「THE SCISSORS」米津雄介と鈴木啓太が語る、はさみの難しさ、道具の美しさ

「THE SCISSORS」米津雄介と鈴木啓太が語る、はさみの難しさ、道具の美しさ_image

取材・文/塚田 史香  写真/塚田 史香 佐々木 健人

2017年12月に、8800円の事務用はさみが発売された。「THE SCISSORS」という名前で、全長176㎜。厚さ最大6㎜。持ち手の部分は左右非対称。刀身は緩やかなカーブを描き、ふちは丸みを帯びている。

不思議なのはオール・ステンレス製でありながら、決して無機質ではないところ。柔らかそうにさえみえて、つい触れてみたくなる。

THE SCISSORSを開発したのは、2012年に設立されたブランド「THE」。世の中の定番を新たに生み出し、これからの“THE”をつくることをコンセプトに掲げるブランドだ。

はさみなら、とっくに完成形があるように思われる。

なぜ今、THE SCISSORSをつくったのか。プロダクトデザイナーの鈴木啓太さんと、プロダクトマネジメントに携わる米津雄介さんにお話を聞いた。

MuuseoSquareイメージ

はさみの開発は難しい

THE SCISSORSのデザインは、2週間でできたという。「気鋭のプロダクトデザイナーの手にかかれば2週間でできるのか」と驚きを隠せずにいると、実は2週間の土台となる、試行錯誤の2年があったことを明かしてくれた。

話は「THE」が設立される前にさかのぼる。米津さんは前職の文具メーカーで商品開発担当者として、鈴木さんは別の事務所のプロダクトデザイナーとして、一緒にはさみを作ったことがあったのだ。

「はさみのことだけを、ひたすら語り合った2年でした」
「リアルに丸2年。とことんまで突きつめました」

笑ってふりかえる2人が当時開発したはさみは大ヒット。時を経て、今度は「THE」のコンセプトのもとで作りだしたのがTHE SCISSORSだ。製造は米津さんの古巣でもある文具ハサミの大手メーカー、プラス株式会社が担っている。

MIRROR、BLACK、MATの全3色。BLACKの持ち手部分は、イオンプレーティング(チタン合金等による真空中での表面コーティングを行う手法)で彩色されている。膜はナノレベルの薄さなので、境目を撫でても段差は感じられない。MATは地の素材であるステンレスをすりガラスのように荒らすブラストという加工法。販売価格8800円(税別)。

MIRROR、BLACK、MATの全3色。BLACKの持ち手部分は、イオンプレーティング(チタン合金等による真空中での表面コーティングを行う手法)で彩色されている。膜はナノレベルの薄さなので、境目を撫でても段差は感じられない。MATは地の素材であるステンレスをすりガラスのように荒らすブラストという加工法。販売価格8800円(税別)。

「はさみって、難しいんです」

米津さんと鈴木さんは、声をそろえる。

1枚の刃の“鋭利さ”で切るのが包丁ならば、2枚の刃をすり合わせて“点”で切るのがはさみ。構造はシンプルだが、疲れにくく、壊れにくく、子ども、大人、男性、女性と手の大きさが違う誰にとっても使いやすくなければならない。

しかし単純に機能だけを追い求めると、見た目が残念なものになりかねない。これは、はさみに限った話ではない。椅子を例に挙げて、鈴木さんは問いかける。

「機能性重視のオフィスチェアよりも、自宅に置きたいのはイームズチェアのようなシンプルなデザインのものだったりしませんか?」

たしかに職場のオフィスチェアは、キャスターやひじ掛けなど機能が充実している一方で、プライベートで部屋におきたいデザインとは言えないことが多い。

「はさみが道具である以上、機能と耐久性は欠かせません。道具としての課題を形や素材で解決しようとすると、めちゃくちゃ難しい。機能を過不足なく盛り込んだ上でシンプルな形にまとめ上げるには、デザインの工夫が欠かせないんです」

ベルヌーイカーブと拝み曲げ

THE SCISSORSのシンプルな形に隠された技術を、ここで2つ紹介する。

まずは「ベルヌーイカーブ」。プラス株式会社の新技術だ。はさみの刃は通常、刃先にいくにつれ開く角度がせまくなっていくが「ベルヌーイカーブ」は、刃がモノを掴むのに最適角度(30度)を常に維持して切り進めることができる。

次に昔ながらの工夫として、「拝み曲げ」も使われている。2枚の刃がすりあう点(切るポイント)を作るための加工だ。拝むように両手を軽く合わせると掌にふっくら隙間ができるイメージで、2枚の刃は閉じた状態でもぴたりとは密接せず、外側に膨らむように曲げられている。

「昔のはさみほど、精度が高くしっかりした拝み曲げがみられます」と米津さんが語り、「昔の人は偉いね」と鈴木さんは頷いた。

MuuseoSquareイメージ

米津雄介さんが考える、正しい「モノの進化」とは?

親指を入れる輪は小さい方が使いやすい。拝み曲げはあったほうがよく切れる。昔の人も知っていたのに、市場のはさみに徹底されていない。

その理由を米津さんは、3000年以上続くはさみの歴史に触れながら答えてくれた。

最古のはさみは、エジプトで見つかった紀元前1500年のもの。糸切りばさみのように握るタイプから始まり、1000年かけて2枚の刃をクロスさせる形に行きついた。そこから現在に至るまでの2000年は基本構造をそのままに、洋裁用、理容用、医療用と細分化されそれぞれの道で最適化されてきた。

「昭和に入ると、なんでも切れるオールラウンドの事務用はさみが作られるようになりました。用途にあわせ細分化する方向で進化してきたはさみの歴史の中で、この流れは特殊です」

MuuseoSquareイメージ

「ちょうど大量生産の時代と重なったこともあり、製造工程を考えると左右は同じパーツの方が好都合だった。3000年以上の歴史の中で『親指を入れる側は小さい方がいい』『刃はこのくらい曲げたほうがいい』と積み重ねられてきた工夫や技術よりも、コストを抑えて安く売る方に進んでしまったように思います」

構想の段階では銅色もあったというが、「定番を創る」という方針からトレンドの影響が少ない現在の3色になったという。

構想の段階では銅色もあったというが、「定番を創る」という方針からトレンドの影響が少ない現在の3色になったという。

精度の高い拝み曲げもまた、大量生産に適さない技術だった。

大量生産されるはさみの刃は、ロール状で出荷されたステンレス板からクッキーのように型で打ち抜き成型される。工場で作れば均一に仕上がりそうな気もするが、実際には打ち抜かれた金属にも木のような個々の特性があり、自然とどちらかへ曲がる力があるという。

THE SCISSORSが精度の高い拝み曲げを採用できるのは、型抜きではなく鍛造(たんぞう)で作られているためなのだそう。金属を叩いて形を整える鍛造は、日本刀にもみられる伝統的な成型法だ。

「古くから積み上げられてきた工夫や技術を生かして、新しいものを目指す。本来はこれが、モノの進化としては正しいと思っています」

形と構造を同時に編み上げる、鈴木啓太さんのデザイン思考

すべてのデザインに意味がある。そういわれると気になるのが2枚の刃をとめる部分、通称「カシメ」だ。一般的なハサミのカシメは、ビスの直径が2㎜程度。それに対しTHE SCISSORSのカシメはリング状で8㎜ある。

「はさみが切れなくなる原因はカシメのがたつきにあります。軸を太くすれば回転半径が大きくなり、必然的に安定するはずだと考えました」と米津さんは話す。

MuuseoSquareイメージ

さらに留め具はリング状。留め具がなくなったことで、紙を切り進んでも切り終えた紙がカシメにあたり、よれ上がることがなくなったという。

2000年近く、皆でひっかかってきたあの出っ張り。鈴木さんが気づいたきっかけは、「形と構造を同時に考える」というスタイルにあるようだ。

「はさみに限らずモノのデザインをするとき、僕は今、世の中にある『それ』を手に入る限り集めて並べ、採寸し、実際に使います。すると『これはここがすごい!これのここは邪魔!』と気づくことがあり、作り手の思考も、自分がデザインするにあたっての要件もみえてきます」

「形と構造を同時に考えていくので、細かいところもデザインを決定しなくてはいけないタイミングがくる。決定には根拠がほしい。根拠を探すために従来のモノをまた見直す。それをひたすら繰り返します」

MuuseoSquareイメージ

道具には静物としての美しさが必要

インタビューが終わる頃、鈴木さんはTHE SCISSORSをジャケットの袖で拭いてみせて言った。

「フラットなので拭いても引っかかりません。それに表裏がない形状は、きれいですよね。従来のはさみには、カシメの形からわかる表裏がありましたが、360度で見た時に、それは形状として美しくありません」

「はさみって使っても1日3秒くらいのものです。だからこそ、きれいであることが大事な機能なんです。道具は使いやすければいい。けれど使っていない時間が多いからこそ絶対に、静物としての美しさがないといけないと思っています」

弥生時代の土器を例に鈴木さんは続ける。

「土器は道具としてプリミティブな形です。甕(かめ)なので、貯める・流す・持つの機能が形に表れている。けれど、それだけでなくシンメトリーの回転体に、完璧にきれいに整えられている。デザインの概念もない時代に、使えさえすればいいものを、歪みなくきれい作ろうとした。その時点で人類には完璧なる美意識があったんだと感じます」

日本刀と同じ成型法のはさみが、桐箱に納められている。伝統工芸品のようなこしらえだが、箱の作りが実は斬新。通常5枚の板で構成される箱が、厚い板(土台)と薄い板(はさみ型を切り抜いた板)の2枚で作られている。

日本刀と同じ成型法のはさみが、桐箱に納められている。伝統工芸品のようなこしらえだが、箱の作りが実は斬新。通常5枚の板で構成される箱が、厚い板(土台)と薄い板(はさみ型を切り抜いた板)の2枚で作られている。

米津さんは「歴史の中で積み上げられてきた工夫も、どこかでやらないとその技術は消えてしまう」と言い、鈴木さんは「はさみを一歩でも二歩でも使いやすく、より使いやすいようにとしか考えていません。ただその先には形としての美しさがなければいけない」と言った。

機能も、歴史も、美しさも。

ストイックな佇まいのTHE SCISSORSは、欲ばりと紙一重の、ふたりの高い志から生まれたプロダクトだった。

暮らしの中で目に入るものは美しくあってほしい。そう願う方にぜひおすすめしたい。

ーおわりー

File

はさみの「理想的な」持ち方

人差し指は輪の前方におき、中指と薬指で下の輪を固定する。小指は男性ならば輪の外側に、女性ならば内側でもよい。親指だけを動かせばほぼ刃の重さだけで切れる。説明を聞きながらTHE SCISSORSを手にしたところ、人差し指をかけるべく位置にへこみがあり、自然と人差し指はそこに収まった。そうなるようにできていた。

「はさみは持ち方が機能に直結する道具です。軽い力でも切れるように、こう持ってほしい。こう持ってもらうために、ここにカーブをつける。すべての形に意味があるんです」(鈴木さん)

File

THE SHOP

定番とは何かを考え、この世界にない新しい定番をつくるブランド「THE」初の直営店。特定のモノにこだわらず、洋服から洗剤まで商品開発を行っている。自社オリジナル製品の企画だけでなく、「RHODIA」や「明治チョコレート」など多様なブランドともコラボレーションすることも多い。2017年10月には、京都 四条通の「藤井大丸」2階に、関西初の直営店をオープンした。

文房具を一層楽しむために。編集部おすすめの書籍

「文具王」永遠のバイブルが、増補新版で復活!

File

究極の文房具カタログ

繰り返し読みたい「実践の文具論」!文房具の見方と使い方が全部わかる!ファン必携の書が装いも新たに、増補して堂々の復活。時代を超えたマストアイテムを満載!全76アイテム収録。文具王自筆イラスト多数掲載。

身近な文房具に隠された、 驚きと楽しみ

File

最高に楽しい文房具の歴史雑学

モレスキンの"伝説"の裏には巧みなマーケティングがあり、NASAが宇宙船に持ち込んだ鉛筆にはちょっとした問題があった。
ありふれた文房具の背後にある歴史と物語を、飽くなき偏愛をもって綴る。

DIVE INTO RELATED STORIES !

公開日:2018年5月5日

更新日:2021年6月25日

Contributor Profile

File

塚田 史香

東京在住。ライター。PRSJ認定PRプランナー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館です。

終わりに

塚田 史香_image

姿かたちも仕事ぶりもよく、努力のあとをみせない奥ゆかしさもある。そんなはさみなので、もしはさみに生まれ変わるなら、THE SCESSOIRSになりたいと思いました。

Read 0%