この連載では、革靴を一足仕上げるまでをドキュメントスタイルでお伝えしていきます。靴制作の過程を見てもらう中で、靴マニアじゃなくても「なぜ、いい靴はこんなにも高いのか?」の疑問、さらには靴を愛したくなるヒミツがわかってもらえるのではないかと思います。靴の裏側(というと大げさですが)がわかると、靴を見るのが楽しくなる!(購入に至るか否かはまた別の話…) 今回はデザインイメージに合った革を探しに革問屋さんへ出掛けました。
本縫い用の革を革問屋さんに買いに行くことにしました
前回は仮靴を製作し、型紙を修正していきました。今回は靴に使う革を選びたいと思います。
普段履いている革靴はマットな茶色系のものばかり。作るときに他の色にも挑戦はしてみるのですが結局履くのは茶色ばかりという状況…。そんな中、今回製作しているウィングチップシューズ用の革は、<シックな色><ほんのりツヤがある>ものをイメージしています。
今どきはネットでいろいろ買えるのですが、実物を見比べて買いたい。基本的なことも含めて、革屋さんに行ってあれこれ聞いてみたいなと思い立ち、浅草にある革問屋さん・フジトウ商事を訪ねました。
革がいっぱい! それだけでワクワクします。今回ご対応いただいた方、店長の坂田 孝さん。
靴に使われる革の種類
靴製作で使われる革はアッパーに牛、ライニング(靴の内側)に豚を使うのが一般的です(羊や山羊などもたまに使いますが)。
「そもそも皮をとるために育てられている牛や豚はいなくて、家畜として飼われている動物の皮を利用して作っているんですね。革は食用の副産物として生まれているものなんです」
言われてみればという感じですが、考えたこともありませんでした。無駄なく活かされているサイクルが見えてちょっと安心。
動物の皮からは想像できないほどカラフルな色の革たち。一方で毛のついた本革も…。この種の加工は国内ではされておらず、方法は坂田さんも知らないそうです。カンガルーの革もあります!!
皮から革にする工程、「なめし(鞣し)」とは
動物の体からはいだ皮は原皮(げんぴ)と呼ばれています。そのままの状態にしておくと腐ってしまうので、それを防ぐために行うのがよく耳にする「なめし(鞣し)」という加工。この加工を経て皮(スキン)から革(レザー)に変わります。
【なめしの種類】
・タンニンなめし
タンニン(渋)を含んでいる植物から抽出した溶剤で加工することからこう呼ばれています。タンニンでなめされた革は、伸縮性があまりなく、堅牢で、経年変化があるのが特徴。<ヌメ革>と呼ばれる革はこの加工方法で作られています。
・クロムなめし
人工的な化学薬品(ヒトには害のない)で作られた溶剤で加工する方法クロムなめしの革は柔軟性と伸縮性に優れていて、弾力があるのが特徴。厚さは2mm前後のものが多く流通している。
・コンビなめし
タンニン、クロム、両方の溶剤を使って加工する方法。加工に時間が掛からず、パッと見はタンニンなめしの革と変わらないのにしっとり柔らかという、いいとこ取りの革ができあがる。
「クロムなめしは伸縮性に優れているので靴に向いていますね。靴業界でよく取引されてるのはクロム鞣しの革です。靴は工程が多く、関わる人も多いのでクロムなめしの革の方が取り扱いがしやすいという背景もあるかもしれません。最近の少人数でやっているブランドではタンニンのもので靴を作っているところも増えているようですけどね。最終的にどういう仕上がりにしたいかで使い分ければ良いと思います」
使っていって変わっていくモノ、味わいが出るモノ、経年変化が楽しめる革がタンニンなめし。一方今の風合いをこのまま使いたいとう製品には、経年変化しない(色の変化がない)クロムなめしの革が向いているそう。
左がタンニンなめし、右がクロムなめしの革で作られたバッグ。
これはベロアの色見本。ベロアは革の床面(裏面)を表にした革です。サンドペーパーやヤスリでこすって起毛させています。
鮮やかな色と独特の質感を活かしたデザインのシューズはクロムなめしの革が使われています。
こちらはタンニンなめしの革。使い込まれることによって下の革が上のパスケースのように変化します。坂田さんの私物です。
タンニンなめしの革、ヌメ革についてもっと知りたい
タンニンは樹皮、実、葉っぱなど植物のあらゆる部分から抽出でき、現在は南米に生息するケブラチョやミモザから抽出されたものが主流になっているそう。
「これはなめしただけ、いわゆる<ヌメ革>です。ヌメ革といってもタンナーごとに使うタンニンが違うので色が微妙に違います。タンニンの種類や配合は秘密にされているので私たちも知りません」
タンナーとは革をなめす職人さんのことで、革のすべてを握っていると言っても過言ではありません。なめしの作業は業者レベルでは機械で行われるのが一般的で、原皮と溶剤を大きな樽のようなドラム槽に入れて良き頃合いになるまで回し続けます。
革の厚さは元の皮(生皮の厚さ)で決まり、一番厚いのは牛。厚くなればなるほど溶剤の量が多くなるので時間もお金も掛かります。馬はジャケットになることが多いので、最初から薄く加工されることが多いそう。
これもヌメ革。なめすときに染色も一緒に行うとこのようになるそうです。
「なめしのあとに染色した革もあります。さらのままの状態はヒトの肌で言うところのすっぴんと一緒で、染色はメイクになりますかね」
染色のほかにも染色とオイルを一緒に染みこませる方法、染色後にオイルで仕上げるというやり方も。少しの違いで風合いが変わるのがおもしろいです。
「染色には顔料と染料が使われていてそれぞれ風合いが変わります。顔料仕上げはペンキのようなもので、革の表面にべったりと塗料が乗る感じです。はっきりとした色を出したい場合に向いていて、色落ちしにくいという特徴もあります。一方染料仕上げは水彩絵の具のようなもので、塗料が革の表面に染みこんでいくイメージです。くすみやすいのですが淡い色に向いています。また下地が透けるので下地の良し悪しがモロに出るという特徴もありますね。元の革が一緒でも使う染め剤の違いで仕上がりに差が出ます」
オイルをたっぷり含んだ革は濡れているような質感で、しっとり柔らか、潤っている感じがします。染料やオイルを入れると色落ちしやすいのですが、風合いが良いので人気なんだそう。
ツヤっぽいモノは最後、アイロンをあてて平らに落ち着かせたもの。熱を加えるとツヤがあがるそうです。
ぞうきんのように絞ってわざとシワを出す加工もあります。経年変化をすると坂田さんの私物のように変わっていきます。ちなみにちなみにスエードは革の表面をペーパーで擦った加工して作るそう。
表面(銀面)と裏面(床面)の色が同じものと違うモノがありますが、これも加工方法の違いで、取引先の要望によって変えているそうです。
革の形と値段はちょっと変わっています
革はハギレで売られていることもありますが、問屋さんでは基本的に半身(半裁)を1枚として売られています。
半身とは文字通り体の半分で、皮を広げた状態で背中からまっぷたつにした状態です。背中からお尻に掛けてからが一番キレイで、脇の下などはシワシワになっていたりします。またお腹は背中より皮膚が弱いため、荒さが目立ちます。いずれもヒトの皮膚で考えるとなるほど!と思うことばかりです。
ちなみにコードバンは馬のお尻部分の革のこと。少ししか取れないので高価なんだそう。靴だったら1足分取れるかとれないかくらいの大きさ…。
これが牛一頭分の皮の大きさ。上が首の部分です。私(165cm)と比べるとかなり大きいことがわかります。
こちらはコードバン。いいツヤしてます。
坂田さんの私物。脇の下のシワ部分を活かしたデザインの仕事道具いれ。年季が入っていて格好いいです。
こちらが291DSある半裁のヌメ革です。さすがに大きい!
さて、そんな変わった革の値段がどのように決まっているのか気になりますよね。革は<DS(デシ)>という単位で取引されます。1DSは10×10cm。革によって1DSの単価が決まっているので、選んだ革に10×10cmのマスがいくつあるかで値段が決まります。大きさ(マスがいくつ入るか)は革の裏にシールが貼ってあるのでそこをチェックします。その数値に1DSの単価を掛ければOKです。
基本的に「10DS分ください!」という買い方はできず、半裁の大きさが何DSあるかで取引されます。(※手芸店などの小売店では切り売り対応しているお店もあります)ちなみにシンプルな外羽根の紐靴を1足作るのには30~40DS(30〜40㎠)必要です。
イタリアの革はなぜ高いのか?
日本でもイタリアでも革作りの工程に違いはありませんが、値段の違いは“求められる革”の違いにあるようです。
日本では製品になったときに違いが出ないよう、ある程度のクオリティの革を同じペースで要求されるケースが多いといいます。またキズのある革、色味の違う革は敬遠され、質が落ちたと勘違いされることも。天然ものだから多少の違いはあるということを認識はされていても、メーカーでの製品作りの都合上、なかなか受け入れてもらえない現実があるそう。
一方イタリアでは、もともと革に合わせて長い時間を掛けて作る文化があり、色味やキズに関しては生きていた証とされ、その違いや焼き印も味や個性だととらえられる場合が多いといいます。じっくり加工することができれば味わいもでてくるもの。ただ、質のいい部分だけを購入できるのではなく、取引分の中には製品にならない革もあり、それら全てを買わなければならないため、いい部分しか売れないからより高くなるという悩みもあるそうです。
もちろんイタリアものに関わらず、じっくり時間を掛けて作られている革は人件費や加工代が掛かるため、値段も高くなります。
これは汚れではなく焼き印。この部分を好んで欲しがる方もいるそう。また牛によってお尻がかぶれて荒れてしまって使えない部分がでてきたりすることもあるそう。特異ではないものの方が製品にしやすいという現実もあります。
こんな革を買いました
キップは生後6ヵ月から2年くらいの牛の革。サイズは115DSあります。
そんなこんなで靴用に<キップローレンス>という革を選んで購入しました。キメが細かく、ツヤもあります。薄めで柔らかいので扱いやすそう。フジトウ商事さんの取引先でも靴用として多く出ているとか。現状持っている自分の靴にない色という点も気に入っています。いよいよ次回、この革に包丁を入れます!
こんな革まで! ユニークな素材も揃っていました。
ワニ(クロコダイル)、サメ、ウサギくらいまでは想定内でしたが、エイって!! ビーズを敷き詰めたような質感。<スティングレイハート>や<スター>と呼ばれる白い部分(光を感知する器官)が特徴。
興味があったのが撥水レザー。防水ではないけれど突然の雨には対応できる。アウトドアものに良さそうです。
フジトウ商事
創業100年を誇る老舗の卸問屋。
実際に触れられるショールームを設けているほか、オリジナルの革製品の販売も行う。店頭には格安の特別商品が並ぶこともあり、皮革1枚から販売しているので個人でも購入しやすい。オンラインショップもある。
終わりに
今回記事にできたのはほんの一部で、お話はこの3倍のボリュームがあります。なので今後の連載でご紹介していきたいと思っています。浅草は革問屋さんが多く、最近では小売りにも対応してくれていますが、まだちょっぴり敷居が高い感じもします(コソコソ行ってササッと適当に買ってみたりしたことすでに数回…)。でも、見たい!知りたい!という思いにはとことん対応していただけます。ネットも便利ですが、ぜひ革屋さんに行ってみてください!