方を語ってもらう。

取材日: 2015年12月4日

文・写真 / 井本貴明
写真 / 上田悠詞

自宅のコレクションに囲まれる上田悠詞さん

自宅のコレクションに囲まれる上田悠詞さん

MuuseoSquareイメージ

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バットマンのフィギュアを手にした瞬間、かつて受けた衝撃がリターン

17歳の時に出会ったバットマンのフィギュア。このフィギュアがきっかけでバットマン熱が蘇る!

17歳の時に出会ったバットマンのフィギュア。このフィギュアがきっかけでバットマン熱が蘇る!

上田さんとバットマンの最初の出会いは10歳の時。両親の教育方針により、テレビアニメやマンガと触れることが少なかった幼少期において、アメリカの映画館で観たバットマンは、とても衝撃的なものだったと語る。映画監督ティム・バートンが演出するバットマンの姿に合わせて、テーマ歌を歌うプリンスの音楽は、10歳の少年にとっては刺激的なものだったに違いない。

その後は、巷で流行っていたビックリマンやミニ四駆、アメコミのキャラクターなどを好きになった。一旦は収まっていたバットマン熱が再燃したのは、冒頭で述べたバットマンのフィギュアである。当時、17歳だった上田さんは、そのフィギュアを手にした瞬間、10歳の時に体験した衝撃を思い出す。そして、他のキャラクターグッズを集めることから手を引き、バットマンのグッズを本格的に集めることを決意した。
それから、上田さんとバットマンとの長く深い関係が始まるのである。

1960年代。日本製のバットマングッズは、オリジナルとはまた違った独創性に溢れていた

バットマングッズを集めようと決意した高校時代。当時は、インターネットが今のように普及をしていなかった。ヤフオクやeBayのようなインターネットオークションが登場するのは、もっと先の話である。
「現在のように、インターネットで情報を集めることが出来なかったので、実際にトイショップに足を運んで、お店のスタッフと話して情報収集をしていました」
そう語る上田さんは、当時、恵比寿にあったトイショップ「ミスター・クラフト」や「モンスター・ジャパン」に足繁く通ったのである。(注:ミスター・クラフトは閉店。モンスター・ジャパンは現在も営業)

その後、オーストラリアの大学院に留学していた時に、インターネットが爆発的に普及し始めた。ネットオークションが主流になってくると、1939年から発売されてきた膨大なバットマンの関連商品を年代ごとに集めることが可能になった。
「eBayでバットマングッズを探すと、今まで見たことのない世界中のグッズがたくさん見つかった。例えば、僕が持っているバットマンのフィギュアが販売国、年代によってパッケージが4種類存在することが分かった。欲しいものリストを上から塗りつぶす感覚で、購入していきました」

そして、バットマングッズを集めていく中で、ひとつの大きな事実を知ったのである。それは、1966年の1年間だけ、アメリカの最大手マンガ出版社であるDCコミックスの依頼により日本人の漫画家である桑田次郎が日本版のバットマンを描いていたのだ。そして、1960年代の後半には、日本でもオリジナルのバットマングッズが多数発売されていたのだ。

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桑田次郎さんとは?

日本を代表する漫画家。1935年生まれ、17歳で単行本を出版し漫画家デビュー。代表作に「月光仮面」「8マン」「ウルトラマンセブン」などがある。2013年には、1966年に描いたバットマンの漫画が半世紀を経て単行本化され、販売開始になったことも話題になった。
(写真)桑田次郎さんがニューヨークで開かれた個展のために、47年ぶりに書き下ろしたバットマン。上田さんが桑田さんに直接交渉をして、手に入れた貴重なコレクション

1960年代に発売された日本製のバットマングッズは、世界中のファンからとても人気があり、ネットオークションでも高値で取引をされている。
その理由を、上田さんはこのように分析する。
「1960年代の当時の日本製のバットマングッズは、とても独創的です。キャラクターの解釈が各メーカー異なり、足の長いバットマンや、丸っこい体型のバットマンも存在しています。おそらく、当時のメーカー担当者は少ない資料から想像力を働かせ、自分たちなりのイメージで作っていたのだと思います。グッズのパッケージも、アメリカのモノと比べるとダサカッコよく、そういうものが許された古き良き時代だったのだと思います。」
日本製のバットマンの魅力を感じた上田さんは、新しく発売されるバットマンのグッズと、60年代の日本製のバットマングッズを中心に集めていくことになる。

1960年代に発売された日本製のバットマングッズの数々

1960年代に発売された日本製のバットマングッズの数々

コレクションを集めるだけでなく、映像に収める。映画「東京 Toy Guy」が誕生したきっかけとは?

MuuseoSquareイメージ

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上田さんがモデルのキャラクター「東京 Toy Guy」。知り合いのイラストレーターにお願いして、上田さんが変身。

バットマンのコレクションを集め続けていた上田さんは、ある壁にぶつかる。
それは、一部の貴重なコレクションは、所有者が手放そうとせず、世の中に出回らないのである。さらに問題なのが、所有者がコレクションを公開せずに、自宅の部屋で眠らせているケースが多く、世の中に存在していないのと同様の状態であったことだ。
そこで上田さんは、世界中のバットマンのコレクションを集めている人を取材するドキュメンタリー映画を制作するアイデアを考えた。
「バッドマンのコレクションを集めている人の中には、自身のコレクションをインターネットや書籍などで公開をせずに、自分の家の中だけで楽しんでいる人もいます。しかし、それらのグッズはとても価値があり、家の中で飾っているだけではもったいない。後世のためにも映像としてアーカイブしておくべきだと思いました」

上田さんの職業が映像プロデューサーということもあり、カメラを片手に、アメリカ、イギリス、タイ、シンガポールなどの世界中のバットマンのコレクションオーナーに会いに行き、貴重なコレクションを映像に収めた。それらの映像を自らが編集し、映画「東京 Toy Guy」として2012年に公開したのである。
バットマングッズを集めている本人が世界中を回り監督、撮影、編集したことが話題になり、「第10回ドバイ国際映画祭」や「シカゴ/モーターシティーコミックコン」などのイベントに招待映画として上映されている。そして今年、桑田次郎のインタビューや60年代日本製のバットマングッズなどディープな内容を盛り込んだ「東京 Toy Guy2」が2015年12月に動画配信予定だ。

「東京 Toy Guy2」の予告動画

「東京 Toy Cafe」を通じて、バットマンの魅力をみなさんとシェアしたい

最後に、これからの夢について尋ねてみた。

「バットマンのコレクションをもっとシェアしたいです。バットマンのコレクションは75年の歴史があり、時代、製造国によって見た目が異なり、文化的な価値があると感じています。身の回りの美術館で文化的なコレクションが展示されているように、バットマンコレクションも誰もが見れるように展示されるべきだと思う。そこで、『東京 Toy Cafe』というギャラリーカフェをオープンさせて、バットマンのコレクションを常設展示したいです。親子で訪れても楽しめる展示にしたい。東京 Toy Cafeを通じて、バットマンの魅力(特に日本製バットマンの魅力)をみなさんとシェアしたいですね」

上田さんが夢に描いている「東京 Toy Cafe」。そのギャラリーカフェには、上田さんが集めてきたバットマンのコレクションが並び、様々な世代の人が遊びに来るのだろう。60年代の日本製のバットマンをリアルタイムで観ていた人。1980年代のバットマン映画でファンになった人。2000年代に公開されたバットマン映画で新しくファンになった人。世代を超えて、バットマン好きが集まって語り合うことのできる「東京 Toy Cafe」の夢が実現される日を、とても楽しみにしている。

各世代の漫画家によって変化を続けていくバットマン。
どの漫画家も共通して守り続けているポリシーがある。それは、バットマンは”生身の人間”であるということだ。透視能力や瞬間移動のような特殊能力は持たずに、自らが鍛え上げた体と、最新装備で悪と戦うのだ。ひょっとしたら、そこには「人間は努力をすれば、誰でもヒーローになれる」という願いが込められいるのかもしれない。

10年後のバットマンの姿が、今から楽しみだ!

(おわり)

MuuseoSquareイメージ
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映画「東京 Toy Guy2」のポスター

映画「東京 Toy Guy2」のポスター

バットマンの新幹線のおもちゃ!?

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バットマンの忍者セット

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バットマンのケン玉

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